ツンデレ?
「――やあ」
指定日指定時刻。指定された場所――吉野らの通う高校の校庭には、既にホムンクルスとともに向日が立っていた。
「逃げずにちゃんと来たんだね。まあ逃げたところで逃がさないけれど。――それに、どうやらもうひとつの約束も守ってくれたようだ」
不敵な笑みで迎えた向日は、言いながら視線を吉野の傍らに立つ秋東に向けるなり、
「秋東さァ――――ん! あなたの騎士があなたを取り戻しに参りましたよ! さあ、そんな間抜けな顔の男からはさっさと離れて、この僕のもとへ!」
大げさな身振りで秋東を全力で招く。ついでに軽く罵倒されている吉野は、鼻の下を伸ばしに伸ばして酷い顔になっている向日には言われたくないと思いながらも、隣の秋東に、
「……だ、そうだけど。行けば?」
「だ・れ・が! あんな気持ち悪い奴のところなんかに! あんなストーカーのところに行くくらいなら、あんたの近くにいた方が百万倍もマシよ!」
こちらは全力で首を振り、冗談でなく顔色を悪くしながら秋東は吉野の背後に隠れる。とばっちりで秋東にもバカにされている気がしたが、もういちいち気にするのも面倒になってきた。
向日を見ると、またもオーバーアクションに天を仰いでいる。
「Oh……かわいそうな秋東さん、そこの新人人形遣いに、さては催眠術でもかけられたんだね。これはいけない! すぐに僕が憐れな秋東さんを救い出さねば!」
「憐れなのはあんたの頭よ! 私は初めて会ったときからあんたのことなんか大っ嫌いだっつーの!」
「何と、僕たちが初めて会ったときのことを覚えてくれているのかい? これは感激だ! そうさ、僕だって一瞬も忘れたことはなかったとも……!」
話が噛み合っていない。というか、どうやら向日は秋東の罵声を都合よく編集している。
「どういう耳をしているんだ……」
「ああ、もう、埒が明かない! ちょっと吉野! あんた、早くあの変態をぶっ飛ばしてよ!」
「そうだね秋東さん! いち早くそこの馬の骨をぶった斬って、秋東さんを魔の手から救い出さなければ! 仕事のこともあるし!」
どうやら初めて意見が甘被りしたようだった。だんだんと疎外感を感じ始めていた吉野も、ようやく改めて敵を見る。
向日の傍らに座っているのは、先に秋東に聞いていた通り狼の姿をしていた――しかし、大きい。遠目ではあるが、大型犬くらいのサイズはある。
「油断するんじゃないわよ」
そっと、耳打ちするように秋東は吉野に言う。ふたりのその様子に「ずるいぞ!」と向日が何やら騒いでいるが、そんなものはもう無視だ。
「前にも言ったけれど、あいつ、あんな態度のくせに腕は立つんだから。特に速度は……」
「ああ、わかってる」
わかったところでどう対処したものなのかはまだ考えていないのだが。とにかく、戦うべく前に出ようとした吉野を、ちょっと待って、と秋東が引き留めた。
「何だ?」
「やっぱり不安だから、これ貸しておく。持っておきなさい」
そう言って秋東が差し出したのは、鞘に納められた短剣だ。受け取って、浅く抜いてみると、それは見たことのある一振りだった。
……これは確か。
「俺が戦ったときに使ってた……」
「そうよ。結果的にセネカちゃんに打ち込んで、あっさり防がれたけど……対人武装としては十分すぎるくらいの魔装よ。魔術は雷撃。威力の調節くらいはできるけど、打てる瞬間があるなら全力で打ち込んで、アフロにしてやりなさい」
アフロで済むとは思えないが。しかし丸腰よりは遥かにいいだろうと思い、有り難く借りておくことにした。秋東が重ねて警告するほどの相手だ、向日だって丸腰ではあるまい。
……それにしても。
「秋東、結構いい奴だな」
「は?」
「いや、だってほら、武器貸してくれるし」
何気なく言うと、な、な、とやや口をぱくぱくしていた秋東は慌ただしく顔を逸らしながら、
「べ、別に! あんたが心配だとか、そんなんじゃなくて! ただ、そうよ……あんたが瞬殺されたら、あんたに負けた私がもっと弱いみたいじゃない! 私のプライドが許さないだけなんだから!」
と、ふと見るとセネカがこちらを見上げている。何よ、と見返すと、セネカは無表情なまま小首を傾げ、
「……ツンデレ?」
「ツンッ……違う! 断じて違うわ! どうして私がこんなもやしみたいな奴に!」
「もやし……」
「ほら、トルクも何か言ってやりなさい!」
『No Comment』
ともあれ、戦いの準備は整った。いつまでも待たせていると向日が嫉妬に狂って襲い掛かって来そうな雰囲気であるし、いよいよ吉野はセネカとともに前に出る。
「行こうか、セネカ」
「うん」
「俺がもやしではないところを見せてやろうじゃないか。もやしよりも一枚上手であるところをな」
「じゃあ、ゴボウ?」
「……何で地下に潜っちゃったかな……」




