何してくれちゃってんの!?
アパートの自室に帰ると、なぜか戸が全開で、どういうわけかセネカが開け放たれた戸の横に膝を抱えて座っていた。
「……え、セネカ? なに? どうしたの?」
意味不明な決闘宣言をされた直後だ。また何かあったのかと驚いたが、セネカは無表情に吉野を見返すばかりである。
「泥棒、じゃないよな……それにしては明け透けだし……誰かいるの?」
と、中から物音が聴こえた。それも、遠慮のない、物を引きずり倒すような荒々しい音だ。誰なの、とやや慄きながらそっと中を窺う吉野の横顔に、セネカがぼそっと、
「……トキトーとトルクシュタイン」
「え、何で? 何してるの?」
「大掃除」
「――何だって!?」
全力で部屋に飛び込むと、まさしくその通りになっていた。
「あ、帰って来たんだ、吉野」
どうやらベッドの下を掃除しようとしていたところらしい、バンダナで髪をまとめ、マスクにゴム手袋を装備した秋東がハタキを片手に振り返る。その向こうではトルクシュタインがおもむろにベッドを持ち上げ、
「ちょぉっと待ったぁ!」
危ういところで滑り込む。そして我ながら神懸かり的な速度でそこに秘蔵していた冊子を懐に突っ込む。そうしてからようやく秋東を振り仰いで、
「何してんの!? ねえ何してんの!?」
「……何って、見ればわかるでしょ。掃除よ掃除」
「どうして!?」
「汚いからよ」
あーあ不潔不潔、と明らかな呆れ顔で吉野を見下ろす。マスク越しでもはっきりわかる。
「インターネットの普及したこの現代において、そんなものをベッドの下に隠すような人間がまだ存在するとは……」
「な、何だよ、いいだろ! というか、べ、べべべべ別に、そそそそそんなものだと決まったわけではっ」
「その動揺が答えでしょ……あーあ、不潔不潔」
そこも掃除するからどきなさい、とはたきで尻を叩かれる。それとも何、あんたが雑巾になってくれるの?
「そもそもどうしてあんたが俺の部屋に! 鍵――はトルクシュタインが例によって開けたのだとしても、何で掃除してるんだよ! ほっといてくれよ! 男子のひとり暮らしなんてこんなもんなんだよ!」
「何の言い訳よ……別に、掃除しに来たわけじゃなかったのよ。何か変わったことはないか訊こうと思って来てみたらあんたがまだ帰ってきてなかったから、中で待たせてもらおうと思っただけ。そしたらびっくりするほど汚かったから」
「……不法侵入って知ってる?」
「失礼な奴ね。鍵だってトルクシュタインに開けてもらったわけじゃないわ。ちゃんとインターフォン押して、七式――セネカちゃんに開けてもらったわよ」
「セネカちゃーん!?」
振り返る。セネカはいつの間にか玄関に移動してそこで体育座りをしている。
というかねえ、と秋東は腰に手を当ててさらに説教モードだ。
「あんた、男子のひとり暮らしはこんなもんだって、そりゃそうだけれど、こんなに汚いんだろうけれど」大掃除半ばの部屋を見回して、人間の住む場所じゃないわね、などと失礼極まりないことまで言う。「セネカちゃんだっているんだから、ちょっとくらい気を遣いなさいよ」
「ベッドはセネカに使わせてるよ」
「抱えて寝てたら即消し炭よ」
酷い言われようだが。とにかく吉野はなけなしの秘宝を全身で庇いながら悲鳴を上げる。
「も、もういいだろ! 俺だって帰って来たんだから! もう掃除とか、終わりでいいだろ、終わりにしてくれ! してください!」
「そうはいかないわ。まだまだこんなに汚いし、中途半端に止めるのも気分が悪いもの。最後までやるわ――ま、さっさと終わらせるけど。トルク」
『Accept-/-Room-/-Clean』
秋東の指示に応じたトルクシュタインの翼が輝きを纏うと、見る間にゴミや埃が吹き上がり、一点に集め固められ、部屋がみるみるうちに片付いていく。というか、家具以外の全て(漫画やら何やら)が一緒くたに廃棄されていく。
「何と言う魔法の無駄遣い……!」
もはや抵抗は無駄と諦め、吉野はただ見送ることしかできなかった。




