真柴さんの雑な解説コーナー
「勢い説明してやろうとは言ったものの、ここで立ち話も難だろう、場所を変えようか。結界も解かなければならないし」
マジュツシなる単語の理解に苦悩している吉野をよそに、真柴はさくさくと話を進めていく様子だ。
「いや、ちょっと待ってくれよ。何なんだよ摩術師って」
「それは少し違うな。私は別にマッサージ師ではない。どんな人間でも一突きでバリバリ健康になる秘孔なんて私は知らない――まあ百聞は一見に如かずとも言うし、移動もしなければいけないし、一石で二兎狩りといこうか」
そう言いつつ、真柴はジーンズのポケットから何かを取り出した。日光に翳して反射するそれは、
「……ビー玉?」
「御明察。しかしただのビー玉ではない。タネも仕掛けもありまくりのビー玉なのさ」
言下に、真柴は指に挟んでいたそれを無造作に落とした。
ひとつ、ふたつ、三つ、四つ。
「占めて四方を固めれば、これがひとつの結界となる」
こん、と硬い音を立てて跳ねたビー玉は、そのままそれぞれに転がっていく。
四方に。それはちょうど、
「俺たちを、四方に囲うように……」
「世界を分け、区切り、異にするのが結界だ。つまりは別世界だな。世界が異なってしまえば、存在の座標なんてあってないようなものだ。ということは」
たん、と響いたのは一拍の柏手だ。
「――次に世界を合一したとき、全く違う座標に立っていたとしても不思議ではない」
ぐりん、と視界が回った。
まず壁が見えた。天井が見えた。そして本が平積みの本棚、床に直接抛られたゴミ袋、雑に丸められた布団、コップやらパソコンやらペットボトルやらが散らかったテーブル、
「って俺のアパートだ!」
「その通り」
ふふん、となぜか胸を張る真柴。そうやって強調されると思いのほか結構なボリュームが――じゃなくて。
「どうやって!」
「しっかし汚い部屋だなー。まあ男子のひとり部屋なんてこんなもんか」
「話を聞けよ!」部屋の汚さは放っておいてくれ。両親が海外に出ているため独り暮らしで、監督者がいないとこんなものなのだ。そんなことより「何で一瞬で俺の部屋に!」
「ああん? だから言っただろう。川に潜るだろ? んで浮かび上がるだろ? するとだ、浮かび上がったポイントは同じでも、周りの水は違うんだよ。な? ほら同じ」
「さっきはそんなこと言ってなかったぞ。どころかもっと複雑になってる気もするし、というかそれはよくよく考えたらさっき言ってたこととちょっと違うよな!」
「何だよ、細かいなあ。お前が訊きたいのはそんなことか? そんなことでいいのか?」
「っあ、そうだ、説明! さっき説明するって言ってたよな。わけわかんないことばっかりだ! さっきの化け物はなんだ。今何やったんだ? 魔術師? こいつは何なんだ!」
「まあまあ、落ち着きたまえ。ちゃんと順を追って説明するから――まずは、その子をその煎餅布団に寝かせてやってもいいかね」
ぴ、と真柴が指さしたのは、朝に寝坊した吉野が大慌てで蹴散らしたままの、まさしく煎餅布団だ。
「いいけど……煎餅って言うなよ。そんなはっきり言うなよ。確かに煎餅みたいに薄っぺらいけどさ」
言っている間にも、真柴は未だに気を失っているままの少女を抱きかかえ、布団に寝かせた。少女は動かない。気を失っている、どころか、まるで――死体。
いや、それも違う。そもそも生きているものに、生物にすら、見えない……?
呼吸、してるか?
「――ふん。それじゃあ、説明してやろう。順を追って、だ」
言って、真柴はこの部屋に唯一の椅子にどっかりと座った。腕も脚も組んでふんぞり返り、果てしなく偉そうである。
「順を追って、というのなら、やはりまずは私が、ないしは私たちが何なのか、の説明をするべきだろうな。――何度も繰り返している通り、私は魔術師だ」
「だから! ……その、魔術師っていうのがまずわからないんだよ。魔術? ってあれか、賢者の石とか、秘密の部屋とかのあれか」
「いや、違う」
また勢いで畳みかけそうになったところをぐっと呑んで、理解のための歩み寄りを示したというのに、何かもの凄く平坦なトーンで一蹴された。
「まあそもそも魔術師って言った方がやや語弊があるんだけどな。より正確に言えば、錬金術師だ」
いや、余計にわからなくなった。
「錬金術師……って」
「錬金術。聞いたことくらいはあるよな? もとはと言えば、卑金を貴金に変換する術式だ。まあそれについての結論から言うと、これは失敗した。最終的に、卑金を貴金に変換することは、できなかった」
だが、と続ける。
「それ以外のことで、いろいろと上手くいった」
「それ、以外?」
そうとも、と真柴は頷く。
「空を飛んだり、瞬間移動したり、な。そういうことだ。あ、ちなみに断っておくが、手合せ錬成とかはできないぞ。真理の門なんぞ見たこともない」
「手合せ錬成はともかく、それは卑金貴金よりも凄いことのような気もするけれど……それって、魔法使いじゃないのか?」
「魔法使いと魔術師の違い、っていう話になると、これがもっと複雑になるから簡単に言っておく。まず魔法使いと魔術師は違う。そしてこの世界に魔法使いはいない」
「あ……いや、全然わからん」
「とりあえず聞いておけ。――この世界には魔法使いはひとりもいない。いるのは魔術師だけだ。しかも、錬金術師しかいない」
「錬金術師以外って……なんだ」
「さあ。まあ、あれだ。ファンタジーな小説とかゲーム出てくるような、召喚士とか、大賢人とか、そういうあれだ」
「いるのか」
「いや、だから、いないんだよ。――あとな、先に言っておくけれど、魔術師って言っても、やっぱり普通に想像するような、杖的指輪的魔術師はいないぞ。この世界に存在しているのはもっとしょっぼい、ちっちゃい魔術師だ。例えばそう、私みたいな、な」
ぐ、と自分を親指で示してみせる。言っている内容は、どうやら卑下しているようなもののように聞こえたのだが、しかし態度が大きい。
「できることと言ったらさっきみたいな瞬間移動とか、軽い防護とか、おまじない程度の小さな術式だけだ。世界を変えるほどの力はない。――全く、魔法なんて程遠い」
「そう、なのか」
そうとも、と真柴は頷く。そのあまりに尊大で自信たっぷりの様子に、そうなのか、と額面通りに頷きかけた吉野だったが、いや待て、と思い直す。
「待て待て、さっきの。さっきのあれは何だったんだよ」
「あん? だから、あの結界からここへ移動してきたのは私の術式で」
「じゃなくて、その前! あの派手な戦いは何だったんだ。あれもあんたがやったのか?」
「ん? それは違う。あんなことできないし、私はそのときちょっと離れて見てたから」
離れて見てたのかよ。助けに入れよ。
「じゃなくて……それじゃあ、あれは誰がやったんだよ!」
「誰って……それはお前でもわかってるだろ? ほら、そこに寝てる」
ぴ、と真柴は煎餅布団で眠っている少女を指さした。
「あ、うん、それは……じゃあ、この子もその……魔術師、なのか?」
いや、錬金術師、だったか。だが、至極あっさりと真柴は首を振った。
「んにゃ、全然。――というかそもそも、その子、人間じゃないし」