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ワールド・セネカ  作者: FRIDAY
弐 天使を従えた少女
21/51

セネカという魔法

 どうしたらいいか。


 とりあえず屋上を二階層ほどぶち抜いて手近な教室に逃げ込んだものの、これといった方策が浮かんだわけではなかった。秋東ときとうはセネカ、ないしは吉野を完全に倒すことにこだわっているようだったから、生死不明になりかねない『校舎ごとぶっ壊す』という作戦は取らないだろうという判断はあったが、それも大した自信があったわけではない。そっと外を窺ってみたら光が止んでいたので、とりあえずは正解だったようだと安堵した程度だ。


 さて、どうする。

「どうする……?」


 窓際、外からは陰になって見えないであろう位置に身を潜めながら、吉野は頭を抱える。一難を脱したことで安堵したのか、何とか落ち着けていた焦りが再発してきていた。


 考えろ、考えろ、考えろ。


 あの天使はやはり遠距離に特化しているようだ。だから、取るべきは同じ手段をもっての砲撃戦か、敵の攻撃をかいくぐっての接近戦だが、そのどちらも取れる気がしない。ならば以前にも敵の天使に対してやったように、光撃を倍にして返す、という戦略を取るべきか。だが、それにも一抹の不安がある。


 受け止め切れるのか?


 ちらっと横にいるセネカを見やる。セネカは吉野の横に、同じく外から見えないように、膝を抱えて座っていた。片手は吉野の手をしっかりと握ってはいるが、それ以外は全く不動の人形だ。


 セネカは、あれを受け切れるのか?

 初めの光砲も、先程の光線もそうだったが、セネカは回避を選び、そして防御しきれなかった。真柴とともに戦った天使とは、出力が桁違いなのだ。それなのに同じ戦い方をして、大丈夫なのか。


 それともうひとつ、吉野にはその作戦に踏み切れない理由があった。

 理由と言ってもそれは、吉野の個人的な考えに関わることだった。

 秋東が言っていた、セネカを狙う理由だ。

 それに対して、吉野には思うところがある。


「…………」

 時間は多くはない。秋東が痺れを切らし、ローラー攻撃に出てきたら打つ手はない。しかし、吉野には何の作戦も思いつかない。

 何か、何かないか。この状況を変えられる打開策は。

 考えろ、考えろ、考えろ。

 く、と吉野が頬に伝う汗を感じながら奥歯を噛んだ、そのとき。



 不意に、電話が鳴った。



 振動とともに着信を伝えてくるのは、当然のことながら吉野の携帯電話だった。誰だこんなときに! と泡を食って電話に出る。マナーモードになどしていなかったから普通に音が響いてしまったが、まさか今ので秋東に気付かれていたりしやすまいな。

 誰だ、と尖った思いの耳に、聞いたことのある陽気な声が響く。


『――よう、吉野少年。お取込み中のようだな』

「ま、真柴ましばさん!?」


 いよいよもって、こんなときに、という相手だった。今まで散々連絡を試みても一度も出なかったくせに、かけてくるときに限って最悪のタイミングだ。

 しかし真柴は吉野の理不尽な怒りには全く頓着とんちゃくなく、『まあまあ、私の話を聞け』などと言ってくる。


「話って」

『状況はわかってる。人形遣いに追い詰められてんだろ? 相手は長距離型だな』


 む、と吉野は文句を募らせようとしていた口を閉じる。まるで見ているかのような物言いだ。そういえばセネカと初めて会ったときの戦いも近くで見ていたと言っていたし、またぞろ案外近くにいるのではないか?

 だがそれすらも見越したように『近くにはいないぞ』と断ってから、真柴は続ける。


『お互い時間もないから、手短に済ませようぜ。お前、私に訊きたいことがあるだろう?』


 は? と思わず吉野は眉根を寄せた。このタイミングで図ったように連絡を取って来たのだから、何かアドバイスでもくれるのではないのか。しかしすぐに頭を強く振って、一息とともに反発を呑み込んだ。


 今は言い争っている場合ではない。

 そうだ、訊きたいことがある。


「セネカは、最強のホムンクルスなんだよな」

『そうだ』

 短く、真柴は答える。だから吉野は続けて、


「最強っていうのは、どれくらい強いんだ?」


 そう問うた。


『うん? 質問の意図がわからないな。つまりお前は、何を問いたいんだ?』

 わからない、と言いながらも真柴の声には面白がるような響きがある。そのことは吉野にも察せられたが、あえてここは乗せられておく。


 つまり。

「セネカにはどれくらいのことができるのか、ってことだ」


 話しながら、吉野はこれまでに見たセネカの、ホムンクルスたちの戦いを思い出す。

「人形遣い、って言っても、実際に戦っているのはホムンクルスだけで、人形遣いは漠然とした指示しか出していない。つまり、具体的な行動の選択はホムンクルスが自分で判断しているんだよな。けど、ホムンクルスにはできる限界だってあるよな?」


 あくまでも想像だ。ゲーム的な想像に過ぎないのだが、

「魔力とかキャパシティとか、そういう制約は、ホムンクルスにもあるんだよな。人形遣いっていうのは、自分のホムンクルスの限界値っていうのは把握しているものなのか?」


 ホムンクルスの限界。その指摘は、吉野自身あながち的外れではないと思っている。

 もしもホムンクルスが、ないしはホムンクルスのみが行使し得るという魔法が無限定に顕現けんげん可能な力なのであれば、極端な話、秋東があの天使を介して吉野に「死ね」と言うだけで吉野を殺すことができるはずだ。しかし秋東はそれをしない。


 しないのではなく、できないのなら。

 ホムンクルスには、魔法には可能限界があるはずだ。

 そして、それならば。

 セネカの限界はどこにある。


『成程ね。それが、お前が私に最も問いたいことか?』


 数拍を置いた後で、確認するように真柴は言った。そうだ、と吉野は頷く。

 ふむ、と真柴も頷いている気配がした。

 そしてその言葉にはやはり笑みの色がある。


『いいだろう、答えてやる――けれどもその問いには、お前自身が既に答えているぞ』

「え? ……どういうことだ」


 真柴の言う意味がわからない。吉野はわからないから訊いたのであって、既に自答しているなどと。

 しかし真柴はあっさりと言う。


『セネカは最強だ』


 端的に、そう言った。

『セネカには限界がない。だからこその最強で、最高で、最終なのさ。――錬金術の歴史を紐解くにはお互い時間がないから簡単に教えてやる。まずお前の言うホムンクルスの限界、魔法の限界という制約は確かにある。お前の推測は正しい』


 真柴のお墨付きを得て、吉野は密かに安堵をする。魔法に限界があるのなら、やはり秋東が一言で吉野を抹殺し得るという可能性は消える。

 差し迫った危機は依然として変わらないのだが。


『一式、二式、といったナンバリングは、つまりは錬金術師、人形師の試行錯誤の歴史なのさ。魔法そのものは無限大で不可能という概念が存在しないが、それを行使するとなると話は別だ。人形師は唯一魔法を使えるホムンクルスに魔法を使わせるため、多くの失敗と成功を繰り返した。そしてその延長線上で、六式天使型が最も制約を少なく、より純粋な魔法に近しいものを顕現できるようになった――セネカが完成するまではな』


 真柴の話を聞きながら、吉野はセネカへ視線を向けた。そしてばっちりと目が合う。

 セネカは膝を抱えた姿勢は変わらぬまま、じっと無表情に吉野を見上げていた。


『セネカは完全な魔法を使える、ホムンクルスのハイエンドさ。だが、ここでお前のふたつ目の正解に触れなければならない――実際に戦闘行動を判断しているのは人形遣いではなく、ホムンクルス自身だ、という話だ』


 ふと、セネカが握った吉野の手を引いた。何だ? と思う間に今度はセネカが全力で吉野を引っ張り、不意を突かれた吉野は思わずセネカに覆い被さるような格好で崩れる。

 その背後、恐らくそのままいれば側頭を抉られたであろう位置を、細く絞られた光線がけた。直前まで吉野がいた空間を過ぎ、床まで穴を開ける。セネカが手を引かなければ今ので吉野は死んでいた。

 吉野は軽く悲鳴を上げていたのだが、耳元で真柴の説明は続いている。


『ホムンクルスは行使する魔法を自分で判断する。ゲームのように、使役者は駒の技を全て把握しているわけではない。だからホムンクルスは人形遣いのイメージに沿って、自分の魔法の限界の中で、魔法を顕現する――いいか、イメージ、想像だ』


 吉野は意識から抜けかけていた、上空にいるであろう秋東へと注意を戻す。どうやら秋東は、適当に校舎を射撃することで吉野とセネカをあぶりだそうとしているようだ。そっと窓から空の様子を窺う。勿論その間も、真柴の話は聞いている。


『ホムンクルスの魔力の源泉は契約者の存在であり、行使する魔法の型は人形遣いの想像力にある。いくらホムンクルスが強力でも、人形遣いの想像力が乏しければホムンクルスは大した魔法を使うことはできない。逆に、人形遣いがどれほど想像力豊かでも、ホムンクルスの可能性が小さければやはり大したことはできない。――そして、ここがセネカにとってネックとなる』


 いいか? と真柴は言う。


『セネカの魔法に限界はない。セネカの魔法に不可能はない。あるのはただ、人形遣いであるお前の限界だけだ』


 いいか、と真柴は重ねる。


『想像は創造だ。お前が想像した世界をセネカが創造する。最強というのは、最高というのは、最終というのはそういうことだ吉野少年――想像しろ。創造しろ。世界を描いて創り上げろ』


 いいか、と三度真柴は言った。


『セネカを信じろ。セネカにできないことはない。だからお前は思い切り、やれ』


 セネカを手に入れる、とは。

 世界を手に入れるとは、そういうことだ。


 言うだけのことを言い切ると、じゃ、と一方的に通話を切られた。切れる間際にまた爆発音のような音が聞こえたから、真柴も確かに時間があったわけではないようだ。一体どこで何をしているのか知らないが。恐らくかけ直してもつながらないだろう。これで、またしばらく真柴には何も聞けまい。だが、


「――十分だ」


 携帯電話を畳んでポケットに仕舞い、吉野はセネカを見る。

 セネカもまた、ひたむきに吉野を見ていた。

 だから、吉野は頷く。


「俺は想像する。だから創造しよう、セネカ」


 この絶体絶命の状況を打破する。

 しかし、吉野には実のところ、秋東を倒そうというつもりはない。

 秋東を倒すことなく、生き残るためには。


「一発逆転だ」


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