誰か説明してくれませんか
ゆっくりと降下していった吉野と少女は、そのままゆっくりと着地した。先の戦いのせいで周囲一帯は瓦礫の山と化している。ビーム砲で蹂躙された校舎は一階部分を残してほぼ全壊だし、学校周りの住宅地も、怪物の脚に蹴散らされたり崩れ落ちたそれに押し潰されていたりと散々な有り様だ。
「三分限定超戦士の戦後もこうなるのかね――それより、なあ、おい。お前……説明してくれよ。一体何が何なんだ。契約って――おい?」
降下中は混乱の極みにあったためいっぱいいっぱいだったが、着地する頃には多少整理もついた。だから状況を訊こうと振り返ったのだが――
「おい、どうした。大丈夫か!?」
翻った先にいるはずの少女は、倒れていた。うつ伏せに崩れるようにして横たわっており、受け身も取れずに伏したのだろう、抱き起してみれば、明らかに気を失っている。
蒼白を通り越して紙のような顔色だった。急いで確認してみると、幸い呼吸はしている。そのことにひとまずは安堵しつつ、吉野は少女を抱えたまま大きく鼻息を吹いた。
「おいおいおいおい――どうしたらいいんだ。徹頭徹尾わけがわからないんだけど……誰が説明してくれるんだよ、これ」
巨大な化け物が襲撃してきたこと。
クラスメートはおろか、こうしている今も周囲から何の音もしない――人の気配が一切感じられないこと。
この数分での攻防と、少女の力。何をしたというのだ。何がどうなったらこうなるのだ。
一周回って、何だか冷静になった。
が、それで状況が分析できるわけではない。むしろ分析した方が混乱する。
いや、ある意味でシンプルなのだ。ただ、
「すっげーファンタジーってだけなんだが……」
モンスターと魔法少女の戦い、というところか。だがそこに自分が噛み込まれる理由が全く見当もつかない。
やれやれ、とんだボーイ・ミーツ・ガールだぜ。
「なんて気取ってる場合じゃなく……誰も出てこねえし、学校も家も派手にぶっ壊れたままだし。何なの? 世界のバグなの? ゲームの世界に転生しちゃったの?」
んなわけあるか。
「そんな、最近流行りの埃よりライトそうなノベルタイトルみたいな急展開があるわけねえ。つーかゲームやってねーし……」
ぼんやり授業受けてただけだし。最近ハマってるゲームは格ゲーだし。
ここはあれだろうか、古典的なアレをするべきだろうか。そうだそうするべきだ。むしろどうして初めからそうしておかなかったと地団太を踏んで悔しがるべきタイミングだ。いやーどうして気付かなかったのだろう。まだ間に合うだろうか。間に合うと信じよう、それしかないのだ。というわけで前置きはこれくらいにして、さあ、言おう。せーの、
「夢オチだ」
「ダウト」
「――え?」
折角の究極の現実逃避を瞬殺され何しやがるんだと思う前にもっと大事なことがある。
誰だ?
「ちょっと信じられない現実を前にしたところで安易に夢に頼ってしまうような昨今の風潮には私は苦言を呈したいと常々思うところだね。考えてもみたまえ、かつて一度としてそのオチがこんな物語の序盤で正しかったことがあるか? ないだろう。そう、ないのさ」
自己完結されてしまった。
立っていたのは背の高い女性だった。
服装に頓着しないのか、色褪せたジーンズに紺色のパーカー、黒の長髪をポニーテールに結っていて、そのパーカーのポケットに手を突っ込んで立っている。
目鼻立ちは整っているのに、斜に構えたような表情が妙に似合っている。
「……え、誰?」
誰もいなかったここに、新たな登場人物だ。だからこそ、それは余程の重要人物であろうと思われるところなのだが、
「夢オチ? ゲームの世界? そうは問屋が卸さない。そんな安易なアイディアに軽々に傾くほど世の中そう都合よく回っていると思ったら大間違いだ。そうだろう? なあ少年」
にやにやと笑うそのつり目がちの女性は、平常ならなるべく関わり合いになりたくない類の雰囲気だった。
危ない、というか。
変。
「……あ、あんた、何だ。誰なんだ」
相手がどれほど変であろうと、現状話せる相手はこの女性しかいない。そう思って問うたのだが、おや、と女性は小首を傾げた。
「うん? ふむ。私は誰か。いいだろう、訊かれたからには答えよう。名を問うのなら真柴・鈴沙だ。そして何者かを尋ねるならば、私は協会直々に指名手配中の魔術師、錬金術師、人形師である。――訊かれたことには答えたぞ。さあ、他に何か質問は?」
……ん?
さらっと淡々と流暢に言われたのだが、何か今さらっと淡々と流暢にとんでもないことを言わなかったか。
「……えーっと、すみません。もう一度、いいですか」
「うん? なんだ、聞き取れなかったか? ではもう一度言うぞ。よぅく聞いておけ」
す、と一息吸って、女性は言った。
「私は真柴・鈴沙。魔術師だ」
に、と満面に女性は――真柴・鈴沙は笑って見せた。
「――お前に状況を説明してやろう」