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天空海戦物語 魔法機環と少女と  作者: 天菜 真祭
法印皇女と侍女官と
9/27

天空教習艦と少女と

♯星歴682年10月 14日

 アゼリア市カミヤライ閘門区


 その日、ゴンドラで案内された実習先は、天空教習艦「アキアカネ」だった。有名な船だから、これに乗れたらいいなって、実は狙っていた。天空教習艦は帝都に四隻あるから、どれが当たるのかは半分以上は運だった。

 毎日、毎日、色々な天空船を廻って練習を繰り返していたけど、お邪魔する天空船の本来業務の合間に、ちょっと触らせてもらう程度しか許してもらえなくって、天空船の教習は退屈だった。でも、今日は違うと思ったら、急にやる気が出て来た。だって、天空教習艦だよ。つまり練習専用の船っ! 退屈な大型貨物船なんかと違って、自由に飛び回れる天空船をついに操れるときが来たと、このときは素直に喜んだ。今、思い返すと、あの頃は、ただ素直な子供で、まだ何も意地悪なことを知らなかったと思う。


 天空船といっても、色々な種類があるの。

 いま帝都にいる天空船で一番に多いのが、民間船籍の商業船だった。帝都アゼリア市はなんといっても八十万人都市だから、小麦や生鮮食料品をはじめ、様々な生活必需品や食べ物など色々と運んでくる必要がある。アゼリア直轄領の西半分は穀倉地帯だから、普通に馬車や荷車も使われてはいるんだけど、帝都には外周運河なんていう天空船専用の特別な港湾施設があるから、天空船が他の都市よりも多用されていた。帝都の周りは、様々な商用天空船で混雑していた。連日の天空船教習でも、たくさんいる商用天空船を貸してもらっていた。


 天空艦隊に所属する艦船に限っていうと、部分的に魔法機械制御を取り入れた、半機械船が一番に数が多い。

 商業天空船と違うのは、強力な火炭炉を備え、高速蒸気タービンを使えること。竜骨や主桁が頑丈で装甲を持っていること。もちろん、武装している。でも、それだけの違いしかない。肝心の魔法機械は、ごく簡易な単機能の機械しか積んでいなかった。


 逆に高性能なのが、魔法機環船と呼ばれる種類の船だった。つまり、魔法機械の中でも高性能な基幹部品である魔法機環を備えて、魔法力により操船できる船ね。天空船は空の中に浮いているから、水上船と較べて遙かに自由が効く。すなわち、操船は凄く難しい。魔法機環船は、他の天空船とは比較にならないほどに運動性能が優れていた。半機械船や、全部が手動操作の商業船をハコフグに例えるなら、魔法機環船は獰猛なシャチだといえる。


 フェリム第4期、「天空海戦時代」と呼ばれる六百年前の頃は、全てを魔法機械で管理する完全な魔法機環船が主流だった。それだけの魔法技術があった。だけど、現在の天空軍には魔法機環船は半分にも満たない。まして完全な魔法機械船なんて数えるほどしかない。魔法機械騎士と同じね。基幹部品である魔法機環を新しく作るのは、大変に困難だった。細々と水晶を核体にした近代的な魔法機環を帝国大学付属の研究所で作ってはいるのだけど……性能は発掘品に及ばなかった。つまり、実質的には発掘品に依存していた。


 この天空教習艦「アキアカネ」は、操船のほとんどが魔法機環で可能な貴重な魔法機環船だった。ずいぶんと古い時代から受け継がれてきた天空船で、多くの天空騎士を育ててきた。

 大切にされてきた理由は色々あるけど、性能面から言うなら、主機の出力管理や、メーンローターのピッチコントロールまでもが、魔法機環で操作できた。私、この船、ぜひとも操演してみたかったの。


 天空教習艦『アキアカネ』は、カミヤライ閘門塔の近くの桟橋に係留されていた。その船尾には、熱帯魚のしっぽみたいな大きな主舵が……可愛いって噂を確かめたくって、ゴンドラから身を乗り出して見遣った。この船の名前の由来、赤トンボの絵柄が外周運河の清流に濡れていた。うん。凄く可愛かった。


 天空艦隊所属艦船の船尾主舵には、識別のために所属艦隊群の徽章を基にした絵柄が描かれている。

 ほとんどの艦船は、所属艦隊群を表す花を意匠化された絵をその巨大な尾に持っていた。例えば、法王親率艦隊群では蓮の華。お父様が指揮している第四艦隊群は百合の花と決められていた。

 でも、この教習艦だけは花じゃなく、可愛い赤トンボの絵が船尾主舵を飾っている。これを操演できるって嬉しかったから、恥ずかしいくらいにはしゃいでいた。

 意気揚々と教習艦に乗り込む私を、お付きの従者たちが気遣わしい視線で見送ったことに、私は後になって思い当たった。何か変な雰囲気だったとは思ったのだけど、あの時は嬉しくて浮かれていたから深く考えなかった。


 船橋へあがり、操演台に向かうと、そこに長身で涼しげな雰囲気の天空騎士がひとり、紫色の布包みを携えて、私を待っていた。

「法王親率教導騎士団より沙夜姫様の戦技指導に参りました。副騎士団長を勤めております、クムク・ウイ・アルスティーズです」

 ……へ?

「クムク副騎士団長……さま?」

 事前に、何も説明されていなかった。歌劇舞台で悲恋物語の主人公でも演じていそうな、あまりに麗しい青年騎士が、甘い声色で、私を待っていたといったの。


 クムク副騎士団長が携えていたのは、私の新しい操演球だった。魔法機環入りの天空船を操演するには、この操演球という特別な魔法機環が必要だった。天空船が備えている魔法機環と、操演球の中に封入された魔法機環とが通信することで、船を自在に操れるようになる。

 操演球は、この操演術を使う術者に付きひとつ専用の物を用意していた。天空艦隊では、この操演術を使える役職を、操演術士と呼んでいる。法印皇女は、操演術でも最優秀であるべきと考えられていた。

 魔法体系の中でも最高階層に位置する法印魔法を身に宿しているのだから、魔法力において天空帝国でも至高の存在だった。だって法王様の血筋だから、魔法的な資質は優秀な》だった。だから、当然、操演術でも優秀な》という理屈が成り立つはずだったの。


 クムク副騎士団長は、目を輝かせる私の前で、絹の包みを開き、真新しい操演球を差し出した。ほんの一滴、私の血を与えて、新品の操演球に私の存在を記憶させた。祭儀的な手順は、クムク副騎士団長に教えて頂いた。

 透き通った淡い空色をした操演球は、思わずにやけてしまうほどに、嬉しいものだった。胸元に抱いて浮かれていた。ずっと大切に使うつもりだった。


 ……でも、この操演球は、お返ししてしまった。後でお話しするけど、こんな普通の操演球では、容量が足りなくって、とても私の魔法力に耐えられなかったの。


 でもね、何も知らなかったから、このときは本当に嬉しかった。

 そして、初めての本格的な天空船教習が始まった。

 マニュアルを参照し、クムク副騎士団長にも細かい手順を習いながら、天空船を飛び立たせる準備をした。

 それから、管制所へ出港許可を求めた。

「教習艦『アキアカネ』です。出港許可を申請します」

 無線通信で、カミヤライ閘門塔の管制所へ呼びかけた。ところが、管制所は返事をしてくれない。

「あの、こちら『アキアカネ』です。あの……カミヤライ管制、聞こえますか?」

 焦って呼びかけを繰り返した。もちろん、無線機器のスイッチがちゃんと入っているか、とかも確認し直した。

 すると……無線機のヘッドフォンに、ちょっと意地悪な笑い声が混じった。

「こちらカミヤライ閘門管制所、貴船の名前は『アキアカネ』ではありませんよ」

 えっ! 慌てた。天空艦隊所属艦のリストは、単語帳を作って詰め込み学習した。そう言えば、確か、「アキアカネ」って、愛称だったはず。

 さらに慌てて、この天空教習艦の本名を思い出そうとしたけど、泡を食ったせいで、記憶が全部、吹っ飛んだ。

「通称にて呼称します……『アキアカネ』 時計回り航路にて、出航を許可します」

 出港許可を伝えた管制所の声は、にやにや笑いが混じったていた。

 からかわれたことに気付いて、膨れた。



♯星歴682年10月 15日

 アゼリア市カミヤライ閘門区


 翌日は、学校を休んで朝から教習艦「アキアカネ」で実戦的な演習に取り組んだ。今思い出すと恥ずかしいくらい。私は朝早くからもの凄く張り切っていた。

 実践演習の相手役は、アゼリア直轄領守護艦隊が演じてくれる聞いていた。やっと本物の演習ができるって、やる気が燃えていたの。

 小さな声で言うと……直轄領守護艦隊と、うち、つまりメートレイア伯爵家が指揮権を預かる天空第四艦隊群とはライバル関係にあった。お父様が星華月の演習で負けて帰って来たのを覚えていた。雪辱戦というよりは、もっと単純に、直轄領守護艦隊に勝てばお父様に褒めてもらえるって思っていたの。


「時計回り航路にて出港を許可します。『アキアカネ』 頑張れよ」

 カミヤライ管制からの声は、もう笑っていなかった。励まして送り出してくれた。嬉しかったし、何だかやれそうな気がした。

「はいっ! 負けません」

 何も知らない初心者だった。だから、根拠不明の自信が私を高ぶらせていた。



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