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天空海戦物語 魔法機環と少女と  作者: 天菜 真祭
魔法機械騎士と少女と
7/27

魔法機械騎士ガストーリュ

♯星歴682年 7月 17日

  アゼリア市港区甲羅虫通12番地・ウルシル魔法機械工廠


 ガストーリュに出逢ったのは、この魔法機械工廠に通い始めて、すぐ、真夏のことだった。

 びっくりな出逢いだったから、一目惚れみたいに、私はこの白亜の機械騎士に魅入られた。


 それは夏休みの始まりだった。北部高原に位置するアゼリア市も、盛夏の頃はさすがに暑くて、赤煉瓦の魔法機械工廠の中は蒸し返っていた。

 法印皇女見習いの私が最初にもらった仕事は、工廠の片隅にごっそり積み上がったがらくたの整理だった。どれも、まだ使えるのか、もうゴミなのか、それすら判別が付かない機械の欠片ばっかり。

 だから、試しに法印魔法を少し与えて見れば、使えそうな機械は反応を返すし、もうダメならば何も起きない。私がしたのは、そんな簡単な、だけど、手間のかかる仕事だった。


 魔法機械の研修にやって来る初等科の生徒が、法印皇女のたまごだって――そう、聞いたラファル技巧官は、有頂天だったらしい。天井まで届く高さに積み上がった発掘品の在庫一掃ができるぞってね。

 もちろん、そんな事情を何も知らされていなかった私は……いきなり、大変な重労働に駆り出されるハメになった。

 ラファル技巧官に言われるまま、「まだ脈がありそう」や「鋳潰すには惜しい」と彼が言う部品類を手渡されて、ひとつひとつ法印魔法をつぶやいたの。残念ながら、はずればっかり。でも、まれに当たりもある。手の中に包んだおにぎりみたいな機械の破片が綺麗な燐光を漏らすと、技巧官は本当に嬉しそうだ

った。ラファル技巧官は、遺跡から発掘された機械たちが本当に大好きだった。無邪気にはしゃぐ彼と組んで、がらくたの仕分け仕事ができたから、初めてのお仕事は楽しかった。

 ……問題なのは、ラファル技巧官が瞳を輝かせて持ち寄るガラクタの分量が、異常に多いってことだったけどね。


 そんなある日、いつもどおりに魔法機械工廠に行くと、大きな輸送船がすぐ近くの運河に降りて来た。

 運び降ろされたのは、イル砂漠で発掘されたとかいう魔法機械たちの欠片だった。外周運河ではしけ船に載せ替えられて、青緑色に輝く水面を滑って、この赤錆びた機械工廠へ運び込まれたガラクタの山に、例によって、ラファル技巧官はうきうきと目を輝かせていた。私はというと、その傍らで震え上がっていた。やっと、天井まで届く「ガラクタ山脈」が、小山くらいの高さにまで片付いていた。真夏でも涼しげな帝都で、あんなに汗をかいたのは初めてだった。そんなにも毎日毎日、法印魔法を数え切れない数の機械の欠片に唱え続けた。

 私、頑張ったのに……

 こんなにたくさんの機械の欠片が、おかわりで届くなんて。まさか、また、全部を法印魔法で試そうなんて言い出さないでしょうね? そう、本気で私はびくびくしていた。だって、ラファル技巧官は、怖いほどに有頂天に弾みあがっていた。


 えっと、そろそろ何か変だって思ったでしょ?

 このウルシル魔法機械工廠は、実は、魔法機械騎士を初めから作ることが出来ないの。正確には、こんな風に大昔の遺跡から発掘された魔法機械の欠片を整備して、組み立て直して、「新しい魔法機械騎士」を作っていた。

 法符劣化のない完全な循環詠唱ができる魔法機械を製作するための技術は大昔に失われてしまった。それは、つまり、基幹技術を失ってしまったから、基幹部品は、発掘品に頼らざるを得ないっていうことだった。だから、遺跡から発掘した魔法機械の欠片を一生懸命に蘇らせて再利用していたの。


 結局、イル砂漠での発掘作業に携わった学士の先生方が先に仕分け作業をしてくれることになって、私は助かった。そうじゃなきゃ、私、法印魔法の使いすぎで倒れていたかも。



♯星歴682年 7月 24日

  アゼリア市港区甲羅虫通12番地・ウルシル魔法機械工廠


 学士の先生方の作業手順は……当然だけど、ラファル技巧官とは違った。丁寧に砂埃を落とし、機械部品の細部まで丹念にスケッチを取って、それから発掘現場での記録と付き合わせて…… 魔法機械の欠片を学術史料として大切に扱っていた。いきなり魔法を印加したり通電試験を始めるラファル技巧官とは大違い。そりゃ技巧官は、学術史料が何とか……じゃなくって、魔法機械が動く美しい姿を早く見たいだけだから仕方ないけど。


 そんな様子だから、ラファル技巧官はじれていたし、私は思いがけず暇を持て余していた。だから……その黒い魔法機械の塊に歩み寄ったのも、本当に偶然に何となく、気が向いたからなの。

 学士先生が付けた最初の鑑定は、天空船の推進器か何かだった。表面に溶融した蛍砂が大量に固着していた。それが本当はどんな姿をしているのかは、本当は見当が付かなかった。


 だけど……私がその魔法機械の塊に触れた途端、そいつは突然に目覚めた。

 本当にびっくりした。


 ちょうど休憩時間のことだった。工廠詰めの技巧官たち、ビン底眼鏡の学士の先生方も、みんな仲良く作業ヤードの傍らでお茶菓子を頬張りながら談笑していた。

 ご老人向けの微妙に柔らかい食感のお菓子が苦手で、私は逃げるついでに、その巨大な溶けた塊にちょっかいを出した。


 私がちょっと触れただけなのに、突然に黒く熔けた塊が鳴動を始めた。

「えっ? なんで……」

 すっとんきょうな声を思わずあげた。

 怖くなって、飛び退って、走って逃げた。

 だけど、溶けた蛍砂を振り払い轟音とともに歪な魔法機械が立ち上がって、めちゃくちゃに打ち砕かれた姿のまま、私に追いすがった。

 まさか、溶岩みたいな塊の中に機械獣魔が隠れているなんて、想像もしなかった。

「ちょっと、やだ、来ないで……」

 スカートを翻してガラクタの間を駆け抜けて逃げた。魔法機械獣が、作業ヤードに並ぶ機械の欠片を乱暴に薙ぎ払った。一際に大きな破壊音が響いて、身が竦んでしまった。こんな事故は、何十年に一度ってくらい滅多にないことのはずだった。


 この段階で充分に大事故だった。もちろん、工廠の技巧官たちも、ぼんやりお菓子をかじって見ていたわけじゃない。慌てて火器を引っ張り出したり、工廠付きの作業用魔法機械を駆り出そうとしていた。だけど、間に合わない。

 私は、なす術もなく汚れた赤煉瓦の壁まで追い詰められた。振り返ったら、怖くて動けなくなった。溶岩みたいに壊れて熔けた魔法機械の獣魔が、千切れかけた部品を引き摺りながら、追い詰めて来た。轟音が、振動になって床を奔って来て、サンダルを伝って、私の足を震え上がらせた。

 間近に迫った黒い機械獣魔が、死神の鎌みたいに不気味な腕を、私に目がけて振り下ろした。身が竦んで動けなかった。


 だけど、死んじゃうと思った瞬間、真っ白な疾風が私を包んで、禍々しい鎌首を弾き飛ばした。

 ぎゅっと、つぶっていた目を開けて見あげた。

 白亜の魔法機械騎士が、私の背中を大きな掌で包み、歪な機械獣魔の突進を広い肩で止めていた。

 次の瞬間、弾き飛ばされた黒い獣魔が体勢を立て直して、再び、突進した。白亜の魔法機械騎士は、私を左手に包んで庇っているから、動けなかった。

 息を呑んだ。

 深々と、黒くて恐ろしげな死神の鎌が、白亜の魔法機械騎士の背中に刺さった。

 私を救った魔法機械騎士も、発掘品だった。半壊状態で木製コンテナに閉じ込められていたはずだった。一瞬だけ、コンテナを見遣ると――厳封したはずのそれは、内側から力任せに破られていた。白亜の魔法機械騎士は、半壊状態でも、それが魔法機械騎士だって解る形をしていたから、制限魔法を込めた符札を張った木製コンテナに閉じ込めていた。

 絶対に抜け出せないはずだった。

 それなのに……

 再び、黒い金属光沢に濡れた鎌が振り下ろされた。白亜の魔法機械騎士は、それなのに私を守ったまま動こうとしない。

 白亜の破片が飛び散った。破壊音が私の胸に刺さった。視界が潤んで……

「やめて、ガストーリュ、もう、いいっ!」

 そう、私は叫んでいた。

 不思議とその名前が口を突いて出たの。どうして、そんな名前を私が知っていたのかは、後で分ったけれど、その時はとにかく、私を救ってくれた魔法機械騎士に――私はきっと一目惚れしてしまったんだと思う。

 一瞬、ガストーリュと私が呼んだ瞬間、魔法機械騎士が私を見詰めた……そう、感じた。

 でも、真っ黒な機械獣魔がまたも鎌状の黒い腕を振りあげた。どうすべきか、その瞬間には、私の中にはもう答えがあった。

 振り向いて、ガストーリュの白亜色をした機械の薬指を抱いた。法印魔法を心の中で唱えた。ガストーリュに掛けられていた太古の法印を全部、解いた。これで白亜の魔法機械騎士は、本来の能力を取り戻せる。もちろん、壊れていなければ……だけど。でも、法印の手枷足枷を填められている状態じゃ何も出来ない。

 続いて防御魔法〈カトレの水晶壁〉を与えた。これは私が使える防御魔法の中では一番に硬い。この獣魔みたいな刃物による攻撃を防ぐことに向く魔法だった。

 これまでとは異質な破断音が、機械工廠の高い天井に響いた。獣魔の死神の鎌が折れて飛ばされた。

 ちょっと、驚いた。

 防御魔法を全力で使った。だけど、こんなに効果が出るとは思わなかった。だって、こんな巨大な魔法機械騎士だよ。それも大急ぎで魔法を与えた。普通なら、効果はかなり限られる。何とか致命傷になる獣魔の斬撃を逸らせることさえ出来れば良いと思っていた。


 ……どうして?


 ひとつだけ、可能性が浮かんだ。


 ――この白亜の魔法機械騎士は、私の魔法を知っている。不意に与えたはずなのに、私の魔法を吸収して、完璧な効率で防壁として展開した。ううん、それだけじゃないはず。この魔法機械騎士は、私の魔法の器質や特性に合わせて造られているとしか、考えられない。そう推論せざるを得ないほどの高効率で、防御魔法が機能した。

 次々と心に浮かぶ答えに、私自身が驚いた。

 だって、魔法には、個人差が大きいの。

 もちろん、魔法数理は体系化されていて、先ほど私が使った〈カトレの水晶壁〉のように、「名付けられた魔法」ならば、誰が使っても同じ結果になるはず。

 でもね、同じ魔法でも唱えた術者が違うと、細部は全然違う。引き出せる効果も違うし、見た目でも魔法発光の色は異なる場合が多い。

 例えば、火炎系攻撃魔法なら、高位の使い手ほど魔法光の色温度は高くなるし、どんな鋼鉄の塊だって溶かしてしまう。逆に、初心者ならば、蝋燭みたいな淡い色でほんのり程度の熱量しか出せない。

 驚くような推論に基づいて、次の魔法を選んだ。不思議と迷わなかった。

「ガストーリュ、私の魔法を使ってっ!」

 魔法機械騎士が右手を私に向けて差し出すのと、私が身を翻したのは同時だった。私を庇ったのは左手だったけど、この魔法機械騎士の利き腕は右なの。だから、この機械騎士は、私からの攻撃魔法は右手で受け取る。

 差し出された白亜の掌に、私の両手を重ねた。あまりに広い掌だから、私の小さな体格だと、壁に両手を突いたみたいになっちゃうけど。

 瞳を閉じて、イメージを心の中で紡ぐ。

 名前のない私の中にだけある魔法。

 名付けられていない魔法。

 誰も知らない魔法だから、黒い獣魔は対抗手段を知らないはず。

 私を守り続ける白亜の魔法機械騎士を見あげた。ぱらぱらと表面を包む装甲外骨格が崩れ始めていた。元々が半壊状態だった。動かないはずと先生方が判定したほどに破損が酷かった。それなのに……

 周囲を素早く見回した。工廠で預かっていた天空軍の機械騎士がいくつかこちらへ向かってくるのが見えた。けれども、残念ながらあまり戦力として期待にできそうにない有様だった。ここで預かっている機械はどれも、修理を必要とする物ばかり。だから、この工廠に預けられている。

 私と、ガストーリュで何とかするしかないと決意した。

 私のとっておきの魔法は、既存の魔法数理に体系化されていない魔法だった。だから、作るのが大変だった。けれど、ガストーリュはもう限界を越える働きをしていた。たぶん、チャンスは一回しかないと思った。

「……ガストーリュ、お願いっ!」

 長めの精神集中。定型文を持たない、言葉の欠片の集まりだけの魔法を、何とか編みあげた。

 重機械の唸る音と疾風が奔った。

 白亜の魔法機械騎士が振り向きざまに、背後にいた機械獣魔に右拳を打ち込んだ。

 同時に再び、逞しい左手に包み込まれて守られた。ガストーリュの右拳が獣魔の腹部に深く刺さるタイミングを待って、心の中のイメージを完成させた。


 ――犬釘。


 太くて硬くて決して折れることのない鋼鉄の楔を心の中で形作った。

 ガストーリュは、またも、完璧なタイミングと効率で私の、私だけの特別な魔法を使いこなした。

 ガストーリュが守ってくれるって信じていたから、間近でこんな大攻撃力の風魔法を使ったのに、私自身を守る魔法は用意しなかった。全力で、風魔法で編んだ犬釘に集中した。


 結果は、一瞬だった。

 溶岩みたいに禍々しい姿の機械獣魔が、ひび割れて砕けた。重くお腹に響く遠雷みたいな衝撃音が全てだった。

 いくら天井が高くて巨大といっても、魔法機械工廠の建物の中だから、破片を飛ばしたり爆発したりしないように、気をつけたつもりだった。そのために、既存の魔法じゃなくって、先端こそ鈍いけど深く刺さる犬釘をイメージした魔法を作ったの。


 白亜の魔法機械騎士は、半壊しながらも、私を守ったまま恭しく跪いた。

「ありがとうございます。ガストーリュ……」

 終わった思った途端、身体から力が抜けてしまった。お世辞にも綺麗とは言えない工廠の床に座り込んだ。私を包む魔法機械騎士の壊れかけた指に触れた。へたり込んだ拍子にガストーリュの機械の指先に手を着いた。

 そうしたら……

 ひび割れていた大きな指先が、私が触れた途端に燐光を放って、破損箇所が直ったの。

 それが、この魔法機械騎士を修理し始めたきっかけだった。私のために魔法機械騎士は傷ついた。私には、この魔法機械騎士を癒やしてあげる力があるって解った。

 だから、どんな大変でも直そうと思った。毎日、天空船の実習や立派な法印皇女になる詰め込み勉強が大変だったけど、でも私の力でガストーリュを直したいと思った。

 だって、この魔法機械騎士は私の命の恩人なんだから。それに……後になって「理由」を知ることになるのだけど、この魔法機械騎士は遠い約束を守るために私の許に還って来てくれたのだから。


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