表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天空海戦物語 魔法機環と少女と  作者: 天菜 真祭
魔法機械騎士と少女と
6/27

魔法機械工廠と技巧官と

#星歴 682年10月11日

 アゼリア市杜山区葦華通4丁目


 やっと天空船実習から解放されたのは午後六時を過ぎていた。実習に付き合って下さった天空貨物船の船長へのお礼もそこそこに、今度は、大急ぎで水上バスの駅まで走った。

 水上バスに乗り換える葦華通駅は、外周運河と市街地を流れる水路との合流点にあった。ゴンドラで送ってもらうのはここまで。従者役を務めてくれた天空騎士たちにもお礼をいってお別れした。

 水上バスが白い湯気を吐きながら船着き場に入って来るのと同時に、紫色に識別色が付いた改札を走り抜けた。帝都にはたくさんの運河があって、水上バスも結構な数が運行されている。迷子にならないように、水上バスの駅には運河ごとに目印になる色が目立つ場所に塗られているの。

 南部の商都ティンティウム市がトラムの街ならば、北部高原にある帝都アゼリア市は水路の街だった。官庁街や繁華街はもちろん下町にも、水運用に掘られた水路が網の目のように張り巡らされていた。どこに行くのも水上バスが便利だった。


 私の家、メートレイア伯爵家は、帝国でも屈指の武家だった。だから、何事にも厳しくって、送り迎えに馬車を用意してもらうなんて甘えたことは、一切、許してもらえなかった。そんな私にとって、水上バスは大切な交通手段だった。だって運賃が市内均一料金で二百リン。乗り継ぎ割引もあるから、お小遣いにも優しい。

 それに、街に暮らすみんなと一緒の席に座って、時には通りすがりの人たちとも水上バスの中で楽しく談笑もしていた。三十分ほどの時間だけど、変に気を遣われたりしない、何気ない時間が好きだった。


 その日も、そうだった。

 外周運河に今年も北の方から水鳥たちが渡ってきたよ……そんな話をしていたと思う。もう、先ほどゴンドラで感じた違和感なんて忘れていた。



♯星歴682年10月14日

  アゼリア市港区甲羅虫通12番地


 港区の倉庫や工場の建ち並ぶ区域にある甲羅虫通駅で水上バスを降りた。港区っていうけど、アゼリア市は高原にあるから、ここは本物の海にある港じゃない。正確には湖にできた川港だった。アゼリア直轄領に住んでいる天空貴族は、あんまり海のことを知らない。

 貴族は天空の海に住んでいるのであって、本物の塩っ辛い海に関する知識はかなり寂しい有様だった。そう偉そうにいう私も、実はティンティウム市へ留学するまで、港といったら、湖のことだと誤解していた。


 その港区は工場や倉庫、造船所といった機械と油の匂いがする雑然とした場所だった。

 甲羅虫通はその中でも魔法機械関連の施設が建ち並ぶ、帝都でも最も機械油にどろどろとまみれた場所だった。もちろん魔法機械は嫌いじゃないよ。できることならば、この一帯はもう少し整理整頓してくれたら良いのに……と、思ってはいるけどね。

 そして、市街の南外れに位置するこの甲羅虫通には、魔法機械の制作や修理、研究をしているウルシル魔法機械工廠がある。この赤煉瓦造りの古びた建物が、その頃、私の放課後の行き先だった。

 魔法機械工廠に着いたら、広い敷地に広がる入り組んだ回廊を赤錆びた案内標識を頼りにたどり、機械騎士整備棟に向かった。

 赤い煉瓦造りで、いつ行っても機械油の匂いと、天井まで積み上がったガラクタでいっぱいの場所だった。

 本当は天空軍に所属する魔法機械騎士を修理するための工場なのに、発掘品のガラクタで埋まりかけている場所。たぶん、そう呼ぶのが一番実態に近いと思う。


 そこに、私にとって大切な機械騎士が待っていた。

 ガストーリュという名の白亜色の魔法機械騎士で、イル砂漠にあるフェリム第4期の遺跡から発掘された機械の欠片だった。ここへ運ばれて来たときは、ボロボロの鉄くず同然の有様だった。けれど、三ヶ月ほどかけて法印魔法を与え続けた。やっと、六百年も昔の精悍で美しい姿を取り戻しつつあった。

「ガストーリュ、ただいまっ!」

 詰め込み学習から抜け出した開放感でつい声が大きくなった。煉瓦造りの巨大な工廠に私の声が反響した。

 太古の魔法機械騎士は、座った姿勢でも、工廠の二階フロアを越えて見あげるような背丈だった。一階フロアに林立する巨大な石英真空管の群れを抜けて、足下に駆け寄った。もう一度、この魔法機械騎士の名を呼んだ。まだ、眠り続けている機械騎士はもちろん答えないけど。

 立ち並ぶ石英管は、魔法機械騎士を修復するための呪文を機械詠唱していた。私が学校で授業を受けている間も、私が予め唱えて封入した魔法符形をこの石英管が代わりに唱え続けてくれる。

 もちろん、機械的な詠唱だから、私が直接に唱えるのに比べたら、効果は半分もない。それでも、電源さえあれば、朝も昼も夜も休まず回復魔法を詠唱し続けられるのは、疲れを知らない機械力のおかげだった。

 だから、私は、こうして毎日のように工廠へ通って、石英管に込めた魔法符形を新鮮なものに交換していた。私が込めた法印魔法を石英管はずっと循環詠唱しているんだけど、時間が経つとどんどん魔法符形が溶けてしまう。現在の技術では、完全な無限循環詠唱はムリだった。

 法符劣化のない完全な循環機械詠唱――これは、魔法機械製作の基盤技術だった。だってね、どんな魔法機械を作るにしたって、封入した魔法符形が時間経過ともに劣化してしまうんじゃ、全然、だめだめでしょ。

 太古の時代、漆黒の貴姫様なら当然、簡単にできたことだったはず。それなのに、六百年後の私たちの技術力では、お手あげだった。魔法機械製作を支える基盤技術なのに、六百年の間に失われてしまったの。

 だから、魔法機械騎士の復元を急ぎたいのなら、毎日ここへ通って、新鮮な私の魔法力を石英管に与え続けるしかなかった。

 オレンジ色の魔法符形を眺めて、状態を確認して気づいた。


 あっ……!


 嬉しくて口元を押さえた。ほんの少しだけど、石英管の中に揺れる符形が変化していた。それは劣化とは違う変化だった。魔法機械騎士の状態が変わると、魔法符形が変化するように予めプログラムしてあったの。

 待っていたように、後ろから声がした。

「沙夜法印皇女様、昨夜、復元魔法が次のステップに進みました。来週にはガストーリュは再覚醒しそうですよ」

 振り返ると、この魔法機械騎士の復元作業を担当してくれたラファル技巧官がファイルを片手に、にっこり満足そうな笑みを揺らしていた。

「昨夜にステップが進んだのならメールで知らせてくれても良かったのに……」

「これは、すみません。昨夜は徹夜作業だったので、つい……」

 言いすぎたことに気付いて、ごめなさいと詫びた。でも、ラファル技巧官はそんなこと気にしなかった。この魔法機械騎士が技術的な視点から特別な存在であることに、夢中だったの。

「この機械騎士の魔法機環、凄いですよ」

 瞳をきらきらさせたラファル技巧官が、数値だらけの炭酸紙を私に突き出した。解析に使った解析機械からの打ち出しデータだけど……

「これ、数値、振り切っている?」

 電磁ピンで描かれた文字の列にいくつも、上限値越えを表す記号が付いていた。

「復元作業が進捗したので、外部接続でデータを取ってみたのですが……さすがにプロテクト符形に未知のコードが含まれていまして」

 統合指揮所だけでなく、帝国公文書館にある古文書アーカイブまで参照したけど、該当する魔法陣が見当たらなかったらしい。

「失われたプロテクト魔法の一種かも知れません。早くも大発見ですよ」

 電磁ピンで打ち出したドットの組み合わせで書かれた数字に小首をかしげた。魔法機械騎士を稼働させるための魔法機環の特性には思えなかった。あまり詳しくないから自信ないけど、天空船向けの魔法機環に似ている気がした。そんな疑問を何気なく口にした。

「良く気がつきましたね。この魔法機環の出力特性は、そうですね……機甲要撃艦に積まれる魔法機環の出力特性に酷似しています」

 そこまでしゃべって、ラファル技巧官は苦笑いの混じった、でも無邪気な笑顔になった。

「そうは言っても、真銀特殊鋼の囲いの中に仕舞われている魔法機環を見たわけじゃないですよ」

 このときラファル技巧官は、異常値だらけのデータを見て、判断を保留していた。プロテクト魔法が作った幻影を観測したにすぎないかも知れない。そう、考えていたの。

 常識的に考えるならば、魔法機械騎士の胸部に収まるサイズに、天空艦船の中でも大食いで知られる機甲要撃艦の魔法機環を詰め込むなんて無理だった。それに魔法機械騎士は天空船とは違う。剣を振り回して敵の機械獣魔と直接に斬り合い、殴り合うことが役目だった。姿勢が頻繁に変わるし、衝撃もあれば瞬発的に大出力を絞り出すこともある。安定した状態に保つのは大変な技術が必要だった。


 もっとも、この魔法機械騎士が漆黒の貴姫様が作り出したものならば……絶対にあり得ないとは言い切れないかも知れない。少しずつお話ししようと思うけど、漆黒の貴姫様は六百年前にこの世界に侵攻した妖魔のお姫様だった。なのに……とある理由から、侵略軍のお姫様であるはずの貴姫様は、畏怖の他に、天空騎士たちの敬意をも集めているの。

 魔法機械騎士ガストーリュの右肩には朝顔の紋章が刻印されていた。貴姫様が率いた天空艦隊では、朝顔が紋章として用いられていた。つまりガストーリュは貴姫様の魔法機械騎士だった可能性がある……と推測されていた。


 えっと、もうひとつ説明しないといけないよね。

 魔法機環というのは、天空船や魔法機械騎士の心臓部や核にあたるとても高度な技術で作られた魔法機械の基幹部品のことなの。

 法印皇女である私が法印を施す相手が、この魔法機環だった。つまり六百年前にこの世界に侵入した漆黒妖魔の魔法機械を封印するためには、その中心核である魔法機環に法印魔法をかける必要がある。

 ひとくちに魔法機環といっても実際には、作られた用途や技術、作成者によって、色々な種類や特性がある。

 例えば、地上の街にも天象局が天気予報を出しているでしょ。明日は北西の風、晴れのち曇り――っていうあれは、各地に派遣された観測船が集めた気象データをもとに、天象局のある魔法機環が計算した結果なの。

 他に良く知られているのが、帝都中区桜通の国立公文書館の地下にある古文書アーカイブ。太古の時代から現在まで、二十万点を超える魔法符形や妖魔の呪法をファイルした文書や魔法陣の検索システムだけど、これを管理している実体は、三十個を超える巨大魔法機環の複合体だっていわれている。

 確か、ティンティウム市芸術学院の教務棟にも中規模な魔法機環クラスタがあって、学園での研究成果を蓄積している。

 陶芸科だったら釉薬の発色と焼き温度の関係を伝える古文書が収められている。音楽科だったら、大昔の失われてしまった楽器の奏法が記憶されているらしい。調理科だったら、二百年前のお姫様の結婚式で振る舞われたケーキのレシピが保管されているとか。教務科の場合は、私たちの成績や出欠席日数や提出物や忘れ物の回数まで……

 えっと、話を戻すと……魔法機環には普通の文書や記録を処理するだけの図書館みたいなおとなしい魔法機環の他に、天空軍や漆黒軍が使う戦い向きの魔法機環があるといった方が良いかな。

 天空軍船や魔法機械騎士や機械獣魔が核に持っている魔法機環は、活性状態にある魔法符形を記憶し、自己詠唱しているの。

 つまり、魔法の呪文を記憶するだけじゃなくて、いくつも同時に唱え続けることもできる精巧な機械だった。

 ガストーリュみたいに高度な魔法機械の場合は、内蔵された魔法機環は、巨大な重機械である機械騎士の体躯を駆動するエネルギーを生み出す魔法を唱え続けている。もちろん力だけじゃない。ガストーリュは言葉を話せないけど、私の言葉に従って、私の想いを形に変えてくれた。ガストーリュは、ただの機械じゃないの。体こそ真銀特殊鋼の塊だけど、ちゃんと心と呼べる物を宿していた。その高次機能も、そのうちに宿された魔法機環のおかげだった。


 ラファル技巧官は次の記録紙を差し出した。高揚のあまり手当たり次第にお話ししたいらしい。今度は、感熱紙だった。魔韻投影法という、魔法機械が放つ微量の魔法音韻を写真みたいに写し取った物だった。その感熱紙には、ノイズ混じりの中に、ほぼ球形の魔法機環のシルエットが映っていた。

「直径百六十二エタリーブの魔法機環を一基、体幹部に持っていますが、プロテクトされているうえに特殊な物らしくデータが取れないのです」

 そう話すラファル技巧官は嬉しそうだった。第一級の発掘品に間違いないガストーリュを触れるっていうこと自体に高揚していたの。

「こんな特殊機械を弄れるチャンスが廻ってくるなんて、沙夜法印皇女様のおかげですよ」

 茶化して言われて、ちょっとむっとした。

「ガストーリュは私付きの魔法機械騎士です。変に弄らないでください……それに、私、まだ、法印皇女じゃないですよ」

 正確には、この時点では法印皇女のたまご扱いだった。だから、先ほど従者役を務めた天空騎士たちは、生真面目に別の言い回しを使って、私を「沙夜姫」と呼んでいた。

 それにね、ガストーリュは私付きの機械騎士なのに、すっかりこの技巧官の玩具にされている感じがした。ちょっと膨れて見せた。

「あはは…… お詫びにこれをどうぞ。寒いからお腹空いてませんか」

 ラファル技巧官が後ろ手に隠していた紙包みを見せた。とたんに小豆の甘くて良い匂いがした。お腹が鳴った気がした。お礼を言って、お饅頭の包みを両手で受け取った。まだ、金穂月なのに夕暮れは急に冷え込んできたから、暖かくて甘い食べ物は幸せな匂いがした。

 ガストーリュの左掌の中に座り、美味しそうな湯気をまとったお饅頭をかじった。壊れた魔法機械には、私の法印魔法の治癒力が一番に効果がある。

 実感が薄いけど、私が楽しい気持ちの時は、この子、魔法機械騎士ガストーリュにも、その気持ちが伝わるって――ラファル技巧官は微笑んくれた。


 ……ガストーリュ、早く良くなって、目を覚まして。


 甘いお饅頭を頬張りながら心の中で呼びかけた。


 そうね、ガストーリュの紹介がまだだったよね。大切な魔法機械騎士だから、少しだけお付き合い下さいな。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ