銀杏金枝寮で
#星歴 684年11月 4日
ティンティウム市朱鷺ヶ丘16番地
芸術学院前駅でトラムを降りた。門限を過ぎていたけど、守衛さんにお願いして通してもらった。
先生方や他の生徒に出くわすと、気まずいので、なるべく目立たない倉庫棟の近くを抜けて銀杏金枝寮へ向かった。
晩秋の夕闇は、少し肌寒かった。
学内も銀杏の木があって、銀杏の実も所々に転がって、あの匂いがする。銀杏の落ち葉で金色の絨毯のようになった通路もある。
腕の中に抱いた鈴猫のクッキーの紙袋を見つめた。しっぽにリボン付きの鈴を結んだイラストが印刷されている。いつ見ても美味しそう。もしも、太古の漆黒妖魔が置き忘れた魔法機械が、このティンティウム市へ現れたりしたら、この学校も、鈴猫焼菓子店も全部、消えて無くなっしまう。
それだけは、絶対に防ぎ切らなきゃいけないって思う。
だけど、怖い。
私、二年前に妖魔と戦って、大怪我をしているから。
だから、みんなに私の本当のことを話して、この大切な私の居場所を守るんだって、声にしたい。
もちろん、こんなこと、全部、怖がりな私のわがままだと、分かっているけど。
だけど、さあって思うと腰が引けてしまう。今まで銀杏金枝寮のみんなと一緒に過ごして楽しかったから……この穏やかな関係を壊すのは嫌だった。
◇ ◇
焼きたてクッキーの大袋を抱いて、銀杏金枝寮へ戻ったら、寮にいる女の子全員に取り囲まれた。寮のみんなは談話室に集まって、私たちの帰りを待っていた。
「沙夜、心配したよ」
「急に泣きながら出て行っちゃうんだもの、どうしたの」
「三人とも、夕食も、お風呂もまだでしょ、風邪ひくよ」
口々に心配したって言われる。嬉しいけど、恥かしい。だから、言わなきゃいけないって、自身を励ました。そのために、こんなにいっぱいクッキーを買ったんだから。
「あの、みんなに、言わなきゃいけないことがあるのっ!」
声をあげたら、視線が集まった。半歩後ろでユカが控えている様子を、背中越しに感じた。
深呼吸した。
「ずっと、隠していて、ごめんなさい。私、天空帝国の法印皇女なの」
誰からともなく拍手が沸いた。
「やっと、言えたね」
「もう、そんなことで悩んでいたの?」
「夕食、沙夜の大好きなコーンシチューだよ。ちゃんと残してあるから」
私は、きっと、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をしていたはず。何事もなく受け入れてくれるみんなが嬉しかった。
甘い匂いの中に立って、深く頭を下げた。
今日、みんなに心配させたことを詫びた。
それから、少し長くなるはずのお話に付き合って欲しいと願い出た。
私の小さな決心は、拍手で迎えられた。