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天空海戦物語 魔法機環と少女と  作者: 天菜 真祭
クッキーとガス燈の灯る街角と
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音楽室と天空騎士と

 計算違いの始まりは、二週間前に天空第七艦隊群宛てに、うっかり手紙を出したことだった。

 最近ね、妖魔が遺した機械獣魔や魔法機械軍船が暴れているって噂をいくつも聞いたの。ティンティウム市は商都だから、各地から色々な品物が集まる。一緒に、世界中の色々な噂話も自然と聞こえてくる。

 先月、気になったのは、「南方湿原で機械獣魔が出た」とか「第七艦隊群で何隻沈められた」とか……そんな心配なお話だった。

 第七艦隊群は、帝国版図の外縁部を管轄区に持つ最前線を担う艦隊群だった。多数の天空艦船を束ねた大規模な艦隊で精強で知られていた。この地上の商業市ティンティウムでも、大人たちは名前ぐらいは知っていた。

 私は、このティンティウム市に留学する前、法印皇女として、短い間にちょびっとだけど、天空艦隊の指揮に関わった経験があるから、噂話だけでも解ってしまった。どなたの天空船に被害が出たのかを。

 第七艦隊群には、お世話になった方々が何人もいらっしゃるから、心配になって手紙を書いてしまった。


 ――それが、失敗だった。


 天空艦隊や帝都にある各省庁から、私宛てに手紙が舞い込むことが、これまでも時々あった。実は、寮母のウェルティーヌさんにお願いして、お友達に見つかる前に天空艦隊からのお手紙をこっそり隠してもらっていた。

 銀杏金枝寮には、男の子達からの恋文をほどよくチェックするために、寮母さんが手紙を確認するルールがある。便利だから、寮母さんに事情を知らせて、この寮則に便乗させてもらったの。

 だから、第七艦隊群から返信が来たら、いつもどおりに寮母さんがこっそり手渡してくれると思っていた。


 ところが……今日、午後の授業中に、想定外の出来事が起きた。

 天空第七艦隊群は辺境地方でも激戦区を管轄していた。常に妖魔が遺した魔法機械船や漆黒属性の魔法機械と戦っていた。足りない戦力を技量で何とか遣り繰っているのが常態で、いつも補給と新造船を欲していた。


 そんな実戦集団だから、私のこと、もの凄く高く評価していたらしい。本音は、喉から手が出るほどに、私を欲しかったとか。

 だけど、加療中の私に気遣って、この二年近くは、あえて接触を断っていたらしいの。武家同士のお付き合いらしいと言えば、そうなのかも知れない。

 だけど、私から戦況を尋ねる内容の手紙が届いたものだから……さあ、とばかりに通信筒いっぱいに資料を詰めて使者に持たせた。


 後で話すけど……私は、大怪我を負った二年前に、誰にも出来ないようなもの凄い戦い方をしてしまった。お母様や仲間の天空騎士たちを守るために、人の器の限界を超える莫大な量の魔法を使って、妖魔の魔法機械船の大群を退けたことがある。

 鈴猫焼菓子店のパティシエさんが私の名前を聞いて、一瞬だけ、畏怖の感情を隠し切れなかった理由も、きっと、それ。


 ……私、普通じゃないもの。


 だけど、辺境区で妖魔の侵攻を防いでいる第七艦隊群にとっては、私はすごく魅力的な存在に見えるらしい。私には、あんまり自覚がないんだけど。

 だから、私が情報を求めたとたん、自粛は解禁とばかりに、本番用の戦術資料をどっさり届けに来た。


 まさか、本当にここへ来るとは、思わなかった。だってね、ここはティンティウム市立芸術学院のキャンパス内だよ。ティンティウム市は地上にある自由市だから、天空帝国とは独立した自治権を持っている。さらに芸術学院も学校として独自の自治権を持っているの。

 つまり、地上にある上に二重に自治権に守られているのだから、天空艦隊関係者と不用意に遭遇する心配はないと考えていた。

 さらに銀杏金枝寮が女子寮であることを考慮に入れるなら、三重の防壁のはず。寮母のウェルティーヌさんが四六時中、入り口を守っている以上は、部外者は絶対に誰も入れない。

 番号付き天空艦隊群の絶対指揮権だって、銀杏金枝寮の中へは及ばないはず。

 部屋の扉に鍵を掛けて、お布団に潜れば、もう、誰も追いかけてこないと信じていた。


 それなのに、第七艦隊群からやって来た使者は、威風堂々とした姿で、教室にいた私の前に現れた。六時間目、弦楽器の演奏指導の時間だった。

 大き過ぎるくらいに立派な剣を下げて、真銀と真鍮を重ね合わせた精巧な甲冑に包まれた、その天空騎士の出で立ちは、音楽科の生徒たちを驚かせるのに充分すぎた。

 その天空騎士に、私が斬られるんじゃないかって心配した子もいたと思う。怖い思いをさせてしまったよね、ごめんなさい。

 その天空騎士は、大きな紙製の筒を携えて、私の前に歩み寄った。

 もちろん、天空騎士が通信使であることは、甲冑の肩に巻かれた紅い布で解った。それに、この長身の天空騎士、どこかで会ったことのある顔だと思った。


 仕方なく、私は椅子に掛けて騎士が歩み寄るのを待った。本当は、笑ってごまかすか、逃げちゃおうかとも思った。

「沙夜法印皇女様へ至急のお知らせをご持参致しました」

 かつんと靴を打ち鳴らした天空騎士が、通信筒を両手に捧げ持ち、私の前に跪いた。天井に届くかと思うほどの偉丈夫が、小さな私の前で、凍り付いたように恭しく平伏しているの。無理をして私よりも小さくなろうとしているかのように。

 まさかの展開に、遠巻きに私を見守るお友達の黄色い驚きの声が沸く。

「ご苦労様です」

 もうこうなると、私は法印皇女として振舞うしかない。傍らに控えているユカに練習用の小さめなチェロと弓を手渡した。さらに、ユカは使者様から通信筒を受け取り、私に取り次いだ。周囲に集まって来た生徒たちは、息を詰めて私たちを見守っている。

 心の中で私は、「やっちゃった」と後悔した。せっかく、いままで無名の貧乏貴族に成りすまして、特に注目されることもなく無事に過ごして来たのに……

 でも、天空貴族の武家の娘として、法印皇女として、遠くまで馳せ参じてくれたこの騎士を邪険にすることは出来なかったの。

「ご苦労ですが、書状を確認しますので、少しの間だけ、控えてお待ちください」

 音楽科の皆が見ているから、どうしようかと迷った。それに、この人、誰だっけ? 絶対にどこかで一度、会っているはず……

 傍らに控えるユカのすまし顔を盗み見た。ユカは、本来が法印皇女付き侍女官だから、久しぶりのお役目に嬉々としているようにさえ見えた。

 だから、使者殿に聞こえないように、小声で尋ねた。

「ユカ、あの人、誰?」

「天空第七艦隊群、基幹艦隊付きのペーシオン参謀官様です。半年前まで教導騎士団に所属されていました」

 あっ……!

 やっと思い当たって、あんぐりしそうな口元を覆った。

 この人、法印皇女に任命されてすぐに、起きた、とある事件の際に、協力してくれた人たちの中に、そう言えば……この長身の騎士がいた。あの時は、一度に大勢の方と会う機会が続いたから、正直に言うと、記憶力が追い付いていない。それに、教導騎士団は苦手だから、できることなら、ずっと忘れたまま思い出したくなかった。

 ため息を漏らした。

 教導騎士団から第七艦隊群へ、おそらくは戦技指導のために出向いている方だと解った。

 法王親率教導騎士団には管轄区の制限がない。他艦隊への支援が必要とあれば、どこへでも行く。神出鬼没な緊急展開能力が売りのひとつなの。

 だからって……音楽科の教室にまでやって来るんですか。

 それも参謀官自らが、こんな使者役を買って出るなんて、あり得ないよ。


 私のため息、参謀官殿にも聞こえたらしい。

「沙夜姫、あなたと侍女官殿は、今でも、天空艦隊編成表上では第十二法印船団として登録が残されています」

 これは知っていた。

 また、ため息をついた。私の廻り、幸せがいっぱい漏洩しているかも知れない。

 たった二人だけの天空艦隊として正式な編成表に載っているの。冗談にしか見えないけど、派遣先はティンティウム市、遂行中の作戦名には加療中と記載されているはず。

 たった二人だけでも、規定上は艦隊司令部と同格の扱いだから……やっと気づいた。それで参謀官殿を寄越したんだ。

 ううん。正確には……加療中の私が楽しく学生生活を謳歌している様子を意地悪に見物する口実に使ったんだよ。きっと。


 地理の授業で使う世界地図の巻物みたいに大きい通信筒を抱いて立ち上がった。一応は機密保持のため封印が施されているから、これを開封魔法で開く必要がある。私の体格だと、この通信筒は一抱えもあって、椅子に掛けたままだと無理だった。

 でも、立ち上がると、いっそうにみんなの視線を集めた。参謀官殿もユカも私を見詰めていた。

 えっと、天空艦隊共通の簡易暗号で、今日、銀葉月四日金曜日の場合は……?

 通信筒の端に施された封印の図柄は、天空艦隊の全部で共通で使うとても簡易な暗号で解ける種類の物だった。簡単なフレーズの組み合わせだけで解けるから、機密保持というよりは、儀礼に近いと思う。

 やっと、フレーズの組み合わせを思い出して、口の中だけで小声で唱えた。

 りーんっと、開封を知らせる音色が音楽室に響いた。綺麗な音色だった。音響を配慮された音楽室の中だから、綺麗に聞こえるのかも知れないけど。


 ぽんと、蓋を抜いた。

 中身は、たっぷり魔法機環からの出力紙の束が丸めて収まっていた。

 小首を傾げながら、薄い炭酸紙の束を取り出した。疑問に感じたのは、この戦術資料の量だった。私が欲しかったのは、「みんな無事」の一言だったはず。事情を詳しく知らせるにしても、便箋で数枚程度を期待していた。


 天空第七艦隊群の絶対指揮権を帯びているレグル伯爵様が、あえて私宛にこんな分量の資料を寄越した意味を考えた。

 繰り返すけど、レグル様は、この二年間、私には何も文を送って来てはいない。メートレイア家と同様に妖魔の脅威から帝国を守る役目を持つ武家であり、堅過ぎるほどの現実主義者だから、レグル様は無駄なことはしないはずだった。


 ――何か、良くない理由があるに違いないと思った。


 炭酸紙に機械で打ち出した資料の中身は、地図や座標表。記号ばっかり。これは、戦闘速報と呼ばれている艦隊内部で使う関係者向けの情報だった。


 ――えっ?


 ざっと目を通して、レグル伯爵様の意図が解った。生データを送り、詳細は私に判断に委ねるつもりだと気付いた。

「ゆ、ユカ、お願い、計算尺を貸して」

 震える私の声に気づいたユカが、怪訝そうに顔色を変えた。

 参謀官殿も、にやりと笑みを口の端に浮かべて、ゆったりと歩み寄ってくる。この人、私がこの資料だけ見て気づくか、どうか、試したんだと思った。リグル様はともかく、これだから、教導騎士団の連中は油断できないよぉ。何か文句を言おうかとも考えたけど、それは、後回しにした。

 取り巻く音楽科の生徒たちも、私の顔色が蒼ざめたことに気づいて、ざわめき始めた。

 計算尺を滑らして、妖魔の魔法機械を評価する時に使う簡易式に、炭酸紙の束から拾った数値を代入して、ざっと計算してみた。

 あまり楽観視できない数字が出てくる。

 深呼吸して、気持ちを落ち着けようとした。

「ペーシオン参謀官殿……」

 続きの言葉を紡ぐことを逡巡した。

 もう、参謀官が待っている言葉が何なのか、解った。大変なことになったと気付いたけど、求められている答えが何なのかもすぐに解ったけど、それでも迷ってから、深呼吸をしてから……その答えをやっと声にした。

「私の天空船と魔法機械騎士をここへ呼び寄せて下さい」

 参謀官は恭しく腰を折った。

「沙夜姫様付き天空船〈メルアリューズ〉及び魔法機械騎士〈ガストーリュ〉」は、現在、帝都にてお預かりしております。回航には、およそ十日ほど頂きます。それまでは……」

「お友達に事情を説明する時間に充てます。もう、私、ここでは普通の女の子でいられたのに……」

 ペーシオン参謀官の苦笑いを遮って、私は不満を口にした。ずっとは無理って解っていたけど、もう少し、みんなと一緒に学生生活を楽しみたかった。

「リグル伯爵様へは、『沙夜は、事情を了解しました。次報を待ちます』とお伝えください」

 参謀官殿は再び、恭しく礼をして下がった。音楽室にいくつも他の生徒たちの嘆息が零れた。こんな有様じゃあ、私の船がここへ届くまでの間、みんなに質問責めにされそう。

 隣に控えているユカの横顔を見遣ると、やっばり心配そうな表情のままだった。驚かせてしまったことを心の中で詫びる。ユカはまだ傷が癒えていない私のことを本当に気遣ってくれるの。

 でも、ユカには、私が何に気づいたのか、伝えておかなきゃいけない。

 ユカを招き寄せて、耳たぶに息を吹きかけた。

「面倒な魔法機械が、ここへ向かっている。今は、レグル様が何とか押さえているけど」

 第七艦隊群は、精強で知られている。滅多なことじゃあ弱音も泣き言も言わない。それをユカも知っている。

「ここって……?」

 ユカは戸惑って聞き返した。

 私は、窓を見遣り、音楽塔二階からの景色の向こうにある白亜の聖堂を目線で示した。

「学校のお隣。ティンティウム大聖堂にある世界守護結界を壊しに、妖魔の魔法機械獣魔がやって来る……そうレグル様はお考えなの」

 ユカは驚いて口元を被った。ごめんとささやいて驚かせたことを詫びた。とある事情で……世界守護結界を巡る攻防戦は、ユカには、ちょっとトラウマになっている節があるの。


 私は、忘れていたはずの天空艦隊や法印魔法のことを思い起こした。

 この世界には、まだたくさん、妖魔ゆかりの魔法機械が埋まっている。それらは法印が解けて蘇ると、大昔に与えられた命令を思い出して、この世界に分散配置されている守護結界魔方陣を壊そうと暴れ始める。

 世界を護る役目を持つ法符を刻まれた守護結界魔方陣は、主要な都市に分散して配置されていた。だから、帝都アゼリア市にも、このティンティウム市にも守護結界がある。

 幼かった私が、二年前に帝都で法印皇女に無理にでも任命された理由も、帝都にある世界守護結界へ妖魔の魔法機械が襲ってきたからだった。それからの出来事で私は大怪我を負い、ユカにはいっぱい心配をかけた。


 アルカに質問責めにされたのは、このすぐ後だった。音楽室で騒ぎが起きたことを聞きつけて、アルカはペーシオン参謀官と入れ替わりに駆けつけた。

 アルカが授業を受けていたのは、紡績機や織機が並ぶ服飾科の教室だったはず。音楽科の教室からはずいぶんと離れているのに、全力で走ってきたらしい。本当にアルカって、情報が早いというか、耳が聡いと思う。

 後は、ごめんなさい。喧嘩して、私は泣き出して、逃げ出してしまった。

 気が付いたら、赤猫通に向かうトラムに乗っていた。ペーシオン参謀官には強がって見せたけど、この街で親友になってくれたみんなに、私の本当のことを話す勇気を掻き集めるには――鈴猫焼菓子店の甘くて美味しいクッキーがいっぱい必要だったの。



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