私自身の涙かもしれない
「この先に魔法生物がいるのね?」
「はい、間違いないですね」「自分でも分かるんだろ? なんとなく」
「あぁ、うん。確かにいや~な感じはするわね」
あれから場所は既に公園へ移っている。当然辺りは真っ暗、人通りも少なく気配も疎らで、公園内よりもその外を走る車の騒音の方が耳に響くような静けさである。そんな場所で、私達3人は顔を寄せあい、茂みに姿を隠すようにして集まってヒソヒソと会話をしていた。
「ねぇ、ごー君。最初にどんな奴がいるか確認してきてよ」
「俺っ? 一般人の俺が確認してどーすんだよ」
「だって……怖い奴とか私無理なの知ってるでしょっ? その時には大人しく久慈君に任せるし。それに、一般人だったら魔法生物には襲われないんだから、偵察に出すなら持ってこいじゃないっ。ねぇ?」
「……こういう時だけ妙に頭が回るんだからなぁ」
「へっへー……って何を用意してんの?」
不満だらけの顔で、それでも重い腰を上げて立ち上がったごー君だったが、背負っていたリュックから黒い何かを取り出して、それを片手に装着する。
「見て分かるだろ? ムービーだよ。アップする用に」
「えぇ? ごー君、これを本気で上げる気なのっ?」
「誰かに盗み撮られたのを上げられるよりは、自分達で撮影して上げた方が、加工出来たり、編集出来たりで便利だろ?」
「加工っ!? プリクラみたいに出来るの? それ。肌を白くしたり、足とかお腹とか細く見えるっ? バレない?」
「……食いつくとこ、そこ?」
なんか馬鹿にした目で見られたけども、他の何処に食いつけって言うのよ。そこ、1番大切じゃない。あれでしょ? フォ〇ショット的な奴でしょ? フォトショッ〇が女の子に力を与えてくれる事ぐらい、私でも知ってるんだからね? 操作方法は全然知らないけども。
私は1人で文句をブツブツ呟きながら暫く待っていると、ごー君が戻って来た。ムービーを片手にした彼は、なんとも言えない微妙な顔をしていた。例えるならば、買ってもない宝くじが当選したという連絡が届いた時のような顔だ。何かの間違いじゃないですかね? 的な。
「どうしたの? なにかあったの? いたんでしょ? 魔法生物」
「なんかいるにはいるんだけど……俺には本当にあれが魔法生物なのか、自信がねーわ」
答えがなんとも容量を得ないので、とりあえず確認の為にムービーを見せてもらう。すると私と久慈君にも同じ表情が浮かんだ。とにかく、突然襲われるような事はなさそうなので、皆で実物を拝みに行くか……という話になって、茂みから出る。
「あれよね?」「他に生き物がいないし、そうなんだろ? 多分」「おそらく……魔力を感じますから」
距離を20m近く開けた場所からソイツを眺めた。噴水の横、街灯の下でスポットライトを浴びるように照らされたソイツは、それだけ離れた場所からでもハッキリとそのシルエットを確認できた。全長は3m、体重は400kgに及びそうなその巨体。固そうな鱗に覆われた青黒い背と白い腹。そして、ギョロリと見開かれた鋭い眼光が私達を捉える。
しかし魔法生物は、その巨体を横たわらせたまま、その場から一向に動こうとしなかった。何故なら、そもそもソイツは、地上に適した体をしていなかったからだ。
「あれ、私には鮪に見えるんだけど」「俺、実物は初めて見たんだけど、結構デカいのな」「魔法生物だから、実物じゃないと思うんだけど」
夜の公園の噴水横、街灯の下に打ち上げられているクロマグロという、良く分からない光景に私達は自然と警戒心が高まる。いや、逆に怖いでしょこんなの。意味が分からなすぎよ。慎重に足音を殺しながら距離を詰めて、10m辺りに来た辺りで立ち止まった。そこまで近づいても、クロマグロに動きはない。
「それで? 紫水さん、どうする? 1人でやってみる?」
「えぇ? 私? でも、いきなり襲ってこないかな?」
「ボクもこういう相手は初めてなので確かな事は言えませんが……飛んで襲ってこれるなら、もう襲ってきてもいい距離なんですよね」
もう1度クロマグロを見ると、彼の瞳が動いて視線が合った気がした。昔っから死んだ魚の瞳ってなんか見られてる気がして、怖いのよねぇ。いや、このクロマグロはまだ死んでないんだろうけど。多分。
「よ、よーし。やってやるわよ。その、危なくなったら助けてくれるわよね? 久慈君」
「はい。今回はフォローに回ります。先生に、怪我をさせたりしませんっ」
「それじゃ、俺は撮影してっから。頑張ってよ、紫水さん」
久慈君の力強い言葉と、ごー君の気楽な言葉を背中で受け止めながら、今度は1人でクロマグロに近づいていく私。ジワジワと距離を詰めていって、とうとう私の魔法道具が届こうかという距離に達した時、前触れもなくクロマグロが突然、ピチピチと飛び跳ねた。驚いた私は尻餅を着きながら後退る。
「ひぃぃぃぃぃィッ!? なにっ? 一体なにっ!!?」
「気を付けてくださいっ。魔法少女が近づいて、攻撃的になってるみたいですっ!」
「あれだけデカいと、ただ跳ねてるだけでも結構怖いのな」
暫く勢いよく跳ね回っていたクロマグロだったが、数秒も経たないうち動きを止めて、息苦しそうに口をパクパクさせている。なんだろう、この悲しい光景。怖いのは怖いんだけど、可哀想にもなって来たわね。後、お腹が鳴っちゃいそう。お寿司が食べたい。
「久慈君っ、これで叩けば終わるのよねっ?」
「はいっ。魔力を込めて、思いっきり叩いてくださいっ。手加減の必要はありませんから」
再び背中側(中トロが取れる部分)から近づいた私はクロマグロの腹辺り(大トロが取れる部分)を杖で触れながら、振り返って久慈君に確認をする。再び動き出さないように中央部(赤身が取れる部分)に足を乗せて踏みつけにするが、そうせずともクロマグロは抵抗の気配すら見せなかった。
魔力を込めるのにも慣れて来たのか、私の意思に応じて杖の先端が光を帯びる。そこを使って、えいっ、えいっと声を出しながら、何度もクロマグロを叩き付けた。クロマグロの瞳から涙が流れたように見えたが、もしかしたらこれは私自身の涙かもしれない。だってこれ……
「ねぇ!? これっ、私の想像してた魔法少女じゃないんだけどっ!?」
「大丈夫ですっ。あともう少しで倒せますっ」「いい画は撮れてるからっ!」
「何が大丈夫なのか分からないしっ! こんな姿、撮らないでよもぉ~っ!!」
八つ当たり気味に力を振り絞って振り下ろした最後の1撃が、クロマグロの頭部を捉える。やがて、クロマグロの身体が白い光になって、そのまま小さな星屑のようになって弾けて、飛び散った。それは見様によってはクリスマスシーズンのイルミネーションを彷彿とさせる輝きで、死体が残るとか、血が飛び散るとかがNGな私にとって、魔法生物のこういった最後は結構な朗報だった。まぁ今回に限り、死体が残ってくれればいいなと、思わないでもなかったけども。市場に下ろせばいい値段になったんじゃないかなぁ。