いつかビックになってやるんだからぁ~
「なんか、地味に仕上がったな」
「そ、そんな事ないでしょっ? ごー君は意地悪なんだよ。それに、久慈君は綺麗だって言ってくれたし……ねぇ?」
「はい。とっても綺麗だと思います」
目を覚ました直後に私の姿を確認して、酷い事を口にするごー君。もう1度眠らせてやろうかしら? それに対して久慈君はなんて優しいんだろうか。目を輝かせながらどんな私の事も、綺麗だと、素敵だと、言ってくれるのだ。こんな美少年にそんな眼差しで褒められ続ければ、顔がニヤけてしまうの仕方がない。私が頬が緩むのを両手で抑えながら体をクネクネと揺らしていると、背筋全体に強烈な悪寒が走った。そのゾクッとした感触に身体は金縛りを受けたように一瞬固まって、顔が青ざめていくのが分かる。
「く、久慈君? なんか先生、今、凄い悪寒がして……なにかな? これ。 魔力を使い過ぎたとか?」
そう告げながら久慈君へ向き直ると、彼は険しい表情を浮かべてあさっての方向に視線を向けていた。
「いえ。これは魔法生物が現れたというサインです。結構近い」
久慈君の視線の先を追って、確かに私にも感覚として分かった。彼の視線の先に、なにかとても嫌な気配があるのだ。その距離までは判然としなかったが、これも慣れが解決してくれるのだろうか? そんな事を考えている間に、久慈君は魔法少女の姿へと変身を終えていた。どう見直しても、美少女にしか見えないその容貌は、ちょっと隣に並ぶのを遠慮したいぐらいだ。
「多分、さっきまでボク達がいた公園だ。ボク、行ってきますね?」
「あっ、うん。いってらっしゃい」
「いや、いってらっしゃいじゃなくてさ。紫水さんも行きなよ」
「えっ?」
「だって紫水さん、貴女、魔法少女なんでしょ? 今日使った分の魔力、回復しなきゃでしょ?」
「えぇ~!? だって、私まだ魔法とか戦い方とか、なんにも知らないわよ? こう、座学とか試験とか卒業した後でしょ? 実地って」
「今、行った方がいいだろ。次、魔法生物が出て来たら、紫水さん最初から1人で戦う事になるかもよ?」
「あっ、うん。行く。行くわ、私。その、久慈君……今日は見学、みたいな感じでもいい?」
「はい、分かりました。ただし、少し離れていても魔法生物が襲ってくるかもしれないので……十分気を付けてくださいね?」
「えぇっ!? 久慈君、魔法生物自体は無害だって言ってなかった?」
「ええっと、言い方が悪かったのかな? 確かに一般人にとってはまるで興味を示さないから無害なんですけど、ボク達のように魔力を持つ魔法少女に対しては、殆ど……ボクが出会った全ての魔法生物は、突然攻撃的になって襲い掛かって来ました」
「そ、そんな~……だって、動画ではあんな簡単そうに……私、私もう少し簡単な感じだと思ってたのに~」
「落ち込むのはそこまでにして、そろそろ行きなよ。一刻を争うんだろ? 魔法生物退治は」
ヘナヘナと崩れ落ちた私の上で、まるで他人事のように冷静に話を進めるごー君。これは、もう酌量の余地なしである。
「ごー君も来て」「はっ?」
「ごー君も一緒に来てって言ってるのっ」「えぇ……なんで? 俺、関係なくね?」
「当たり前でしょっ!? 私が大変な目に合ってるのに、ごー君1人で家でゴロゴロしながらTV眺めたりしてるのとか、そんなの許されないわよっ。大体、夜の公園に行くってだけで結構怖いのに、もし公園にいる魔法生物が、あの動画みたいなグニョグニョッてした奴だったらどうするつもりよ? 私、泣くわよ? 夜の公園で、この格好で、この年齢で、人目も憚らずマジ泣きしてやる自信があるわよっ!? それを近所の人に噂されたら私、ごー君に泣かされましたって言いふらしてやるんだからっ!!」
「えぇ~……いや、魔法少女の衣装来てたら正体バレないんだから別に……分かった。分かったから、泣かないでよ。行くよ。行く……面倒臭ぇなぁ」
準備するから、先に行っててくれ……と、私と久慈君を部屋から追い出すごー君。私は、もう1度念押しした後に、久慈君と部屋を出る。玄関の鍵を開けて出ようとすると、部屋から出て来た春さんと視線がぶつかってしまった。
「春さん。ちょっと今から出掛けるから……剛君、借りますね?」
「え? えぇ。あの……御2人はどちら様ですか? 剛のお友達?」
「お友達って、あの、私……」「先生、先生っ」
自分の名前を言いかけようとした所で、久慈君に肩を掴まれて言葉を遮られる。彼が自身の衣装を指差している姿を見て、私は何が起こっているのかを理解した。これがカーテンの効果か。久慈君も私も、衣装は変われど顔は何一つ変わっていない。そんな状態で、さっき1度挨拶を交わしただけの久慈君だけならまだしも、私の事も分からなくなるなんて……魔力って便利だな、と感心した。
「早く行こうぜ。何やってんの?」
「ちょっと剛。新しくお友達を呼んだんなら1言、言いなさいよ。お茶とか新しくお出ししないと……」
「んっ? あぁ、いいんだよ。もう帰るから。それじゃ、紫水さん。とっとと行って終わらせよう」
「? いってらっしゃい??」
目の前でごー君が私の事を紫水さんと呼ぶので驚いたが、それでもやはり私が天塚紫水だという事が理解できないようだ。10年以上の付き合いになる春さんですらこの調子なのだから、カーテンの効力というのは目を瞠るモノがある。私が何処かでボロを出さない限りは、正体がバレるなんて事はなさそうだ。(フラグじゃないわよ)
「それで? どうやって行くんだ?」
玄関先で集まり直した私達。その第1声はごー君だった。ただ、質問の意味が私には分からなくて首を傾げる。
「どうやってって……普通に自転車でいいんじゃないの?」
「ボクは空を飛べるので、そうしようかなって思ってるんだけど……」
私が久慈君に向き直った瞬間、彼の背中に白鳥のように白く大きな翼が、対になるように4枚生えていた。それぞれが別の生き物のように羽ばたく度に、光の粒が雪のように舞い落ちる姿が幻想的で、私は少し見惚れてしまう。
「なにそれっ! せっ、先生にも出来るんでしょ? や、やってみたいかも……」
「非常に言いにくいんですが、今日の所は諦めませんか? 空を飛ぶのって魔力を結構消費しちゃうし、慣れるまでは練習が必要なので」
「それって、魔法道具とか衣装出したりよりも難しいの?」
「……かなり」
久慈君の言い難そうな苦笑いから察するに、多分言葉以上に難しいのだろう。彼がわざわざこうして忠告するって事は、私のこれまでの様子から今日中には不可能だと判断しているのかもしれない。流石にそれを感じ取れるぐらいのコミュニケーション能力はあるので、私は大人しく引き下がる事にした。
「でも、そうすると……」
「ほら、紫水さん。自転車、用意しといたぜっ」
まぁそうなってしまうのだろう。私は当初の予定通り自転車を漕いで公園へと向かうのだが、私とごー君を気遣いながら空を飛んで先行する、天使のような姿の久慈君を見上げて、同じ魔法少女でありながらどうしてこう格差が生じるのか虚しさが込み上げてきた。しかし、その思いに飲み込まれてしまわぬようにと、空元気を出して立ち漕ぎを始める。
「もぉぉぉ~~っ!! いつか、いつかビックになってやるんだからぁ~!!」
「ハハハッ、武道館でも目指すのかよっ?」
「東京ドームじゃ、バカタレ―ッ!!」
なんか、叫んでたらわりと元気出来てました。