先生、衣装から逃げない
「どうなりましたか?」
「……14,018。結構、減ったわね」
私が安定して同じ魔法道具を出せるようになるまで練習した結果の、残り魔力の数字がそれだった。結構消費するのね……約3ヵ月分ぐらいの寿命を削ったって考えると、胸に来るモノがあるわ。やっぱり、ガチャって怖い。
「先生、気を落とさないでください。もう最初に出来る説明は終わりますから。次は衣装を変更してみませんか?」
「それなんだけど……先生は、私服のままで戦ったりしたいんだけど、それは駄目なの? やっぱり、いくら正体がバレないからって、この年で魔法少女の格好は流石に…………」
きっと衣装を変えるのにも魔力を消費するんでしょ? 自ら寿命を削って、恥ずかしい思いをするなんて……自殺願望のある、高度に訓練された変態だと思うんだけれど。あっ、久慈君は似合ってるからいいとしてもね?
「そういうルールがあるって訳じゃないので駄目って訳ではないですけど……普通の服で戦っている最中に服が傷んだりすると、魔力では直せませんよ? 敵から身を守る力にも普通の服よりは優れているし、それに、魔法少女にとって衣装って顔なんです。知名度にかなり影響を与えて来るから……余り普通だと覚えてもらえないかも」
「うぅ……それは……」
確かに魔法道具を出し入れするだけで、このペースで減少する魔力を上回る勢いで、生きていくに十分な魔力量……私の年齢から80まで生きるとすると、単純に計算して204,400は必要だし、そこに至るまでの消費魔力を考えると……あわわわわっ、私、一体何歳まで魔法少女をやらされるのよーっ! 還暦まで魔法少女とか誰も得しないわよっ!?
「ほ……他の魔法少女をもう1度見せてくれない? それを参考にして、こういい感じに大人しくて、人気がでそうなチョイスにすればいいのよね?」
「まぁ、紫水さんにしたら冷静な判断だと思うけど、自信をなくすだけじゃねーかな」
そう口にするごー君のスマホで、もう1度魔法少女ちゃんねるを見せてもらう。今度は敵である魔法生物ではなく、魔法少女達の衣装に意識を割いて眺めてみるのだが、それぞれ彼女達の個性が出ており、正統派の魔法少女衣装の他にも沢山の種類がある事が知れた。ロリータ系(あざとい、さすが魔法少女、あざとい)、ゴシック系(厨二病なのね……お薬出してあげないと)、アダルト系(ち、痴女にしか見えないんだけど。今、局部に謎の光が入らなかったっ?)、コスプレ系(メイドとかナースベースとか、どこかで見た事あるような感じの奴ね)……目を引く為の様々な工夫を凝らしている彼女達を眺めながら私が思ったのは、なぜコイツ等揃いも揃ってこんなに可愛くてスタイルがいいんだ!? って事だ。
「さ、参考になったわ。ありがとう、ごー君。私も、凡その方針は決まったから……」
「じゃあ、早速先生も変身してもらえますか?」
「えぇ? また、今度にしない?」
「そう言って先延ばしにしていると、いつまで経っても変身出来ないぞ」
「僕がいる間に変身出来るようになっておきませんか? 最悪、失敗続きで練習中に魔力不足になっても……その、魔力の補充が出来るので」
顔を真っ赤にしながら魔力の補充を提案してくれる久慈君。この子、まだ寿命を削って私に力を貸してくれるって言うの? こんな天使がこの世にいるなんて。何故か、恥ずかしがっているみたいだけど、今本当に恥ずかしいのは私の方。生徒がこんなに協力してくれているというのに、それに背を向けるような態度を取って……私は腹に決める。
「分かったわ。久慈君。先生、衣装から逃げない。今日、ここで私の衣装を決めるまで戦い続けるわ」
「格好つけてっけども現状、ゲームで言うとキャラクターメイクも終わってない所だかんね? 今」
「いいから。そういう指摘はいいから、ごー君はちょっと後ろ向いてて。変身するんだからっ」
「いやいいけど。なんで、後ろ?」
「恥ずかしいでしょっ。なんか一瞬裸になっちゃうし、もし失敗してまた変なのになったりしたら困るしっ」
「魔法道具の時と違って、衣装を具体的に表現するのは難しいと思うので、最初は細かい部分は意識しないでいいから、こういう自分になりたい……みたいな、変身願望を持って魔法道具を振ってみてください。それで、服の形は外さないと思います」
久慈君は私から言わずとも背を向けてくれた。ええっと、肌の露出控えめで、魔法少女なのは分かるような、なんかそんな感じのお願いしますっ! 呟くような声量で「へんし~んっ?」と、唱えた私は同時に魔法道具を振る。1回で魔法が発動して、私の身体が光を帯び始めた。1回で変身が始まる辺り、コンソール画面を開けなかった頃に比べれば、魔力の扱いに慣れてきたのかもしれない。包んでいた光がやがて衣装として形になって、遂に魔法少女アメジストとして私は生まれ変わる。
「……終わったみたいなんだけど、これって……」
「ええっと……先生、綺麗ですね。その、大変お似合いなんですけど……」
振り返った久慈君は、私の衣装に対してどう表現すればいいかしばらく迷った後、とりあえず当たり障りのない誉め言葉を投げ掛けてくれた。ごー君の部屋には全身鏡がないので私は自身の格好の全てを知る事は出来ないのだが、頭からヴェールを被っている感触は分かるし、スース―する感触から背中と胸元の開+いたベアトップ状の衣装だとも分かるし、足元を見下ろせばフンワリとボリュームが広がったロングスカートのドレスなのだと分かるので、それらを合わせて全体を想像すると……
「つーか、紫水さん。それ、ただのウェディングドレスだよな」
「そ、そうよね? なんでこんな事に……」
「その、自分の中の強い変身願望が要因になりやすいので……」「あっ……」(察し)
「あってなによ。あってっ! 確かに今は彼氏いませんよ? 今はっ。でも、24歳ってそんなに慌てるような年齢じゃないでしょっ!?」
「俺もそう思うよ? 俺も。俺もそう思うんだけどもさ。でも、他の人がその衣装を見たらなんて言うかなぁ?」
「な、なんて言うのよ?」
「コイツ必死かよ(笑)って」「……」
「戦闘の度に「アメジストさん、今日も婚活ご苦労様で~す」って言われるのは、間違いないよなw」「…………」
気付いた時には私は魔法道具を両手で振り下ろしていた。何度も何度も、飛び散った返り血で純白のウェディングが赤く染まるまでその行為を繰り返した後に、両肩を大きく揺らしながら息を整える。そして、私は笑顔を浮かべながら久慈君に向き直った。彼が顔を引き攣らせているように見えるのは、気の所為だろう。
「久慈君。この子を黙らせる衣装、教えてくれる?」
「せ、先生はそのままでもとっても綺麗ですけど、もう少し配色や丈を調整して、ウェディングドレスから離して、動きやすくした方が魔法少女っぽいかなと思います」
そこから、また試行錯誤する事になる。とりあえず広がっていたスカートをスレンダータイプにして、丈を膝丈まで上げて、ヴェールの代わりに薄手のストールにして、肘丈のレース手袋なんかも着けてみたりして……
「なんか結局、結婚式に参列する友人Aみたいになってない? これ」
「そんな事ないですよ。その、とっても素敵です。確かに魔法少女っぽくないかもですけど、慣れて来たら衣装は、またイメージを編み直して変更出来ますから……今は、そういう感じでもいいんじゃないかなぁ~と」
でも、まぁ? あんまりこういうドレスって着る機会がないし? 着替える度に久慈君はこうやって褒めてくれるし? 自分で好きなようにコロコロ着替える事の出来るこの時間が、少しだけ楽しくなってきたのは、口にしないでおこう。