えっ? 簡単に器を大きくする方法ですって?
「53万っていうと……えっと、えぇ? どれぐらい生きられるの?」
「大体145年だよ、紫水さん」
「145年っ!? 久慈君、そんなに長生きするのって大変よ? 大丈夫っ?」
「いや、魔法少女になっても人間としての寿命は変わらないですよ、先生。その、落ち着いてください」
「そ、そうよね……あははっ。勿論、分かってるわ。魔力と人としての生命力は別物だものね? うん、先生ちょっと驚いただけだから。大丈夫」
「だから、ボクは十分に魔力があるので、先生に渡した魔力は先生が使ってください。本当はもっとお渡ししたいぐらいなんですけど……ボクも魔法生物と戦う為に魔力が必要だし、それに先生の器だと15000の魔力で満ちてしまうので……」
「えぇ~……それって先生の魔法少女としての器が足りないって事?」
なんという事でしょう。人として生きている間も、平凡過ぎて何も才能を見いだせない人生を歩んできて、ようやく魔法少女という選ばれた特別な才能に目覚めたのかと思ったのも束の間、まさかそこでも才能の格差社会に押し潰されてしまうとは……世知辛いにも程がある。
「そうじゃなくて。始めは皆そんなモノなんです。ボクもそうだったから。器……魔力の最大値は、増加させる事が出来るんですよ」
「そう。なら、先生にも可能性が残されているのね。良かったわ。その、具体的にどうすればいいのかしら? やっぱり、強い魔法生物を倒してレベルアップしていったりみたいな……」
「そういう方法もあるんですが、それだけだと気が遠くなるような時間が掛かかるんで。だから一般的には魔法少女として知名度を上げる事で、器を大きくして行きます」
「魔法少女としての知名度? って、まさか……自分が魔法少女だって触れ回っていくのっ?」
この年で? 社会人2年目の公務員が? 久慈君みたいなヒラヒラした魔法少女のコスプレをして、魔法生物と戦っている姿を衆目に自ら晒していくの? それ、魔法少女として成長する度に、社会的な死が近づいてないっ!? ていうか、友達にそんな姿を見られたら……そんなの死ぬしかないじゃないっ!
「えっと、多分先生は勘違いしてると思います。魔法少女としての知名度ってのは、変身後の活躍を沢山の人に見てもらって、沢山の人に魔法少女の名前……ボクの場合、久慈琥珀ではなく魔法少女アンバーとして、沢山の人に名前を知ってもえる事で、器を得られるんですよ」
「あぁ~……そうか。先生個人の名前は隠したままでも大丈夫なのね? それなら、うん……なんとか我慢出来るかも。でも、結局のところ、知名度を上げる為には戦いを繰り返して、人助けを繰り返して名前を覚えてもらうしかないのね」
「それがですね。もっと簡単な方法がありまして……」
「えっ? 簡単に器を大きくする方法ですって?」
「出来らぁっ!」
突然ノリ良く声を上げたごー君が、先程のタブレットをトントンと指で叩く。液晶にヒビが入って壊れてしまったタブレットを見ると、流石の私も良心の呵責に苛まれた。なによ? 弁償しろって言うの? それはその……私も悪かったと思うけど、そんな事になったのは、ごー君が急にあんな動画を見せたからであって、そもそも私、今月は(いつでも)金欠…………そこまで考えて、全ての線が私の頭の中で繋がる。
「あぁ~!! 魔法少女ちゃんねるっ!」
「そういう事。因みに、いままでの話は大凡は、このサイトの魔法少女紹介動画で既に情報として出回ってるんだよ」
だから、いちいち久慈君の説明に反応しているのは私だけなのね……ようやく色々と納得がいき始めた。そもそも偶然の目撃情報だけで、あんなに沢山の動画が上がる筈がないのだ。最初に見たカメラ目線でやたら動きがよく撮れていたあの動画などは、もしかしたら魔法少女が友人を使って配信用に撮影をさせているのかもしれない。
それに、ごー君は魔法少女紹介動画と言ったか……魔法少女自体の認知度や理解を求める為の動画を定期的に上げていけば、突発的な戦闘での被害も少なくなるだろうし、魔法生物の存在を知らしめれば、注意の喚起にも繋がる。その他にも、自身の魔法少女名を自己紹介するようなPV動画を上げれば、魔法生物との戦闘の度に目撃者に向かって、毎回毎回1人ずつに名前を名乗って覚えてもらう……なんて労力も省ける。
最初にこの動画投稿サイトを作った人はきっと魔法少女関係者か、その信奉者だろう。私は現代魔法少女の情報戦に関心を示しながらも、同時にとある悲劇に気付く。
「でも、ちょっと待って。もし私の器を大きくしようとするなら、ネットに動画を上げないといけないって事?」
「そうなりますね」「そうだな」
「いい大人が魔法少女の格好をして外を飛び回っている動画が、全世界に配信されるわけ?」
「……そうなりますね」「……そうだな」
「無理でしょっ! この年になって分かり切った黒歴史を駆け抜ける勇気なんて、私にはないわよっ!」
「が、頑張ろう? ボクも先生と一緒に駆け抜けていくからっ」「あの輝くステージを目指してなっ!」
「ふーんっ!? アンタ達が私のプロデューサーっ!?」
この世に神などいないのだ。もし仮にいたとしても、それは悪魔が模した仮の姿で、この砂漠のように乾ききった現実という地獄で私を生き永らえさせて、社会的に死ぬか、肉体的に死ぬかの2択を迫っているのだ。なんと苦難の多い人生だろうか。神は耐えられない苦難を与えないと耳にするが、そんなのは政治的な統計結果に過ぎず、苦難の匙加減を間違えて与えた奴等が皆、生き残れずに統計の外へと存在を消されてしまっただけではないのだろうか? そして、私もそうなってしまうのだ。私はベットに顔を突っ伏してオイオイと泣こうとした。
「あの……先生。大丈夫ですよ。魔法少女の正体は、一般人には絶対にバレないんです」
「…………そうなの?」
「あぁ、本当だよ。これも紹介動画にあったんだけど、魔法少女の衣装にはカーテンって呼ばれる……心理的に、魔法少女の姿をした紫水さんと、普段通りの紫水さんとを、結びつかせないように遮る力が備わっているんだよ」
「???」
「動画を見た方がはえーか」
そうして、ごー君のスマホで魔法少女ちゃんねるにログインして、動画を見せてもらう。そこで、魔法少女が図を使いながら説明してくれた内容を簡単に纏めると、魔法少女になった私を前にすると、一般人は普段の私の顔を絶対に思い出せなくなり、普段の私を前に知ると。一般人は魔法少女の私の顔を絶対に思い出せなくなるように、不思議な力が発動するらしい。
魔法少女の私と、普段の私。どっちも知っていて、どっちとも知り合いながら、お互いをどうしても結び付けられない。カーテンと呼ばれる魔力で遮られた衣装。それが魔法少女の衣装らしい。例外的に相手が魔法少女の場合と、相手に対して自白をした場合に限り、カーテンは発動しないそうだ。まぁ難しい話は私にもよく分からない。だから、覚えておけばいいのはただ1つ……
「つまり、絶対に顔バレはしないって設定なのねっ!?」
「「まぁそれでいいよ」いいです」
やったわっ! チョロイわねっ!? 人生っ!!