俺が引き継ごう
語り部の紫水さんが意識を失ったので、ここから後は俺が引き継ごう。いつまで経っても帰ってこないし、メッセを送っても返事がない(後で分かった事だが、彼女はスマホを準備室に置いていたので、連絡に気付いていなかった)彼女を、どうせ夜が怖くて帰れなくなってるんだろうと、心配して迎えに来てみれば、魔法生物に追い回される彼女を見つけて、俺は思わず彼女の名前を呼んだ。
後は、皆さんもご存知の通り、彼女が無謀な体当たりをかましたのだが……その光景を目の前で見た俺は、最初なにが起こっているのかを理解できなかった。あんな小さな体で、あんな小さな魔力で、あんな大きな魔法生物に体当たりをするなんて、正気とは思えない。
だがこれで、彼女に命を救ってもらったのは2度目。本当は自堕落で、自分勝手で、臆病者で、泣き虫で、世渡り上手で、八方美人で……およそクズが服を着て歩いてんじゃないかって性格の癖に、優しく、真っすぐで、勇敢で、不器用に、血も繋がってすらない俺の事を、実の弟のように守ってくれるのだ。
巻き上がっていた砂塵が晴れる。魔法生物は大したダメージがないようで健在。その足元に、擦り傷だらけの紫水さんがうつ伏せに転がっていた。ここからでは息をしているかも分からない。俺はフラフラとそこへ歩み寄る。
「カタカタカタッ」
それを阻むように魔法生物が立ちはだかる。奴は紫水さんを自らの餌だと言わんばかりに、腹の下に隠して、俺に対して威嚇音を放った。つーか、さっきから……邪魔ばかりするな、コイツ。いい加減腹の立った俺は、魔法生物を倒す為に久しぶりに魔力を使って”変身”することにした。
俺が変身を終える間に、その魔力の奔流によって晴れていた筈の夜空は稲光を発し、大気の震えに周囲の家屋が震える。全身が帯電しているかのように、稲妻を纏って現れた俺の姿に、魔法生物は少しだけたじろいだ。
だが、見た目はそこらにいる10代後半の少女と変わらない。ただし、黒のショーパンに、紫水さんより膨らんだ胸部を支える白のチューブトップ。それに黒いブーツと黒のロングコートを羽織った姿は、魔法少女というよりは悪の組織のお色気担当……まぁ、このデザインは子供の時に紫水さんが敵役として、俺に当てたのだから、そうなるのも仕方がない。魔法道具だって、帯電しているかのように時折青く光を放つ、身の丈以上の大鎌だ。
魔法生物は、そんな俺の姿を見直して、獲物の1人でしかない事を認識したらしく、体を震わせて更に激しい音を鳴らして、左前脚を振り下ろしてきた。コンクリートも削り取るその1撃を、俺は左手一本で受け止める。その反動で地面に亀裂が走るが、大した事はない。それよりも……
「うるせーよ」
右手に持った大鎌を逆手で一閃。青い光が魔法生物に放たれて、その姿は掻き消えた。そう、こんな奴は問題じゃない。とっとと核を回収して終わりだ。それよりも、紫水さんは大丈夫だろうか? 彼女へと近づいて口元に手を翳す。息がある事にホッとして、砂にまみれたその頬を裏手で払ってやった。他に傷はないだろうか? 確認しておこうか……その最中に俺の背後から声が掛けられる。
「国中君っ、先生は大丈夫っ?」
「久慈か。紫水さんに呼ばれたのか?」
「違うよ。魔法少女と魔法生物が戦っている反応があるのは知ってたんだけど、他の退治に手間取ったりしてて加勢が遅れて……まさか先生だったなんて。ごめん、もっと早く気付ければ、こんな事になる前に助けに来れたのに」
「それは俺も同じだ。紫水さんならなんかあったら絶対に連絡してくるだろうから、この反応は違うだろうって……油断し過ぎた。この人、昔っから肝心な所で甘えるのが下手なんだ」
「でもだからって、せっかく前は奇跡的に助かったのに……こんなのって……」
「いやいや、盛り上がってるところ悪いけど、死んでねぇーからな?」
「えっ? あっ……ごめん。そうなんだ」
「俺がなんの為に身体を調べてると思ってんだよ、お前……」
「い、いや……その、本当にごめんねっ。その、別れを惜しんでたりするのかなぁ~……なんて? 本当に、ごめんなさいっ」
「別にいいよ。それにこれ以上言うと、後ろの人に刺されそうだし」
そういわれた久慈は、なんの事かを確認する為に背後を振り返る。そこには行き場のない怒りを貯めに貯めた庄川先輩が立っていた。魔力でこちらが優っているとはいえ、余り怒らせたくはない相手だ。久慈が、彼女をなだめてくれている間に俺は紫水さんの顔に顔を寄せようとするが……やはり、最初の時と同じように躊躇いを覚えた。
「……」「……」
「見るなよ。仕方ないだろう? ここまで魔力が枯渇してんだから」
「ボク達はなにも言ってないよ。ねぇ?」「……っ」
「……なら、あっちを向いていてくれよ」
胸の前で小さく手を横に振る久慈、首を大きく縦に振る庄川先輩をそれぞれ睨みつけてそういうと、彼らが後ろに振り返ったのを確認して、紫水さんの唇に唇を重ねる。魔力の譲渡……彼女を魔法少女にした時と同じように、彼女がしばらくは生活出来るようにある程度余裕をもって渡していく。
「あぁ~、キスしてるワンっ」「あぁ~、チューしてるワンっ」
面倒臭いのが来た。俺は慌てて魔力の譲渡を中断して、顔を上げた。少し頬に熱を帯びるのを感じるが、顔には出ていないと信じたい。空から降りて来たのは、ご主人様であるガーネットを引き連れた、ベリルとトパーズ姉妹だ。
「なんだい? もう終わってんのかい?」
「ガーネットさん。来てくれたんですね」
久慈が声を掛けるが、ガーネットはそれを無視して辺りを見渡す。周囲の惨状を確認するガーネットは詰まらないものを見るような顔つきだったが、俺の姿を見て、突然に顔を強張らせた。
「あ、貴方……ま、まさか……剛君?」
「元の姿だと分からなかったのに、この姿だと分かるんですね、諏訪さん」
「ちょっ!? 私の本名っ? えっ、それより……だって、剛君は男でっ……でも、アンバーと一緒にいるって事はやっぱり本物っ? あれ?」
「男だって魔法少女になれるんですよ。因みに、勘違いしてそうだから言っときますけど、前から勧誘していたアンバーは諏訪さんの全く知らない男で、このアメジストが紫水さんです」
「で、でも衣装っ……アンバーの衣装が、しー姉さんのデザインしてた衣装とそっくりそのままだからっ……私てっきりそうなんだとっ……えぇ? でも、顔の雰囲気は確かにアメジストがし―姉さんでっ……あれ?」
「おぉ、混乱しとる混乱しとる」
「あの……ボクもよく分からないんだけど。なにを隠していたの?」
「勧誘の度にいい画が撮れるし、面白そうだから放ってたんだけどな。そろそろ種明かししといてやるか」
魔法少女ガーネット。彼女の名前は諏訪柘榴という、男性恐怖症(幼い頃の俺は大丈夫だったが、しばらく会わない間に病気に拍車がかかってらしい)の引っ込み思案な女子大生なのだが、俺と紫水さんの幼馴染で、すー姉ちゃんと俺が呼んでいた女性だ。俺は魔法少女になってから、海賊衣装の彼女に会ってすぐに諏訪さんだと分かった。何故なら、俺の衣装と同じく、紫水さんが魔法少女の敵役として描いた衣装だったからだ。しかも、キャラの演技指導まで今も守っているのだから、なんとも分かり易いというか忠実というか……大人しい性格の彼女はさぞや無理しているのだろう。同じ雨塚紫水被害者の会、会長としては、気の毒としか言いようがない。
そんな彼女だが、今の今まで久慈こと魔法少女アンバーの事を紫水さんと勘違いしていた。何故なら、あの魔法少女チックな衣装は、庄川先輩の妹ではなく、俺が久慈の為に考えてやったモノで、更に元を正せば、紫水さんが自分の為に考えて描いた魔法少女の衣装を少しだけアレンジしたモノだったからだ。
だから何度も久慈の前に現れて、紫水さんの演技指導通りに、まるで敵役のように演じながらまた一緒に活動しようと勧誘を繰り返すものの、衣装は紫水さんモノでも、中身が久慈なのでサッパリ伝わらず。ただの変な奴に成り下がっていたという訳である。
俺と、紫水さんと、諏訪さんと……3人しか知らない共通の記憶が起こした勘違い。まぁ、自分で振り回しておきながら、自分自身は幼い頃の記憶を綺麗サッパリ忘れている辺り、紫水さんらしいと言えば、紫水さんらしい。
もちろん、今回の件は俺が誤解を解いてあげれば簡単に解決していたのだが、男の姿で話し掛けようとすればすぐに逃げてしまうのだから、仕方ない。俺だけの責任じゃないって事で許して欲しい。
「そ、そんな……それじゃあ……私、ずっと勘違いしてて……しかも、男の人……ていうか、剛君がこんな近くに……はぁ、はぁぁ~っ! ま、また来ますぅ~っ!」
「お、覚えてろよ~っ! 待ってくださいワンっ、ガーネット様~っ」「この~お大事に~っ! 待ってくださいワンっ、ガーネット様~っ」
受け止めきれないのは情報量かそれとも現実か……とにかく、魔法少女ガーネットこと諏訪柘榴さんは、空へと逃げ帰っていた。
「えっと……帰ろうか?」「……そうだな」
毎度のパターンなので、律儀な彼女らしくそれを守っているだけかもしれないが。




