持たず、作らず、持ち込ませず
「ずすっ……んっ、グスッ……ズズッ……っん。ぢょっと、そごで……グスッ、正座っ……」
静寂を取り戻した夜の校舎に、私のすすり泣く声だけが響く。あれから、意識を取り戻した私は、とりあえず人影の正体を知る事が出来たので、涙を流しながらも落ち着きを取り戻しつつあった。お気づきの方も多いだろうが、肝心の人影の正体は魔法少女ガーネットの付き添いのイタズラな子供達。姉の魔法少女トパーズ、妹の魔法少女ベリルの2人であった。
「はいワン……分かりました」「はいワン……正座しました」
私に正座を指示されて、2人共素直に従っている。懐中電灯が光っているとはいえ、まだ辺りは薄暗いし、顔を俯かせているので、2人がどんな表情を浮かべているかまでは、私には分からなかった。
「あのね? ズズッ……まだ、君達は子供だからっ……ヒックッ、色んな悪戯をしたいって気持ちも分かるわよ? でもね、何事も限度があると思うの。グスッ」
「ごめんなさいワン……やりすぎました」「ごめんなさいワン……悪ふざけが過ぎました」
特に怒りの感情は浮かばなかった。確かに怖かったけど、今は顔見知りの彼女等2人がそこにいてくれる事が、この薄暗い校舎内では私の支えになっている。それに子供が悪戯に走るのは、成長の過程では仕方ない事だ。でも、それに対して一言も口を出さないのは、教育者としての名が廃るというものである。
「それと、出来る事ならでいいがら……私は君だぢにっ、人を困らせだり、怖がらせたりで、喜ぶような……グズゥッ……ジュルッ……大人にならないようにしで、欲じいなぁ……あぁ~っ……ヒックッ」
「あの……ハンカチ使っていいワンっ」「あの……ティッシュもあるワンっ」
まぁ、大人や教育者の威厳を保とうにも、涙ボロボロの真っ赤な瞳に、鼻水ジュルジュルの真っ赤な鼻では、気を使われるのが関の山なんだけどね。まぁ、言いたい事は伝わっただろうし、これだけ気まずい空気になる事を、繰り返そうとしたりはしないだろう。そう信じるのも、先生としての役目だ。
私はティッシュを受け取って涙を拭き、ハンカチを受け取って鼻をかんで、それぞれ2人に返した。
「普通、逆……」「しかも、普通に返すってどういう……」
「それで……スッ……君達はここへ何をしに来たの? 魔法生物を追って来たのかな?」
「いや~、ワンっ」「それがですねぇ~、ワンっ」
私の質問に答えづらそうにしながら、それぞれ別方向へと視線を反らす姉妹。この反応……どう考えても、まだなにかを隠しているわよね?
「これ以上、なにを隠してるっていうのよ? 隠し事をせずにちゃんと全部言いなさいっ」
「怒らないワン?」「叩かないワン?」
「……内容次第じゃ怒るけども、隠したままだったらもっと怒ります」
「私が考えたんです~っ。だからベリル姉を怒らないでぇ~」「私が仕掛けたんです~っ。だからトパーズを怒らないでぇ~」
彼女達の話を聞く所によると、私の学校を付き止めた2人は、彼女達が崇拝するところのガーネットの一味に私を加える為の作戦を、以前から考えていたらしい。それで思いついた作戦が、魔法生物の核を使って、魔法生物の反応を疑似的に作り出して私を誘き出して、驚いて怖がっている所に仲間になるように勧誘する魂胆だったらしい。あぁ、それで反応があんなに微弱だったのね。
因みに、発案も実行も、彼女達だけでガーネットはなにも知らないらしい。喜んで貰えると思ったのだろう。正直、なんで驚いて怖がってる最中に勧誘できると思ったのかを含めて、小一時間問い詰めたい所だが、それよりもなによりも、まずは彼女達が大きな間違いをしているのに気付いて、私は軽く2人の頭にゲンコツを落とした。
「あいたっ!」「ふぎゅっ!?」
「君達ね~……魔法生物の核が魔法生物を呼び寄せるって知っててそういう事をしたんじゃないんでしょうね?」
「ワン……なにそれ?」「ワン……私達は知らないぞ」
2人が頭を抱えながらキョトンと首を傾げいているので、仕方ないから私が1から説明してあげる事にする。まぁ、これは全部ルビーちゃんの受け売りなんだけども……ここは大人との教養の差を見せつけるのに、使わせてもらおう。
「……だから、魔法生物の核をそのまま放置しておくと魔法生物を呼び寄せちゃうのっ。魔法生物が、魔法少女や人にとってどんなに危険な存在か、君達だって分かるでしょう? だから、軽はずみに遊びや悪戯に、核を使ったりしたら絶対に駄目っ! 持たず、作らず、持ち込ませずよっ。分かった?」
「それ核違いだワンっ」「自分だって誰かに聞いただけだワンっ」
「分かったぁ~?」
「分かったワンっ……言うとおりにするぞ」「分かったワンっ……だからもう怒らないで欲しいぞ」
私が怖い顔を作って迫ると、彼女達は頭を庇うような仕草をしながら素直に応じた。全く、最初からそうやって聞き分けてくれればいいのよ。それじゃあ早速、核を回収して……と、2人に話し掛けようとした時、魔法生物発生の悪寒が3人を同時に襲う。しかも、只事とは思えない程の強烈な反応。その強さは3人が3人共、思わず膝を落として廊下に両手を着く程の大きさだった。
「ていうか、これ本当に魔法生物の反応なの? こんなの初めてなんだけど」
「聞いた事あるワンっ……これは自分より強い魔法生物の反応だぞ」「聞いた事あるワンっ……この反応は逃げた方がいいやつだぞ」
今までの魔法生物の戦いを思い出せば、それは笑い捨ててしまっていいような脅し文句だったが、暗闇を前にした時の恐怖と似た、明確な強者を目の前にして体が竦んでしまうような反応を身体がしてしまっている以上、私は与太話と切り捨てる事が出来なかった。だが、それでも……
「倒しに行きましょう」
「えぇっ!? 止めた方がいいワンっ」「えぇっ!? 逃げた方がいいワンっ」
「駄目よ。今、魔法生物に1番近いのは私達なんだよ? 他の魔法少女に頼むにしても、絶対退治に時間が掛かっちゃう……そうしてる間に、魔法生物が瘴気になっちゃうかもしれない。もしそんな事になったら、この学校で……明日の朝も、普通の学校生活を送る筈の生徒達に被害がでちゃうかもしれないじゃない?」
「で、でも……ワンっ」「ち、近づきたくないぞ……ワンっ」
「確かにこの反応を前にすると、ちょっと腰が引けちゃうね。でも、私達魔法少女が魔法生物を前にして、なにもせずに逃げちゃったら、誰が魔法生物を倒すの? それに1人なら無理かもだけど、ここには3人も魔法少女がいるんだし? 君達と力を合わせれば、なんとかなるかもしれないじゃない?」
「そう……かな?」「いける……かな?」
「まぁ、君達が私の足を引っ張らなければだけどねぇ~?」
「なに言ってるワンっ」「1番弱っちぃ癖にワンっ」
「よしよし、その意気その意気。それじゃあ、頑張りましょう?」
まぁ、死ぬなんて事はないわよねぇ? ほらっ。この物語は、コメディーの筈だし? 私達は緊張しながらも、心の中のどこかでそういった気楽さを持ちながら、窓から屋上へと飛んでいくのだった。




