進捗、ダメです
進捗、ダメです。
あぁ~、終わらないよ~。終わりの目途は立ったんだけど、そこに至るまでが長すぎるよ~。時間はとっくに部活で残っていた生徒まで、全員帰宅しているであろう時間だ。もう少し要領よく始める事が出来れば、日が暮れる前には終わるであるろう仕事だったのだが……取り掛かるまでに時間掛け過ぎた。初めての仕事あるあるかな?
まぁ、残業自体は覚悟していた事だし、そんな毎日の事じゃないし別に構わないのだが、日が暮れる前には帰りたかったなぁ。どうしよう? 今からでも仕事を持ち帰ってしまおうか? でもそうすると、また取り掛かるのに時間を費やし過ぎて、今度は徹夜が確定してしまいそうだなぁ。朝早く出勤してっていう手段は、私に限ってはない。だって、私、朝弱いし。出来ない作戦は立てない。
そうやって、どれもが嫌な選択肢の中、その中でもマシな部類の、仕事が終わるまで続けるを選択して、あと少し、あと少しで、ペカペカとキーボードを叩いていた私の背中に、小さな悪寒が走る。もう馴染みになった魔法生物出現の反応だ。
んん? これ……多分、学校内に入って来てるわよねぇ。正直、そんな事してる場合じゃないのだけれども、そのまま放置する訳にもいかない。もし学校で瘴気に変化されたりされたら、明日投稿してきた生徒たちが犠牲になってしまう。まぁ、ちゃちゃっと終わらしてしまおうかと、私はデータを記憶させてパソコンを閉じると、魔法少女へと変身した。
普段使っている準備室から廊下へ出ると、真っ暗な廊下が続くので私は思わず尻込みする。ちょっとっ? ただでさえ暗いのが苦手なのに、学校の廊下ってシチュエーションで倍は怖いんですけどっ! か、懐中電灯あったかなぁ~? と、再び準備室の中へ。それを左手に持って、魔法道具を右手に持ち直し、再び廊下へと歩み出る。
普段、歩き慣れた筈の廊下は暗く静まり返って、まるで別世界のような雰囲気だ。歩く度に響き渡る自分の足音すら怖くて、その度に心臓が跳ね上がるようだった。どうしよう? 久慈君に声を掛けようかなぁ? 時間は20時前かぁ~……流石にこんな時間に呼び出すのは迷惑よねぇ。
私の中の変な遠慮が働いて、久慈君への救援を躊躇わせる。魔法生物の微弱な反応は上の階……4階か、屋上か。もう外から行った方が早いだろうか? でも、4階だったらどこから入ればいいか分かんないし……そうやって迷いながら、結局は階段を使って登っていく。
こうして1人で探索していると、ホラーゲームをしているようだ。まぁ私、自分ではホラーゲームをした事ないんだけどね? 友達のオススメを、感想だけ伝える為にごー君にやらせて、それを後ろから布団を被りながら眺めていただけなんだけれどね?
余計な事を考えて、目の前の暗闇から意識を反らしながら4階まで上った私は、魔法生物の反応がまだ上にある事に気付く。これ、やっぱり屋上かな。校舎内より、少しはマシかもしれないわね……なんて考えながらとりあえず、外に出ようと窓に手を伸ばすが、そこで小さな音を耳にする。
それは魔法生物の反応とは全くの別方向……廊下を小走りに駆ける足音に似ていた。魔法生物の反応は上なのに足音がするって事は、他のなにかがいる? そう思い至った瞬間、私の背筋には魔法生物出現を感じる時以上に、強い寒気と怖気が同時に走った。
「だ、誰かいるんですか~……いるなら出て来て下さい~?」
こういう時、何故か敬語になっちゃう現象なんなんだろうね。相手がなにかも分かってないのにね。駄目だ。無理矢理、気分を誤魔化そうとしても、誤魔化しきれない。もう、放っておいて上の魔法生物倒しちゃおっかなぁ? だって、私、魔法少女だし。魔法少女のお仕事は魔法生物を倒す事であって、得体のしれない足音の原因を倒すのは役割じゃないし……って、言い訳を考えている私の思考を、ガシャガシャッっと何かが崩れ落ちるような激しい音がぶち壊した。
「っ~~っ!!?」
いるっ、いるっ!? 絶対魔法生物じゃない何かがいるっ! どうしよう? と、とりあえず逃げなくては……と思うものの、今の音にビックリしてしまって、私の足は動こうとしない。厳密にいうと、震えていてそれどころではない。それでも両手を使って這いずりながらその場を離れようとするが、今度は逃げようとした先で……ヒタ、ヒタ、と足音が響いた。
「嘘でしょ? ねぇ? 誰? 誰かいるんでしょっ? ねぇっ!?」
私は右手に持っていた筈の懐中電灯がない事に気付いた。いつの間にか放り投げてしまっていたらしい。どうやら足音は、その懐中電灯へと近づいているようだ。懐中電灯は欲しい……でも、足音には絶対に近づきたくない。私がそうして迷っている内に、足音を響かせている人影が懐中電灯を拾った。暗闇の中、わずかなシルエットで分かるのは、子供のような身長の人影だという事だけ。高校生ではありえないその体型が、人影が在校生ではない事を示している。その事実に私の背筋がぞわっと寒気立つ。懐中電灯を拾い上げた人影は、その光を奪って、周囲の暗闇が更に深くなった。
「ちょ、ちょっとぉ~。やめてよ~……本当に私、こういうの無理だから、ね、ねぇ……本当にっ?」
自分でもなにを言っているのかよく分からないけど、同じような事しか口にできない。それほどまでに私はテンパっていた。もうグルグルと目が回って、気絶寸前である。廊下の後ろと前、騒音を鳴らした原因と懐中電灯の光を奪った原因が、私を追い詰めるように2つの小さな人影となって、ヒタ……ヒタ……と、静かにゆっくりと近づいてくるのだ。繰り返すようになるが、魔法生物の反応は屋上から動いていない。この人影は、魔法生物では絶対にない。
「やだっ、やだぁ~。私がなにしたって言うの? なにっ? 普通にしてただけじゃん。助けて、助けてよ~っ。ごー君~っ」
私が震えた声で泣き言を繰り返して、這いずるようにして壁際に移動している間も2つの人影は、歩調を緩めるでも早めるでもなく、ヒタ……ヒタ……と、同じ歩調で私に近づいてくる。そして、とうとう人影を振り返りながら、這いずり逃げていた私の背中に壁がぶつかる。壁際に追い込まれたのだ。
人影が私の目の前で立ち止まる。もう無理、怖くて体が動かない。私はなるだけ下を向くようにした。人影と視線が交えるのが怖かったからだ。白い細足に、黒い履き物……ただの子供かな? 確認する? いや、無理だ。もし、この子達が井戸の底から出て来るようなタイプの顔をしてたら、私、そこで心停止する自信がある。
もう怖すぎて、強く瞼を閉じてしまった私の網膜に、カチッという音と共にわずかな光が差し込んだ。あれ? これ、まさか懐中電灯の光が点いたの? やっぱり、この子達はただの人で……
「「ばぁぁ~~っ!!」」
という、希望的観測のもの瞳を開いた私の眼前に、子供の顔が2つ、下から光を当てられて宙に浮かぶようにして照らされているのをみて、私の意識を失った。
「キャハハッ! ビックリしたかワァ~ンっ?」「キャハハッ! 驚いたかワァ~ンっ!」
意識を手放す間際、そんな聞き覚えのある声が聞こえた気がしたが、今の私に答えを返す気力がある筈もなかった。




