慣れてきちゃってる私がいる
「久慈君ですか? たしかお昼になってすぐに教室を出たと思いますけど……」
「そっかぁ。入れ違いになっちゃったかなぁ?」
とある平日の事。私は昼休憩になって暫くしてから、久慈君に話を聞こうとしたが、2年2組の教室に彼の姿はもうなかった。電話しようかな? 話だけならそれこそ休みの日に掛けたって良かった訳なのだが。うーん……と、私が考え込んじゃってると、私の質問に答えてくれた女生徒が興味深そうに見上げて来る。
「先生、久慈君になんの用事なんですか?」
「そうね……えぇっと……」
そこで私はどう答えるべきかを考え込んでしまう。よく考えてみれば、受け持ちでも、部活が一緒な訳でもない生徒の教室に、わざわざ足を運んで話があるだなんて、どう説明すればいいんだ? そもそも私、ここの教室の生徒の名前、全然知らないし。久慈君の名前だって魔法少女になる事がなければ、ずっと知る機会がなかっただろう。
「ちょっと聞きたい事があったのだけれど、いないんならまた出直しますね」
というわけで……ここはそうそうに退散させてもらおう。問いかけられる前に逃げようとした私の手を、ガッチリ掴む。
「私、前々から気になってたんですよーっ。最近、久慈君と先生って結構話してますよね? あれって、なんの話をしてるんですか? まさか、もう付き合ってたりするんですかーっ?」
あぁ、不味い。付き合うだなんて単語は非常に不味い。ほら、周囲で聞き耳を立てていた女の子達が、餌に群がる飼い犬のように私を取り囲む。まるでスクラムを組むかのような統率の取れた動きに、私はなす術がなかった。
「だから言うたべ? 私、言うたべ?」「マ? マ!? 禁断じゃん」「ゲロマズっしょ」「逆に、よきよき」「久慈まるは皆の観賞用だったのに……辛みしかねぇ~」
やっべー。何言ってるか半分ぐらいしか分かんねぇー。恋バナ(実際のところは、恋バナですらないただの誤解なんだけれども)に対して彼女等が示す過剰反応は一体なんなんだろうね? そしてそのまま、私は彼女等に連れられて人気のない場所へ……ねぇ? このままだと私、これから虐められるんじゃないの? これ?
「ちょっと待ってくれる? 私、久慈君と付き合ったりしてないし……」
「先生、とりあえずあっちで続き聞くから」「女帝は? あの人、久慈まるにベッタリじゃん?」「リアルに3角関係とかだったら、私はげそうなんだどっ」「それは流石に卍すぎる」「とりあえず、先生掴まえてくれた加奈まるに感謝しとこ?」「「アモーレ」」
まぁそんな感じの子達を相手にするも、私の必死の弁明でなんとか彼女達の誤解は解けるのだが、誤解が解けた後も雑談したり、記念(なんお記念か全く分からないが)に皆でスノッたりしている内に、昼休憩は潰れてしまったので久慈君とは話せず終いだった。
では、放課後はというと……
「委員会での資料作りですか?」
「頼んでいたでしょう? まさか忘れた訳じゃないでしょうね?」
「ええっとですねぇ……それがまだ……」
柴崎教諭は眼鏡の位置を直しながら、鋭い視線を送ってきた。まぁ、お仕事の話なので流石に忘れる程に無責任な事はしないのだが……実際に仕上がっているかと問われると、実はまだまだ形になってないというのが現状でして、などと伝えようものならこの人にどんな嫌味を言われるやら。そういう理由で私が言いあぐねていると、それを察したように柴崎教諭の方から原稿用紙を差し出して来た。
「全く、君は学生の頃から変わらんな。そんな事だろうと思って、ほれ」
「これは?」
「私の作った草案だ。いいか、これはあくまで参考にしなさいという事だ。このまま丸写しはいかんぞ?」
「あっ、ありがとうございます。助かりますっ」
「ただし、それを参考にするのなら明日の昼休憩までには終わらしておくように。私が確認するからね」
柴崎教諭は咳払いを1つ返すと、特にそれ以上の説教はせずにその場から去っていく。どう手を付けていいものか困っていた所だから、こういう指針があるのはありがたい。柴崎教諭の方こそ、口やかましいけど、特別に一緒に補習してくれたりと面倒見がいいのは変わらないですね。うひひっ。
でも、明日の昼休憩までって事は今からこれに目を通して、作業に入らないと間に合わないから……やだー。これはもう残業確定って奴じゃないですかー。結局久慈君に話を聞く暇もなかったなぁー。
まぁ、正直なところ例の件から私の気持ちは離れかけていた。だって、この質問を久慈君にするって事はつまり、私は貴方と本当にキスをしたの? って事だし、私は貴方に本当に命を救われたの? って疑う事にもなるし……もし、ルビーちゃんの話になにか間違いがあって、本当に久慈君が命の恩人だった場合、とっても失礼な質問じゃない? 気にしすぎだろうか?
それに、今となっては魔法生物と戦うたびに何度も久慈君には助けてもらっているのだから、魔力の譲渡があったなかったとは別に、恩人である事には変わりない。まぁそうやって長々と考えた結果、イチイチ問い質す必要なくね? なんか確認するのも気まずいしっ! って事になったのだ。
それよりもまずは目の前の問題を片付けよう。スマホをだして、ちょいちょいちょいっと……以下、ラインでのやりとりだ。
『今日は遅くなるって春さんに伝えといて』
『ウッス。何時ごろになる?』
『ちょっと分からない』
『ウッス。飲み過ぎないように』
『仕事だぞ。盗撮野郎め』
『もう、なにがあっても迎えに行きません』
『正義は盗撮野郎の脅しに屈したりはしないっ』
相手は勿論ごー君だ。今はぷち喧嘩中。あの子ったら私が屋台で飲んでる時に鞄をテーブルの上に置いていったのが、(私はそれを気にしてなかったので、覚えてもいないのだが)その中にムービーを仕込んでいたみたいで、ルビーちゃんと私の会話を盗み撮りしていたのだ。まぁ、それのヤバそうな部分をカットして、使える部分だけを編集した動画をアップしていいかどうかを、私に確認するぐらいの良識は残っていたのでこれぐらいで許してあげている。
実際に動画を確認した私の感じだと、表に出しても別に悪くはないんじゃないかなぁ? って感じだし、私とルビーちゃんは後半に行くにつれて結構仲良くなっていたみたいだし、私の記憶は後半に行くにつれてなくなっていたので思い出すのに重宝したりしたのだが、私はやっぱりネットに動画は上げるべきではないと思うのだ。だって、また叩かれるし……
ていうか、私が自撮りでルビーちゃんと一緒に写った写真を何枚かツイットの方に上げちゃっているんだよなぁ~。(酔った勢いでそうしたであって、素面なら絶対にしなかっただろう。お酒怖い)それに大してのリツイートやコメントが今も結構あって、この時期に動画まで上げちゃうのは火に油を注いでしまうような……そんな事を考えながらツイットの写真に返された反応をサッと眺める。
『ルビーちゃん、かわ』『ババアが楽しそうでなにより』『昨晩はお楽しみでしたね』『俺もルビーちゃんと酒飲んで、ホテル行きてぇ~』『その格好で串、咥えてるの最高にシュール』『ランキング上位に媚びすぎだろ、この女』『顔が広いな()』
うーん……これぐらいならまぁまぁ、なんて慣れてきちゃってる私がいる。もう少し落ち着いてからちょこちょこと返信しよう。それに、今はこんな事やってないで仕事を終わらせないといけないからね?




