魔法少女の中の魔法少女
「ええぇ~……紫水さん、なんでこんな所で飲んだくれてんの?」
「はにゃっ? ごー君だ~っ」
私がまた程よく身体が温まって、口が滑らかになってきた頃合いで、ごー君が私の背後から顔を出す。振り返ると、彼はゴミを見るような目で私を見下ろしていた。はぁ~んっ? 何様だこのやろ~っ!
「何よ~、そんな顔して? なんか文句あるの~っ?」
「いや、魔法生物探して家を飛び出したんだろ? 紫水さん。もう倒したのかよ?」
「はい~っ? 魔法生物なら、とっくに見つけているわよ。ほら、私の隣に……って、あれぇ~?」
さっきまで確かに私の隣で串焼きを食べていた筈の魔法生物は、忽然と姿を消していた。なんか普通に私の話を聞いて頷いてくれたりするから、わりといい奴なのかと思っていたのに……やはり魔法生物は魔法生物という事か。私の胸の内に悲しみが広がりかけた時、魔法生物が食べていた串焼きの空き皿に、光り輝く1粒の塊を見つける。
「あれ……これ、核じゃない?」
「みたいだな。ここに核があるって事は、もう倒したって事か?」
「あぁ、あの子。そういう事か……」
「どういう事だよ?」
「ごー君、分からないの? あの子はねぇ~……親父さんの串焼きの美味しさに感動したんだよ。だから何かをお返ししたかった。でも出来ないの。何故なら、あの子は魔法生物だから……でね、でね? そんな魔法生物が唯一、形として感謝を示せる最高の贈り物。それが核なんだよ。つまり、これは人類が初めて魔法生物に打ち勝った歴史的…………」
「そんな成仏エンドみたいな話、魔法生物では聞いた事ねーんだけどっ。それと、御高説中に申し訳ありませんが、紫水さんこそここの親父さんに感謝を示せる贈り物、持ってんの? 具体的にいうとマネー的な奴」
「えぇっ? ぷふふっ、な~に当たり前の事言ってんのよ~っ。いくら私だって、この間お給料が出たばっかりなんだから~っ、財布の中身は諭吉ハーレムに決まってるでしょう……あれっ? バ、バッグ……財布を入れてるバッグがない? どうして? いつもお出かけする時は持ち歩いてるのにっ」
「いやいや、魔法少女の時は財布は持ち歩かねーだろ。しっかりしてくれよ、紫水さん」
「あぁ~っ!! ……ねぇ、ごー君。お願いっ! 私の財布取ってきて。でないと私、魔法少女初の無銭飲食犯になっちゃうっ」
「はぁ~? なんで俺がそんな事まで……」
私がごー君の腕をグイグイと引いてお願いしている間、彼は途方もなく嫌そうな表情を浮かべるが、ふと、虚空を見上げるようにしてなにか考え込んだ後に、突然自身の鞄をテーブルの隅っこへと置いて私の手を振りほどいた。
「まぁいいか。ちょっと取りに行ってくるから、ここを動かないでよ?」
「はぁ~いっ」
いってらっしゃ~いっ、と手をヒラヒラとさせながら見送る私。ロード用の自転車で来ていたごー君は、音もなく去っていく。よし、これでまだまだ親父さんの串焼きを楽しめるぞっ。もう結構な時間になる筈だが、親父さんは注文を受けた時以外は私を急かすでもなく、静かに空き皿を片付けたり、調理器具を清掃するだけだ。いつ屋台を閉めるつもりなんだろうか?
そんな疑問を投げっぱなしにしながら次のお酒は何にしようかな? なんて考えていると、またもや来客の気配が近づいてくる。
「ちょっと、貴女。こんな所で何をしているのかしら? 魔法生物1匹倒すのにどれだけ時間をかけてますのっ?」
突然現れた彼女は、私の肩を強く掴みながら声を荒げる。私が振り返った先にいたのは、途方もない美少女だった。久慈君も天使級の美少女? ではあるが、なんか彼とはジャンルが違う。荒げてすら可愛らしいアニメ声の持ち主で、ハーフっぽい目鼻立ちの彫が深い顔立ちしているからか、金髪ツインテールという髪型が似合う幼さを残しながらも、色気を感じさせる。その上に、私よりスレンダーな癖して、私より出る所が出てる外国人のような体型の持ち主なので、まるでトップアイドルのようだ。
「わぁ~……ルビーちゃんだ。動画より実物の方が全然可愛いとか、なんか凄いわねぇ」
彼女こそが魔力ランキング不動の1位。白川深紅という本名を公表して、多くのアイドル的活動をこなして、ただ1人魔力が200万を超えちゃっている人気者。その上で、超が着く程のお嬢様で、魔法少女ちゃんねるの運営まで子会社に任せているという、世間一般が想像する魔法少女の中の魔法少女。ルビーちゃんである。そんな魔法少女業界の有名人と出会えて、思わず考えていた感想が私の口から零れてしまう。
「な、なによ突然? 褒めても何も出ませんわよっ? それより、貴女はどうして魔法生物を倒して……あら? あれは核ですか? なんであんな所に核を放置していますの?」
「あぁ~。聞きますか。聞いてしまいますか。話せば長くなるであろう、あの核に纏わる世にも不思議な感動ストーリーを……」
「鬱陶しい人ですわね……って、貴女随分お酒臭くありません事? まさか、魔法少女の姿で飲酒をなさっているのですか? 信じられません。正気を疑いますわっ」
「えぇ~? だって、私もう成人してるんだよぉ? お酒の1つや2つぐらい、そりゃあ嗜みますとも。ルビーちゃんも、そんな所立ってないで座りなよ。席なら空いてるんだからさぁ」
「魔法少女は、魔法生物と戦って善良な人達の夢や希望を守るという大切な役割を担っているんですのよ? それを、貴女みたいにだらしなくお酒を飲んだくれるなんて……」
「そ、それは私だって? その、少しは魔法生物の危険性は理解出来てるわよ? でも、でも……毎日毎日体を張って魔法生物と戦ってばっかりじゃ、体が持たないじゃん。偶にはこうして、息抜きしたいじゃ~んっ」
「ちょっ、ちょっと、引っ張らないでくださいましっ。衣装が伸びてしまいますわっ。分かりましたっ、1度座りますから……それに、まずはその核を処分してくださいましっ。だいたい貴女は、核の危険性を理解していないから、そうして悠長にお酒なんて飲んでいるんですっ」
「だから、私の話を聞いてよ~っ。その核はね? 魔法生物からここの親父さんへの感謝の気持ちなのっ。それを私が食べちゃったりしたら、申し訳ないでしょっ?」
「何を意味の分からない事をおっしゃってますの? あら? 店主、これはなんです?」
そうして、私がルビーちゃんに纏わりつくようにして話し掛けていると、親父さんが彼女の前に湯呑を1つ差し出す。中には並々と白く濁った液体が注がれていて、温かそうな湯気を立ち昇らせていた。
「あの、店主。私は未成年ですし、そもそも注文をしていませんわ。すぐにここを離れるつもりなので、お気遣いなく」
「……そいつは俺からの奢りだ。要らなかったら捨てちまいな」
そう言われて、はいそうですかと中身をぶちまけるような性格を、ルビーちゃんはしていないようだ。どうするか少し迷っていたようだが、眉間に皺を寄せながら中身を覗き込んで、恐る恐る一口だけ飲み干す。
「美味しい。これは……甘酒ベースの卵酒、ですの?」
「……こんな時間まで頑張ってるお前さんへ、善良な一市民からの細やかなお礼だ」
「……親父さん」「……店主」
そこから先に言葉は必要なかった。そう、この屋台に争いは似合わない。諍いは相応しくない。ただ、親父さんの出す料理と酒を味わい、温まった心と身体で語らいを楽しめばいいのだ…………
あくまでも、この小説は魔法少女が主人公です。




