色黒ってレベルじゃないんですが、それは
「も~っ……どこにいるのよ~。ここら辺なんだけどなぁ~」
私が魔法生物の反応を追って行き着いた場所は、アパートが建ち並ぶ住宅街だった。昼下がりなら団地妻とかが繁殖してそうな場所だけど、深夜に差し掛かかろうかというこの時間だと人影1つ見当たらない。因みにフヨフヨと空を飛んでいた私だったが、今は地上に降りてトボトボと歩いている。理由は、何度か家屋に突っ込みそうになったり、手を滑らせて落ちそうになったからだ。飲酒運転はやっぱり駄目ね。命を縮める。
「いい加減出て来なさいよ~……」
せっかくお風呂とお酒で気持ち良くなっていた体がすっかり冷えてしまって、テンションだだ下がりだ。ほっといて帰っちゃいたいなぁ。でも、こんなにも家庭がある場所で魔法生物が瘴気になっちゃったりすると問題だし……そんな葛藤をしながら歩く私の視界に、煌々と輝く赤提灯が映った。
「あぁ、珍しい。屋台がある~」
それと同時に食欲をそそる串焼きの臭いが私の鼻腔を擽った。客らしき人影が1つ腰掛けている所を見る限り、開店中なのも確かなようだ。そういえば、ゲームなんかだと情報収集は酒場だと相場が決まっているのよね……日本の酒場っていうとやっぱり屋台なワケだし、無策に徘徊し続けるよりは、有益な情報を得られるかもしれない。そんな論理的帰結を基に、私は吸い寄せられたかのように屋台に向かってフラフラと足を向けた。
「こんばんは~。今からでも大丈夫ですか~?」
「……空いてる所に好きに座りな」
私の問いかけに答えてくれた店主は、親父さんと呼んだ方がシックリくるような如何にもな人だった。白髪の目立った角刈りに鉢巻き。年輪のように皺の入った気難しそうな顔の壮年の大将だ。ところで私、一見なんだけど本当に大丈夫なんですかね?
「えへへっ。ちょっと空飛んでたら寒くなっちゃって……ぬる燗下さいっ。後、ネギまと~、皮と~、なにかオススメありますか?」
「……つくねだな」
「じゃあ、それお願いします~」
ちょっと温まったらまた探しに戻るから。それに、これは情報収集でもあるし? なんて言い訳を成立させる為に、なにか不審なモノを見なかったかどうかを聞こうとしたが、親父さんは調理に真剣なので邪魔するのは憚られる。それではと、私は隣に座る客に声を掛けようとしたが……まずは自分の目を疑う事になった。
そこに座っていた人影は、まさしく人影であった。黒い影がぼんやりと人の形をなしているのだ。顔の部分には、不気味に2つの光が仄かに輝いて、瞳のように私を捉えている。それだけが特徴の、ただの人影。
「ちょっ……アンタまさかっ? 魔法生物が、屋台で飯食ってんじゃないわよっ!」
「グルルルッ!」
驚きで一気に酔いが冷めてしまった私がパッと魔法道具を構えると、相手も唸り声をあげながら腰を上げる。このまま戦闘に入るのかと思ったが、思わぬ方向から一喝が入った。
「黙って、座んなっ!」
親父さんである。その一声で私と魔法生物は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。
「そこに座って注文したなら、どんな奴であれ俺の客だ。変な格好をしている女だろうが、肌が少々黒かろうがな」
「えぇ~……色黒ってレベルじゃないんですが、それは……」
「まずは黙って俺の串を食いな。争い事はその後にしてくれ」
「うぅ~……わ、わかりました。ちょっと、アンタ。今は休戦だからね?」
「グルルルル……」
私は職人気質の親父さんの言葉に逆らえず、魔法生物に最低限の牽制を加えながら椅子に腰を落とす。魔法生物の方もどうやら理解したようで私と1つ席を空けた椅子へと腰掛けた。
「それで、そちらさんは何にするんだ?」
「……アンタ。呼ばれてるわよ?」
「グルルッ……」
「なに? 注文出来ないの? ほら、ここにお品書きがあるじゃん。これを指差せば?」
「グルッ!」
「なによ? 私を指差して……私と同じのでいいって事? なんか気持ち悪いけど、仕方ないか。親父さん、この子に私と同じものを」
「……あいよ」
暫くの沈黙。魔法生物は魔法少女を前にすると攻撃的になるって聞いていたんだけど、コイツやたら静かだな? やっぱり、親父さんの威厳のある一喝が効いているのだろうか? まぁ、いつまた動き出すかもしれないから、警戒は緩めないけれども……等と、ソワソワしながら待っていた私の前に、ぬる燗の焼酎が出された。私は慣れた手つきでそれを手酌するのだが、魔法生物は御猪口をマトモに持つ事すら精一杯の様子だ。
「仕方ないわねぇ~……ほらっ、これで飲めるでしょ? あぁ~、温まるう~っ」
「ぐううぅ~」
1人と1匹でぬる燗を舐めるようにチビチビと飲み干す。でもこの味、ただの焼酎とは少しばかし違うようだ。
「親父さん、これショウガが少し入ってない?」
「……まだまだ夜は冷えるからな」
「親父さん……」「グルルゥ~……」
身体は勿論、心までもがポカポカ温まるようだ。こんな優しい夜に争い事なんてする必要はない。そうだろう? と、ばかりに魔法生物が私に手酌をしてくれる。私はニヤリと笑みを返しながら、手酌を返してやり、また1人と1匹で同時にぬる燗を呷った。
そして親父さんから無言で差し出される鶏皮。食べ方が分からずに戸惑う魔法生物に代わって、私がまずは無言で実演してやる事にした。箸を使って串から取り外した肉を皿に並べるなんて、お上品な真似はしない。串で出されたからには串から直接食べるのが私の流儀だ。鶏皮はただそこにあるだけで、親父さん特製のタレが焦げた香ばしい香りを放ち、その存在を主張してくる。私はその香りを肺一杯に満たしながら、ガブリと2つ同時に噛ぶり付いた。
「美味ひぃ~っ!」
カリッカリの食感でありながら、シッカリと脂身が残っている絶妙な焼き加減。鶏皮の確かな味わいを、極上のタレがそれを何倍にも広げてくれるような……そして、ピリリッと舌を走る香辛料の刺激。これが次に呷るぬる燗の味を、何十倍にも引き立ててくれるのだ。主役でありながら、同時に引き立て役もこなす絶品と言えよう。
「グルルルッ!?」
「アンタも気に入ったみたいね~……最初がこの味だと、他の居酒屋入れないんじゃないのぉ~? このこの~っ」
「ウゥゥ~グルル~ッ」
私が肘でクイクイと突いてやると、魔法生物も同じように肘でクイクイとやり返してきた。お互いの頬が少しだけ赤く染まっているのは、ショウガ酒が回って来たからだけではあるまい。親父さんの優しい味が、1人と1匹を……いや、2人を包んでくれているからだ。団地にポツンと佇む、非戦闘区域。それこそがこの屋台の正体だったのだ。
そしてまた、親父さんから無言で差し出される小皿。その上には2本のつくねが並んでいた。興味深そうに覗き込む魔法生物の代わりに、私がまた食べ方を伝授してやる事にしよう。おやおや、せっかちさんめ。そう急かすような視線を送らないでよ。慌てる必要はない。私達の夜はまだまだこれからなのだから…………
これ、なんの小説だったっけ?




