特撮物よりの設定よね
「とりあえず、ここでいいかしら」
「僕は大丈夫ですけど……あの、本当にここに上がっていいんですか?」
彼女……改めて、彼の名前は久慈琥珀君といって、制服から分かった通り私と同じ石英館の生徒らしい。ただし、クラスは私の受け持ちではない2年2組に所属いるそうだ。魔法少女の時は勿論、我が高校の地味な詰襟タイプの制服を着ても、すれ違った時に女の子? っと振り返って顔を確認してしまいそうには、少女のように可愛らしく、背の低い華奢な男の子だ。髪はサラッサラで、近くにいるといい匂い過ぎてヤバいんですが、どんなコンディショナーを使っているんですかね?(必死)
因みに場所は夜の公園、男と女が2人、何も起きないはずがなく……なんて誤解を受けては教育者の端くれとして不味いので、直ぐに移動している。何故か傷だらけになっていた、可愛いジーちゃん(私の就職祝いで貰った時から2年間。盗まれず、壊れず、愛用している自転車の名前)を手押ししながら辿り着いた先が現在地だ。
どこにでもありそうな一戸建ての家屋を見上げて、久慈君は私の実家だと勘違いを起こしているようだけど、当然ここは実家ではない。ってか、自分の学校の生徒を自宅に連れ込む教師とか事案でしかないでしょ! まぁ、かといってここに連れ込むのもグレーゾーンな可能性が……否。ぎりぎりセフト、セフト。
「だって、人目に付かなくて秘密の話が出来そうな個室って、他に思いつかなくて……ただ、こっちは私の家じゃないから安心して」(何を持って安心とするのかは、置いておくとして)
「そういう意味で言ったわけじゃなかったんだけど……」
「何か言った?」
「なんでもありません。先生にお任せします」
「ここは私が小さい頃から家族ぐるみでお世話になってるご近所さんの家というか、お世話してあげてる子の家というか……まぁとにかく、ここの人は大らかだから安心していいわよ。君の方こそ、本当にちゃんとご両親に連絡したのよね?」
「はい、大丈夫ですよ」
自然な笑みを浮かべながら首を小さく傾げる……こんなに可愛い仕草を自然に出来るなんて。背景に花園が浮かんでるわ。勿論、ラグビー場じゃない方。これが魔法少女の力なのかしら。恐ろしい子。私が少しボーっとしていると、困った様子の笑顔でどうしたんですか? と、久慈君が尋ねて来たので、適当な返事をしながらチャイムを押して、合鍵を使って、勝手知ったる家屋へと入っていく。途中、表札の国中という文字に気付いた久慈君は少し戸惑ってたみたいだけども。
中から出て来たのは、少し顔に皺の寄った中年女性だ。ただ、部屋着にスカートを選んで薄めに化粧をしている辺り、女子力残ってそうな感じ。そして何より私の母より母親してくれる優しい人。名前を国中春さんといった。
「おかえりなさい。まだそんな格好して、まさかこんな時間までお仕事だったの? 聞いているわ。大変だったでしょう? 服も汚れてるし。ご飯はもう食べて……あら? 後ろの子はどちら様?」
「ただいま帰りました。ウチの生徒なんですけど、ちょっと事情がありまして……」
「このような夜分に失礼いたします。雨塚先生の生徒で、久慈琥珀といいます。初めまして」
「これはこれはご丁寧に。初めまして。国中春と申します……えっと、男の子? 最近の男の子って綺麗なのねー。ウチの子とは大違い」
「ははは……あの、自己紹介はそれぐらいにして。その、彼と話がしたいんですよ。ウチだと色々マズいんでごー君の部屋を貸してもらえないでしょうか?」
「勿論、構わないわよ。2人とも上がって? あの子は部屋にいると思うから、声を掛けておくわね?」
「ありがとうございます」
スリッパを用意して、パタパタと2階へ上がる春さんを見ながら、この状況に対してもう少し何か疑問が浮かばないのか……と、思わないでもなかったが、この人がこういう人だからここを選んだ訳だし、良しとしよう。一応、難しい家庭の事情を抱えた生徒の相談……とか、色々と言い訳は用意していたのだけれど。
再び降りて来た春さんに会釈しながら、擦れ違いに2階へと上り、その一室へと軽くノックをして入っていく。小奇麗な部屋の中には、テーブルに肩肘を付けながら訝しげに此方を見上げる男がいた。ルックスはまぁまぁなのに、いつも気難しそうに眉間に皺を寄せていて初対面の印象を悪くしているこの男の子が、ごー君。私とは違う高校の2年生。
「なに?」
「ごめんっ、ごー君。部屋、貸してくれる?」
「嫌っつっても借りるんでしょ? 別にいいけど……俺、いない方がいい?」
「はぁー、助かるよー。どうだろう? いない方がいいのかな?」
「ボクは先生に任せますよ」
そういえば私、久慈君がいう所の大切な話の内容を聞いていない。内容次第ではごー君には協力してもらいたいのだけれど……そう思案している私の横を、腰を上げたごー君がスルスルと通り過ぎていく。
「とりあえず、飲み物取ってくるわ。久慈も紅茶でいいだろう?」
「うん。ありがとう」
「あれ? 貴方達知り合いなの? 学校が違うのになんで?」
「同じ中学だった頃の後輩だよ。なんで2人が一緒なのかは知らねーけど。とりあえず話まとめといて」
ごー君の私に対する扱いが最近極めてぞんざいで気に入らないのだが……まぁ話が早いので良しとしてやろう。(上から)そんなこんながあってようやく落ち着いて話が出来る環境になったのだが、語り始めた久慈君の言葉は私にとって俄かには信じがたい事の連続であった。
「実は先生、既に1度死んじゃってます」
「はぁ……それはつまり、今の私はゾンビ的な?」
「いえ。魔法少女として契約して、再生したんです」
「ちょっと言ってる事が分からないわねぇ~」
「本当に真面目な話なんです。ちゃんと、聞いてください」
困った。話せば話すほど、久慈君の中身が心配になってくる内容だ。成程……これは人目のつく所では話せない。通報されても文句が返せない程の不審者である。
「えぇっと、つまり久慈君の話を纏めると……私はラストと呼ばれる魔法生物? が発する瘴気で起きた事故に巻き込まれて死んじゃったんだけど、偶然にも魔力を受け入れる器があったから魔法少女として生き返る事に成功したのね?」
「はい」
「でも、魔力を失っちゃうとまた死んじゃうから、魔法少女として活動して魔力を得ないといけない?」
「正確にいうと植物状態になっちゃうんですけど、その状態だと魔力の補給が難しいから……」
「そう…………久慈君。先生、なんて言ったらいいか。でも、ハッキリと感想を述べると少しありがちだとけど、良く出来た設定だと思うわ。でも設定が全てじゃないとも思うの。大切なのは挑戦する事だから、頑張って続きを書こうね?」
「あのっ、現実の話なんでっ」
「でもそれって魔法少女っていうよりも、特撮物よりの設定よね……」
「それは否定できないけども、設定で話を進めないでっ!」
そこまで話を進めた所でごー君が戻ってくる。手に持つお盆には温かい紅茶とお茶菓子が乗っていた。
「なんの話をしてるのか知らないけど、あんまり大声で話してると外まで聞こえるぞ?」
「ごー君、聞いてくれる? 私……魔法少女になったみたいなんだけど」「あっ……それ、言っちゃうと……」
「ぶっはっ! 少w女っww。不意打ちはっ、卑怯だわっwwww」
「魔法少女パーンチっ!!」
私の本気の右拳がごー君の横腹を捉えようとしていたが、手を掴んで止められた。完璧に意表を突いた筈なのにこの反応、成長したわね。そして私達はそのまま互いの両手を掴んでブロレスラーの力比べのように状態になった。だから、久慈君が何を言いかけてたけど、今はそれどころじゃない。
「本当に体が大きくなってく毎に生意気になっちゃって。小さい頃はしー姉ちゃん、しー姉ちゃんってあんなに可愛かったのに」
「過去の事を何度も何度も持ち出されてもねぇ。それに、そういう紫水さんこそ、小さい頃に魔法少女にハマってた事あったっじゃん。アンタに無理矢理付き合わされて3人で魔法少女ごっこさせられたトラウマが今、蘇ってきたぜ。まだ小さい頃の夢を捨て切れてなかったんですねぇ~?」
「はぁ~!? 全く記憶にございませんが、生徒の前でそういう事言う~!?」
「ほんと、大人は逆に分かり易い言い訳使うよなぁ。ところで魔法少女(笑)の紫水さんは今年で何歳になるんですかぁ?」
「はい、分からせる。姉より優れた弟などいないと言う事をっ!!」
「あ、あのっ! 2人とも、仲良くっ……仲良くね? 暴力は良くないよ」
泣きそうな顔と声で仲裁に入ってくる久慈君。まるで天使のようなその姿に、気勢が削がれて両手を離した。そう言えば生徒の前でこんな姿を見せるなんて……学校では完璧で瀟洒なお姉さん(自称)を演じていた私のイメージが崩れてしまう。
「あははっ、その、ごめんなさい。冗談よ、冗談。驚かせちゃったかしら」
「まぁ、冗談でもなんでもいいけど。紫水さん、シャワー浴びて来たら? 気付いてないんだろうけど、酷い格好だよ?」
曖昧な笑顔を浮かべる久慈君の代わりに答えながらバスタオルを差し出してくるごー君。何を言ってるんだ? と改めて自分の格好を確認する。そこで初めて一張羅のスーツが土汚れでドロドロ、ストッキングもズタボロ、そして腹部にはベッタリと赤い痕が残っている事に私は気付くのだった。