笑いを提供する魔法少女芸人
「危ねぇだろっ! 何処見て飛んでんだっ!?」
「す、すいませ~んっ!!」
曲がった先で急に飛び出して来たトラックを、魔法道具にしがみつき、体を錐揉み回転せながら上に逃れて回避した私を、トラックの運転手が怒鳴り散らす。ちゃんと避けたんだから、そんなに怒らなくていいじゃん。もうっ。
今、私は市街の道路直上を逃げ回る魔法生物との、追いかけっこの真っ最中だ。あれから数週間後、練習や魔法生物との実戦を繰り返したお陰で、私の魔力も上がったし空を飛びながら出せる速度も上がったけども、人間的な身体能力が向上したわけでもないので、こんな車が行き交う夕暮れ時の時間帯に道路直上を飛び回れば、こういうトラブルも起こるというものだ。
「先生、大丈夫ですかっ!?」
「大丈夫っ! それより、もう少しの所だったのにまた見失っちゃった。集まっているウチに早くまとめて倒しちゃおう」
「分かりました。蒼さんがこの先にある高架線下のトンネルで構えてるから、そこに追い込みましょう。ボクはアッチから行きますっ」
必要な事だけを伝えると、久慈君は翼をはためかせて上空へと舞い上がる。私はそれを見送ってから、丁度車線の間に当たる場所を選びながら、トラックにぶつからない程度に高度を下げて、飛行を加速させた。
次々と流れていく景色。本来は、時速60km~70km程度だろうが、風を直接受けているし、高度も低めなので、私の体感速度は時速100km近くに感じられて、それだけで少し怖い。だが、目標の魔法生物達はそれを少しだけ下回る程度の速度で飛び回っているので、追いつく為には加減する訳にはいかない。
「見つけたわよっ!」
気配だけを追って飛んでいた私だったが、交差点を左に曲がった所でもう1度魔法生物の背中を捉える。まぁ背中……といっても、あの魔法生物達にはそれぞれ背中があるのかどうか疑問な所だが。なんせ、奴等の姿はそれぞれ、牛丼、天丼、かつ丼、の形を成しているからだ。大きさ的に大盛りだろうか? まぁどっちでもいいんだけど。
「「ケケケケケッ」」
奴等の丼部分が横に割け、やけにリアルな大口を開かれて、そこから奇妙な笑い声が響かせた。こちらをおちょくるような笑い声に、私はちょっとムッとする。
「このっ! いい加減にしなさいよっ」
魔法道具に跨ってしがみつくような姿勢から、片手を離して背筋を少しだけ伸ばすと、離した片手の指先を店屋物トリオに向けて魔法を放つ。私の指先からレーザーのように一筋、薄紫色の光が放たれて、店屋物トリオに真っすぐ向かうが、奴らは身を翻してあっさりとそれを回避した。
「「クケケケケケッ」」
最近覚えたての魔法の矢という基礎的な技だったが、すばしっこい上に的が小さいのでうまく当たらない。特に牛丼が一番すばしっこいような気がする。やはり、速い、安いが売りなのだろう。一番後ろを飛んでいる、鈍重そうなかつ丼ぐらいには当たると思ったのだが……と、悔しがる私の隙をついて、天丼が反撃してきた。奴は油を飛び散らせるのである。さっきはマトモに手に浴びて酷い目にあったが、今回はシッカリと回避出来たので事なきを得た。
それにしても、奴等の後ろを飛んでいるととてもいい匂いが流れて来るのをなんとかして欲しい所だ。時間も小腹が空いてくる夕暮れ時なので、迷惑極まりない。こいつ等全員倒したら、絶対に今日は丼物にしてやるっ。私はそう心に決めて、再び魔法の矢をまとめて一気に放った。店屋物トリオは当然のようにそれを回避するが、しかしその行動は私の狙い通り。奴等は右へと進路を変えて久慈君が回り込んだ方角へと逃げ込んだ。
「久慈君っ、行ったわよっ!」「はいっ!」
「クケェェェッ!?」
突然目の前に久慈君が現れたので奇声を上げる店屋物トリオ。彼が魔法道具を一閃、横薙ぎに振るうと眩い光と共に衝撃波が出て、奴らを吹き飛ばす。後はその先のトンネルまで誘導するだけなのだが、3匹の内、牛丼だけが明らかに出遅れてフラフラとしているのを見て、私はそれを好機ととらえた。
「今ならいけるかもっ」「先生、余り近づくと危ないですよっ」
私が近づくのを見て、天丼とかつ丼はやはりスタコラとトンネルの中へと逃げ込んだが、牛丼だけは意識が朦朧としているのか、どうにも動きが鈍い。よし、こいつを華麗に仕留めて毎回毎回笑いを提供する魔法少女芸人なんて汚名を払拭してやるんだからっ。これだけ気の急いってしまっていた私には、久慈君の声が届かない。
右手に魔力を込めて、魔法の槍を作り出した。薄い紫色に光るそれは接近戦用の魔法だ。勢いのままにこれで串刺しにしてやろうと一気に距離を詰めるが、突然牛丼は口を大きく開いて機敏に急上昇する。
「あっ、コイツ演技してっ……きゃぁっ!?」
「クッケケェェ~~!」
その通りだと答えんばかりの奇声と共に、口から何か大量の体液を吐き付けられて、私は声を上げながら地面へと急降下した。なんとか久慈君が受け止めてくれたから助かったモノの、こんな勢いで地面に叩き付けられたら、怪我ではすまなかったかも。
「ごめんなさい、久慈君。また足引っ張っちゃった」
「気にしないでください。それより、怪我はないですか?」
「大丈夫みたいだけど……そうだ、牛丼はっ!?」
空を仰ぎ見ると、牛丼はトンネルとは別の方向。遥か上空へ逃げようとしている最中だった。あぁ、私の所為で作戦が失敗してしまった。それにそろそろ倒してしまわないと、牛丼が瘴気に変化して一般人に被害が……なんて思いながら、遠くなっていく牛丼を見送っていると、突然視界全体に炎の渦が広がった。
「クケェェ~~……」
私の視界一面を埋め尽くすような炎に焼き払われて、牛丼は断末魔を上げながら一瞬にして黒焦げになる。凄い威力の魔法……私には庄川さんが使ってる魔法と比べても、威力に遜色がないように見えた。
「全く、何をやってるんだい?」
そう言って牛丼の代わりに空から現れたのは3人の魔法少女だった。1人は中世的な雰囲気の背の高い女。年の頃は私よりも少し下……女子大生ぐらいかな。黒の三角帽子に揃いの襟付きロングコート。白いチューブトップにスリットの入った赤い膝下丈のスカート姿は、そのまま女海賊といった装いだ。
後の2人は、顔も雰囲気もそっくりな小学生ぐらいの女の子で、背中に生やした小さく翼に、揃いの黒い装束姿。揃いの犬耳、犬尻尾をフリフリしながら、犬歯を見せてキシシッと悪戯な笑みを浮かべている辺り、意識してキャラを作っているような気もする。キャラを作るぐらいなら、もう少し統一感を意識した方がいいような気がするんだけどなぁ。
「アンタ達が追っているから大丈夫だと思ったのに、ノロノロしてんじゃないよっ!」
「そうだワンっ、ガーネット様の手を煩わせるなっ」「そうだワンっ、ガーネット様に挨拶もしていない新人めっ」
ガーネットと呼ばれた魔法少女は、妙に腹に力の篭もった威勢のいい声でそう告げる。仕草もいちいち大げさで、舞台の演劇のようだ。多分、そういうマイルールなのだろう。なんか見てて痛々しいのだが、本格的な衣装とか、クビレの出来た綺麗なスタイルと高身長の所為で、わりと様になっているのが少し悔しい。いや、あれは変化で出来たクビレであって偽物の可能性が……と、品定めをするような眼差しを私が送っていると、彼女は私に近づいて来て、私の身体中に飛び散った赤い液体(牛丼に噴き掛けられた奴の事)にギョッとした表情を浮かべた。
「そっ、それなにっ? 血だったりするのっ!? きゅきゅ救急車、呼んどくっ?」
「ほあぁっ! このままだと、し、死んじゃうよっ、お姉さんっ」「べ、ベリル姉、スマホ、スマホで119番っ、119番っ!」
「いや、君達全員もう少しの間ぐらいキャラ守りなさいよ」
安い設定だなおい。まぁ、根はいい子そうなので少しだけ安心しました。




