(こいつ、直接脳内にっ!?)
走り続けて乱れた呼吸が落ち着きを取り戻した頃、突然脳内に聞き覚えのある声が響く。
(きこえますか……きこえますか……先生、ボクです……久慈琥珀です……今、先生の心に直接呼びかけています……)
(こいつ、直接脳内にっ!?)
(先生。協力してください。今回の相手はちょっと手強いので、罠を使おうと思うんです)
あっ、普通に話すのね。ていうか、魔力って本当に万能なのね。便利。楽でいいわ。メタ的な意味でも。また、教えてもらいたいモノが増えてしまった。
(罠? と、とにかく、あんなでっかいジャガーみたいな奴と戦わないでいいのなら、なんでも協力するわよ?)
(じゃあ、視聴覚室までおびき寄せて貰っていいですか?)
(おびき寄せるって……)「それ、ここから外に出てまたアイツと追いかけっこしろって事~っ!?」
後半は必要もないのに思わず声に出してしまった。天使のような笑顔で悪魔のような下知を下すのね、久慈君。ドS天使とかジャンルとしてニッチ過ぎて、私的にはちょっとお呼びじゃないんですけど? そもそも先日のクロマグロの次の相手に、ガチのジャガー放り込んで来るとか強制負けイベントでも無い限りゲームバランス狂ってるでしょっ!?
(先生を助けに行きたいのは山々なんですが、こっちもそれなりに忙しくて……なんとか、お願いします)
(何とかって言ったって~……)
間近まで迫ったジャガーに追いつかれずに、1階上の廊下を走り抜けた先にある視聴覚室(同校舎内3階の逆側にある為)まで誘導する方法をなんとか考えようとするが、急かすようにジャガーが体当たりを繰り返してくるので、その度に思考が霧散していく。ちょっと静かにしてよ~と、私が心の中で願った次の瞬間、私の願いを聞き届けたかのように、ずっと続いていた心臓に悪い音が止まって、静寂が辺りを包んだ。
「え? なに? 諦めたの?」
こうなればこうなったで、ジャガーの位置が分からないから、逆に恐怖を駆り立てられる。私は息を潜めながら足音を殺し、扉まで近づいて、小窓から廊下を覗こうとするが……急に反対側。教室前側の扉が音を立てて開いたので、文字通り体全体で飛び上がって驚いた。
「ヒャァッ!? 嘘っ? 誰よっ?」
鍵を締め忘れていたとはいえ、4本足で知能の低そうな猫畜生風情(猫派の皆様に陳謝)が、前側の扉に回ってそれを普通に開閉する事なんてある筈ないと高を括っていた私だったが、中に入って来た人影に度肝を抜かれた。先程までのジャガーがだった筈の魔法生物がランカンスロープよろしく、2足歩行で歩いているのだ。その姿は2m以上ありそうで、筋骨隆々としている虎のマスクを被ったプロレスラーのようだった。そいつと視線がバッチリ絡み合う。
「じゃ……ジャガーが立ったぁぁーっ!!?」
私が某アルプス少女ような悲鳴を上げた途端、机を弾き飛ばしながら駆け寄ってくるジャガー改めタイガーマスク。震える手で素早く扉の鍵を開けて、再び廊下へと飛び出して階段へとまっしぐらに走り出した。
「魔法少女がこんなに体力勝負だとか聞いてないんですけどぉ~っ!!」
もう半年分ぐらいは走らされた気がするが、ここで足を止めればタイガーマスクが繰り出すシャイニングウィザードからのスリーカウント不可避なので、諦める訳にいかないのが辛い所だ。階段を下りて首だけで振り返ると、少しだけタイガーマスクとの距離が離れている事に気付く。巨体を重そうに揺らしながら私より少し遅い程度の速度で走っている姿を見て、2足歩行に慣れていないのだろうと私は察した。特に階段が苦手なご様子だ。
「ざま~見ろ~っ! 獣風情が人間の真似しようとするからそーなるのよっ。諦めてとっととサバンナにでも帰りなさいっ。貴方にも家族ぐらいいるんでしょ? まぁ、産まれたてのシマウマ1つまともに狩れないその格好じゃ離婚不可避でしょうけどねっ! 一家の大黒柱が肉食獣(笑)になって帰ってきたら、奥さんの心中お察しよねぇ~?」
速度に余裕が出来た私は今までの散々怖がらされた憂さ晴らしを含めて、半身だけ振り返りながら思いっきりタイガーマスクを煽ってやった。それこそプロレスラーのマイクパフォーマスばりの勢いで。魔法少女らしくないとか、どうとかは私の知った事ではない。思いつくありとあらゆる言葉を投げつけてやった。
「奥さん悲しませる前にとっとと自殺しちゃえばぁ~? その体系なら首も吊りやすい……って、えぇ~? 嘘っ!?」
それは、私が階段から廊下へと走り抜けてすぐに起こった。曲がり角から姿を現したタイガーマスクが、私の目の前で瞬時にジャガーの姿へと変貌を遂げたのだ。この場合、元の姿に戻ったと言うべきなのか? とにかく、復讐に燃えた目で猛然と襲い掛かってくる。
「4足歩行(WD)にいつでも切り替え可能とかやってないんですけどぉ!?」
ごめんなさい、調子に乗ってごめんなさいと、何度も心の中で繰り返しながら再び全力疾走になった私はどうにか開け放られていた視聴覚室の中へと飛び込んで、久慈君の姿を探す。
「先生、こっちですっ。早くっ!」
久慈君は私の真っすぐ先にいた。具体的に言うと事前に彼が開いたのであろう窓の外。3階の校舎に沿うようにして、例の4枚の翼を広げて浮遊しているのだ。つまり、彼のこっちに来いっていう台詞は……
「そこから、飛び降りろって? 私にっ!?」
「ボクが受け止めますからっ。急いでっ!」
久慈君は簡単に言うが、私一人を受け止めて本当に大丈夫なのだろうか? 私は、まぁ一般女性からすれば(当然)軽い部類だろうけども、それでも成人女性1人を彼のあんな華奢な身体で……なんて、ゴチャゴチャ考えてると、直ぐにあの嫌な悪寒が近づいてくるのに気付かされた。
「もう、知らないわよっ!」
前のめりになって駆け出した私は、ホップの要領で床を蹴りつけて飛び上がり、ステップの要領で誰かが片付け忘れたであろう座椅子を踏み台にして更に上へ、そしてジャンプの要領で外窓の冊子を足を届かせて、校舎の外へと脱出。久慈君の胸に飛び込んだ。
久慈君は私を受け止めると、バランスを崩しながらも直ぐに魔法を使って窓を閉めた。ビシッと嫌な音を立てて窓全体に亀裂が走る。私達に飛び掛かかろうとしていたジャガーが、窓に阻まれた音だ。後ろを振り返ってそれを確認した私は、久慈君の首に両腕を回してしがみつくような態勢のまま、命を取り留めた事にホッと息を吐いた。
「これからどうする……あれ? ちょっと、あれ、ウチの生徒?」
私がこれからどんな罠があるのかを久慈君に聞こうとした時、私が視聴覚室に入った同じ扉から、1人の女生徒が入ってくるのを見つける。いくら、魔法生物が一般人に興味を示さないからって、このまま放っておいたら、彼女が怪我をするかもしれない。
「ちょっとっ、先生、落ち着いてください。落ちちゃいますっ」
「落ち着いてってアレ、アレッ! 久慈君見えないの? 彼女が危ないじゃない。放っとけないわよっ!」
「大丈夫。大丈夫ですっ。彼女は……」
そう久慈君が口を開いた瞬間、女生徒が体から眩い光を放って変身する。ジャガーがその光に気付いて振り返るが、変身を終えた彼女はそれを気に留めようともせずに、手に持った大きな扇子を縦に広げると、横払いにそれを振るった。たったそれだけの動作で、ジャガーは突然の寒波にでも襲われたかのように、視聴覚室ごと氷漬けにされる。
「魔法少女ですから」
私の人生の中で出会った2人目の魔法少女である。結構、遭遇するものなのね。




