本物のイチローです
お気づきかと思いますが、話を切りのいい終了予定箇所まで書き終えてから投稿を始めてます。
誤字、脱字、マナーで何かお気づきの点があれば報告してくれると嬉しいです。
また、感想などもお待ちしております。
「良かった、先生。ようやく起きてくれた」
私が深い微睡から覚めて、重い瞼を開いたら眼前には美少女の顔が広がった。琥珀色の宝石のような瞳も、尖り気味の小さな鼻も、触れれば破れてしまいそうな瑞々しく薄い唇も、風にサラサラと靡く金色のショートヘアも……全てが私にとって羨ましい、少し中世的な飛び切りの美少女だ。
「ここ……どこ? 君は誰? 私、一体どうして……痛っ」
「大丈夫、先生? 無理に動かないで。ゆっくりでいいから……」
私は頭を動かそうとして、脳の芯から来るような痛みに呻き声を上げる。もっと分かりやすく例えるなら、二日酔いのそれに似ている。大学生の時、初めての宅飲みで限界まで飲み明かした次の日を思い出した。あの時に比べれば、今は吐き気が来ないだけマシね。
そんな下らない事に思考を割く事によって、私の頭はようやく頭が回り始めた。私の名前は雨塚紫水。年齢は24歳で、社会人2年目。職業は高校の国語教師。容姿は何度か告白をされた経験があるぐらいには、優良物件(優しくてお金持ちの彼氏募集中ですっ)だ。ただし、親しい友人達は一様に「幸が薄そう」「色気は人妻っぽい」「口さえ開かなければ勝負になる」と評価するし(どういう意味よっ!?)、目の前の美少女と比べると、流石に見劣りするぐらいの自覚はある。(貴女がナンバーワンよ……)
って言うかなんでこんなドアップで美少女の顔が……と、見詰め続けるのが気恥ずかしくなって顔を背けると、頬に触れる白い太股と、それとは別の後頭部に当たるふにっとした柔らかな感触、更には自分の身体が横になっている事に気付く。あぁ~っ!! これ、もしかしてっ……
「膝枕っ! えぇっ!? あっ、ここ。帰り道の公園っ? どうして私こんな所にっ!?」
飛び起きると同時に完全に覚醒した私。恥ずかしさに顔に血が集まるのを感じて、両手を使って両頬から口元までの全てを覆い隠す。そうしながら辺りを見渡すと、景色はよく見覚えのある公園。ただし、私たちが座るベンチの周辺が街灯に照らされているだけで、周囲は薄暗い。
すぐに時計を確認すると時計の針は午後21時を指そうとしていた。ご飯も食べてないから、お腹も減っている。あぁ、そうか……今日は確かお母さんが用事で遅くなるって言ってたから、学校からの帰りに晩御飯を買おうとして……
「そ、そんな事はとにかく置いといて。貴女は一体……ちょっ、えぇ~? やだっ。その格好は貴女……」
ふと、美少女を視界に入れた瞬間、彼女に質問しようとした内容を忘れて彼女の衣装へと目を奪われる。もう、なんて形容すればいいのか……白を基調として所々黄色な、プリップリッしててキュアッキュアッしちゃってる、代表的な魔法少女の衣装なのだ。
私もファッションに敏感な方ではないが、そういう雑誌も時折買うし、隔月でショッピングをしてはドバーっと買っちゃう方だから(お陰でお財布が年中冬仕様。お金持ちの彼氏~っ!)、このファッションが流石に流行でない事は分かる。だとすれば何かしら? これ。こんな可愛い美少女なのにこんな私服を強要されているの? コスプレなのかしら? 現代社会の闇ね。確かに美少女だから似合っているんだけど、これは余りにも……
「もしかして……売春とか? 本当にそうならお姉さん、相談に乗るわよ? あっ、お金の相談は無理だけど」(お金持ち~っ! 私はここよ~っ!!)
「ば、売春はちょっと傷つくなぁ」
「だとしたら、コスプレの撮影……とか? 貴女1人でやっているの? 大変そうだし、こんな時間に1人は危ないわよ? カメラのシャッターを押すぐらいなら、私も手伝えるのだけれど」
「どうしても、ボクを可哀想な方向に持っていくの止めよう?」
「ぼ、ボクっ子!? そんなに可愛いんだから、もう少し方向性を考えた方がいいんじゃないの?」
「そ、そこに反応されると話がさらにややこしくなっちゃうよっ」
やだぁ~。困った顔まで可愛い~。なんか抱きしめたくなっちゃう愛おしさね。勿論、全然そんな趣味はないんだけれど。(お金~っ!!)だとしたら、彼女は一体どうしてこんな格好を……そう考えこもうとした時、彼女の方から話しかけて来た。
「先生、見ての通りだよ。ボク……魔法少女をやってるんだ」
「魔法少女って……あの、魔法少女?」
「そう。本物の魔法少女」
魔法少女。なんて現実味のない単語か。でも、この日本に……この世界に魔法少女が現実としている事ぐらいは私だって知っている。なんか、もやもや~っとした存在と戦って、平和を守っているそうだ。私が詳しく知らないだけで、そういう存在がいるのは割と一般的な常識だ。だが、なぜか実際の目撃情報となるとかなり少ない。それこそ「私の友達、魔法少女やってんだー」って人がいても良さそうなのに、何故なんだろう?
とにかく、そんな希少な存在が目の前にいると言われて、素直に信じれるだろうか? 私は信じられなかった。現状を例えるならば、この場で目の前に野球のユニフォームを着た男が現れて、イチローそっくりの顔で「本物のイチローです」って自己紹介をされた感覚に似ている。いや、顔も知ってるし、声も知ってるけど……本物ってまさか……えぇっ? 冗談でしょ? ってなもんである。
「うーん。実際に見てもらった方が早いかな……先生、見ててね」
実際に見せてもらう? そうね……確かにイチローにも実際にカレーとか食べて貰えば判別がつくかも……などと、私が馬鹿な事を考えている間に美少女は、お手本のようなウインクをして手に持っていた素敵なステッキ(……)を一振りした。そうすると体が光り輝いて、す、透けてっ、ぜぜっ、ゼンラになってっ! やだ、これって変身っ? 変身バンクッ!? そうして彼女が身に纏っていたあの魔法少女ちっくな衣装の一切は掻き消えて、私が働いている学校の制服へと変化した。しかもその制服は……
「えっ……ちょっと待って。そうか。私の事を先生って呼んでたし……いや、それよりも、貴女……じゃなくて、貴方。男の娘だったのっ!?」
「そうだよ。僕は男の……あれっ? 今、なんか違わなかった?」
そうか、膝枕をしてもらっていた時の太股とは別のふにっとした柔らかい感触……あれ、複線だったか~! などと、訳の分からない思考が私の中を駆け巡り、そもそもなぜこんな事に巻き込まれているのかという原初の疑問を、私はすっかり忘れ去っていた。