人間世界の守りの盾
使い込まれたかまどにかけられたやかんが、しゅんしゅんと湯気を噴き出している。
年季の入った光沢を放つ、どっしりとした木のテーブル。
陶器のカップに活けられた、ハーブや野花。
あてがわれた椅子の上で、フェリスは、居心地悪く尻を動かしていた。
「……えーっと……」
まるで、田舎の一軒家の居間のようにしつらえられた《黒檀の間》。
五の庭の一隅に建てられた、皇帝のためのあずまやに、彼女はいる。
前回、ここに招かれたときは、建物の周囲に大勢の護衛たちがいたものだ。
今回は、誰もいない。
人払いは徹底的にしてある、と、ルーシャは言っていた。
テーブルの上に鍋敷きが置かれ、湯気をたてる大きな皿が運ばれてくる。
「さあ、わたくしが腕によりをかけて焼き上げた、りんごのパイですよ。遠慮なく召し上がってちょうだいね」
「今、お茶を淹れますからね」
「はあ……あの……」
あの、夜。
フェリスが《魔性》であるキリエと対決した夜から、すでに十日近くが過ぎていた。
公式には、フェリスはまだ《翼持つ女神の剣》を授与されていないことになっている。
そのための式典が延期になっているからだ。
今、マーズヴェルタ城内は、それどころの騒ぎではなかった。
何しろ、輝けるマーズヴェルタの建物が一部とはいえ破壊されるなど、リオネス帝国の歴史上かつてなかったことなのだ。
三の庭に至っては、破壊どころか、火山でも噴火したのかと思うような壊滅状態になっている。
詳しい状況を知らされていなかった貴族たちや街の人々は大騒ぎになったが、長かった一夜が明け、皇帝ルーシャからの、
『すべては、悪しき魔術の暴走によるものである。
黒幕であったキリエ・フラウスは、古代の魔術武器を手に入れ、それを使って《紫のケモノ》を生み出し、操っていた。
それを見抜かれ、自分自身も怪物に変身して暴れたが、フェリスデール・レイドが見事にこれを討ち取った。
元凶となった魔術武器も、跡形もなく破壊されており、これより先《紫のケモノ》が出現することはない』
という発表により、それ以上の騒ぎに発展することはなかった。
もちろん、オルタスがどうの、といった話は、一切、おもてには出ていない。
戦いの翌朝から、早くも復旧のための工事が始まり、今も、あちこちで忙しげな物音が響いている。
「そういえば、三の庭。あそこの大噴水を造り直すのにあたって、隣にもうひとつ噴水を造ってはどうかという声が上がっているのですよ」
「そうそう。そこにね、フェリスさん、あなたの石像を建てようという話になっているのです。だってあなたは、この帝都を――そして、人々は知らぬこととはいえ、人間世界を救った偉大な英雄なのですもの」
「え!? いえ、結構です! 石像とか……生きてるあいだにお墓を建てられちゃうみたいで、変な感じですし。……っていうか――」
落ち着いたふりを装うのも、そろそろ限界だ。
フェリスは、手を挙げて質問した。
「陛下、あの……どちらが、陛下でいらっしゃいますか?」
「あら」
「あなたでも、見分けがつきませんか?」
手際よくパイを切り分けていた女性と、香りのよいお茶を淹れていた女性が、まったく同時に振り返ってくる。
今日の鬘の髪色は、フェリスと同じ、金。
くすんだ苔の色のドレスに前掛けをつけた、農家の女性の扮装。
二人の女性は、芸術的なまでにそっくり同じ色合いで化粧をしていて、並んで立った姿をじっと見比べても、まったく区別がつかなかった。
まるでひとりの人間を鏡に映したように、似ているというのではなく、同じ姿をしている。
どちらかが、皇帝ルーシャ・ウィル・リオネス。
そして、もうひとりは――
「わたくしがルーシャです」
お茶を淹れていた女性がにっこりと微笑み、
「わたくし、《妹》のディアナですわ」
パイを切り分けていた女性も、同じ顔で微笑んだ。
「え!? 今、なんとなく、逆かと思ってました……というか、あの……双子、で、あらせられる……!?」
こうして目の当たりにし、自分で口にしてもなお、フェリスは、信じられない気分だった。
大切な話がある、と、この《黒檀の間》に招かれて、最初に二人を見たときは、自分の目がおかしくなったのかと真剣に焦ったほどだ。
皇位の長子継承を定めるリオネス帝国で、これまで、初産で双子が誕生した例はない。
ない、はずだった。
だが――『なかった』のではなく『なかったことにされていた』ということなのだろうか?
先帝の初子が双子であったとすれば、ゆくゆくの帝位継承にあたり、必ず騒乱を招く。
双子のうちのひとりは、表沙汰にならぬうちに闇に葬られ――
(でも、実は何かの事情で生きていた、って? まさか! そんな物語みたいなことが、本当に……?)
「双子ではありませんわ」
手ずからパイを取り分けながら、ディアナと名乗った女性が、あっさりと否定する。
「一卵性双生児とは、似たようなもの、と言うこともできますけれど。わたくしたちは、双子ではありません」
温めたカップに、順に茶を注ぎ入れながら、ルーシャ。
「ええ。わたくしとディアナは、まったく同じ肉体の組成情報を持っていますけれど、同じ父と母から生まれたわけではないの」
「そう。お姉さまが、わたくしをお造りになったのですもの」
「……『お造りになった』……?」
「ええ」
自分で椅子を引き、ゆったりと腰を下ろしながら、ルーシャは何でもないことのように笑った。
「わたくしの持てる知識と技術のすべてを凝らして造り上げた、わたくしと同じ姿の、もうひとりのわたくし。
キリエが口にしていた『科学技術』という言葉、覚えているかしら? わたくしも、あれと同じように、古代に存在した技術を研究し、応用していたというわけです。
わたくしは先帝のただひとりの子で、まだ、子がいません。わたくしに万が一のことがあれば、皇位の長子継承が崩れ、受け継がれてきた伝承も失われてしまう――」
「だから……自分と同じ……《妹》を?」
「ええ。ディアナは、わたくしそのもの。これまでにもたびたび、わたくしの代わりに、臣民の前にも出ています。あの夜も、城内で鎧に身を包み、兵士たちを激励して回っていたのですよ」
「お姉さまは、フェリスさんと共に、キリエの相手でお忙しかったですもの。慣れぬ人外との戦いで兵士たちが浮き足だつことがないよう、わたくしが抑えをつとめたのですわ」
「姿も声もまったく同じですから、見抜かれたことはありません。入れかわりで、多少、不自然なことがあったとしても、日頃のわたくしの趣味を、皆、知っていますから――ね?」
「趣味って……ああっ!?」
 
色々な衣装、髪型を次々にとりかえる、早変わり。
皇帝が別人のように次々と姿を変えることが日常になっているから、本当に本人たちが入れかわっていても、誰にも気付かれなかったのだ。
ましてや、外見が似ているどころではなく、まったく同じなのだから、こうして並んで立ってでもいなければ、二人が入れかわったことに気付く人間はいなかっただろう。
「フェリスさん。現にディアナは、これまでに、あなたと何度か差し向かいでお話ししているのですよ?」
「え!?」
「たとえば……覚えていらっしゃる? 仮面舞踏会の夜に、襲われたあなたがたのもとへ駆け付けたのは、わたくしですわ」
「……あのときも!?」
こうして実際に目の当たりにしてもなお、信じがたかった。
幻影ならばともかく、実体として、もうひとりの自分を造り出すなど……
それも、本人と同じように考え、話し、動くことができる存在を造り出すなど、これまでフェリスが抱いていた魔術師の能力に対する想像の範疇を、遥かに超えている。
「さ、温かいうちに、どうぞ」
「お茶もね」
こともなげにパイとお茶をすすめるディアナとルーシャにはさまれて、フェリスは、これは敵わない、と心の底から感じた。
あの夜、キリエと対決したとき――
フェリスの心に、ふと甦ったことがある。
御前試合で最初に当たった対戦相手、ガイアスのことだ。
彼はべらべらと喋り、余裕を見せつけようとしていたが、内心ではフェリスとぶつかることを恐れていた。
あの夜のキリエの態度に、フェリスは、それとまったく同じことを感じたのだ。
自分自身の圧倒的な優位に自信があるのならば、長広舌を叩く必要もなく、一瞬でこちらを叩き潰せば済むこと。
こちらの質問に答えて、というかたちではあったが、長々と陰謀の種明かしをしてみせるキリエの姿は、御前試合でのガイアスのそれと、見事に重なった。
彼が、恐れていたもの――
それは、フェリスではなく、ルーシャの底知れぬ力だったのではないだろうか?
あのとき、まだ《翼持つ女神の剣》は、封印を解かれてはいなかった。
にもかかわらず、キリエが慎重になり、すぐには手出しをしてこなかったわけは、ルーシャの魔術による反撃がどの程度のものになるか、予想がつかなかったからではないのか……?
「フェリスさん。傷のほうは、もうよろしいの?」
急に、ルーシャが話題を変えて、フェリスの腕に向かって手を振った。
「あっ……はい! もう、ほんとにちょっとした、かすり傷でしたから。魔術を使う必要なんかも全然なくて、清めて放っといたら治っちゃいました」
ルーシャが言っているのは、キリエを倒した直後、飛行の魔術が解け、フェリスが墜落したときのことだ。
あの瞬間は、完全に死を覚悟したが――
ただ一人、グウィンだけが、限界を超えてぎりぎりまで魔術でフェリスを支え続けたらしい。
落下を防ぐことはできない、と判断したグウィンは、最後の力を振り絞り、落ちるフェリスの身体に、斜め方向、ちょうど坂を転げ落とすようなイメージで力を加え――
さらに、落下地点に少しでもやわらかい地面が来るようにぎりぎりの調整をすることで衝撃を和らげ、フェリスを致命的な大怪我から守ったのである。
『何じゃ、貴様、この!』
空中で一瞬、気を失い――
やけに大きな声がすぐ側から聞こえて、ふっと目が覚めたとき、
『女のためなら、繊細な加減もできるのではないか! なかなかやりおるわ。ははははは!』
フェリスの目に最初に映ったのは、ドナーソン将軍がそんなことを言いながらしゃがみ込み、地面にうつぶせに倒れたグウィン――力を使い果たして引っくり返ったらしい――の背中をばんばん叩いているという光景だった。
そのときには、何が何やら、さっぱり分からなかったのだが。
「……ところで、フェリスさん」
不意に声音をあらためて、ルーシャが訊ねてくる。
「あなたは、これから先、どうなさるおつもり?」
「ん……」
フェリスは、口の中にあった大きなパイの切れ端を茶で流し込み、姿勢を正した。
「あたしは、リューネで生まれ育った、リューネの戦士です。《翼持つ女神の剣》の担い手の栄誉を得た今、故郷に帰って、これまで通り、ガイガロス砦で戦っていくつもりでした……」
「けれど、もはや《翼持つ女神の剣の担い手》は、単なる、戦士の栄誉をあらわすだけの称号ではありませんわ」
ディアナが言い、手を振って、フェリスの腰を示す。
そこには、これまでのフェリスの愛剣にかわり、目立たぬ鞘におさめられたエルベリオンが帯びられていた。
鞘には、この剣が石像に隠されていたときと同じく強力な封印の魔術が施されており、抜きさえしなければ、熟練の術者が《光子》の流れを検めても、普通の剣と何ら変わりないようにしか見えないという。
「これまで、エルベリオンの力はかたく封じられてきました。
連綿と受け継がれ、行われてきた御前試合そのものが、そもそもは、エルベリオンの新たなる担い手にふさわしい戦士を見つけ出すための儀式だった……
これまで、名目上の保有者となった者は何人もいたけれど、その力が実際に解放されたのは、今回が初めてです」
「何しろ、かつてオルタスの首領を討ち果たした、女神の剣なのですから。剣そのものが持つ力に、担い手が耐えられなければ、身を滅ぼすことになりかねませんもの……」
「え!? それ、初耳なんですけど!? てことは……運が悪ければ、あの夜、これを掴んだ瞬間に、あたしも……!?」
「フェリスさん」
ひとつ、力強く頷いて、ルーシャ。
「帝国には、昔から、このような言葉が伝えられていますわ。『終わり良ければ、すべて良し』という――」
「いや、結果が良かったからいいようなものの、そこは心の準備というか、覚悟というか……! できればそのへんは、前もって話しといていただきたかった気が……」
「――まあ、冗談はともかく」
「冗談……」
「この世界には、正体を隠して潜み、人々に害をなす《魔性》――キリエのような者どもが、まだまだ存在しています」
丁寧にパイを切り分けて口に運びながら、さらりと、ルーシャ。
「その者たちを滅ぼさぬ限り、人間世界は、脅かされ続ける」
「これまでは水面下でしか活動することがなかったオルタスが、今回のように大きな事件を起こしたというのは……これより後、彼らの動きが、さらに活発になってくる可能性があるということ」
ディアナが、フェリスの目をじっと見つめる。
ルーシャが言った。
「フェリスさん。わたくしたちは、あなたを正式に《青の教団》に迎えたい」
「どうか、わたくしたちと共に、人間世界のために戦ってください」
《黒檀の間》の奥の暖炉で、ぱちり、と音を立てて薪がはぜ、炎のかたちが変わった。
――この話が出るであろうことは、予想していた。
フェリスは、二対の青い目に見つめられながら、ゆっくりと素焼きのカップを持ち上げて、熱い茶を口に含んだ。
どう、答えるべきか。
皿の上のパイを見つめて、彼女は長いこと、無言でいた。
自分のとるべき道に迷っている、というわけではない。
ラインスの手紙をルーシャに見せ、ラインスを《紫のケモノ》に変えたキリエは《魔性》である可能性が高いこと――そして真の《翼持つ女神の剣》の存在を聞かされたとき、フェリスは、もはや自分の生き筋が、動かしがたいひとつの方向に向かって動き始めたことを悟っていた。
今、エルベリオンの担い手となった以上、この役割から逃げることはできない。
それまでの様々な事情があったとはいえ、紛れもなく自分自身の意思で、この剣を振るうことを選んだのだから。
だが――
フェリスの脳裏に浮かんだのは、懐かしい故郷リューネの風景と、そこにそびえ立つガイガロス砦の威容だ。
どんな戦いに赴いても、自分は必ず、あの場所に帰る。
リューネから長く離れることは、生涯ないだろうと、幼い頃から思っていた。
(けれど、今……あたしの背中を押す風が、吹いている)
皇帝ルーシャたちと共に戦うということは、この帝都に留まり、リューネには帰らないことを意味している。
自分の帰還を待つ部下たち、砦の人々、そして、父の顔が浮かんだ。
心の中の顔は、どれも、頼もしげに笑っている。
しっかりやってこいと、フェリスを励ますように。
自分が戻らなければ、皆は落胆するだろう、さびしがってくれるだろう。
だが、それでリューネの守りが揺らぐようなことは、ないはずだ。
あの街の住人たちは、そんな、なまやさしい人々ではない。
留守を任せてきたバウルやガル、フェザンたちは、最も信頼できる部下だ。
きっと、うまく部隊をまとめていくだろう。
(あとは……)
なおも黙っているフェリスを、じっと見据えていたルーシャが、やがて、ふっと表情を和らげる。
「――あの魔術師のことですね?」
フェリスは、はっと顔を上げた。
「共に、戦いたいのですね」
ディアナが続ける。
「……ええ……」
フェリスは、自分でも驚くほど素直に、頷いていた。
「そうです。グウィンとは、昔から、ずっと一緒にやってきましたから。あたし、あいつが側にいないと、どうも調子が出ないっていうか……
今回だって、あいつが、危ないところであたしの命を救ってくれた。それなのに、あれが一体どういうことだったのか、まだ何も説明できてない……」
この十日間、フェリスは御前試合の直前と同じように、皇帝の招きを受けたというかたちでマーズヴェルタ城に留め置かれ、グウィンとも、ガストンやキャッサたちとも面会していなかった。
二対の青い目に、じいっと見つめられて、フェリスは居心地悪そうに視線を逸らした。
皇帝とその《妹》の表情には、これまでの鋭さとは打って変わって、友人の恋愛相談に乗る娘たちのような、どこかわくわくしたような色が浮かんでいたからだ。
「まあ……あたしは、一緒に戦いたいですけど、グウィンはどう思うか。
言えば、絶対、来てくれるとは思うんですけどね。あいつは親父――っと、父に仕える魔術師で、あたしの副官に任命されてますから。おまえから目を離すことはできん、任務なら当然だ、とか言って。
でも、もしもこの先も《魔性》――オルタスとの戦いが続いていくなら、そんな危険な道に、あいつを引っ張り込むのは……」
「……馬鹿者。これまでは危険でなかったとでも言うのか? 今さら、何を言っている」
ごっ、がっ!!
突如、聞こえたその声に、フェリスは本気で椅子に座ったまま跳び上がり、そのまま、椅子ごと床に引っくり返った。
「ちょ……!? な、な、な……!」
「ほほほほ」
心から楽しそうに、ルーシャが笑う。
《黒檀の間》の扉を開け、呆れたような顔で姿を現したグウィンは、何の断りもなく壁際の椅子を引き寄せてテーブルにつくと、フェリスの皿に載っているパイを取り上げて一口かじった。
「あー! ちょっと、それ、あたしの……!」
「危険手当というやつだ」
むしゃむしゃと口を動かしながら、グウィンは、じろりとフェリスを見た。
「これから俺たちは《青の教団》の一員として《魔性》と戦っていくのだろう?
おまえ自身が言っていたのではないか。俺を危険な道に引っ張り込むのはどうかと思う……と。申し訳ないと思うなら、これくらいのことでぶつぶつ言うな」
「え!? ちょっ……なんで知ってんの!? どこから聞いてた!? ていうか、どこで聞いてた!? まさか、あの扉に、ずっと張りついてたわけじゃないでしょうねっ!?」
「……彼には、わたくしたちから、前もって色々と話しておいたのですよ。フェリスさんが知っている、これまでの事情は、おおよそ全て、彼も知っていると考えて差し支えありませんわ」
両手をわななかせて叫ぶフェリスのかたわらから、悠然と、ルーシャ。
その傍らから、ディアナも言う。
「そうですわ。そもそも彼は、あの夜に、キリエとフェリスさんの戦いを目の当たりにしていたのですもの」
「ぎりぎりのところであなたを救ったのも、この者です。あなたと、この者とは、本当に信頼し合い、支え合える間柄なのだと確信できましたからね。
諸々の事情を無理に伏せ、秘密にしておくよりも、共に同志となってもらうのが一番よいと思ったのですよ」
どうやら、自分のまったく知らないところで、さっさと事態が進行していたらしい。
普段のフェリスならば、かっとなっていたかもしれないが、事の大きさが大きさだけに、呆然とする他なかった。
――では、グウィンは、承諾したということか?
あれほどの大破壊を伴う戦いを目の当たりにして、それでも、フェリスと共にゆくと……?
「ふん。そもそも、おまえは昔から、顔に出やすい。仮に秘密にしていたところで、いつまでも俺に隠しおおせたなどとは思わないことだ」
「う、う、うるさーいっ! あー、もう、何よ! せっかく珍しく、あたしが、あんたの身の安全を気遣ってやったっていうのにっ!」
「珍しく……」
「まあ、でも、先にグウィンに話が通ってた……ってことは」
だんだんと地団駄を踏みながら喚いていた顔を、ふっ、と元に戻して、フェリス。
「これで、あたしが断る理由はなくなっちゃいましたね。……それもまた、陛下たちの狙いだったんでしょうけど?」
そうフェリスが言い放つと、ルーシャとディアナが、そろってにこりと微笑む。
いくつもの深謀遠慮を秘めて帝国を統べてきた女性たちの、食えない笑顔だ。
――やはり、敵わない。
そんな思いを抱きながら、フェリスは、拳を胸に当て、にやりと笑い返した。
「陛下の御命令を、お受けいたします。
あたしは、グウィンと共に《青の教団》の戦士として、オルタスを滅ぼす剣となり――人々に降りかかる災いを打ち払う、人間世界の守りの盾となりましょう!」




