追跡行
夜更けの帝都は、ただならぬ気配に満ちみちていた。
甲高い呼子の音が鳴り響き、武装した兵士たちが石畳の上を駆け抜ける足音と、荒い息遣いが響く。
いつもは物見高い帝都の市民たちも、さすがに表に出てこようとはしない。
息を殺し、わずかに開けた鎧戸の隙間から、不安げに通りを見下ろしている。
「畜生っ! どっちへ行った!?」
「あっちだ! 曲がるのが見えたぞ……!」
「いかん、行き止まりだ、引き返せ、そこの道だ!」
「くそ! 見失ってしまうぞ!」
紫のケモノを追って《輝けるマーズヴェルタ》から出動してきた兵士たちは、帝都の路地街に入り込み、その複雑さに翻弄されていた。
時を同じくして、飛行の術を駆使する魔術師たち数名が空から追跡しているのだが、迷路のように入り組んだ路地の家並みと、道に屋根のように張り出したひさしや洗濯物によって、空からの利点を完全に奪われてしまっている。
「ええい、おめおめ敵を取り逃がしたなど、部隊の恥! 陛下に申し訳が立たぬわ!」
息を切らせて足を止め、隊長が、手近の民家の壁に拳を叩きつける。
そんな彼らのすぐ真横、路地の闇の中から、ぬっといくつもの人影が現れた。
「!」
声すら上げず、反射的に剣の柄に手をかけた兵士たちだが、
「いや、お待ちを」
現れた集団の、先頭に立った影が、ゆっくりと片手を上げてくる。
月明かりの中に踏み出してきたその姿は、くたびれた革鎧に身を包んだ、眠そうなしかめっ面の男だった。
それほどの歳でもなさそうだが、その表情には疲労の色が濃く、ずいぶんと老けて見える。
「俺たちは帝都警備隊、捜査部の者だ。俺は部長のフィネガン・トロウ。
そちらは、城詰めの方々とお見受けするが?」
「その通りだ」
隊長は、意識せずに肩をそびやかした。
帝都警備隊は市民たちによって組織された集団だが、城の守備兵たちは、その多くが貴族の出身だ。
任務の上では、あまり関わり合うこともない両者だが、酒場などで出くわすと、だいたいいつでもろくなことにならない間柄である。
「《紫のケモノ》を追っているのか?」
「なっ……貴様、なぜ、それを」
「俺たちだって、仕事はしてるんだ」
目を剥く隊長に、フィネガンは、不機嫌な声音で吐き捨てた。
「この騒ぎだ。俺の部下たちを街に出させてもらった。……聞こえるだろう」
言われて耳を澄ませば、城詰めの兵士たちのものとは違う、いくぶんか掠れた呼子の音がいくつも耳に届く。
「市街地の地理には、俺たちのほうが遥かに詳しい。協力させてもらっても構わないだろうな?
こっちも、仲間をやられているんだ。奴とは、けりを着けておかなきゃならん」
下手に出ているようでいて、その実、有無を言わせないフィネガンの言葉に、隊長は一瞬、言葉に詰まった。
ここであっさりと帝都警備隊の助けを受け入れてしまっては、まるで、こちらが無能のようである。
だが、そのような面子にこだわって敵を取り逃がせば、後々、責任問題にもなりかねない――
「いいだろう」
迷いは一瞬だった。
精一杯の威厳を込めて、隊長は頷く。
「帝都を守る志は同じだ。あんたたちの協力、ありがたく受けよう」
「どうも。……アルシャ!」
「はいっ」
ほとんど怒鳴りつけるようなフィネガンの呼びかけに、ひょろりとした身体つきの青年が進み出る。
「あの笛が分かるな。奴は、北へ向かってる」
「北だと!? 城のほうへ戻ってるのか!?」
「あるいは、目的地は貴族街か」
慌てたような隊長の言葉に、フィネガンの唸り声が被さる。
城の周囲には、貴族たちの屋敷が立ち並ぶ一角があるのだ。
「アルシャ、奴を目的地にたどり着かせるな!
お前は第三班の連中と共に、カリアの果物屋の角を曲がってジョーセット通りを城の方面へ。第四班、第五班はここから、組ごとに分かれてなるべく大声を上げながら北へ進み、奴を追い込め。俺は、他の連中と一緒に、青の噴水広場のほうから側面に回り込む。――奴を、囲み込むんだ!」
「了解しました! ……さあ、行きましょう!」
叫ぶや否や、ごつい男たちを引き連れ、飛ぶような勢いで駆けていくアルシャ。
「第四班、第五班、出るぞ!」
「了解!」
「俺たちも急ぐぞ!」
「お、おう。出発だ!」
フィネガンが先頭に立ち、その後に隊長、その部下たち、そして帝都警備隊の面々が続く。
「……こっちだ!」
時折、呼子の音色の独特な抑揚に耳を澄ましては、複雑な路地を迷わず駆け抜けていくフィネガン。
入り組んだ路地街でも犯罪者を取り逃がすことのないよう、帝都警備隊では、呼子の音の抑揚だけで情報のやりとりをする暗号が発達していた。
やがて、あちこちから、呼子の音が近付いてくる。
いくつにも分かれた部隊が、順調に、一方向に向けて敵を追い詰めつつあるのだ。
「もう少しだ!」
そして――
「……あ、部長!?」
フィネガンたちが到着したとき、一足先にたどり着いていたアルシャたちが、一軒の屋敷を見上げ、固い表情で立ち尽くしていた。
「《紫のケモノ》は、この屋敷の中に姿を消しました。……どう、しますか?」
「ここは……」
* * *
とき流した髪を、夜風が穏やかになぶっていく。
「あー……」
フェリスは大きく首を回し、ゆったりとした夜着に包まれた肩をごきごきと鳴らした。
慣れない服装に身をつつみ、堅苦しい動作をしていたせいで、身体中がひどくだるく、頭が重い。
訓練で汗を流した後や、激しい戦闘の後にも、疲れることは疲れる――
だが、そういうときの疲れ方のほうが、後がすっきりしていい、とフェリスは思った。
今夜は、あまりにもたくさんの出来事がありすぎて、なかなか頭の整理がつかない。
(だって、いきなり《魔性》だの《青の教団》だのって……いくら何でも、話が壮大すぎるってば)
髪の一房を、くるくると指先でもてあそぶ。
(しかも、今回の事件で一番怪しかったドナーソン将軍は、皇帝陛下が認めた《青の教団》のメンバーで……ケモノが出現した瞬間には、ティンドロック卿と一緒にいた。
そして、二番目に怪しかった《無冠の貴公子》キリエは、他ならぬ、このあたしの目の前にいた……
《魔性》は自在に姿を変え、人間そっくりにも化けるっていうけど、この二人じゃないなら、いったい誰なのよ!?)
「――さあ、どうぞ」
「ありがと」
背後から聞こえた声に、そちらを見もせず答えて片手を出し、
「あ! すみません」
「いいえ」
慌てて謝罪しながら振り向いたフェリスに、酒が入ったグラスを手渡し、キリエは穏やかに微笑みかけた。
ここは、いまだ《輝けるマーズヴェルタ》の一角。
皇帝が招いた、最も高貴な客を泊めるための建物のひとつだ。
部屋、ではない。
建物まるごと一棟が、ひとりの客のために用意されるのだ。
これは単なる贅沢のためではなく、警備上の工夫でもあった。
フェリスたちは今、建物の二階のテラスにいるのだが、完全に闇に沈んで見える庭園のそこここに、眠ることのない衛兵たちが潜み、警戒の目を光らせているはずだ。
さらに、一階に控えている侍女たちも、慎ましやかな美人揃いだったが、その足運び、重心の移動が腕利きの戦士のそれであることを、フェリスは見逃していなかった。
フェリスには判別がつかないが、あるいは、魔術の使い手なのかもしれない。
『ウォリスタ伯。フェリスさん。
試合までは、わたくしの家に泊まっておいでなさいな』
あの《黒檀の間》での会見の後、ルーシャは、二人にそう告げた。
物柔らかではあるが、提案ではない、命令の口調だった。
『あなたがたは敵の姿を見、そして生き延びた。再び狙われる可能性は高いわ。
あなたがたの実力を疑うわけではないけれど、《魔性》は《アレッサの結界》によって力を殺がれることもないし、次に狙われたら、生き延びられないかもしれません。
たとえ、あなたがたが自身の身を守り切ることができたとしても、今度は、あなたがたに近しい人々に危害が及ぶことも考えられます』
(確かに……)
上官としての命令でもない限り、他人から頭ごなしに指図されることが大嫌いなフェリスだったが、このルーシャの言葉には、首を縦に振らざるを得なかった。
ティンドロック卿やキャッサ夫人、そして、屋敷に通ってくるイーサンたちをも危険に巻き込むことだけは、絶対に避けたい。
現に、出場者であるラインスの父、クリルが殺されたという前例もあるのだ。
(でも……グウィンにくらいは、居てもらいたかったなぁ……)
フェリスは、思わず眉をひそめた。
彼もまた、今ごろは、ガストンやキャッサとともに屋敷に戻っているはずだ。
ここの警備が万全であることは判っている。
それでも、彼が自分の背後を守っているという感覚がないと、何だか落ち着かなかった。
(あの会談の後、結局、ティンドロック卿たちにも、グウィンにも会わせてもらえなかった。
この留め置き措置って、もしかして……あたしたちの身を守る、っていうのと同時に、事件が解決するまでは、あたしたちが外部の人間と接触しないようにして、秘密が漏れることを防ぐっていう意味もあるんじゃないの?)
キリエから渡された酒をひと口含み、顔をしかめる。
(この建物のまわりの見張りだって、侵入者を防ぐためだけど、同時に、あたしたちを外に出さないためとも考えられるわ……)
「ずいぶんと、難しいお顔をなさっていますね」
思わず唸ったフェリスに、キリエが、苦笑交じりに声をかける。
「蒸留酒と果汁を混ぜたものですが……私の作った飲み物は、お口に合いませんでしたか?」
「え? ……ああ、違うんです。このお酒、とっても美味しいわ。ただ、ちょっと考え事をしてて」
「それなら、良かった」
キリエは、本当にほっとしたように笑った。
彼は本来、隣――といっても、ちょっとした林をひとつ隔てたところ――の棟に泊まることになっているのだが、ここに案内されてすぐに、フェリスを訪ねてきたのだった。
特に断る理由もなかったし、二人でさらに詳しい話もしたかったので、上がってもらったのだが。
(さすがに、ちょっと落ち着かないわね)
鳶色の目でじっと見つめられると、何とも言えず居心地が悪かった。
しかも、よく考えてみると、さっきはもう少しで彼に口づけされるところだったのだ。
そんな相手をあっさり通すなど、少し無分別だったかもしれない――
「でも、ほんと、とんでもないことになっちゃいましたよね!」
これ以上の沈黙が続いて居心地が悪くなる前に、フェリスはいきなり、ことさらに明るい声でそう言った。
貴婦人ぶった口調は、とうの昔に払い捨てている。
いまやキリエは彼女にとって、御前試合で戦うライバルであると同時に、共に《魔性》の脅威と戦う同志でもあるのだ。
「御前試合の優勝をめぐる、ケチな妨害工作かと思ってたら、まさか《魔性》なんてものまで出てくるなんて。
想像以上の大ごとになっちゃって、ほんと、びっくりです! ははははは」
気楽に笑うフェリスの様子に、キリエは、少なからず驚いたようだった。
「フェリスさん……怖くはないのですか?」
「怖い?」
何が、と言わんばかりの表情で繰り返したフェリスに、彼は、思わずといった様子で苦笑する。
「皇帝陛下が、秘密を明かそうと見込まれたのも当然ですね。やはりあなたは、ずば抜けた胆力の持ち主だ。
普通の貴族の娘ならば、あのような話を聞かされ、近しい人間と引き離されては、とても平静ではいられない。
よくても不安に苛まれ、悪ければヒステリーを起こして泣き喚くところです」
「まあ、そんなことしたって、疲れるだけで、何の解決にもならないですし」
フェリスは、あっさりと言った。
「でも、あたしだって平静ってわけじゃないですよ。かなり戸惑ってるっていうのが、正直なところです。
だって《魔性》なんて、古い物語の中に出てくるだけの奴らだと思ってたし……
まさか、昔の英雄たちみたいに、そいつらと実際に戦うことになるなんて」
「そうですね。今夜はさすがに、一睡もできそうにありません」
「あ……そうですか?」
明日からは何かと忙しくなりそうだし、ここの守りは固そうだし、ぐっすり眠って英気を養おうと思っていたフェリスである。
「それはそうでしょう。フェリスさんも、そうではありませんか?
今、私の胸を占めているのは、衝撃よりも、恐れよりも、激しい興奮です。
私たちは今、世界を揺るがしかねない重大な秘密を、この胸にしまっているのですよ」
心臓の辺りを押さえながら言ったキリエの口調には、皇帝じきじきに、秘密を知る者の一員として選ばれたことへの誇りが滲み出ているようだった。
「うーん……」
フェリスは曖昧に唸りながら、またも、複雑な表情で黙り込む。
(さっきは、別に何も言われなかったけど……あたしたち、事件が一段落したら『ここまで関わったんだから』とか何とか言われて、秘密結社《青の教団》の同志に勧誘されちゃったりするんじゃあ……?)
他者の知らぬ秘密を、自分たちだけが知った。
自分たちだけが選ばれたということで、優越感をくすぐられる者もいるかもしれない。今の、キリエのように。
だが、フェリスにとって、そんなものは余計な重荷以外の何者でもなかった。
もちろんこれまでにも、軍事上の作戦など、ぺらぺら喋ることのできない秘密を抱えたことは何度でもある。
そんなときはいつも、父や、辺境警備隊の仲間たち、そしてグウィンといった親しい人々が近くにいてくれて、共に秘密を分かち合ってくれた。
だが、今度の場合は、誰にも話すことができないのだ。
本当に親しい相手にも、決して話してはならない秘密を持つというのは、思った以上に嫌なものだった。
(せめて、グウィンだけでも、いてくれたらよかったのにな……)
「フェリスさん」
再び穏やかに呼びかけられ、顔を上げる。
「何を、考えておられるのですか?」
「何を、って」
訊かれて、妙にどぎまぎした。
(グウィンか……)
出会ってからこれまで、ほとんどいつでも一緒にいた。
最近では、うっとうしいと感じることさえもないほど、常に行動を共にするのが当たり前になっていた。
(あいつ、きっと今頃あたしのこと、あれこれうるさく心配してるんだろうなぁ……)
その顔を思い浮かべた瞬間、急に、心臓の辺りがきゅうっとなった。
(な、何!?)
彼が側にいればいいのに。
側に、いてほしい。
話を聞いてほしい。
会いたい……
フェリスは、愕然とした。
今まで考えもしなかった、自分の中に眠っていた気持ちに、だしぬけに気付いてしまったから。
(嘘。あたし……グウィンのこと……)
黙り込んだフェリスを、キリエは、静かに見つめていたが、
「どうやら、私は、早まってしまったようですね」
やがてそう呟き、少し寂しげな笑みを浮かべた。
「えっ……何を、ですか?」
「あなたの心には、もう、別の男性が住んでいるようだ」
「え」
一瞬、意表を突かれて。
次の瞬間、フェリスは、見事に真っ赤になった。
「いや、違う違う、違います! グウィンは、そういうんじゃ」
慌てるあまり、語るに落ちている。
「あの魔術師の方は、グウィンさんと仰るのですね」
「だから、違いますって! あ、いや、グウィンていう名前なのはその通りなんですけど、でも、恋人だとかそういうのは、全然――」
「どうか、それ以上は仰らないでください」
こちらに手のひらを向けて、キリエは呟くように言った。
「あるいは、と、はかない望みを抱いてしまいますから……」
フェリスは、何も言えなくなった。
こんなふうに扱われることには、慣れていなかった。
彼女が経験豊富な貴婦人であれば、決定的なことばは与えることなく、あるいは男をやきもきさせ、あるいはその期待をあおるような意味深なそぶりで、恋の遊戯を楽しむこともできたかもしれない。
だが、彼女はリューネの娘。
戦場で敵を陥れることには躊躇しないが、向き合って話すときには、信義を重んじる。
(何て、言えばいいの)
ごめんなさい、とでも?
だけど、はっきり交際を申し込まれたわけでもないのに、それは何だかおかしい。
それ以前に、彼は、果たして本気なのだろうか?
「あー……ええと」
駄目だ。今は、何を言っても、余計にどつぼに嵌まりそうな予感がする。
そうだ、話を変えよう。
敵の話をしよう。
「キリエ」
「はい?」
「皇帝陛下には申し上げなかったけど……実はあたし、さっきから、ずっと引っかかってることがあるんです」
「引っかかっている?」
「ええ。何か、こう、変だなーって」
「変、とは?」
「つまり」
真剣に見つめてくるキリエの目を、ひたりと見据え、フェリスははっきりと言い放った。
「あの《紫のケモノ》、本当に《魔性》だと思います?」
「……えっ?」
「だって、あいつが本当に《魔性》だとしたら、あんなに弱いはずがないと思いません?」
キリエは、今度こそ、度肝を抜かれたようだった。
「弱い!?」
「だって《魔性》って、人間を遥かに上回る力を持っているはずでしょ?
《大戦》の時代に、たった一人で湖を干上がらせ、街を滅ぼし、森を腐らせたっていう《魔性》の伝説……あなたも、聞いたことがあるはず。
それなのに、あいつは何? たった二人を殺し損なって、尻尾を巻いて逃げ帰るなんて、考えられない!
《呪われし者》だって、戦うとなったら、もうちょっと根性を見せるわ」
思わずグウィンと話すときのような口調になって、フェリスは言った。
そう、いつも、あの黒衣の魔術師と話していると、もつれた糸がほぐれるように、自分の中で、考えがすっきりとまとまってくる。
「あいつ……《紫のケモノ》は、本当に《魔性》なのかな……?」
「では……《魔性》ではないとすれば、いったい何だと?」
キリエは、いまやすっかりフェリスの話に引き込まれているようだ。
フェリスは、人差し指を立てた。
「魔術師、ってことは考えられない?
人に知られていない新しい魔術を使って、ケモノの姿に変装していた、とか」
「しかし、庭の警備にあたっていた者たちの中には、魔術の使い手も大勢いたのですよ。
もしも《紫のケモノ》が魔術師であったとすれば、彼らが、独特の《光子》の流れで、そうと見破るはずです」
「あ、そうか……」
立てた人差し指で、ぽりぽりと頬を掻く。
「じゃあ……すごくよく訓練された野獣? いや、でも、あの目……」
冥界の炎を思わせる、禍々しい輝き。
あの光は、絶対に、単なる野獣の持ち得るものではなかった。
「あー! ほんとに、何者なんだろ!?
《魔性》だとしたら、あれは、変身した仮の姿で……ってことは、普段は、人間の姿をしてるの? じゃあ、それは誰?」
もはや、キリエに話しかけるというよりは、口に出して自問自答しているようなものだ。
いつもなら、グウィンが絶妙な相槌や反駁を差し挟んでくれるのだけれど。
「うー……もう、全然、分からなくなっちゃった。
あたし、正直言って、今夜までは、ドナーソン将軍かあなたを疑ってたんです」
「私をですか?」
いきなりの告白に、思わず自分を指さして、キリエ。
「ええ。だって《無冠の貴公子》なんて、誰よりも優勝に執念を燃やしそうだと思いません?」
「まあ、確かに。……ですが、優勝を狙うなら、自分の実力で狙いますよ」
「あたしも、です」
フェリスが、キリエの目を見据えて言った、そのとき。
「ウォリスタ伯! フェリスデール嬢!」
突然、数人の男たちが建物の前に駆けつけてきて、フェリスたちがいるテラスを見上げ、叫んだ。
ちなみに彼らは、皇帝の忠実な兵士ではあるが《青の教団》とは関わりがなく、《魔性》についての話も何も知らない。
「皇帝陛下のお召しです。すぐに参上を!」
「え!? 今から!?」
「何か、あったのですか?」
「ドナーソン将軍が、逮捕されました!」
問うたフェリスたちに、男のひとりが答える。
「怪しげな術を用いて獣を操り、四人を殺めた罪によって、です!
《紫のケモノ》を追跡した城詰めの者たちが、帝都警備隊とともに、将軍の屋敷に踏み込んだのです。
《ケモノ》は死骸で発見されました。巨大なやつです。
さらに、将軍の屋敷からは、魔術に関する書物も発見されました。
将軍が黒幕だったことは、間違いないものと思われます!」
フェリスとキリエは、顔を見合わせた。




