覚悟。
「飯野‼︎」
後ろから社長が追いかけて来た。
「飯野! ちょっと待て!」
「すいません‼︎ 聞かなかった事にして下さい」
「いいから事務所戻るぞ」
私の腕を掴み、事務所へと引き返した。
「さっきのは告白と受け取っていいんだな? お前からのオレへ告白……」
「……すいません。 言うつもりじゃなかったです……。 でもつい……」
しどろもどろに言い訳をした。
「嬉しかった。 と言ったら驚くか?」
「え……?」
「さっきの告白、嬉しかった。 だが応えてやれない。 知っての通りオレは結婚する。 情けない話だが親の決めた相手とな。 だからお前の気持ちは嬉しいが……」
「忘れて下さい! 聞かなかった事にして下さい。 ……失礼します」
これ以上何も聞きたくなかったし、迷惑もかけたくない。
私は事務所を逃げる様に出ると、持田さんの所へ行った。
泣くもんかと思っていても、やっぱり涙は出てしまう。
「はあーっ」と息を吐き、衣装室のドアを開けた。
「あ、飯野ちゃん。 ごめんね、忘れ物が見つからなくて……。 ってどうしたの? 何かあった?」
「いえ、別に何にもないです。 あの、お願いがありまして……」
夢中で事務所を飛び出した私。今日はもう帰れるのだがカバンを忘れてしまった……。
社長がいるので戻れない。
「なあに?」
「あの……。 私のカバンを持って来て頂きたいのですが……」
「……自分では行けない理由があるのね? 分かったわ。 その代わり、落ち着いたら話してね」
そう言うと事務所にカバンを取りに行ってくれた。
自宅への帰り道も何だか切なくて、言わなきゃ良かった後悔と、明日からどうしようと言う気持ちでいっぱいだった……。
会社は休めないから、なるべく普通に振る舞うしかないけど。
と……。カバンから着信音が聴こえた。
スマホを取り出しとディスプレイに社長の文字。
一瞬戸惑ったが何か仕事であったのかも知れないし。私は通話ボタンを押した。
『もしもし? 飯野か?』
『何かあったんですか?』
『持田に説教された……。 何で飯野を泣かせるのかって』
『そんな……。 社長は悪くないです』
『何で最後まで人の話を聞かないで出て行くんだ。 おまけにカバンも取りに来ない』
『申し訳ありません……』
『なぁ、飯野? お前覚悟あるか? オレについてくる覚悟。 辛い思いをする覚悟、あるか?』
『あの言ってる意味が……』
『オレもお前が好きだ。 だからそう言う事になれば、色々ややこしくなる。 それなりの覚悟がお互い必要になる……』
『社長……』
『はっきりしろ。 覚悟あるか?』
『あります……!』
言ってしまった。後戻りできない。
『明日から大変だぞ? それでもちゃんと守るから。 ついてくるな?』
『はい』
踏み込めないボーダーライン。社長と私の境界線……。一歩、踏み込む覚悟をした。