表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ギュファンへの鎮魂歌

作者: 懐拳

チョ・ギュファンよ


“畜生”という

下卑た言葉が

日本にあるんだ

知ってるか?


だが君は

それすら以下だ


その年まで

君はいったい

何を喜び

何を悲しみ

生きてきた?


共感も

同情も

およそする気に

なれないが


毒々しいこと

きわまりなくて

興味を惹かれる

男ではある


君は

4人の人間を

顔色ひとつ

変えることなく

殺した男だ


いやいや

そんな

生易しい

ものじゃなかった


「この俺に

こんな手間まで

かけさせやがって」

という顔で

殺せた男だ


しかも

そのうち2人は

おまえの実の

両親だろ おい


何てこった

胸に

ムカムカ

こみ上げてくる

深呼吸したい

10秒くれ


20億の投資の話が

370億にまで

化けようかとも

いう矢先


その元手の

持ち主である

父親が

慈善事業に

使いたいから

返せと言う


言葉にこそ

出さないながら

「父さんの

言う通りに」と

母も優しく

目で諭す


そしたら

息子のギュファン君よ

君は2人を

刺すんだな?


父親は22ヵ所

母親は12ヵ所

メッタ刺しだった

らしいじゃないか


事が済んだら

落ち着き払って

風呂場のシャワーで

返り血を

洗い流して


あろうことか

数日後には

変わり果てた

2人の周りを

またうろついた


刺したときに

手元が狂って

かすって落とした

左手の

爪のかけらを

探すためにだ


証拠が残ると

困るからって


100歩いや

1000歩譲って

幼い君の生い立ちを

不憫なものと

仮定しようか


可哀想に

実の両親じゃ

なかったんだと

思ってみようか?


彼らは

継父・継母で

語るも惨めな

幼少期だったと


あるいはよっぽど

虐待でも受けて

育ったか?


何くそ今に

見ていろと

粉骨砕身

若くして

早くも手にした

金融機関の

エリート理事の

ご身分だ


そして更なる

成功の証

誰もが羨む大金が

今にもこの手に

入るってのに

慈善事業だ?


親父よ

何の権利があって

息子の夢をぶち壊す?

てなとこか?


それとも何か?


実の親では

あったとしよう


しかも可愛い

1人息子だ


人間努力が肝心と

とにかく尻を

たたかれ続け


親の期待に

背くことなく

世間に誇れる

職に就き

円満な

家庭も持った


鍛えた頭は

使いよう

額に汗など

しなくても

金は容易に

増えていく


気がつけば

人生が

チャチなゲームに

見えてきた?


相当な資産を

持ちながら

清貧に生きる

親たちが

バカか阿呆に

見えてきた?


かてて加えて

4人もの

命を奪った

げにおぞましき

悪事の後で


君は毎日

定時に出社

豪華な個室で

悠然と

職務をこなし


朝な夕な

戸外を走り

ジムに通って

汗を流す


街中で

しがない庶民の

騒ぎを見れば


「こんなご時世

俺はほんとに

恵まれてる

感謝して

真面目に生きなきゃ」

などとうそぶく始末


4人も殺して

動揺なんか

微塵もない


君の日常は

憎たらしいほど

地に足が着いている

天晴れだ


ああ

ムカムカするほど

捉えどころのない

ギュファン君


頼むから

人を殺すなら殺すで


「この俺に

こんな手間まで

かけさせて」なんて

聞いてあきれる

憤怒以外に


せめてもっと

人間らしい表情で

事に及んでほしかった


なあ

ギュファン君


物言わぬ人間

表情を変えない人間


どっちもあんまり

好きにはなれんが

俺はまだ

物言わぬ人間のほうが

許せるなあ


物なんか

言わなくたって

人間 顔が

物を言うだろ

ふつうなら


目は口ほどに

何とやらって

言うじゃないか


韓国でも言うかい?


なのに

ギュファン君


いつだって君は

生きていることが

楽しいんだか

つまんないんだか

顔から皆目

見当がつかない


早朝

シャワーを浴びながら

吠えて果てたら

男として満足か?


愛しい息子を

肩車して

妻と子どもに

チュッとされたら

いっぱしに

亭主の気分か?


上司が君の

手を握り

業績を褒めちぎったら

自尊心が

くすぐられるか?


得意先のあしらいぶりを

職場の同僚に

非難されたら

何をお前ごときがと

ご立腹か?


そうそう

その都度

たしかに君は

口を開いて

何がしか物は

言うんだが


君という人間からは

心底からの

喜怒哀楽を

これっぽっちも

感じないんだよ


奇しくも君は

宿敵刑事

カン・チョルジュンに

言ってのけたな


「人が人を殺すのに

理由なんてあるか?」って


君にとっては

人を殺すことどころか

自分自身が

生きてることにも


たいして

理由なんか

なかったかもな


親子でいる理由

家庭を営む理由

職を全うする理由


そして何より

他人との

思いがけない出来事や

その成り行きを

楽しむ理由


ああきっと

そうにちがいない


自分自身の

思い通りに

ならないことを

ひょいとかわして

やり過ごす術を

知らなかったからこそ


そんなことに

出遭ったとたんに

君は“能面”に

なっちまうんだろ?


とはいえまさか

その年まで


「不本意」

「お手上げ」

「不可抗力」てな

だれしも避けたい

難儀な事態に

ただの1度も

立ち至ったことが

なかったとは


言わないよな?

ギュファン君


そのとき君は

どんな具合に

立ち回ってきたんだろう?


他の事に

気を取られて

前の車のバンパーに

ぶつけて凹ましちまった

とか


レストランで

見知らぬ客と

ぶつかって

シャツに染みを

つけられたとか


自責や他責は

抜きにして

自分にとって

アンラッキーな

事態が起きたら

ふつう人は


「あー しょうがない」って

肩をすくめて

やり過ごすんだ


もちろん

一人の大人として

責任は

それ相応に

果たしながらな


相手の車を

修理して

穏便に示談で

済ますとか


クリーニング代

受け取って

笑って許して

やるとかさ


ところがどっこい

君って人は

肩をすくめて

やり過ごすなんて

とてもじゃないが

出来ないんだな


いちいちカチンと

ひっかかって

“能面”の

パニックになる


挙げ句の果てに

ナイフを持ち出す


自分の怒りを

コントロール出来ない

10代の

思春期みたいだ


ご両親は

慈悲深い

老夫婦だと

お見受けするし

実の息子に

殺されるなんて

大いなる不幸に

見舞われた

今は亡きお二方を

鞭打つつもりは

さらさらないが


ご両親は

ギュファン君

君に

あるたった1つの事を

小さいうちから

骨の髄まで

叩きこんでおく

べきだったんだ


“世の中なんて

思い通りに

ならないほうが

ふつうなんだ”と


違うか?


いやいや

実はこの俺だって

しがない

親の端くれだ


身につまされる

人ごとじゃあない


何の縁でか

君という人間の

最期のひとときに

つきあっちまった

俺としては


その昔

我が日本の

親鸞聖人なるお方が

畏くも仰せられた

「悪人正機説」を

慎んで君に

贈りたい


綺麗ごとだと

反論するか?


韓国の仏教にも

似たような

教えはあるか?


おっと

君が他教徒なら

許してくれよな


とはいえどんな

神様だって

君みたいな

輩を見たら

一瞬我が目を

疑われるとは

思うがなあ


それはそれとして

件の「悪人正機説」


要は君の

母上のような

心のことだ


--如何な

如何な悪人とて

往生しうる--と


何食わぬ顔で

返り血を洗う

息子の姿を


母上は

今際の際に

仰ぎ見ながら


無残にも君に

掻き切られて

今なお

ひくつく

その喉に


犯人である

君の左の

爪のかけらを

飲み込んだだろ?


死体のそばの

爪のかけらは

犯人の

動かぬ罪の

証拠となるから

飲み込んだだろ?


あの阿呆の

鬼畜の君を

殺人犯に

するまいと

瀕死の君の母上は

飲み込んだだろ?


ああ

こんな凡人の

俺でさえ

目の前が曇る


ギュファン君

今どこで

何してる?


極楽か?

極楽だろ?

極楽だよな?


頼むから

そこにいるって

言ってくれ


哀れにも

浮世で君に

決定的に欠落していた

人間だけが

持ってるはずの

“やるせない喜怒哀楽”

というものを

頼むからそこで

学んでくれよ


照れくさそうに

感情を面に出す君を

俺は一ぺん

見てみたいんだ


変な趣味かな?


そして

もし今度

生まれてきたら


もしもお互い

運良く人間に

生まれてきたら


この世のどこかで

もう一度出会って

どうにも思うに

まかせない

この世の中を

嘆きながら


君と一杯

やってみたいよ


俺って

ほんとに

変な趣味かな?


ああ

それから

最後に一言


4番目の

コ・フンシクを

殺したときだ


君はたしかに

言ったよな


「さよなら

カン・チョルジュン」と


「さよなら」って

日本語で


あの場面を見た

日本人が

俺のほかに

いったい何人

いるかいないか

知らないが


まず

いい気分は

しなかったはず


外国人が

人殺すのに

「さよなら」なんて

自分の国の言葉を

吐かれて

喜ぶ人間は

いないだろ?


死者を責めても

詮ないが

こればっかりは

一日本人として

聞き捨てならん


君のお国の

人たちだって

外国人が

悪事を働く瞬間に

안녕(アンニョン)」なんて

ほくそ笑んだら

愉快な気持ちは

しないだろ?  


さて

やんぬるかな


君は

リンチさながら

殴り殺され

ほどなく死刑を

宣告されて


大麻の粉を

その顔と言わず

体と言わず

灰のように

振りかけられて


誰の死体かも

わからない

無残な姿で

世を去った


刑事カン・チョルジュンは

君を

「公共の敵」と

呼んだけど


何が敵なもんか


能面みたいな

哀しい皮を

かぶりつづけて

世の中を

斜めにしか

歩けなかった

君が哀れだ


正直な

人間らしい

喜怒哀楽を


それこそ

削れちまった

君の爪の先ほども

表になんか

出すことなく

ゆがめて

仕舞いこんだまま

この世を去った

君が哀れだ


せめてこの

鎮魂歌が

極楽の君に

届かんことを



      <完>


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ