ギュファンへの鎮魂歌
チョ・ギュファンよ
“畜生”という
下卑た言葉が
日本にあるんだ
知ってるか?
だが君は
それすら以下だ
その年まで
君はいったい
何を喜び
何を悲しみ
生きてきた?
共感も
同情も
およそする気に
なれないが
毒々しいこと
きわまりなくて
興味を惹かれる
男ではある
君は
4人の人間を
顔色ひとつ
変えることなく
殺した男だ
いやいや
そんな
生易しい
ものじゃなかった
「この俺に
こんな手間まで
かけさせやがって」
という顔で
殺せた男だ
しかも
そのうち2人は
おまえの実の
両親だろ おい
何てこった
胸に
ムカムカ
こみ上げてくる
深呼吸したい
10秒くれ
20億の投資の話が
370億にまで
化けようかとも
いう矢先
その元手の
持ち主である
父親が
慈善事業に
使いたいから
返せと言う
言葉にこそ
出さないながら
「父さんの
言う通りに」と
母も優しく
目で諭す
そしたら
息子のギュファン君よ
君は2人を
刺すんだな?
父親は22ヵ所
母親は12ヵ所
メッタ刺しだった
らしいじゃないか
事が済んだら
落ち着き払って
風呂場のシャワーで
返り血を
洗い流して
あろうことか
数日後には
変わり果てた
2人の周りを
またうろついた
刺したときに
手元が狂って
かすって落とした
左手の
爪のかけらを
探すためにだ
証拠が残ると
困るからって
100歩いや
1000歩譲って
幼い君の生い立ちを
不憫なものと
仮定しようか
可哀想に
実の両親じゃ
なかったんだと
思ってみようか?
彼らは
継父・継母で
語るも惨めな
幼少期だったと
あるいはよっぽど
虐待でも受けて
育ったか?
何くそ今に
見ていろと
粉骨砕身
若くして
早くも手にした
金融機関の
エリート理事の
ご身分だ
そして更なる
成功の証
誰もが羨む大金が
今にもこの手に
入るってのに
慈善事業だ?
親父よ
何の権利があって
息子の夢をぶち壊す?
てなとこか?
それとも何か?
実の親では
あったとしよう
しかも可愛い
1人息子だ
人間努力が肝心と
とにかく尻を
たたかれ続け
親の期待に
背くことなく
世間に誇れる
職に就き
円満な
家庭も持った
鍛えた頭は
使いよう
額に汗など
しなくても
金は容易に
増えていく
気がつけば
人生が
チャチなゲームに
見えてきた?
相当な資産を
持ちながら
清貧に生きる
親たちが
バカか阿呆に
見えてきた?
かてて加えて
4人もの
命を奪った
げにおぞましき
悪事の後で
君は毎日
定時に出社
豪華な個室で
悠然と
職務をこなし
朝な夕な
戸外を走り
ジムに通って
汗を流す
街中で
しがない庶民の
騒ぎを見れば
「こんなご時世
俺はほんとに
恵まれてる
感謝して
真面目に生きなきゃ」
などとうそぶく始末
4人も殺して
動揺なんか
微塵もない
君の日常は
憎たらしいほど
地に足が着いている
天晴れだ
ああ
ムカムカするほど
捉えどころのない
ギュファン君
頼むから
人を殺すなら殺すで
「この俺に
こんな手間まで
かけさせて」なんて
聞いてあきれる
憤怒以外に
せめてもっと
人間らしい表情で
事に及んでほしかった
なあ
ギュファン君
物言わぬ人間
表情を変えない人間
どっちもあんまり
好きにはなれんが
俺はまだ
物言わぬ人間のほうが
許せるなあ
物なんか
言わなくたって
人間 顔が
物を言うだろ
ふつうなら
目は口ほどに
何とやらって
言うじゃないか
韓国でも言うかい?
なのに
ギュファン君
いつだって君は
生きていることが
楽しいんだか
つまんないんだか
顔から皆目
見当がつかない
早朝
シャワーを浴びながら
吠えて果てたら
男として満足か?
愛しい息子を
肩車して
妻と子どもに
チュッとされたら
いっぱしに
亭主の気分か?
上司が君の
手を握り
業績を褒めちぎったら
自尊心が
くすぐられるか?
得意先のあしらいぶりを
職場の同僚に
非難されたら
何をお前ごときがと
ご立腹か?
そうそう
その都度
たしかに君は
口を開いて
何がしか物は
言うんだが
君という人間からは
心底からの
喜怒哀楽を
これっぽっちも
感じないんだよ
奇しくも君は
宿敵刑事
カン・チョルジュンに
言ってのけたな
「人が人を殺すのに
理由なんてあるか?」って
君にとっては
人を殺すことどころか
自分自身が
生きてることにも
たいして
理由なんか
なかったかもな
親子でいる理由
家庭を営む理由
職を全うする理由
そして何より
他人との
思いがけない出来事や
その成り行きを
楽しむ理由
ああきっと
そうにちがいない
自分自身の
思い通りに
ならないことを
ひょいとかわして
やり過ごす術を
知らなかったからこそ
そんなことに
出遭ったとたんに
君は“能面”に
なっちまうんだろ?
とはいえまさか
その年まで
「不本意」
「お手上げ」
「不可抗力」てな
だれしも避けたい
難儀な事態に
ただの1度も
立ち至ったことが
なかったとは
言わないよな?
ギュファン君
そのとき君は
どんな具合に
立ち回ってきたんだろう?
他の事に
気を取られて
前の車のバンパーに
ぶつけて凹ましちまった
とか
レストランで
見知らぬ客と
ぶつかって
シャツに染みを
つけられたとか
自責や他責は
抜きにして
自分にとって
アンラッキーな
事態が起きたら
ふつう人は
「あー しょうがない」って
肩をすくめて
やり過ごすんだ
もちろん
一人の大人として
責任は
それ相応に
果たしながらな
相手の車を
修理して
穏便に示談で
済ますとか
クリーニング代
受け取って
笑って許して
やるとかさ
ところがどっこい
君って人は
肩をすくめて
やり過ごすなんて
とてもじゃないが
出来ないんだな
いちいちカチンと
ひっかかって
“能面”の
パニックになる
挙げ句の果てに
ナイフを持ち出す
自分の怒りを
コントロール出来ない
10代の
思春期みたいだ
ご両親は
慈悲深い
老夫婦だと
お見受けするし
実の息子に
殺されるなんて
大いなる不幸に
見舞われた
今は亡きお二方を
鞭打つつもりは
さらさらないが
ご両親は
ギュファン君
君に
あるたった1つの事を
小さいうちから
骨の髄まで
叩きこんでおく
べきだったんだ
“世の中なんて
思い通りに
ならないほうが
ふつうなんだ”と
違うか?
いやいや
実はこの俺だって
しがない
親の端くれだ
身につまされる
人ごとじゃあない
何の縁でか
君という人間の
最期のひとときに
つきあっちまった
俺としては
その昔
我が日本の
親鸞聖人なるお方が
畏くも仰せられた
「悪人正機説」を
慎んで君に
贈りたい
綺麗ごとだと
反論するか?
韓国の仏教にも
似たような
教えはあるか?
おっと
君が他教徒なら
許してくれよな
とはいえどんな
神様だって
君みたいな
輩を見たら
一瞬我が目を
疑われるとは
思うがなあ
それはそれとして
件の「悪人正機説」
要は君の
母上のような
心のことだ
--如何な
如何な悪人とて
往生しうる--と
何食わぬ顔で
返り血を洗う
息子の姿を
母上は
今際の際に
仰ぎ見ながら
無残にも君に
掻き切られて
今なお
ひくつく
その喉に
犯人である
君の左の
爪のかけらを
飲み込んだだろ?
死体のそばの
爪のかけらは
犯人の
動かぬ罪の
証拠となるから
飲み込んだだろ?
あの阿呆の
鬼畜の君を
殺人犯に
するまいと
瀕死の君の母上は
飲み込んだだろ?
ああ
こんな凡人の
俺でさえ
目の前が曇る
ギュファン君
今どこで
何してる?
極楽か?
極楽だろ?
極楽だよな?
頼むから
そこにいるって
言ってくれ
哀れにも
浮世で君に
決定的に欠落していた
人間だけが
持ってるはずの
“やるせない喜怒哀楽”
というものを
頼むからそこで
学んでくれよ
照れくさそうに
感情を面に出す君を
俺は一ぺん
見てみたいんだ
変な趣味かな?
そして
もし今度
生まれてきたら
もしもお互い
運良く人間に
生まれてきたら
この世のどこかで
もう一度出会って
どうにも思うに
まかせない
この世の中を
嘆きながら
君と一杯
やってみたいよ
俺って
ほんとに
変な趣味かな?
ああ
それから
最後に一言
4番目の
コ・フンシクを
殺したときだ
君はたしかに
言ったよな
「さよなら
カン・チョルジュン」と
「さよなら」って
日本語で
あの場面を見た
日本人が
俺のほかに
いったい何人
いるかいないか
知らないが
まず
いい気分は
しなかったはず
外国人が
人殺すのに
「さよなら」なんて
自分の国の言葉を
吐かれて
喜ぶ人間は
いないだろ?
死者を責めても
詮ないが
こればっかりは
一日本人として
聞き捨てならん
君のお国の
人たちだって
外国人が
悪事を働く瞬間に
「안녕」なんて
ほくそ笑んだら
愉快な気持ちは
しないだろ?
さて
やんぬるかな
君は
リンチさながら
殴り殺され
ほどなく死刑を
宣告されて
大麻の粉を
その顔と言わず
体と言わず
灰のように
振りかけられて
誰の死体かも
わからない
無残な姿で
世を去った
刑事カン・チョルジュンは
君を
「公共の敵」と
呼んだけど
何が敵なもんか
能面みたいな
哀しい皮を
かぶりつづけて
世の中を
斜めにしか
歩けなかった
君が哀れだ
正直な
人間らしい
喜怒哀楽を
それこそ
削れちまった
君の爪の先ほども
表になんか
出すことなく
ゆがめて
仕舞いこんだまま
この世を去った
君が哀れだ
せめてこの
鎮魂歌が
極楽の君に
届かんことを
<完>