表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢電車  作者: ゆきながれ
5/5

  い世界

快眠はなんとか出来る。しかし寝起きが少しずつ辛くなってくる時期がやってきた。まず朝目が覚めると自室が暑い。そして私も少し汗ばんでいる。どうしようもなくジメジメした季節は終わったが、夏も夏で体から多量の湿気を放出するからそう変わりはない。むしろ気温が高い分過ごしにくい。それが私の夏に対する認識だ。けれど嫌いではない。緑は綺麗だし可愛いちょうちょも飛んでいる。水の中に飛び込んでも寒くならない唯一の季節だ、どちらかというと夏は好きかもしれない。

そんな好きかもしれない夏を自由に過ごせる夏休みというものの中に私はいた。何を隠そう今日は8月3日、既に私は宿題を終わらせているのだ。正確には一つを除いてだが。それは夏休みの出来事を作文にしろというもので、今のところ私にできるものではない。書こうと思えば書けるがその内容は宿題の二文字に溢れるだろう。そんなものを宿題を出した張本人に提出できるわけが無い。これをやるのは何か夏らしい出来事に出会ってからだ。

のそのそとベットから脱出したわたしは一階に降りて洗面所で顔を洗う。既に朝食のいい匂いが漂っていた。家族と挨拶を済ませ、サラダと目玉焼き、バター入りロールパンをたいらげる。父は出勤、母は同級生だった友達と出かけるとのことだった。私はそれを見送ると部屋に戻ってなんとなく身支度をした。別に何か予定があるわけではないのだが、夏らしい出来事がいつやってくるかわからない。自室に戻り腰まで伸ばした黒髪をツーサイドアップにし、白の生地に葉っぱがプリントされたTシャツと緑と黒のチェックが入った灰色のスカートを膝上にして穿く。夏らしくて涼しい格好の出来上がりだ。再び一階に降りてリビングのソファに座りテレビをつける、お昼前の有名な番組がやっていた。私は冷蔵庫の牛乳をコップにいれてちびちび飲みながら午前中を過ごした。お昼は塩やきそばを作って、またテレビを見ながらもちょもちょと食べた。食べ終えたところでテレビを消し、何もなかった半日に流されてだらけそうな自分を吹き飛ばそうと大きく背伸びをしたところだった。ソファの右手には庭へ出る大窓があり、ちょうど徐行していたトラックが通り過ぎるのが見えた。そのトラックは家の隣で止まった様だ。となりは確か、一戸建ての空き家だった気が。気になった私は靴を履いて玄関から外に出た。夏の鋭い日差しが肌に突き刺さる、あまりのまぶしさに思わず細めた目でお隣を確認する。やはり大型のトラックが停まっていた。道路まで出てよく見てみる。引越しか、トラックの奥に小さな乗用車が止まっていた。


「おや、もしかしてお隣の東雲さんですか?」


トラックの影から出てきた父親らしき人物に声をかけられる。


「はい、そうですが」


男性はニッコリと笑うと石堂と名乗った。やはり隣に越してきたらしい。


「ご両親はいるかな?あらかじめ挨拶はさせていただいたんだけど、電話口だったからね、できればちゃんとした挨拶がしたいんだけど……」


「ごめんなさい、今両親共に不在でして……私の方から伝えておきますので」


男性は特別な休暇をもらっていたのだろう。今日は平日、ハッとそれに気づいたようでとっさに謝った。


「しかし、お嬢さんはすごくしっかりしているね。うちのトモとは大違いだ。あぁ――お嬢さんと同じくらいの息子がいてね、トモっていうんだけど。ちょっと呼んできていいかな、あんまり出来のいい息子じゃないけど挨拶くらいはできるはずだから、よろしくやってほしいんだ」


「喜んで、私こそ大した挨拶はできませんが是非とも仲良くなりたいです」


「ありがとう。じゃ、ちょっと待っててね」


そう言うと男性はまたトラックの影に消えていき、しばらくして背の高い男の子がためらい気味に出てきた。後ろに向かって何か言っていたが、恐らく父親に押し出されて転びそうになりながら前のめりで私の前へと出てきた。髪は短く立ち上げている。スポーツ刈りというやつだろうか。その男の子がバランスを取り戻し顔を上げた。


ぞわっと、私の中で何かが音を立てた。鳥肌が立って胸がドキリとする。そんなまさか、まさかそんな……。

風貌は、あの頃とは全く違う。それなのにわかる。彼は、彼は――


「カ、ノ……?」


彼も同じだった、目を見開いてとにかく驚いている。今自分が見ているものが信じられないような、私もきっと同じような顔をしている。


「ミヤ君、なの……?」


その一言ずつのやり取りで、私たちは確信した。彼は彼で、彼も私が私だと。


「あの、な……カノ」


ミヤ君が驚きもそこそこに何か言いたげに語りだす。しかし私はそれを制した。


「今はもうカノじゃないよ。ミホって名前があるの」


「あ、あぁ……ミホか、いい名前だな」


「ありがと。それで?」


「あぁそれでなミホ――」


また語りだそうとする彼のお腹を私はつつく。


「ちょっと。まさか君ミヤ君のままじゃないでしょ?」


まぁ知ってるんだけど。ミヤ君(仮)は先ほどの父親のようにハッとして謝った。


「トモ。って言うんだ。よろしく」


「ん、よろしいっ。それで?」


「あぁ、聞いてくれカ――ミホ、俺……18歳になったんだ!あの時から、4年経ったんだよ……!」


うそ。

うそでしょ?


「ミホ、ちゃんと降りてくれたんだな!だから俺は、今ここに立っていられる……!」


歓喜溢れるトモ君を見て、またまた私は信じられなかった。トモ君と出会えたのも驚きだった。しかし、まさか、本当に成功するなんて。


「や……った。やったよ……トモ君……!!」


私はトモ君の両手を掴んで飛び跳ねた。微かな可能性だった、彼の死ぬ運命を変えてしまうなど、そりゃもちろんできるものならやりたかった、でも私には正直自信なんて少ししかなくて……そうだ、それでも信じてくれたんだよね、君は。

しばらくの間私たちは喜び合った。「なんだ~?もう打ち解けたのか」と途中彼の父親か顔を出したが怪しまれなかっただろうか、なにしろ喜び方がハンパじゃなかった。だってトモ君が死なずに済んだんだ、嬉しくないわけがない。5歳という幼さで一度命を落とし、8歳、11歳、14歳でも同じ目にあった。そんな理不尽な運命を、ついに脱することができたんだ。


「ミホ、ありがとな……」


「ううん、私も嬉しい、よかったよトモ君……」


その後トモ君を両親に許可をとって家に招待した。重要な雑談とお昼に余った塩焼きそばの処理を任せたかったのだ。温め直した焼きそばをうまいうまいと食べてくれたので嬉しかった。その向かいで私は牛乳をちびちびいただく。


「そうか~、ミホは後輩になるのか。変な感じだな何か」


食べ終えた食器を片付け、一息ついたところでトモ君が懐かしみを含めた調子で言った。


「確かに、変な感じかも、ふふっ」


私も懐かしい気持ちに浸る。ずっと彼は年下だったんだなと思い返す。


「傍から見たら知り合ったばかりの後輩が先輩に向かってタメ口きいてるんだなこれ、おもしれー」


「なによー、トモ君こそ結局ちっとも私に敬語使わなかったくせに」


「う゛……でもそれは、幼児は敬語使えないし……それに、シノん時は14だったぜ?」


「私は15でしたー」


「ひとつだけじゃんかーいいじゃん別に」


「そしたら今だって、私16歳だし?ふたつくらいいいじゃんかー、でしょ?」


いたずらな笑みを浮かべて言ってみせる。


「ていうか別に、そもそもダメとかいいとかの話じゃないし」


おかしなやりとりに笑うトモ君。私たちは今とても不思議な会話をしているんだなと思った。他の誰が聞いたって理解できない、特別な会話なんだ。

収まりどころを見せない私たちの会話を止めたのは夕日だった。夏の陽は長いのにこんなに傾くまで気づかずに話しているだなんて。時刻は18時を過ぎている。トモ君は引越しのおサボり決定だった。比べて私は作文のネタをたっぷりと手に入れた。トモ君には悪いがこのあとたっぷり宿題の消化をさせてもらおう。

玄関先でトモ君を見送った。「また明日な」「うん、また明日ね」と、今日話しきれなかったことを話そうと約束した。東雲家のドアが閉まりトモ君の姿か見えなくなる。でも大丈夫だ、また明日会える。心が暖かかった。私は両手を自分の胸に置きながら未だに高鳴る鼓動を手のひらで感じながら踵を返した。忘れないうちに作文を書くのだ。

自室に向かって一歩踏み出した時だった。私は胸においた両手を強く握り締めていた。


「かっ……は……」


激しく胸が痛んだ。

苦しくて私は跪いた。息もまともにできない、声も出ない。ついに私は床に倒れ、その衝撃のせいでかさらに激化した痛みにもがき続けた。




「――お嬢ちゃん、先におゆきなさい」


気づいたら私は白い世界に立っていた。空は白く、辺りの景色も白い。ただ足元は少しクリーム色をしていた。それは一定の幅と長さがあり、どこからかベルの音がが聞こえ、電車が目の前でゆっくりと止まったことでここがホームであることを理解した。たった一両しかないホームと同じ色の電車のドアが開く。気づけば周りにはちらほらと人がいた。しかしその人達はその電車を見つめたまま動こうとしなかった。乗らなくていいのだろうか、かくいう私も立ち尽くしたままだ。ドアはまだ開かれている、車内には誰もいない。このままでは電車は発車してしまう、それなのに誰も乗らないなんておかしすぎる。そんな中、隣に居た人が私に電車を譲るように手のひらをドアに差し向けた。席を譲るのならわかるが、電車を譲るのはいかがなものなのだろう……。




あぁ――


私は、戻ってきたんだ。


そういうことか。私は理解した。

カノは15歳で死んだ。そしてミホは16歳だった。


私は電車に向い歩き出した。不思議と私は冷静だった。

そりゃあもちろん悲しさもあるし、寂しさもある。けれど許せた。トモ君が助かったという事実が私を安心させてくれる。


「だから私もいつか、彼みたいに……」


そう願って、私は電車に乗った。

ゆきながれです。

夢電車いご乗車いただき、ありがとうございました。

この作品が、少しでも読者様の心に響いたのであれば幸いです。

どうか、見えないものにも希望をもって前向きでいられますように……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ