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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第一巻
9/61

一章 メイザース学園生徒会(8)

 結果的に貝崎は気絶しているものの、無傷だった。あの火球の群れは全てわざと外されており、彼が倒れている周りの床に黒い斑模様を描いただけで終わっていた。

 あれが神代紗耶の『魔術』。貝崎の力と比べたら格が、いや、次元から違うほど圧倒的な強さだった。

「もう、紗耶ちゃん! できるだけ穏便にって言ったじゃないの。あれでも一応この学園の生徒で、私たちは生徒会なんだからね」

 その炎の刀と魔術を使う神代紗耶は、現れた絶叫の主――月夜詩奈の説教をくらっていた。月夜は一人のようで、魁人が知るもう一人の生徒会メンバーである藤林葵の姿はない。

「えっと、その、今度は燃やしてないからいいかなぁ……なんて思ったり」

「いいわけないでしょう。階段のところにいた人たちはみんな病院送りじゃない。ちゃんと話し合いしたの? 挑発的な言葉とかかけてないわよね?」

「……うぅ……」

 貝崎と対峙していた時の凛とした姿はどこへやら、図星を突かれた紗耶は月夜から目を反らして口籠る。彼女なら生徒会長ですら踏みつけてしまいそうなイメージを魁人は勝手に抱いていたが、これは意外だった。

 月夜は風に揺れるウェーブの髪を手で押さえ、小さく息をつく。

「まあ、終わったことだからしょうがないわね。ところで銀くんは一緒じゃなかったの?」

「一緒じゃないですよ、あんなやつ。どうせどっかで遊んでるに決まってるわ」

「そう、また……。銀くんは紗耶ちゃんのこと一番知ってるから任せてるのに」

 月夜の言葉で嫌なことでも思い出したように紗耶は唇を尖らせる。そんな彼女たちの下へ歩み寄り、魁人は割り込みづらいと感じながらも意を決して声をかけた。

「あの、月夜先輩」

 すると、こちらを向いた月夜は曇っていた表情に安堵の微笑みを咲かせる。

「あ、やっぱり魁人くんだったのね。あのね、一年生が貝崎くんに捕まったって聞いたから、もしかしてって思って心配してたのよ。よかった、無事で」

「え? あ、はい、そこはまあ何とか」

 本当に心の底から安堵したような笑顔を見せる月夜に少々どぎまぎしつつ、魁人は倒れている貝崎と、彼を倒した紗耶を交互に見てから訊ねる。

「それより、これって一体どういうことなんですか?」

 貝崎とかいう不良が使った力のこと、その貝崎を打ち倒した紗耶が言った『生徒会の仕事』とやら、冷静になって考えれば考えるほど混乱してくる。小学生に大学の問題を解けと言っているようなものだ。

 月夜は向こうで失神している貝崎を見やる。

「これが、この学園の秘密よ」

「秘密?」

「うん。このメイザース学園はね――」

「ちょっと待って」

 紗耶が説明を始めようとした月夜を遮り、魁人の顔を警戒するようにキッと睨んできたかと思うと、右手に持っている日本刀――炎は消えている――を突きつけてくる。

「あんたは何なのよ? これは一般生徒が踏み込んでいいことじゃないんだけど? ただの被害者なら何も聞かずにさっさと帰ってくれない?」

「い、いや、俺は、その……」

 殺されることはないだろうが、眼前に突きつけられた日本刀には死の恐怖を覚えてしまう。加えて紗耶の殺気のような気迫がピリピリと全身に突き刺さり、うまく声を言葉にできない。

「いいのよ、紗耶ちゃん。ほら、生徒会室で言ったでしょ? 魔眼持ちの一年生。彼がそうなのよ。だからそれ危ないから下ろして下ろして」

 言葉を紡げないでいる魁人に代わって、月夜が説明してくれた。

「魔眼持ち? こいつが?」

 言われた通り紗耶は刀を下ろしたが、怪訝の混じる威圧的な視線を向けてくることは変わらない。紗耶は観察するように魁人の普段と同じ色に戻った眼を見詰め、そして思考するように顎に左手を持っていく。

「じゃあもしかして、あの時のアレは不発だったんじゃなくてこいつの力……」

 彼女のその呟きは、聞き取れないほど小さかった。

「え? 何か言った、紗耶ちゃん?」

「ううん、何でもないです」

 紗耶は首を振ると、変らぬ視線で魁人をまっすぐ見て、訊いてくる。

「で? あんたは何が見えんのよ?」

「ああ、えーと、うまく説明できないけど――――」


 魁人は自分の眼に映る透明な輝き――普段見慣れている光球型、今日初めて見た炎型や血管のような回路状のもの、チョークやナイフ、風にすら纏っていたオーラ的なもの、この学園の『見える人』の多さ、生まれつき見えること、それら全てを包み隠さず話した。

 ここまで自分の眼について吐露したことはなかった。親以外に打ち明ける相手がいなかったし、言ってしまえば冗談と思われるか、最悪気持ち悪がられて避けられてしまうと昔から親に言われてわかっていたからだ。

 何か、話したらちょっとスッキリした。


「人、もしくは物の中に宿る不思議な光。私たち魔術師はそれが特別強い、かぁ。それって、自分にも見えたり、常に見えちゃったりしてるの?」

「いえ、自分に見えたことはありませんし、見ようと思わないかぎりは他の人にも見えません。あ、でも炎とかは突然見えたりするけど……」

 言うと、月夜はしばらく何かを考え込むように、う~ん、と唸り、そして考えを述べる。

「やっぱり、『魔力』じゃないかな? 私たちが魔術を使う時は、基本的に魔力を高めてそれを術式に流し込むの。その高まった状態の魔力に魁人くんの眼が自然と反応してるんだと思う。魁人くん自身の魔力は映らないみたいだけど、高められ、消費される魔力は炎に見え、そしてそこから供給される魔力が魔術回路や媒体、術自体にも見えるんだよ、きっと」

「魔力……やっぱり」

 想像してなかったわけではないが、それだとどうも釈然としないのはなぜだろう? 違う答えを望んでいたわけではない。寧ろ納得したのだが、何か胸のもやもや感が消えない。

 見えているのは魔力でいいのかもしれない。でも、まだ何かが隠れている気がする。

 ――まさか俺の『魔術』ってやつを打ち消したのか? ―― 

 貝崎の言ったことが引っかかる。あれは不発じゃなかったのだろうか。

 その時、紗耶が持っている日本刀に蒼い炎が纏った。その瞬間、いや直前にはもう、魁人の瞳は澄んだ青色に染まっていた。

「な、何だ、いきなり!?」

 貝崎が復活したのか、と思ったがそうではなかった。紗耶は燃える刀を携えたまま魁人との距離を縮め、生徒会室で月夜がやったように顔を近づけてくる。まるでキスでもするかのように背伸びしているが、彼女の仏頂面や日本刀がそんな雰囲気を完全にぶち壊していた。

「本当だ。遠くからじゃわかりにくいけど、確かに青くなってるわ。……ちょっとキレイかも」

 一瞬、本当に一瞬だが、自分を見る彼女の表情が緩んだ……ように見えた。

 顔を赤くした魁人は弾かれたように後ろに飛ぶ。

「は、離れろよ。あんま見んじゃねえ」

「何よ、別にいいじゃない。見てて減るもんなんて、せいぜい魔眼に使われる魔力くらいでしょ。それとも何? あたしの顔が近いから照れてんの?」

「そ、そんなわけないだろ!」

 確かにそれもあるが、何より刀の炎が近くにあるだけで焼けそうなほど熱いのだ。よくそんなものを持っていられるなと思うが、そこは魔術師だからと適当に自分を納得させる。

 遠回しに『魅力がない』と言われた紗耶はムッとするも、とりあえず刀の炎を消した。同時に彼女の魔力も消え、スゥっと魁人の眼からも色が落ちる。

「フン、あんたみたいな素人が魔眼なんて宝の持ち腐れね。見えるだけで役に立たってないんじゃないの? 馬っ鹿みたい」

「何だと! 確かに何の役にも立たないけど、もし俺に喧嘩売ってるなら買ってもいいぜ。ただし魔術と武器は禁止な」

「あんたに合わせる必要がどこにあるのよ?」

 睨み合う二人。互いの視線がぶつかる地点で火花が散るのを幻視できそうな、そんな微妙で危うい空気を和ませるように、月夜が明るく笑った。

「あ、あははー。そ、そういえば紗耶ちゃんと魁人くんって同じクラスだと思うんだけど、もう教室とかでお話したことあるの?」

「「あると思いますか?」」

 しかし同時に振り向いて同じ言葉をハモらせてくる二人に、月夜の笑顔は苦笑に変わった。

「月夜先輩、俺の眼のことは、まあ一応何となくわかりました。それで――」

 これ以上睨み合いを続けても仕様がない。本当に魔術で焼かれるのも嫌なので、魁人は話を再開することに決めた。

「学園の秘密というのは?」

 月夜は苦笑から少々真剣な表情に切り替えて語り始める。

「えーと、何から話そっか……うん、まず魔力ってのはね、才能と同じで先天的なものなの」

 何か学園とは関係ないような気もするが、魁人は黙って聞くことにした。紗耶も今度は口を挟んでこない。

「だからね、たとえ魔術の才能や知識があっても、自分の中に魔力がなければどんなに訓練しても魔術なんて使えない。つまり、生まれ持った才能と魔力、それに知識と経験も加えて初めて魔術師って呼べるの」

「えーと、まさか本当にこの学園は魔法学校とかそういうのでしたってことですか?」

「そんなわけないでしょ」

 どこか馬鹿にした感じの口調で言ってくる紗耶に少しムカっとくるが、ひとまず無視する。

月夜が続ける。

「あははー、確かに外国に行けば魔術学校っていうのはあるし、実は私もそこの出だったりするんだけど、まあそれは置いといて。このメイザース学園はね、世界の魔力が循環している場所の上に建っているの」

「は? 世界の、魔力?」

「そう。私たちはそれを、地球の生命力を『地脈』と言うのに対して『魔脈』って呼んでるの。普通の場所だと内外に影響がでないように膜みたいなもので護られてるんだけど、ここは特別その膜が薄いみたいなの。だからこの魔脈が原因で、さっき言った先天的に魔力を持ってる人や、魔術とかに興味を持っているような人々を自然と引き寄せてしまうわけ。魁人くんは、何でこの学園に来たのかちゃんと言える?」

「……」

 ――言えない。今朝も梶川に言われて少し考えたが、そこで思いついた理由は自分を納得させるために後から決めたものだ。一人暮らししたければ他でもできる。ここより自由な学校だっていくらでもある。それなのに自分はメイザース学園を選んだ。その決定的な動機が全く思い出せない。言えるとすれば『何となく』の一言だけだ。

「でもそれだけだと、こんなに魔力を持っている人たちが集まったりはしない。魔脈の影響は私たち魔術師にとっては別に問題ないんだけど、問題があるのは、魔力を持ってない人に魔力を与えてしまうことなの。個人差はあるけど、だいたい一年もすればほとんどの人に微弱ながらも魔力が宿る。魁人くんが見たのは、上級生とか中等部からの生徒たちばっかりのはずよ」

 魁人は思い出す。登校時はどうか知らないが、この魔眼で自分の教室を見た時、そこにいる神代紗耶の他に魔力の光を持っていた者は少なかった。

「えーと、実際にそうだとして、それに何の問題があるんですか?」

「あの不良の力は見たんでしょ? あれが問題点よ。自分で気づきなさい」

 答えたのは紗耶だが、説明が足りないどころか説明にすらなっていないため、月夜が改めて言い直す。

「えっとね、魔力は持ってるだけでいろんな能力がついたりするの。中には魔術っぽいものから、超能力みたいな力を身につける人もいる。もちろん能力は魔力の強弱に比例して、大半の人はちょっと運が強くなったり、走るのが速くなったり、物覚えがよくなったりと微妙な力ばっかりだから、気づかず卒業しちゃってそのまま魔力を失う。まあ、そういう人は別にいいんだけど、貝崎くんみたいに強い能力が発現して、それに気づいちゃった人たちが問題なのよね。ただの一般人だった人間が、突然そんな力を得たらどうなるか、大体想像つくかな?」

 魁人は無言で頷く。何でもなかった人たちがいきなり特殊能力を身につければ、『自分は特別な人間なんだ』と思って優越感に浸るだろう。そして力に溺れて何をしでかすかわかったものじゃない。少なくとも、貝崎のように私利私欲に力を使うことは間違いないだろう。自分だって、そうならないとはかぎらない。

 無言のままそんな風になった自分を考えていると、月夜が首を傾げてくる。

「信じられないかな?」

「いえ。……確かに信じ難い話ですけど、実際に見てしまったわけですから」

 それだと、貝崎の態度や魔術に関して無知だったことも頷ける。

「うんうん、すぐに信じてもらえてよかった」月夜は嬉しそうに笑う。「でね、わかった通り、そういった力を持つと、魔力に魅了されて悪いことを始める人が出てくるの。そんな彼らの暴走を止め、学園の秩序を魔術的に守るのが、私たち生徒会魔術師の役目ってわけ」

「生徒会の、魔術師? 何でまたそんな――」


 ぐおあああぁぁあぁぁぁあああああぁぁぁぁああぁぁあぁぁあああぁぁぁっっっ!!


 その時、空気を激しく振動させるような雄叫びが上がった。

 魁人の魔眼が青く反応する。紗耶は無言で刀を構えた。

「なっ、あいつ……」

 声がした方を向くと、今まで気絶していたはずの貝崎が立ち上がり、狼のごとく天に向かって吠えているところだった。

「あいつ、様子がおかしくないか?」

 貝崎に理性を感じない。白目を向き、上半身は前のめりになり、まるで怨霊のように薄ら寒い嫌な気配を撒き散らしている。

「魔力が暴走してるのよ。突然力を得た素人はあたしらみたいに魔力をちゃんと制御できないから」

「マジかよ……」

 やはり魔力は、魁人のような生まれつきの例外を除けば、素人にとって相当な危険物のようだ。魁人の魔眼に映る彼の魔力の炎は、宿主を蝕む嵐ように激しく荒れている。

「月夜先輩、あんな状態でも平和的に話し合うんですか?」

 紗耶は振り返らないまま皮肉げにそう訊く。彼女の表情は余裕そのもので、焦りや恐れなどなく、どこか好戦的な笑みさえ浮かんでいた。そんな彼女に、月夜はやれやれと肩を竦める。

「ああなっちゃうとしょうがないわ。でも殺しちゃダメよ。これは人命救助なんだから」

「わかってます!」

 紗耶が承知した瞬間、暴走する貝崎は咆哮を上げて襲いかかってきた。紗耶は刀に魔力を送り、刀身に蒼い炎を灯して魔性と化しつつある貝崎を迎え撃つ。

 魔力のせいか、人を軽く逸脱した獣のような動きで距離を縮めてくる貝崎。対する紗耶は炎の魔法陣を、自身を中心に描いていく。

 そしてその陣が完成しようとした刹那――

 ――紗耶の隣を、何か小さな白い物体がもの凄いスピードで通り過ぎた。

 え? と思うのも束の間、白い何かは猪突してくる貝崎の額に吸い寄せられるように貼りついた。それは、紙だった。神社にでもあるような、一筆書きした感じの達筆な文字が書かれている長方形の御札である。

「――発ッ!」

 短い声が響く。それは紗耶でも月夜でも、もちろん魁人の声でもない。

 後方から聞こえたその声に反応したのか、貝崎に貼りついた御札が爆散した。ただ紙が破れ千切れたわけではない。本当に火薬を爆破した時みたいに、熱と煙と衝撃を生み出している。

 爆発をもろに受けた貝崎は体中から煙を吹いて崩れ落ち、そのまま動かなくなる。たぶん生きているだろうが、魁人はそれを確認することなく、体ごと後ろを振り向いた。

 階段室のドアの前に、二人の人物が立っている。一人は血圧検査の時に会った長いポニーテールにほっそりとした体つきの少女――藤林葵で、もう一人は派手な銀髪をした背の高い男子生徒だった。彼は美形で爽やかな容貌を台無しにするニヤニヤとした笑みを浮かべ、忍術でも使う時のように胸の前で奇妙な印を結んでいる。

 魔眼を持つ魁人は一目でわかった。貝崎を倒したのは、内に炎を宿している彼だ。

「銀英!」紗耶が叫ぶ。「あんた、あれはあたしの獲物――じゃなくて、仕事サボって今まで一体どこで何してどうやって遊んでたのよ!」

「いやぁ、ほら、ヒーローはヒロインのピンチに華麗に参上するものじゃない?」

 紗耶の怒号をそよ風のごとく受け流し、銀英と呼ばれた男子生徒は葵と共にこちらへ歩み寄りながら、飄々した口調でそう言った。

(……こいつも生徒会、そして魔術師か)

 紗耶や月夜の反応を見るに、恐らくそうなのだろう。

「銀くん、私と紗耶ちゃんのどっちが銀くんのヒロインなのかな?」

「もちろん両方♪」

「うっさい黙れ! こっちは主にあんたとこの魔眼持ちのせいでちょっとイライラしてんのよ。だから今すぐ刀のサビにして燃やしてやるわ!」

 勢いに身を任せ、紗耶は炎の消えた刀をブンブン振り回して銀英に襲いかかるが、彼はその達人級の剣捌きをヒョイヒョイと難なくかわしていく。

「何であいつの苛立ちに俺も入ってるんだよ。ていうか、アレ止めなくていいのか?」

 月夜と葵を見るも、二人とも彼女たちを止めるような素振りは見せない。それどころか完全に無視し、葵が月夜に抑揚の薄い口調で告げる。

「詩奈、風紀委員呼んできた。いつもの指示でよかった?」

「うん。オーケーよ、葵ちゃん」

 月夜が頷いた時、階段室から三、四人の男女が現れた。彼らはこちらに向かって会釈すると、倒れている貝崎に駆け寄り、手慣れた手つきで彼を担架に乗せる。そしてキョトンとする魁人の視界を横切り、彼らは担架に乗せた貝崎をどこかへと運んでいってしまった。

「あの、あいつらは?」

「風紀委員だよ。簡単に言えば私たちの部下ね。と言ってもみんな魔術師じゃなくって、貝崎くんみたいにこの学園で魔力が開花した人たちから構成されてるの」

「え? でも今日のHRで風紀委員も決めてたような……」

「うん。だから、裏風紀委員とでも言うべきかな。貝崎くんみたいな自分の魔力に酔った人の末路は、彼らのように風紀委員となって生徒会のサポートに回るか、『忘却部屋』っていう魔術的処置の施された部屋で魔力を封印し、それに関わる記憶を改変するかの二択なの」

 ということは、あの貝崎も風紀委員に……なりそうにない。何となく、そう思う。

「あいつは忘却部屋行き」

 葵が無表情のまま結論を口にした。と、今気づいたが、彼女は両手で何かを抱きしめている。

 それは背中を青い毛、腹を白い毛で覆われた、円らな赤い瞳をした子犬の……ぬいぐるみ?

「わう!」

 ――本物だ。

 何の種だろう。そもそもこんな青い毛の犬なんているのだろうか。突然変異とか?

「何ですか、その犬?」

 とりあえず気になったので訊いてみる。すると、葵の無表情だった顔が僅かにムッとした。

「リクは犬じゃない。氷狼の魔獣。友達」

「へ? 魔獣?」

 と、リクという名前らしい子犬は彼女の腕から抜け出し、犬なのに猫のように着地すると、愛らしい動きでポカンとする魁人の方に近づいてくる。

 次の瞬間、リクと葵の中に魔力の炎が生まれたのを見ると、子犬だったリクの体が一瞬で巨大化した。

「うわっ!?」

 巨大化した体長は熊ほどの大きさを持ち、ライオンのような猛々しい白い鬣が生え、円らだった両眼は獲物を狙うハンターのように鋭く赤い輝きを放っている。

 そんな元の子犬とは似ても似つかない怪物に、魁人は呆気なく押し倒された。

(――喰われる!?)

 本気でそう思った。全身から嫌な汗が噴き出す。死の恐怖が満ちてくる。自分の体など骨ごと砕いてしまいそうな大口が顔に近づいてくる。鋭利な牙の並んだ大口からは青紫色の舌が覗き、凍りつきそうなほど冷たい吐息が魁人の顔面を撫でる。そして――

 ペロッ。

 冷たく湿った、しかし『生』を感じるものが頬に触れた。見ると、怪物はその舌で魁人の頬を嘗めているではないか。尻尾なんかそれはもう嬉しそうにブンブン振っている。

「ははは、リクに好かれたみたいだね。それともそれは、新しく加わるメンバーに上下関係を示しているのかもね」

 魁人が視線を怪物から反らすと、そこには愉快そうに笑う銀髪男の顔が。その向こうで微妙に息を切らした紗耶が『次こそ燃やしてやる!』とか言っている。

(新しい、メンバー? ……誰が?)

 何となく嫌な予感がするその疑問を口にする前に、月夜が明るい声で言った。

「うん。とりあえずみんな揃ったから改めて自己紹介しよっか。――私は生徒会長の月夜詩奈。ルーンの魔術師です。これからもよろしくね、魁人くん♪」

「僕は副会長にして符術師の御門銀英。まあよろしくってことさ。あ、呼ぶ時は『銀先輩』で」

「藤林葵。会計。魔獣使い。……呼ぶ時は『葵』。この子はリク」

 三人がそれぞれ勝手に紹介する中、紗耶だけが腕を組んでムスッとしている。

「ほら、紗耶ちゃんも」

 そんな紗耶を月夜が促し、彼女は嫌々といった様子で口を開く。

「……生徒会書記、神代紗耶よ」

 彼女が一番素っ気なかったが、とりあえずそれで自己紹介は終了したようだ。

「私たち生徒会魔術師は、魔力の開花してしまった生徒たちを管理するために学園から雇われているようなものなの。だからね、魁人くん、ものは相談なんだけど――」

 月夜が未だリクに嘗められ続けている魁人に向かって言葉を紡ぐ。

「生徒会に、入ってくれないないかな?」

 予想はしていた問い。魁人は既に唾液でベトベトになった顔に何かを悟ったような表情を作り、考えるまでもなく答える。

「いや……無理っす……」


 こんな生徒会になど入ったら、命がいくつあっても足りない。


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