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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第二巻
56/61

間章(1)

 暗く冷たい静謐なる場所に少女はいた。

 完全な暗闇ではなく、少女の入っている・・・・・・・・巨大な水槽を照らすブラックライトの青い光だけが室内を照らしている。様々な機材に繋がれた太いコードが地面を這うように伸びており、窓が見当たらないことから地下の可能性が高いと思われる。

 少女は知っていた。

 生まれた時から知っていた。


 ここだけが、自分が生きることのできる世界フラスコだということを。


 望んでもいないのにあらゆる知識が秒単位で流れ込んでくる。それらの知識は決して忘れることなく脳に蓄積され、いつでも即座に引き出せるデータベースを構築していく。

 そこには当然、外の世界の情報も多く含まれていた。

 知識はあっても経験はない。

 実際にこの目で外の世界を見る日は来るのだろうか。――いや、来てほしい。

 それがフラスコ内でしか生きられない少女が抱く、ただ一つの憧憬だった。

 と、水槽の外から誰かの話声が聞こえた。

「『生命のエリクシル』はまだできないのか?」

「そう簡単にできるようなら錬金術の歴史はもっとすげーことになってるよ」

 少女は薄らと目を開ける。水槽の前に二人の男性が立っていた。

 一人はスーツ姿をした恰幅のいい老年の男。

 もう一人は無精髭を生やした黒いコートを纏う中年男。

「口には気をつけろ」老年の男が言う。「誰が貴様の研究に出資してやっているのか、よく思い出してみることだ」

「死を過剰に恐れたために不老不死なんて夢物語の研究に手を出した神を冒涜する愚か者」

「聞こえなかったか? 口には気をつけろと言ったはずだが?」

「俺は誰かに媚びることが大嫌いでね。まあ、お気になさんな」

「貴様……」

 老年の男が苛立ちの籠った呻きを発した次の瞬間、狭い室内に一つの銃声が反響した。脳天を撃ち抜かれた中年男の鮮血が水槽のガラスにベチャリと張りつく。

「不老不死は夢物語、か。まさかそれを実際に研究している貴様の口から聞くとは思わなかった」

 老年の男は中年男を撃った拳銃をスーツの懐に仕舞い、皮肉げに苦笑する。

「まったく、貴様にだけは神を冒涜などと言われたくはないぞ」

 拳銃と入れ替えに取り出した葉巻に火をつけ、老年の男は眼前に立ったまま・・・・・の中年男に言い放つ。


「貴様という存在が、不死者の証明だ」


 中年男の脳天に穿たれたはずの風穴が、動画を逆再生するように塞がっていく。だが水槽や床に飛び散った男の血はそのまま残り、先程の『撃たれた』という事実が夢でも幻でもないことを物語る。

「やめてくれよ。不死でも痛ぇもんは痛ぇんだぜ?」

「だったら今後は敬語を使うようにしろ」

「ははっ、それなら撃たれた方がマシだ。自分より百歳も年下の小僧に敬語なんて使えるか。反吐が出る」

「……もういい。口を閉じろ」

 諦めたように老年の男は呟き、踵を返した。

「とにかく、儂が死ぬまでになんとしても『生命のエリクシル』を完成させろ。いいな」

 そう言い残して老年の男は部屋を後にする。中年男は彼が視界から消えるまで見送ってから面倒そうに後頭部を掻いた。

「わかってないねぇ。そいつが一つできるのにどのくらいの年月がかかるのか。俺は先代の先代から受け継いだ研究からようやく一つ完成させたんだぜ。即刻自分で試したけどな」

 中年男は溜息をつくと、少女の入った水槽を愛おしそうに見詰める。

「まあ、魔術師でも錬金術師でもない奴にわかってたまるかって話だよな」

 水槽の中の少女に話しかける中年男はニタリと粘っこく笑う。

「しかし、あんまのんびりしてると本当にあのジジイがくたばっちまう。いやそれはそれで別にいいんだがよ、出資者がいなくなるのはちと面倒なんだわ。そんなわけで、お前『たち』には期待してるぜ?」

 中年男は少女と、隣の水槽に入っている少女と同じ赤毛をした少年を交互に見てそう言った。


 だが――

 そんな中年男の期待など関係なく少女は憧れる。

 外の世界を自由に見て回れる、その日を。


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