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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第二巻
54/61

一章 赤い少女と風切りの王(6)

 場所を屋上に移した。

 銀英が結界を張って外界から隔離させているのを横目に、紗耶はゆっくり長く呼吸して苛立つ心を鎮めていた。

 神代家と辻家の溝は決闘するほど深い――というわけではない。

 意見の擦れ違いで言い争いをする、それ以上でもそれ以下でもない関係だ。

 だがそれは家全体を見た平均の程度であり、紗耶にとって辻家には思い返すだけで心の煮え滾る記憶がある。とはいえそれは辻一葉個人に対する怒りや憎しみではないが、少し暴れなければこの感情を押し込めることはできそうになかった。

「御門君、もう始めても構わないか?」

「ああ、いつでもいいよ」

 結界の護符を貼り終えた銀英に確認を取った一葉は、月夜に戦闘開始の合図をするように目配せする。

「二人とも、本当に戦うの?」

 心配げに訊ねる月夜。彼女の背中に隠れるようにして、フィアも不安そうに眉を顰めていた。

「ははは、月夜は心配性だな。これは試合だよ。殺し合いのガチバトルじゃないから安心するといい」

 気楽そうに一葉は笑う。さっきから紗耶がどれだけ睥睨してもどこ吹く風である。

(気に入らない。その余裕、すぐに燃やし尽くしてやるわ)

 闘志のギアを跳ね上げ、紗耶は右手を左掌へ持っていく。左掌の前に小さな方陣が展開し、その中心から日本刀の柄が伸びる。

 握り、引き抜く。

 神代家の神宝――蒼炎龍牙。

「は!? ちょっと待て武器使うのかよ!? 殺し合いじゃないんだろ!?」

「……魁人、魔術師の決闘はそれが普通」

 屋上の扉の前で怒鳴る魁人が葵に諌められている。平和ボケした一般人だった彼は〝人を殺傷できる力による試合〟というものが理解できないのだろう。

 けれど葵の言ったように、それが魔術師だ。

 試合用の安全な攻撃魔術なんてあるわけがない。退魔師には特に。

「殺さないよう加減するのって苦手だから、そっちが死なないように努力しなさい」

「それはお互い様だ。本気でやばいと思ったら潔く降参すること。これルールに追加ね」

 紗耶は得物を構えたが、一葉は両手を腰にあてたまま体勢を変化させない。まだ試合が始まってないからだろうか。それとも――

(あたしごときに構えを取る必要なんてないってこと?)

 だとすれば舐められ過ぎである。

(辻家は神代家と相性が悪いってのに)

 それならそれで余裕ぶっこいている間に叩き潰す、紗耶はそう決めて刀を握る手に力を込めた。

「じゃあ、あまりやり過ぎないように――」

 月夜が右手を天に翳し、

「――始め!」

 勢いよく振り下ろした。

 その瞬間、紗耶は床を蹴っていた。全身のバネを遺憾なく使った跳躍は、一鼓動のうちに一葉との距離を縮めた。

 大気中の火気を刃に収束。蒼い炎として具象させ、纏わせ、袈裟斬に一閃。

 人間どころか魔獣をも一刀両断する一撃は、しかし一葉に触れる寸前で止まった。

 紗耶が寸止めしたのではない。

 ガキィン! という金属音が響く。

 いきなりそこに見えない壁ができたかのように、受け止められたのだ。

「チッ」

 舌打ちし、別の角度から首を狙って斬撃を放つ。

 だが、やはり届かない。首の皮まであと数ミリという単位で刃が止まる。鉄塊をぶっ叩いたような痺れが武器を握る手を苛む。

 辻一葉が動く。唇を斜に構えた余裕の表情で、右の手刀を紗耶の首筋へ叩き込む。

「!?」

 ヒュン、と空気の引き裂かれる音が空振りを告げた。

 直感的に身を引いて避けなければ気絶では済まなかっただろう。

 迂闊に近づけない。

「なにをしたのか、説明くらいあるんでしょうね?」

「ははっ、手の内を自分から話す奴はマヌケだよ」

 警戒しながらの質問に、一葉はやれやれというように肩を竦めた。

「……と普通なら言ってるとこだが、敵じゃないことを証明することが私の目的だ。どうしても知りたいなら教えても構わない」

「五行思想――『金行』でしょ?」

「ん? なんだ、わかってるのに訊いたのか?」

 五行思想は古代中国の自然哲学的思想のことだ。木・火・土・金・水の五種類の元素で世界が構成され、森羅万象もその影響下にあるとされる。

『火行』を専門にする神代家に対し、辻家は『金行』――つまり金属系の元素を扱う。それは退魔師の間では常識の範囲だが――

「わかってないわよ。どうやったらそれを空気の壁みたいに使えるのかってとこは」

「空気の壁を作ってるわけじゃない。金属として具象させる前の純粋な金気(ごんき)を纏ってるだけさ。汎用性はあまりないけど、纏えば下手な鎧より強いし、ある程度金属の特性も付与できる。水を弾く、とか」

「熱まで防げるとは思えないけど?」

「ああ、だからけっこう熱かった。熱伝導率は低く設定したつもりだったが、火傷するかと思ったよ」

 神代の蒼炎を間近にして『けっこう熱かった』『火傷するかと思った』で済ます一葉に、紗耶の怒りのボルテージが上昇する。

 だが、相手は結局『金行』を使っている。そうとわかれば簡単に対処できる。

「火線術式――」

 蒼炎龍牙の刀身に刻まれた梵字が金色に輝く。刀を振るうとペンを走らせるように蒼炎の軌跡が宙空に残留し、紗耶の前方に複雑な円環を描いた。

「――〈天破流炎〉!!」

 術式名を発動の言霊とし、魔法陣の端々から五つの火炎流が射出された。地を這う蛇のようにうねりながら一葉へと殺到する炎は纏っている金気ごと焼き尽くすだろう。

「火剋金。『火は金属を熔かす』ってね。相性はあんたの方が悪いのよ」

 西洋の四大元素とは違い、五行には元素同士の相性がある。金は木に強く、木は土に強く、土は水に強く、水は火に強く、そして火は金に強い。

「必ずしもそうとは限らないよ」

 迫る蒼い火炎放射を前に、一葉は一歩も動かなかった。避けようとするどころか右手を真横に翳し、そこに鈍色に輝く魔法陣を展開させる。


 その魔法陣から、ビルの三階に届きそうなほど長大な両刃剣が出現した。


「なっ!?」

 神話に出てくる巨人が持つような武器を一葉は片手で軽々と横薙ぎする。たったそれだけで五つの火炎流が消し飛んだ。

「金侮火。『強過ぎる金は火の克制を受けず、逆に金が火を侮る』だったな。要は火が弱点でもそれを上回る量の金なら相性を覆せるということだ」

 巨大剣を掲げる一葉が涼しい顔で五行の特徴を教授した。だが相剋と反剋の理論なら紗耶だって熟知しているし、相性がいいと慢心して手加減などしていない。

 なのに負けた。蒼炎龍牙という『火行』を繰る至高の宝具を使っているにも関わらず。

(まさか、あいつも……)

「次はこっちから行くぞ」

 一葉は金気で生成した巨大剣を投擲。建物ごと押し潰さんと迫る圧倒的な質量を、紗耶はサイドステップでかわした。

 轟音が響き、建物全体が大きく揺れる。巨大剣は屋上の床に減り込むようにして静止していた。向こうで月夜が「やりすぎぃ!?」と慌てているが構ってなどいられない。

 巨大剣が鈍色の光となって霧散する。

(上!)

 高く跳躍していた一葉が太陽を背に落下していた。その手には新たに金気で作ったと思われる槍が握られており、重力加速を乗せた刺突が繰り出される。

 避けられない。

 刀を立てて槍の切っ先を受け止める。

 炸裂する衝撃が紗耶を後方へ吹っ飛ばした。

「あぐっ……」

 床を転がり、呻く。

 追撃をしかけようとする一葉に気づいて即座に体勢を立て直す。刃に火気をさらに()べ、巨大な刀身として具象し、薙ぎ払う。

「おっと」

 蒼の一閃を一葉は咄嗟に跳び退って回避した。だが――

「燃えろぉおっ!!」

 残留する炎を爆発させて一葉を狙う。避ける暇も与えない追い打ちに、一葉は成すすべなく蒼き炎に呑み込まれた。

「これで――ッ!?」

 勝ったと思った刹那、炎の中から勢いよく人影が飛び出した。当然、辻一葉だ。

「あっつ!? あーあー、纏ってた金気全滅かよ。やっぱ火は恐いな」

 制服のあちこちが焼け焦げた一葉にダメージは見られるも、勝負が決するほどの深手は追っていない様子だった。

「お返しだ」

 そう言って一葉は一本のナイフを投げた。打ち払おうと刀を構える紗耶だったが、ナイフは眼前の床にさっくりと突き刺さった。

 瞬間、ナイフを中心に鈍色の魔法陣が描かれる。

「しまっ……」

 言葉は最後まで出ず、魔法陣から竹のように伸びた無数の刃が紗耶の体を切り刻んだ。

 鮮血が飛び散り、紗耶は膝から崩れ落ちる。急所は外していたようだが、これが殺し合いなら今ので終わっていた。

「ま……だよ……」

 刀を杖にして立ち上がる。目が霞んできたが、まだ戦える。このまま敗北することはプライドが許さない。

「言っとくけど、次は急所を外しても死ぬかもしれないぞ?」

「上等よ。次は……喰らわないから……」

「そんな体でよく言うよ」

 辻一葉が再びナイフを構えた。その時――


「もうやめろ!」


 誰かが二人の間に割って入った。

 羽柴魁人だった。

「紗耶が辻家になんの恨みがあるのか知らないけど、もういいだろ? それにやっぱり、和解するために戦うって俺はおかしいと思う」

 これは『試合』だと何度も言っているのに、彼は度の超えた喧嘩を止めに入ったようにそう言う。実際、傍から見ればそうだろう。

「どきなさい。まだ決着はついてないの」

「どう考えても紗耶、お前の負けだ。頭に血が上って最初から辻先輩のペースに呑まれてたじゃないか。魔術に関して素人の俺でもわかるくらいだ」

「うっ……」

 そう言われたら反論できない。油断していたつもりはないけれど、相手は辻家の下っ端程度だと思っていた。でも大誤算だった。辻一葉の実力は辻家宗主にも匹敵する。頭が冷えていればわかることだったのに、気づかなかった自分が情けない。

「辻先輩も退いてください。これ以上は無意味でしょう?」

「ははっ、とんだ平和主義野郎だな、君は。魔術師の世界には向かないよ」

 おかしそうに笑って辻一葉は握っていた槍を消した。そこには既に戦意はない。

「でもこれで神代紗耶君が冷静になってくれれば助かるよ。私は純粋に君たちの力を借りたいんだ。私一人だけじゃ、フィアを守れそうにないから」

 どこか悟ったような目をし、一葉は踵を返した。そして「月夜、替えの制服って持ってる?」と暢気な声で言いながら月夜とフィアの下へと歩み寄っていく。

 紗耶の視界に映るその姿が次第にぼやけていき――

「紗耶も早く手当しないと――紗耶っ!?」

 魁人が振り返った時には、紗耶は完全に床に突っ伏していた。


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