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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第二巻
52/61

一章 赤い少女と風切りの王(4)

 散財の予定を組み込まれてしまった翌日の朝、メイザース学園の生徒たちが何気なく賑わう通学路を魁人は普段通りに歩いて登校していた。

「――だからさぁ、とっとと吐いちまった方が楽だと思うわけよ。魁人てめえ、昨日、我らが神代紗耶様とデートってたんだよなぁ? ああ?」

 魁人の隣には長身痩躯の少年が並び歩いていた。着崩したブレザーにピアス、髪は茶髪。自ら「不良です」と語っているような格好をした彼は――梶川邦明かじかわくにあき。真に残念ながらこのチャラ男くんは魁人の中学時代からの友だったりする。

「デートじゃないって何回言わす気だよ! たまたま偶然バッタリ出会っただけだって!」

 梶川はどういうわけか昨日魁人が紗耶と共にいたことを知っていた。どこかで見ていたのか、それとも学園の誰かに見られて情報が蔓延はびこったのか。

 きっと後者だ。梶川自身が見ていたのならその場で声をかけてくるはずである。

「ほう、最近の若ぇ男女は偶然出会っただけで仲良くファミレスでお食事するってか?」

「ぶっ!? な、なんでそんなことまで知ってんだよ!? 誰だよリークした奴!?」

「オレが同士を売ると思うか?」

 魁人が貝崎に絡まれた時は脇目も振らず見捨てた男がなにをほざく。

「いいか、魁人。お前は俺の親友だから警告しておく。昨日みてえなことを続けてたら――いや、もう既にお前は我らが『美少女たちを遠くから暖かく見守り隊』を敵に回している。背後と夜闇には常に気を配っておくんだな」

「なんだよその怪しい組織!?」

「オレが作った」

「トップお前か!」

「いや、『美少女たちを遠くから暖かく見守り隊』に頭はいらねえ。隊員全員が同じ高さだからこそ、抜け駆けができない抑止力になる」

 それは組織じゃなく個人個人での同盟だ。なんにしても絶対に関わり合いになりたくないと心の底から思う魁人である。

「朝からコントだなんて、随分と元気なのね」

 呆れ切った女の声。

 振り向けば、黒髪ストレートの小柄な美少女が魁人たちに真っ白い視線を向けていた。言わずもがな、先程まで話題の中心だった神代紗耶だ。

「ああ、紗耶様! 昨日このボケとお食事なさったって本当ですかッ!?」

 すかさず梶川が今にも血の涙を流しそうな勢いで紗耶に問い詰める。こいつキャラこんなんだったか? と魁人は疑念するも、すぐにこんなんだったと思い直す。

「さ、『様』ってなによ? 普通に呼びなさい。あとタメなんだから敬語もなし」

 梶川の得も知れぬ勢いには流石の紗耶も引いていた。

「お食事なされ遊ばされたのでっか?」

 梶川はもう日本語がめちゃくちゃだった。

 紗耶は少し逡巡するように顔を背けた後、若干言い辛そうに俯いて桜色の唇を動かす。

「……したわ」

「ノォオオオオオオオオオオオオッ!?」

 滝涙した梶川は「魁人てめえなんかやっぱ敵だぁああッ!!」と叫びながら猛ダッシュで去っていくのだった。近所迷惑この上ない。

「なに、アレ?」

「ただの馬鹿」

 これで魁人は今日から襲撃される危険性が増したことになる。紗耶から離れなければ襲われないかもしれないが、四六時中一緒にいるわけにもいかない。人気のないところなんかに一人で入ってしまうと瞬時に()られるだろう。

(今日は大人しくしといた方がよさそうだな)

 紗耶と一緒に登校していることで、周囲の殺意メーターが加速度的に上昇している件には校門をくぐってからも気づかない魁人だった。

 昇降口で上履きに履き替え、教室に向かう。

 その途中――どん、と。

 誰かが背中から魁人にぶつかってきた。

「あわっ!?」

 短い悲鳴に振り返ると、そこには魁人たちと同じメイザース学園の制服を着た少女が尻餅をついていた。

「「え?」」

 魁人と紗耶は同時に戸惑いの声を漏らした。少女は小学生か、よくて中学生くらいの背丈だが、纏っている制服は中等部のものではなく魁人たちと同じ高等部。丸みのある幼い輪郭に、鮮やかな緑色をした瞳は僅かに涙が滲んでいる。そしてなにより目を引くのは、自身の身長と同じくらい長い、燃えるような真っ赤な髪だ。

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 そそくさと立ち上がった少女は、制服の汚れをはたくよりも先にペコペコと頭を下げて必死に謝ってきた。

「なにあの子?」「外人?」「かわいい」「すげえ髪だな」「小学生がなんで高等部の制服着てんだ?」「飛び級ってやつじゃない?」「天才児ぱねぇ!」「そんな制度日本にあんのかよ」

 周囲の生徒たちも少女の目立つ容姿に注目している。

 だが魁人は別の意味で注目していた。

(なんだ、この子?)

 驚きのあまり、言葉が出ない。


 魁人の蒼く染まった瞳が、少女の身体に血管のように張り巡らされた透明な輝き――魔力を映し出したのだ。


(人間……なのか?)

 左胸――心臓のある場所には魔力の炎が滾っているのもハッキリと見える。それは紗耶たち魔術師が必ず持っている言わば魔力の製造機関だが、彼女たちには『血管』はない。魔力を使用する時に流す『通路』が限定的に存在するだけだ。

 なのに、赤毛の少女は常に全身へ魔力を流している。まるでそうしなければ生きていけないように。

 それは魔獣の特徴だ。

「魁人、あんた、見えるのね?」

 魔眼を持たない紗耶も赤毛の少女が只者ではないことに気づいたようだ。早朝のローテンションから剣呑な雰囲気にシフトしていく。今もなお平謝りを繰り返す赤毛の少女は紗耶の空気が変わったことに気づいていない。

「ああ、魔獣みたいな魔力の流れが見える」

 言った瞬間、完全に退魔師の顔になった紗耶は右手を左掌に添えた。紗耶の左腕には神代家の破魔刀・蒼炎龍牙が納められている。いつでもそれを引き抜ける準備だけして、彼女は実際には抜かなかった。ここは人目が多いからだろう。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「あ、えっと……だ、大丈夫だから。もう謝らなくていいから」

 ハッと正気づいた魁人は少女を宥めるように優しくそう言った。少女が謝っているのに魁人たちは無反応だったものだから、周りから悪者を見るような視線が否応なく突き刺さっていたのだ。

「あう……本当に?」

「ホントホント」

 上目遣いで潤んだ瞳を向けてくる。人間らしい仕草。本当に魔獣の類なのか魁人にはわからなくなってきた。


「おーい、フィア! ああ、だから走るなと言っただろう」


 とその時、軽やかに靴音を鳴らしながら一人の女生徒が駆け寄ってきた。高等部の三年だろう、背が高くスレンダーなモデル体型で、髪はショートで整えられている。顔立ちは中性的であり、男装をさせるととてもよく似合いそうである。

 女生徒はフィアと呼ばれた赤毛の少女に近づくと、母親のようにその汚れをはたいて服装を正した。

「あ、ありがとう、お姉ちゃん」

 赤毛の少女はしゅんと項垂れた。

「フィア、学園生活が楽しみなのはわかる。だが、廊下を走ると迷惑になるぞ」

 人差し指を立てて注意する女生徒の目は吊り上がっていたが、そこには威厳と同時に家族に対するような優しさも感じられた。

(姉妹……じゃないよな?)

 赤毛の少女は『お姉ちゃん』と呼んだが、女生徒はどう見ても日本人である。

「ああ、君たち。申し訳ない。この子が迷惑をかけた」

「い、いえ……」

 綺麗に腰を曲げて謝罪をする女生徒。魁人はつい癖で魔眼に意識を集中させてしまうが、彼女の中に魔力の炎は見えなかった。

 ただ、魔力の輝きはあった。

 そこら辺に『見える』生徒たちよりも断然に強い輝きが。

「あなた、いえ、あなたたちは何者?」

 警戒を全面に出して紗耶が問う。いつでも抜刀できる体勢は維持したままだ。

 女生徒は困ったように眉を顰め、

「うむ、君たちにとっては当然の質問だろうな。だが、今は名乗らないでおこう。私は別に構わないが、この子の紹介は皆の前で行いたいからね。それにこの子の編入の手続きで職員室に行かなければならないんだ。遅れては先生方に申し訳が立たない」

 赤毛の少女の頭を撫でながらすまなさそうに告げた。

「皆の前……?」

 全校集会でもあるのだろうか、と魁人は脳内で確認するが、今日の予定にそんな催しがあるなどなにも聞かされていない。

「そういうわけだ。また後で会おう、羽柴魁人君、神代紗耶君」

 そのまま女生徒は一礼し、赤毛の少女を連れて立ち去った。

「なんで俺らの名前を?」

「怪しいわね。月夜先輩に報告しておいた方がよさそう」

 魁人と紗耶は彼女たちの姿が見えなくなるまでその場から動かず、目を離さなかった。


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