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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第二巻
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一章 赤い少女と風切りの王(3)

 わざわざ繁華街にまで足を運んだのに、入った店は至極普通なファミレスのチェーン店だった。

 店員の明るい営業スマイルに迎えられて奥の席まで案内される。丁度夕食時のせいか、テーブルの半数以上が埋まっていてそれなりに繁盛しているようだった。

 魁人と紗耶は向かい合う形で席についた。早速紗耶がメニューを引っ手繰る。

「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びください」

「もう決まってるわ」

 マニュアル通りの対応で立ち去ろうとした店員を紗耶は呼び止めた。メニューに触れてさえいない魁人は「はぁ?」と声を漏らさずにはいられなかった。

「ちょっと、俺まだ決まってないんだけど」

「このイタリアンコース、パスタはミートソースで、ピザはマルゲリータMサイズ、ドルチェはジェラートを」

 シカトされた。紗耶は指でメニューの一点を指しつつ事務的に注文する。そして最後にドリンクバーを頼むと、どういうわけか店員の営業スマイルが我慢できなくなったように弛緩した。

「かしこまりました。ご注文を確認させていただきます。カップル限定イタリアンコースのミートソース、マルゲリータMサイズ、ジェラート、ドリンクバーでよろしいですか?」

「ええ」

 鷹揚に紗耶が頷くと、店員は恭しく一礼してオーダーを厨房へと届けるために去っていった。どことなく足取りが軽い。

 遣り取りがスムーズ過ぎて半ば呆けていた魁人だったが、店員の確認した言葉の中に引っかかりを覚えないほどマヌケではなかった。

「なあ、紗耶」

「なに? カルボナーラの方がよかった?」

「いやそうじゃなくて、カップル限定って聞こえたんだけど」

「……気のせいじゃない? だってあんたの耳、飾りだし」

 澄ました顔で大変失礼な言葉を投げつけてくる紗耶。魁人は眉をピクつかせて彼女の手前に置かれたメニューに手を伸ばそうとし――ヒョイッとかわされた。

「見せろよ」

「嫌よ」

「なんでだよ」

「嫌だからよ」

「あ、月夜先輩」

「そんな嘘に引っかかる奴がいたらそいつは真正の馬鹿だわ」

「くっ……」

 嘘をあっさり見抜かれた上にメニューを背中に隠された。これでは手の出しようがない。

「ふん」

 紗耶は勝ち誇った顔だった。仕方ないので丁度空いていた隣の席からメニューを拝借する。

「あっ! ず、ずるいわよ魁人! それすぐ戻しなさい!」

「俺の耳が飾りじゃないかどうか確認してからな」

 絵に描いたように狼狽する紗耶が強行手段を取ってくる前にメニューを開き、目的のコースを探す。幸い、最初のページに大々的に載っていたのであっさり見つけることができた。

『カップル限定イタリアンコース』

 魁人の耳は飾りではなかったことが証明された。文字通り、男女のカップルしか頼めないこの店オンリーの期間限定メニューらしい。料理の量は二人分にしては多めで、値段は野口さんが二人いれば余裕でお釣りがくるほど破格だ。

「紗耶、お前……」

「な、なによ。先に言っとくけど、あんたの勘違いだからね」

「安くてたくさん食える店なら食べ放題の方に行った方がよかったんじゃ痛い!?」

 テーブルの下で足を踏み抜かれた。

「違うわよ! これよ! このメニュー頼むと貰える携帯ストラップが欲しかったの!」

 火が出そうなほど真っ赤な顔で激昂した紗耶が『カップル限定イタリアンコース』のイメージ写真の隅っこを指す。そこにはクリオネをデフォルメ化したようなキャラクターのストラップが小さく載っていた。カップル限定なのでもちろんペアである。

(あの紗耶がこういう可愛らしい物を欲しがるなんて……)

 意外だった。退魔師なんて稼業をやっていても年頃の女の子だということだ。

 ふっと魁人の唇が緩む。

「ちょっとなによその顔は? あたしがこういうの欲しがるのがそんなにおかしい?」

「いや別に。いいんじゃないか?」

「あんた絶対馬鹿にしてるでしょ!」

 紗耶は耳まで紅潮させて悔しそうに歯ぎしりする。周りに誰もいなければ蒼炎龍牙を抜かれていそうだった。

「まさか魔眼の特訓は方便で、このストラップのために俺を呼んだんじゃないだろうな?」

「そ、そんなわけないでしょ。ついでよついで」

 少し落ち着いてきたのか、紗耶はツンとそっぽを向いた。とそこで店員が前菜のサラダを運んでくる。一つの大皿に緑黄色野菜が敷き詰められ、中心にはプチトマトがハートの形に並んでいた。

「流石カップル限定……」

「さっさと崩して食べるわよ」

「その前にドリンクバーに行こうぜ」

 ドリンクバーから戻ってくると、魁人と紗耶は無言で料理をつつき合った。その様子を店員から生暖かい視線で見られるのが非常に不愉快だが、魁人にとって誰かとこうして夕食を共にするのはメイザース学園に入学して以来初めてのことだ。それほど悪い気はしていない。

 ただ、相手が女の子だと妙に緊張してしまう。昼食ならよく悪友の梶川と学食で取っているが、そこに緊張感なんて皆無だ。

「なんか喋りなさいよ」

 沈黙に堪えられなくなったのか紗耶が呟く。

「俺の魔眼について会議するんじゃなかったっけ?」

「こんなに一般人がいる中で? 冗談でしょ?」

「いやいやいや!」

 会議の話こそが魁人をこの店に連れてくるための方便だったようだ。

「てか、気になってたんだけど、どうして彼氏役が俺なんだよ? 紗耶が頼めばその辺の男子だったら喜んでついてくるだろ。銀先輩でもいいし」

 ドリンクバーのコーラを一口飲んで訊ねると、紗耶はなぜか不機嫌そうにムッとした。

「言ったでしょ、ついでだって。それによく知らない奴となんか行けるわけないわよ。かと言って銀英は論外。あいつと恋人同士に思われるなんて寒気がするわ」

「え? じゃあ俺となら思われてもよかったってこと?」

 魁人が言うと――かぁああああっ。紗耶は自分の失言に気づいたように一瞬でミートソースよりも赤くなった。

「だからついでだって言ってるでしょ馬鹿! 妙なこと考えてるようなら灰にするわよ今すぐに!」

「お、お客様、他のお客様にご迷惑になりますのでお静かにお願いします」

 紗耶の絶叫を聞きつけた店員が慌ててすっ飛んで来た。しかしその表情は若干ながらにやけている。どうやら痴話喧嘩と思われたらしい。

 自分たちが注目の的になっていることに気づいた紗耶は、ぐぬぬ、と獣のように唸ってから、ぷしゅう、と一気にクールダウンした。「あんた、後で覚えてなさいよ」と親の仇を見るような目で睨まれる。

 店員が去ったのを確認してから、魁人は顔の前で片手を立てた。

「悪かったよ。ここは俺が奢るから許してくれ」

「いいわよ、別に。あんた貧乏そうだし。あたしが払うわ」

「心抉るストレートな言葉をありがとう。でもやっぱりここは俺が払うよ。確かに紗耶に比べれば貧乏かもしれないけど、そのくらいの持ち合わせはある」

 実はけっこうな痛手だが、女の子に奢ってもらうのは男としてどうかと思う。特にカップルと思われている現状だとレジの前に紗耶が立った瞬間に周りからどんな目で見られるかわかったものではない。

 要は、魁人の男としての意地という奴である。

「はぁ、わかったわ。そこまで言うなら払わせてあげる。けど許さないから」

「……どうすれば許してもらえますか? 殴るんですか? 何発ですか?」

「なんで急に敬語になってんのよ?」

 ジト目の呆れ視線を魁人に向ける紗耶は、やれやれというように肩を竦めた。

「じゃあ、今度駅前にあるスイーツ専門店にでも連れて行ってもらおうかしら。あそこのジャンボフルーツパフェを一度食べてみたかったのよ」

「それはおいくらで?」

「四千円」

「高っ!?」

 セレブ御用達の店ではなかろうか、と来月のお財布事情が不安になる魁人だった。

(早くアルバイト見つけないと散財で死ぬかも)

 そんな魁人の不安などどこ吹く風で、紗耶は心なしか嬉しそうな表情でデザートのジェラートを口に運んでいた。


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