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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第一巻
43/61

四章 悪魔の視力(9)

 とてつもない魔力の高まりを、月夜は魁人から感じていた。

(――殺した!?)

 一瞬、倒れた鈴瀬を見てそう思ってしまったが、魁人が彼女を抱えて体育館の隅へ運んでいるのを見てそれを否定する。

 彼女はまだ生きている。だが、月夜には何が起こったのかまだわからなかった。ステージの上では巳堂もあんぐりと口を開けて固まっている。『開いた口が塞がらぬ』という言葉を絵に描いたような姿だ。

 すると、紗耶を葵とリクに任せた銀英が他の生徒たちを押し除けながら駆け寄ってきた。

「会長、一体どうしたんだい、魁人は」

「……さあ?」

 月夜は首を捻ることしかできない。

 魔眼の煌めきが増したことはわかる。まるで本来の力でも開放したような変化だった。

(本来の、力?)

 ――この眼は悪い魔法使いを倒せるほど凄い――

 魁人が夢の中で聞いて思い出したという言葉。あれがそうなのだろうか? だったら、それはどんな力だろう。

 見ただけで殺せる『バロールの邪眼』、見たものを石に変える『石化の魔眼』、相手に不運をもたらす『妬みの眼差し』など、魔眼は強力なものから微妙なものまで様々だが、たったあれだけのことでは判断できない。今のところ、『バロールの邪眼』が一番近そうであるが……。

 その時、蒼い光が爆発した。

 魁人の魔眼からではない。それとは別種の熱を持った輝き――紗耶の炎だ。

 その爆発に吹き飛ばされたように、葵とリクが倒れ込んでくる。

「葵ちゃん!? リクちゃん!?」

 彼女たちに直接的な傷はないが、多少炎を浴びたのだろう、ところどころ火傷を負っている。

「……不覚」

 葵が紗耶を睨めつつ立ち上がると、リクも同じように唸りながら身を起こす。

 炎纏う日本刀を右手に、紗耶はゆっくりと月夜たちの方に歩いてくる。彼女の目には、他の生徒たち同様一滴の涙が浮かんでいた。

「そ、そぉーです! 神代紗耶さん! 魔術師たちをさっさと葬ってしまいなさいっ! まずは、羽柴魁人からです!」

 我に返った巳堂が喚いている。その声からは明らかな焦燥が読み取れた。命令通り、紗耶は彼にその焦りを植えつけた張本人である魁人へと進路を変更する。

 鈴瀬を体育館の隅に寝かせ終えた魁人は立ち上がり、何を考えているのか紗耶に向かって前進する。

 だがすぐに両者とも立ち止まった。その距離約十メートル。

 紗耶が蒼炎龍牙を両手持ちし、大上段に構える。その刀身の炎が噴き上がるように天へと昇ったかと思えば、炎自身が刃の形となった。それはまるで、巨大化した蒼炎龍牙そのものみたいだった。

 十メートルの距離などないにも等しいリーチ。それを見ても、魁人は逃げようとすらしない。

「魁人くん! まさか紗耶ちゃんと戦う気!? 無茶だよ!」

「たぶん、大丈夫です」魁人は振り向かず、「俺、何となくですけど、この眼のことがわかったんで。それに、すぐ終わると思いますよ」

 彼は言った。操られているとはいえ、あの神代家の至宝を受け継いだ紗耶に対して、『すぐ終わる』と。月夜はもちろん、銀英や葵にだってそんなことは言えないだろう。

 当然のように、紗耶が先に動いた。

 炎の巨刀がまっすぐに魁人目がけて振り下ろされる。ゴオォ、と暴風でも吹き荒れた時のような戦慄の音が唸りを上げる。

 しかし魁人は動じない。微動だにしない。後ろに鈴瀬がいるからという理由もあるだろうが、恐らく、避ける必要がないのだ。月夜には、そんな気がした。

 空気を焼き斬り、全てを灰燼に帰す降魔の炎刀が頭上に迫りくる。

 残り一鼓動で刃が届きそうになった刹那――魔眼が強く煌めいた。

 途端、紗耶の蒼い炎が捻じれるように歪む。そのまま雑巾を絞りすぎて千切れてしまったように炎刀が分離され、構成していた蒼い炎は蝋燭の火を吹き消すように空気に解ける。

「なっ、なっ、なぁーっ!?」

 ありえない光景に口をパクつかせる巳堂。月夜たちも、他の操られた生徒たちを相手にしながら声を出すことを禁じられたように絶句していた。

(なん……なの……)

 どう考えても、見たものを殺すような力ではない。魔術を打ち消した――にしては少し様子が変な気もする。もの凄い力で引き千切ったような、そんな感じだった。

 紗耶は全く怯むことなく(正常なら怯んだろうが)、敵を討ち取れなかったことだけを認識して次の攻撃に移行する。

 蒼炎龍牙を顔の横で刺突に構え、刃の切っ先から炎線を射出。蛇が這うような複雑な軌道を持って魁人へと襲いかかる。

「――曲がれ」

 魁人が呟いたのを、月夜は聞き逃さなかった。

 その呟き通り、炎線は横から暴風にでも煽られたように巳堂のいるステージの方へと進路変更した。いや、させられた。

「ひぃっ!?」

 情けない悲鳴を上げる巳堂の前で、炎線は炎の壁に呑まれて消失する。

 紗耶が次の行動を起こす。跳躍するように床を蹴り、一瞬にして十メートルの距離を踏破しようとする。遠距離は効かないと蠱が判断したのだろう。だが――

「紗耶、お前もいい加減に目を覚ませよ!」

 魔眼が煌めく。途端、力が抜けたように彼女の足がカクンと折れ、縺れ、勢い余って転倒する。彼女が完全に倒れてしまう前に、魁人がその体を優しく抱き支えた。炎の消えた蒼炎龍牙が手から零れ、乾いた音を体育館に響かせる。

 彼女の体から紫色の靄が湯気のように出てくる。数瞬の間を置き、他の生徒たちも脱力したように倒れ、全員から同じ瘴気のようなものが抜けていく。それは、『親』である蠱の完全消滅を意味していた。

 フッ、と吹き消したように炎壁も消え去る。その奥には、この世の終わりでも見たような顔をした巳堂が立ったまま震えていた。

「会長、魁人の眼なんだけど、まさか」

「あ、銀くんも気づいた?」

 一番近くで倒れた女子生徒の安否を確認している銀英に、月夜は魁人から目を離さずに考えを述べる。

「最初は魔術を打ち消したんじゃないかなって思ったんだけど、違う。魁人くんの眼は、どうも魔力を操作してるみたい」

 それもただ術を方向転換させたりするだけではなくて、炎刀を消した時のように、込められた魔力を捻じ切ってバラバラにしたりすることもできるようだ。

 月夜は知っていた。あまり詳しいことは載っていなかったが、目を通していた資料の中にそういう魔眼の存在が書かれていた。

 見える魔力を、術者の意思を上から書き換えて、操作する魔眼。その名は――


「『悪魔の視力(デモンズサイト)』。――魁人くんの眼は、きっとそれだよ」


 良い悪いはともかくとして、魔術師相手なら最強の部類に入ること間違いない魔眼。

「危険?」

 葵が僅かに首を傾げる。

「大丈夫……と思いたいところね」

「『悪魔の視力』ねえ。『バロールの邪眼』みたいなものじゃなくてよかったんじゃない?」

 銀英は立ち上がる。彼が診ていた女子生徒もそうだが、皆多少の怪我はしているも無事のようだった。

 月夜は一度皆を見回し、そしてステージの上に立つ白衣を見やる。

「何にしても、魁人くんのおかげで蠱術は失敗したみたいね」

 完全に勝ち誇った笑みを、彼女は浮かべていた。


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