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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第一巻
42/61

四章 悪魔の視力(8)

「す、鈴瀬……ぐっ」

 その名を呟いた瞬間、彼女の小枝のように細くて白い両手が魁人の喉を圧迫する。独特の違和感と苦しみが襲いかかり、吐き気のようなものが込み上げてきた。

 凄い力だった。とても鈴瀬のようなか弱い少女が出せるようなものではない。これも操られているからだろうか。

「魁人くん!」

 月夜は他の生徒を捌くのに必死で、とても助けに来られそうにない。

 何とか、彼女の両手首を掴んで首から僅かに放すことだけはできた。だが、どうしても知っている人なだけに暴力的なことをするのは躊躇ってしまう。代わりに、声が出た。

「鈴瀬、俺がわかるか? 羽柴だ」

 こんな近くに助けたかった少女がいるのだ。黙ってなどいられるはずがない。

「助けに来たんだ。だから、もうこんなことするなよ」

 鈴瀬に反応はない。虚ろな瞳は、虚ろなまま一点の光も取り戻さない。

「おやおやおやぁ、あなたは人形に向かって何を真剣に話しかけているのですぅ? くくく、私より愉快な人ですねぇ!」

 ピクリ、と魁人の眉が動く。

「人形……だと?」

 これほど凄みの利いた声を放ったことが今までにあっただろうか。背後の月夜がビクリとするほどの威圧感がそこに込められていた。しかし、叫んだわけではないので、炎壁を間に置いたステージにいる巳堂まで届く音量ではなかった。

 が、巳堂は魁人が何を言ったのかわかったように続ける。

「そぉーですよ? 実際に意識も感情もないのですからソレは人形なぁーんですよ。所詮人形、しかぁーし、私にとっては大事な大事な生贄です。人間からできた『蠱』という、倫理に縛られ誰も作ろうとしなかった未知の作品を私は作るのですよぅ!」

「てめえ! そんなものを作って一体何がしたいんだ!」

 今度は叫んでいた。銀英から聞いた話によると蠱は薬になるらしいが、巳堂がそんなものを作るとは思えないし、人間からできた薬なんてふざけている。

「そぉーですねぇ……私を追放した者たちに私の凄さを死をもって見せつけるつもりですが、私が蠱を作る一番の理由は、見たいからですよ!」

「見たい? 何がだ!?」

「蠱に決まっているでしょう? 人間の蠱なんて誰も見たことないんですから、私はそれを是非とも見てみたいのです! 探究者という者は皆、そぉーんなものなんです」

「それだけのために……こいつやっぱり外道だ」

 吐き捨てる魁人。

 ただ見たいだけ。馬鹿げている。馬鹿げていてもうこれ以上奴と口を利きたくない。

 魁人はなおも力を入れてくる鈴瀬の手首をしっかりと握り、寄ってきた他の生徒を蹴り飛ばしておいてから、彼女をまっすぐに見詰めて言葉をかける。

「なあ、鈴瀬。本当は聞こえてるんだろ? 俺のこと見えてるんだろ? こんなことしたいだなんて思ってないんだろ? なあ!」

 次第に声を荒げていく。が、やはり反応はない。

「だぁーかぁーらぁー、無駄だっていぃーってるでしょう? どんなに声をかけても、あなたの声など蟻の触覚ほども届いていませんよぅ! 馬鹿なんですかぁ? 馬鹿なんですねぇ!」

「うるせえ! てめえは黙ってろよ!!」

 激情に任せて魁人は絶叫する。と、銀英が振り向き、普段よりも数倍は真剣な声で言ってくる。

「魁人、気持ちはわかるけど怒りや憎しみを覚えるのはダメだ。そういう感情は呪いになる。だから巳堂の言葉は聞かない方がいい」

 そうは言うが、怒りを抑えることはできても感じないようにするなんて不可能だ。それに巳堂の言葉は嫌でも耳に入ってくる。

「くくく、そぉーだ! 一つだけ感情を取り戻せる方法を教えてあげましょうか? そぉーれはですねぇ、殺してあげることです。殺される寸前に『憎しみ』や『怒り』といった呪いの素となる感情を取り戻してあげられるのですよぅ! さぁ、早速殺ってみなさいっ!」

 殺したいほどムカつくが、無視だ。

「大丈夫。俺は鈴瀬やみんなを殺したりなんかしない。だから安心しろ。そして呪いなんかに負けるな。体の蠱を追い出すんだ。その後は俺が、俺たちが必ず何とかするからさ」

 怒りの感情をできるだけ押し殺し、魁人は優しい口調で鈴瀬に言った。

 絶対に声は届いていると信じて、言った。

 内容は正直月並みな頭の悪いものだと思う。元から用意してきたものではなく、こんな時に咄嗟に出した言葉なのだから仕方がないだろう。だが、その分そこに演技などはなく、魁人の素の想いが込められていた。

 鈴瀬の口は動かない。首を絞めようとする力も弱まることはない。瞳も、相変わらず光を失ったままだ。

 だが――


 彼女の頬を、一滴の雫が伝った。


「!?」

 彼女の目には涙が浮かんでいたのだ。まさか自分の言葉に感動したわけではないだろうが、確かに彼女は泣いていた。

 いや、彼女だけではない。

 見える範囲だが、他の操られた生徒全員にも微かに目の端に水滴が見て取れた。

(何だ、やっぱり聞こえてたんじゃないか)

 魁人は静かに俯く。

「おい、巳堂。見えるか? こいつら泣いてるぞ?」

 それはかろうじてステージまで行き渡る声だった。

「苦しいんだ。みんな苦しんでるんだよ。てめえのふざけた実験のせいで、みんな泣くほど苦しい思いをしてるんだ!」

 自分の言葉は、彼女たちの『苦しみ』を表面に引き上げることに成功した。それだけでも効果があったことに、魁人は喜びさえ覚えた。しかし巳堂は、

「泣いてるぅ? いぃーや見えませんねぇ? 人形が泣くはずないじゃないですかぁ?」

 見えないのは当然だ。ステージからは距離があるし、何よりあの炎壁が視界の邪魔になる。

 だがそれを知った上で、魁人は見えていること前提に問いを投げかける。

「一つ訊く。てめえは仮にも先生だろ? こいつらが泣いているのを見て、何とも思わないのかよ?」

「だぁーから人形は泣かないって言ってるでしょう? まあ、仮に泣いているとすれば、思うところはあります。それは凄く、実に、絶対に、蠱にしてしまいたいほど興味深いですねぇ!」


 ――プチン


 魁人の中で、何かが切れる音がした。

 周りが沈黙する。――違う。魁人の聴覚が音を拾わなくなったのだ。

 代わりに聞こえるのは、サァー、という自分の血液の流れでも聞いているような音。しかし聞いていて心地のよくなる音色は、確実に体のある二点へと集中していく。


 ――魔眼へ。


 頭を上げ、カッ、と目を見開く。

 瞬間、周囲の者には青色の光が漏れたように見えたことだろう。そこには、蒼海のごとく深く澄み渡った青の瞳が凛然と煌めいていた。

 その魔眼に映るのは、鈴瀬の体内に宿る一匹の蜘蛛。

「――消えろ」

 ぼそりと呟いた瞬間、見えていた蜘蛛の光が歪み、そして爆ぜるように跡形もなく綺麗に霧散した。

 続いて鈴瀬の瞼が落ちたかと思うと、彼女はそのまま弛緩し、糸が切れたように魁人の胸の中へと倒れ込んだ。


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