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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第一巻
39/61

四章 悪魔の視力(5)

 正面玄関の扉を開けて中に入った。

 逃げ出したくてたまらない自分がいるのに、それよりも圧倒的に強い力を持って敵に立ち向かおうとする自分もいる。RPGの主人公がラストダンジョンに突入する直前はこういう気持ちなのだろうか。

 もっとも、ゲームと違って負ければ終わりだし、自分が勇者だとは思わない。そして扉の向こうはダンジョンなどではなく、即行でラスボスだった。

「やぁーっと来てくれましたねぇ。待ちくたびれましたよぅ。退屈すぎて一人虚しくお話していたくらいです」

「巳堂……」

 ステージの上にいる白衣を睨みつけ、魁人は憎しみの籠ったような低い声で唸った。

「くくく、よぉーこそ、生徒会の魔術師諸君。わざわざ贄となりに来てくれたことをかぁーんしゃしますよ!」

 マイクなど使っていないのにうるさいくらいのボリュームで喋る巳堂に、銀英がステージまで届くように声を投げかける。

「ということは、僕たちは障害ではなく、蠱術の道具としか見ていなかったたってことかな?」

「あぁーたり前のことを訊くんですねぇ、御門銀英君。そぉーですよ。あなたたちは所詮そこの彼らと同じ道具なんですよ」

 魁人たちの前方、体育館の中央辺りに、軽く三十人は超えている生徒たちが城を守る兵士のように並び立っていた。皆、死人のように虚ろな目をしている。

 そんな彼らの中に、魁人は見知った顔を見つけた。

「鈴瀬!―― 待ってろ、すぐに助けてやるから!」

 魁人は叫んだが、やはりその声は届いていない。月夜が患者服を着た少年少女を指差す。

「見て、あの子たちってテニス部の……やっぱり病院を抜け出して来たみたい」

「今頃病院はパニックかな? それよりも、どう見ても人数増えてるよね。また僕らの失態だよ、これは。まったく、前の生徒会長にでも見られたら殺されるかもね」

 自虐的に言いながら、銀英は懐から護符を一枚、中指と人差し指に挟んで取り出す。

「銀くん、葵ちゃん、わかってると思うけど、操られてる人を殺しちゃダメよ」

「そりゃあそうさ。ここで殺したら巳堂の思うつぼだからね」

 当たり前のことを、とでも言うように銀英は顔の横で護符をヒラヒラさせる。葵も小さく頷いた。蠱術とは、殺し合いをさせる術なのだ。

「それではそれでは、パーツも揃ったことですし、術の開始と行きましょうか!」

 両腕を限界まで開き、広い体育館内にもよく響く声で巳堂が宣言する。すると、こちらを向いて並んでいる生徒たちが道を開くように脇に寄り、そこから日本刀を握る黒髪の少女が兵士を束ねる騎士団長のごとく歩いてくる。

 言うまでもない、生徒会書記の退魔師――神代紗耶である。

「紗耶ちゃん……」

 悲しげな表情で月夜が呟く。紗耶は本当は操られてなどいない、そんな想いを彼女は今の今まで抱いていたのかもしれない。実際に見ていた魁人だって心のどこかにそんな想いがあったのだ。話に聞いただけの月夜たちは強く願っていたことだろう。

 だが、紗耶は操られる演技などするような性質じゃないし、演技する意味もない。

 魁人は一歩、前に出る。

「紗耶! 聞こえてんだろ? 何やってんだよ、お前」

 紗耶は無反応。念のための問いかけだったが、現実を知るだけになった。これでもう、割り切るしかない。

「むぅーだですよ! あなたの声なんて届きません! 届くのは、蠱を通しての私の意思だけですからねぇ!」

 ステージでくつくつと嗤う巳堂を憎々しく思っていると、銀英が操られた生徒たちを見据えながら一つの指示を出してくる。

「魁人、『親』を探すんだ」

「親?」

「そう。魁人にはみんなを操っている蠱が見えているんだろう? あれだけの人数だからね。命令は『殺せ』とか『守れ』みたいな単純なものしか出せない。そしてその命令を出すリーダー的存在がいるはずなんだ。巳堂が直接制御している蠱はその一匹だけだから、それを見つけて潰せば全員助かるってことだよ」

「みんな……助かる。本当に」

 それは、自分にしかできないこと。この眼が役に立つということ。一抹なんかではない、大きな希望が生まれてくる。

「わかりました。それで、見分け方とかはあるんですか?」

 魁人はここに来てからずっと青く煌めいている魔眼に意識を持っていきながら訊くと、銀英は前方から注意を逸らさないままきっぱりと答えた。

「より強い魔力を持っていて、他よりも大きいやつがそうだね。たぶん、巳堂本人が所持してると思うけど」

(――え?)

 魁人は、そういうものに見覚えがあった。


 ――彼女には特別強力な蠱を憑けました――


 巳堂の言っていたことが脳内に蘇る。バネで弾いたように、魁人は青煌する魔眼を『彼女』に向ける。

 そして――見た。

「……紗耶の、中です」

 あのように並んでいるのだから簡単に比較できた。銀英の言う『親』がそういうものなら、間違いなく紗耶に憑いているものがそうだろう。

「そうか、最悪だよ」

「よりによって紗耶ちゃんになんて」

 月夜と銀英は一瞬だけ驚いた風を見せたが、予想はしていたのだろう、すぐに冷静さを取り戻している。

「術者、殺すしかない」

 葵が巳堂に視線をやる。もう彼女の言った方法しかないのだろうか。

「なぁーにをごちゃごちゃと話しているのです? ああ、いぃーんです。いぃーんですよ。作戦会議は君たちの必須科目でした。ですが、それは敵前でやることではなぁーいでしょう!」

 巳堂のやかましい声が場の主導権を握っているかのように響き渡る。

「さぁー、まずは魔術師のあなたたちから蠱の糧となぁーってもらいましょうか!」

 それが開戦の合図となった。

 紗耶が蒼炎龍牙を真横に構える。その刀身に蒼い炎が纏う。もう魁人も何度か見たあの炎だ。しかし――

「操られてる状態でも魔術って使えるのかよ」

 自分を伸した時は蹴りだったため、魔術は使えないものとばかり思っていた。ただでさえ厄介だというのに、これで倍以上に辛くなる。

「魔術は使えても、紗耶ちゃんの本来の力全部は出せないと思うの。だからといって安心できることじゃないけど。……銀くんは紗耶ちゃんを引きつけて。その間に葵ちゃんは巳堂先生の始末をお願い」

 魁人は月夜を振り向いた。今のは、あれだけ殺すことや力ずくの方法を最終手段としていた月夜の指示とは思えなかった。いや、あくまで最終手段として残している以上、月夜はただ甘かったり優しかったりするわけではない。

 ここではその最終手段しかないのだと彼女は悟った。だから戸惑うことなく指示できたのだ。

 了解した銀英に、魁人は押し退けられる形で強制的に下がらされた。

「魁人は会長と一緒にいること。死にたくなければ絶対に前線へは出ないことだね」

 振り返らずに言われた。歯痒いが仕方ない。ここからは彼らの戦いだ。非力な自分は下がって見守るしかない。

 言われた通り、魁人は月夜の近くで待機する。そこでふと思い、月夜に問う。

「月夜先輩は戦わないんですか?」

「あはは、まさか。そんなことはないよ」

 微笑しつつ、月夜は取り出したケースの中から三本の白チョークを抜いた。指の間に一つずつ挟んだ新品のそれは、彼女がルーンを刻むための道具の一つである。

「私は二人のサポート。私の術式は、直接戦闘にはあまり向いてないからね」

 様々な月夜の魔術を魁人は体験しているだけに、それにはどこか納得するものがあった。

 前に出ていく銀英と葵の体内に魔力の高まりである炎を捉えながら、魁人は周囲の動きにも気を配る。

 自分にしか見えない何かが起これば、すぐに伝えられるように――


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