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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第一巻
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四章 悪魔の視力(2)

「……そう、呪術師は巳堂先生だったの」

 一通り魁人の説明を聞き終えた月夜は、どこか感慨深げにそう呟いた。彼女にはそれなりの接点があったのかもしれない。

「それに紗耶ちゃんが彼の手に落ちたなんて……信じ難いけど、魁人くんが言うなら間違いないよね」

 困ったように頬に手をあて、彼女は小さな溜息を洩らす。何か凄く信頼されているみたいだが、自分が幻覚でも見ていたのでなければそこに嘘はない。

「蟲ではなく、人を使った蠱術。まさか本当にやるつもりだったなんてね。禁忌に手を出すとは、本当にあの人が巫蠱術を扱う一族なのか怪しいところだよ」

「銀先輩、その禁忌ってやっぱり……」

「ああ、そうさ」銀英は少し忌々しげに、「人間は倫理的に問題があり、魔獣は絶対に制御できない。だからその二つは蠱術において禁止事項なんだ」

 巳堂は知っていてなおその禁忌に手を出している。一族追放の原因はそれにもあると本人は語っていたが、禁忌と聞いてどうも魁人には腑に落ちない点がある。

「呪術に禁忌って、何か変じゃないですか? 呪いなんだから、何してもよさそうなのに」

 魔獣はまあいいとしても、元から倫理を問うようなものじゃないだろう。すると、銀英は顔の横で右手を軽く振る。

「いやいやそうでもないさ。呪術って言えば悪いイメージがあるかもしれないけど、影響を与えるってことならいい意味にだって使えるんだ。例えば類感呪術。『形の似た物は相互に影響を及ぼし合う』ってやつなんだけど、まあ『丑の刻参り』だよ」

 それは確か藁人形に釘を打つやつだ。そのくらいなら魁人だって知っている。

「それは悪い影響だけど、類感呪術にはいい面の影響もちゃんとある。ライオンとかの強い動物のボディアートをすることで俊足や馬鹿力を得たり、海藻を食べることで髪が黒くなったり。一番わかりやすいところで言えばそうだなぁ……てるてる坊主かな。あれは太陽の象徴(レガリア)だからね」

 もちろんやるには魔力がいるけど、と銀英は付け足した。

「じゃあ、蠱術ってのも?」

「蠱はうまくすれば薬になったりするからねえ。まあ、漢方薬みたいな感じと思えばいいさ」

 銀英がそこまで説明したところで、葵が大量の本やファイルを塔のように積み重ねて絶妙なバランスを保ちながら戻ってきた。重量にしてもそうとう重いだろうに、細身の彼女は顔色一つ変わっていない。

「詩奈、魔眼の資料」

「あっ、ごめんね、葵ちゃん。えっと、そこに置いといて」

 葵はコクリと頷くと、月夜が指した窓際の奥、社長室にでもありそうな机の上に資料を置き、倒れないように整理していく。何も口出ししてこないが、たぶん彼女はこちらの話もしっかりと聞いていることだろう。

 葵が資料を置いたのを認めてから、月夜が魁人に確認するように問う。

「えっと、魁人くん、巳堂先生は魔力がないから追放されたって言ったのよね?」

「はい、まあ一応」

 禁忌と魔力、どちらが重大な理由なのかは魁人にはわからないけれど。

「ということは、巳堂先生はこの学園が魔脈の上に立ってるって知ってたのかもしれない。魔脈そのものには興味ない感じだから、魔力を得るために教師として潜り込んだってところかな? えっと、確か赴任してきたのって一昨年だったっけ?」

「僕が高等部に入った時にはいたよ。僕的には好きじゃない先生だったね」

 それには葵も共感するように向こうで頷いていた。銀英は何かを思い出すように顎に手を持っていく。

「というか、巳堂って一年前はテニス部の副顧問してなかった?」

「あっ! そういえば……。じゃあ、最初にテニス部員を呪ったのは顧問いびりの恨みから?」

「だろうねえ。あれは根に持つようなタイプだよ。普段は根暗な先生だったし」

 二人が話している過去のことなど、魁人には知ったことではない。

「俺はあいつを、『先生』だなんて思ってません」

 巳堂は鈴瀬や関係ない人を大勢、現在進行形で苦しめている。魔力を制御できない一般人が精神を汚染されてやってしまったことではなく、意図的に、それも『実験』なんて言って。

 巳堂の目は、人を物かそれこそ実験動物(モルモット)くらいにしか思っていない目だった。

 彼の授業は何の特徴もない普通なものだった。でもそれは、それは学園に居続けるために作った表の顔だったってことだ。

 偽りの教師。最悪だ。

「学園に来た時点では魔術師じゃなかったから、警戒されることもなかったのね。そして、いつからかわからないけど魔力が開花し、ついにこんなことを始めた。魔力に魅了されたって理由も多少はあるだろうけど、魁人くんの話を聞くかぎり、彼は最初からこのことを計画してたみたいね」

「魔力はなくても、魔術の才能はあった。元が魔術師の家系だから知識も豊富。そりゃあ素人とは違うわけだよ。でも、禁忌を犯そうとしてるんだ、プロってわけでもない。ずっと僕らに見つからなかったことだけは驚嘆に値するかな」

 巳堂遊作という呪術師を分析していく月夜と銀英。魁人はそれを黙って聞くしかない。

「とにかく、巳堂先生の蠱術は絶対に阻止しないといけないわ」

「問題は、操られているとはいえ紗耶が向こう側についてることだね。たぶん巳堂は、紗耶を蠱にするつもりだろうし」

「紗耶以外にも、操られてる人はいる」

 葵が整理を終えて戻る。やはり話は全部聞いていたようだ。

「そうよね。もし盾なんかに使われたら手が出せなくなっちゃうわ」

 あれから増えていなければ、テニス部員六人に今朝の被害者が七人、そこに紗耶を加えて十四人の生徒を巳堂は蠱で操ることができる。

 だが、テニス部員は巳堂の手元ではなく病院にいると聞いている。鈴瀬ら七人も、この生徒会室で保護している。

(そうだ。ここにいるかぎり鈴瀬たちは安心だ。この生徒会室に……?)

 月夜たちの言葉と部屋の様子に違和感を覚え、魁人は改めて周囲を見回す。スペースを空けて敷かれている敷布団。そこで寝かされていた鈴瀬を含む七人の生徒たちが……いない!?

「月夜先輩、鈴瀬たちはどこに?」

 嫌な予感がした。残念そうな表情になる月夜から答えを聞く前に全身の血の気が引き、ミイラ化するんじゃないかと思うほどの冷や汗が流れる。

 月夜は言いづらそうに、そして自分たちの失敗を悔いるように、


「……それがね、集会から戻ってきたら、みんないなくなってたの」


「!?」

 魁人は絶句する。思わず叫びたかったが、絶句する。月夜たちだって、保護していた被害者がいなくなったのを見て最初はそうなったはずだ。

(じゃあもう、鈴瀬たちは巳堂の手に……)

 そう考えた途端、今の今まで頭から抜けていた言葉が蘇ってくる。

 意識を失いかけていたあの時の巳堂が言った言葉。


 ――私は今日の放課後、この第一体育館にて人間の蠱術を行います。阻止したければどぉーぞ御勝手に――


(今日の放課後……!?)

「今何時ですか!?」

「え?」

 ハッとし、ほとんど叫ぶ形で訊ねる魁人に、キョトンとした月夜が壁にかけているアンティークな時計を見て答える。

「……、夕方の五時二十分くらいだけど」

「――ッ!?」

 驚愕し、勢いよくソファーから立ち上がった魁人を生徒会の面々は訝しげに、そして不安げに見詰める。

「やばい。巳堂が蠱術をするのは今日の放課後なんです! 場所は、第一体育館」

 告げた瞬間、緊迫した空気が場を支配した。常に無表情の葵ですら目を見開いていたのだから大変だ。

 笑いごとではない事態に、銀英が冷静に現状を呟いた。

「……それ、今から行って間に合うのかい?」


 放課後になって、既に一時間近く経過している。


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