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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第一巻
3/61

一章 メイザース学園生徒会(2)

 メイザース学園は併設型の中高一貫校である。

 都市のど真ん中にあるにも関わらず、その敷地面積は東京ドームが二つほど入ってしまうほど広いらしい。何でも、昔ここには孤立した山があって、そこを切り開いて建てたとか何とか。まあ、五十年以上は前の話だ。

 その広さをうまく活かしているのかは知らないが、中等部と高等部の間には、常緑樹や桜の生い茂る公園が境界線のように存在している。学園緑化にしてはやり過ぎな気もしないでもないが、そこは生徒や教師にとっての憩いの場としてきちんと機能している。

 そんなメイザース学園の高等部一年は現在、健康診断の最中だった。

 保険室で内科検診を受け、視聴覚室で視力、音楽室で聴力、第一体育館で身体計測と、広い学園内をひたすら歩かされたため、ある意味では校舎案内も兼ねているように思えた。

「ハ、ハハハ……。な、なぜだ、なぜなんどぅわああぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁあぁっ!?」

 その健康診断の途中、梶川が突然ムンクの叫びよろしく絶望的な表情で喚き出した。廊下内に響いた彼の声に、周りの生徒たちが何事かと視線を向けてくる。が、すぐに興味が失せたのか関わらない方がいいと思ったのか、誰もが各々の行動へと戻っていく。

「見渡すかぎり男男男、そして男! なぜ、なぜだ!? オレの天使たちの体操着姿は何処に!?」

 まあ、それが原因だった。周囲を見回したところで、女子など一人もいない。

「男女別行動なんだから当たり前だろ」

 冷めた口調で魁人は現実を伝えてやった。内緒な話、まったく興味がなかったわけではないが、横のコレに比べればショックなど受けていないに等しい。

「オレはまだいつあるのかわからない体育の時間まで待たねばならないのか。……なあ魁人 この事態はどう対処すればいいと思う?」

「とりあえずお前が一度転生することをオススメする」

「ぐっ、相変わらず厳しいお言葉。オレ様超ショック」

 とか言っているが、こんな程度でダメージを受ける梶川ではないことは知っている。

 現在、自分たちは第一校舎――職員棟の三階にいる。そこには屋上に出る扉がある他に、『生徒会室』と表記された部屋が一つあるだけで寂れた感じが否めない。一箇所しかない真新しい引き戸の横にはホワイトボードの掲示板があり、近々ある創立者際などの学校行事やら何やらが事細かに書き込まれていた(こんなところまで見に来る生徒がいるかどうかは謎だ)。

 この生徒会室で、自分たち一年三組男子は一人ずつ適当な順番で血圧検査を行っていた。

「なあ、学校の健康診断って血圧測るもんなのか? 貧血検査ならわかるけど」

 魁人は素朴な疑問を親友に投げかける。

「ん? さあ、コーコーセーは普通なんじゃないの。それよりも魁人、オレが生徒会長になって女子の制服をメイド服に変えるっていう作戦をたった今思いついたんだが、どう?」

「全女子の恨みを買うだろうな」

 というか、まず梶川が生徒会長になったところを魁人には想像できなかった。当の本人は自分が会長になった時の叶わぬ夢をブツブツと声に出して妄想し始めているが……。

 魁人は思わず溜息をついた。そして窓の外を意味もなく眺める。この親友の戯言に付き合うことよりも、今は考えたいことがあった。

 ――神代紗耶。

 異形の、そして強い輝きを宿す彼女のことを、魁人はずっと気にかけていた。

 教室にいる時も何度彼女の方を見たことか。人体の中に存在する謎の透明な輝き。ちゃんと『見る』と意識すれば見れたが、あの時のように意識せず自然と見えてしまうことはなかった。

 それに、どういうわけか少しだけ輝きが弱くなり、形も炎からただの光球になっていた。

 あれは錯覚だったのだろうか?

 いや、それにしてははっきりし過ぎていた気がする。

 ならば偶然?

 わからないことばかりだ。あの輝きについても、それが見えてしまう自分の眼についても。

(知りたい)

 ――知りたい。知りたい。知りたい。

 初めて、こんなに強く思えた。自分の異常な眼についての不安や恐怖はもちろんあるが、ただの純粋な好奇心も少なからずある。

(神代紗耶。明らかに他とは違う彼女なら、何か知ってるかもしれない。――っていっても、たぶん無駄なんだろうなぁ)

 過度な期待は抱かない。が、希望も捨て切れない。

 そんなことを考えていると、いつの間にか順番が回ってきていた梶川が検査を終えて出てきた。と、彼の様子がおかしいことに魁人は気づく。

「か、かかかか、かいと……お、オレは、オレはあぁぁああぁぁ!」

 妙な興奮状態の親友が何かを語りかけるように肩を掴んでくる。その猛烈な勢いにやや気押されながらも、魁人はからかうように問うた。

「何だよ、この中に火星人でもいたのか?」

「オレは幸せだぁー! ブフッ……も、もうどうなってもいいぜぇー!」

 だが、梶川は魁人の問いに答えないまま、途中で鼻血を噴きつつ全力で走り去ってしまった。魁人はもちろん、他のクラスメイトたちも走っていく梶川を唖然として見ていることしかできなかった。

「何だってんだ? まあ、たぶん気にしたら負けなんだろうけど」

 意味不明な親友を怪訝に思いながらも、順番なので生徒会室のドアを開けて――いちいち閉める必要性を感じない――中に入った。


 中は――意外と広かった。無駄に教室一個分ほどのスペースがあり、壁二面を覆い尽くすほどの棚にはきちんと整理整頓された本や資料などがぎっしりと詰まっている。その棚の間に扉が見えたが、曇りガラスに『シャワー室故障中』という貼り紙が貼られているのは突っ込んだらダメなのかもしれない。

 エアコンも完備されていて、部屋の中央には長机とパイプ椅子が置かれている。その長机の上には、血圧計と思われる圧迫帯つきの機材が乗っていた。

 そして、机の向こう側には二人の女子生徒がいた。

「はーい、じゃあ診断表を彼女に渡してそこに座ってくださーい」

 にこやかなスマイルでそう促してきたのは、対面するパイプ椅子に座っている少女だった。背中の真ん中辺りまで伸ばした緩いウェーブのかかった髪に、どこかおっとりしているも整った顔つき。ブレザーの上からでもわかるゆさっとした豊満な胸は、正直目のやり場に困りそうだ。

 もう一人は、長い髪を青いリボンでポニーテールにしているのが特徴的な少女で、クールと言うべきか、ウェーブの少女とは対照的に感情の読めない表情で秘書のように直立している。

 どちらもかなりの美少女だった。彼女たちが直に血圧計のカフを巻いてくれるのだとしたら、なるほど、梶川が壊れるわけである。

 この部屋にいるってことは、二人とも生徒会役員なのだろうか。そういえば、あのウェーブの人が入学式の時にあいさつしていたような記憶がある。

 ただ、この部屋には彼女たちしかいない。健康診断の手伝いをしているのならば、教師か医師か看護師がいてもよさそうなのに……。

 そこが気がかりと言えばそうだが、そんな疑問はすぐに吹き飛ぶことになる。

 言われた通り診断表をポニーテールの少女に渡し、何か面接みたいだなと思いながらパイプ椅子に腰かけた瞬間、魁人は見た。見えてしまった。

「――!?」

 血圧計のカフを手にしたウェーブの少女に、あの透明な光が宿ったのだ。さらに球状だったそれが、突然形を変えてまるで炎のように燃え始めた。

「これを手首に巻きますから、左手を机の上に出してください」

 しかも、見えるのは彼女だけではなかった。彼女の手にしているカフ、それと繋がっている血圧計にもあの謎の輝きが見えていた。それは光球でもなければ炎の形もしていない。まるで回路のように細く全体に張り巡らされ、血管を流れる血液のように絶えず流動している。

(な、何だ、何なんだよ、これは……?)

 流石に気味が悪くなり、冷や汗が頬を伝う。

 そんな魁人の様子を訝しんでか、ウェーブの少女が首を傾げる。

「? どうかしましたか? 手を出してくれないとカフを巻けないのですが……」

「あ、はい、えーと……」

 とは言われても謎の輝きは現在進行形で見えているわけで、はっきり言うと出したくない。あんな得体の知れない物を巻かれるなんてごめんだ。でも、そうしないと不審に思われる。あの輝きが見えているのは自分だけなのだから。と――


「へぇ~、君、もしかしてわかるんだ」


 感心したような声がかけられた。弾かれたように血圧計からウェーブの少女に顔を向けると、彼女のにこやかだった笑顔がどこか不敵な雰囲気に変わっていた。

「……は、はい?」

「わかるの? わかるんだよね。わかるんでしょ!」

 興奮した様子で彼女は身を乗り出して変な三段活用を使ってくる。ゆさゆさと胸が揺れ、息がかかりそうなほど近くに迫った彼女の顔は、プレゼントを貰った子供のようにキラキラと輝いていた。

「わ、わかるって……何が、ですか?」

 美人に迫られてどぎまぎする魁人に、彼女はさらりと言ってくる。

「君、何かを見たり感じたり、変な力を使えたりするでしょ?」

「!? 何でそれを」

「あはっ! やっぱりやっぱりー♪ ビンゴだよ、あおいちゃん」

 身を乗り出したまま彼女は後ろの少女を嬉しそうな顔をして振り向く。だが、葵と呼ばれたポニーテールの少女は何も言わず、ただ無感情な視線でまっすぐ見詰め返すだけだった。

 すると、ウェーブの少女はハッとして乗り出した身を引いた。自分のした行動が恥ずかしかったのか、その頬は僅かに朱に染まっている。

「あ、あははー、ごめんね。私としたことが、つい取り乱しちゃった」

 てへ、と可愛らしく笑ってみせる彼女に、ポニーテールの少女――葵が初めて口を開く。

「興奮しすぎ」

 抑揚のない、しかしどこか呆れを含んでいる口調でぼそりと一言。そんな表情も特に変化していない彼女に、ウェーブの少女はムッとして言い返す。

「葵ちゃんは落ち着き過ぎだよ。ほらほら、笑顔作って笑顔。こういう時は営業スマイルだよ。それにもっと笑った方が男の子にもてるわよ?」

「別にもてなくていい」

「むー、葵ちゃんが笑うのってリクちゃんといる時くらいじゃない。今度人を強制的に笑顔にする術式でも開発しようかな?」

「時間と魔力の無駄遣い」

「あのう、俺のこと忘れてません?」

 問いを無視された上に蚊帳の外にされかけていた魁人が恐る恐る発言する。

「ていうか、『ジュツシキ』とか『マリョク』って……何?」

 彼女たちの会話の中に聞こえた妙は単語。聞き流してもよかったが、なぜか頭にこびりついて離れない。

「あ、そうだった、ごめんごめん」ウェーブの少女はニコニコとした笑顔に戻り、「君、普通の子みたいだからいきなり言われても意味わかんないよね。えーと、ここは自己紹介からかな」

 そこで一呼吸置いてから、彼女は別に訊いてもいないのに勝手に自己紹介を始めた。

「私は三年生で高等部生徒会長の月夜詩奈つくよみしいな。『月夜』って書いて『ツクヨミ』、叙事詩の『詩』に奈良県の『奈』で『シイナ』って読むの。よろしくね♪」

藤林葵ふじばやしあおい。二年生。会計。……よろしく」

 やはり抑揚のない声で葵も月夜の後に続いた。

「いや自己紹介なんてどうでもいいし! それよりも俺のことわかるんですか!? 俺、何か光が見え……」

 そこまで言いかけて、魁人は言葉を止めた。冷静に考えれば、知りたいと強く思った直後に手掛かりが飛び込んでくるなど都合がよ過ぎる。さっきは多少なり気が動転していたから、聞き間違いだという可能性もあるだろう。

 だが、月夜はうんうんと嬉しそうに頷いて、聞き間違いではなかったことを告げる。

「わかるわけじゃないけど、君が変な力を持ってるって言うのなら、私たちはそれを否定したりはしないよ。君自身は力の正体を知らないみたいだから、寧ろわかるのはこれからかな。というわけで、ちょっと訊くけど――」

 月夜は両肘を机の上に置いて手を組み、ふややんとした表情を少しだけ引き締めて、言う。


「君は、魔術って信じる?」


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