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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第一巻
26/61

三章 呪術的実験(2)

 第一校舎最上階――生徒会室。

「彼女で七人目。昨日の六人と合わせたら、これで十三人」

 室内に敷かれた布団の上に鈴瀬を寝かせ、生徒会長・月夜詩奈は表情を曇らしてそう言った。

 月夜の言葉通り、鈴瀬の隣には六人の男女が同じように寝かされていた。彼らも鈴瀬と同じように苦しそうな表情をしている。

 保健室ではなくここに連れてきたのは、やはり魔術が関わっているからだ。教室一個分の広さはある生徒会室だが、流石に七人も寝かせていては周囲の家具もあるだけに狭く感じる。

 その家具に関してなのだが、魁人は入室した途端に自分の目を疑っていた。家具そのものや配置が、前に一度入った時とは大幅に違っていたからだ。

 資料や本が詰め込まれている棚、エアコンや天井の電灯はそのままだが、長机だったものは大きめのガラステーブルに代わり、それを挟むようにパイプ椅子がグレーのソファーへと進化し、フローリングの床には豪奢な絨毯が敷かれ、奥にあるどこかの社長室から奪ってきたような執務机の上には最新型のデスクトップパソコンまで設置されている。ついでに小さめの冷蔵庫らしき白い物体も隅っこに見つけた。

 そして、棚と棚の間にある扉の向こうがシャワー室だということを考えると――そんな普通に人が住めそうな環境は、魁人のボロアパートなんかよりも百倍は至れり尽くせりである。普段ならツッコミの一つも入れたいところだが、今はそんな心の余裕はない。

「本当にこれ、呪いだったのか」

 鈴瀬を担いでここまで来る途中、紗耶からだいたいの事情は聞かされている。蠱術とか言われてもピンとこないが、蟲を使った呪いだということは理解した。寝かされている他の生徒を魔眼で確認し、鈴瀬の中にもいたあの蜘蛛がレントゲン写真のように見えたから間違いない。

「そう」

 月夜が魁人と対面するソファーに腰を下ろす。彼女の隣には銀英が、魁人の隣には紗耶が座り、行き詰った会議のような重たい空気を作り出している。ちなみに葵は他に倒れた者がいないかリクと共に見回りをしているらしい。

「これは歴とした呪術。昨日の時点ではテニス部だけだったんだけど、この通り、今朝からは無差別になってきてるみたいなの」

 ここに運ばれた被害者は、野球部の朝練中だった者や、美術室でコンクールの絵を仕上げていた者、鈴瀬に至っては何の部活や同好会にも属していない。学年も性別もバラバラ。無理やり共通点を挙げるとすれば、この学園の生徒ということくらいだ。もっとも、学園外で同じようなことが起こっていないともかぎらないが……。

「だったら、さっさとその呪いの犯人を捕まえてくださいよ」

「それができたらとっくにやってるわよ。それに今回の相手は素人じゃなくって本物の呪術師。一筋縄じゃいかないのよ」

 自分がスカートを穿いていることなど全く気にせず紗耶は足を組み、ついでに腕も組んで不機嫌そうにそう言った。彼女が不機嫌なのは、自分が目を光らせていたにも関わらず、さらに七人も被害者を出してしまったからだ、と銀英がこっそり教えてくれた。

「まだ犯人もわかってないから、危険だからって生徒たちを帰すわけにもいかないのよね」

 月夜は困ったように頬に手をやる。彼女の言っていることはわかる。帰した生徒の中に犯人の呪術師がいるかもしれないということだろう。

「犯人の特徴は白衣を着た恐らく男。でもそんな情報、着替えられたら意味なくなるからねえ」

「? 銀先輩、何でそんなことわかってるんですか?」

 魁人の疑問には月夜が答える。

「昨日、ちょっと犯人と接触したのよ。暗かったから顔はわからなかったんだけどね。白衣を着てるだけじゃ、生徒か先生かもわからないし」

「銀英が逃がすからこんな面倒なことになったのよ」

「いやもうそこは引っ張らないでほしいな」

 紗耶に睨まれ苦笑する銀英。昨日紗耶と別れてから何があったのか、大まかにわかったような気がする。

 魁人は呪いを受けた生徒たちを見やる。

「どうにかその……『蠱』ってやつを取り除けないんですか?」

 できることならとっくにやっている、そんなことはわかっているのだが、本当に苦しそうな皆の顔を見ていると、訊かずにはいられなかった。

「残念だけど、犯人を捕まえないことには無理なのよ」

 試行錯誤したが、もうそれしか方法がない。月夜の表情は、そう語っていた。

「無差別に人を呪う犯人の目的は何なんですか?」

「それも捕まえてみないことにはわからないさ」銀英も真剣な顔で、「まあ、魔脈の上に建っているこの学園をものにしたい魔術師は少なくないから、外部の線も考えた方がいいかもね。可能性は薄いけど」

 学園を――この土地を奪うには、十人ちょっとを呪ったくらいでは意味がない。それこそ百人単位で呪いをかけないことには、学園の上層部は重い腰を上げないだろう。銀英は、そのようなことを後で付け足した。

「鈴瀬らは、もしずっとこのままだったら、その、どうなるんですか?」

「死ぬわね」

 それには紗耶が、非情とも言えるほど素っ気なく答えた。

「お前、何で平気な顔でそんなこと言えるんだよ」

「フン、あんただって頭ではわかってるんでしょ? はっきり言ってあげたんだから文句言わないでよ」

「だからってそんなストレートに言うことも――」

「あーもう! うっさい! すぐに殺さないってことはそれなりに意味があるんじゃないの? まあ、術者が悪趣味なだけかもしれないけど」

「はいはい二人とも落ち着いて」

 月夜が宥めるように言った時、ガチャリ、と廊下側のドアが開いて葵が戻ってきた。彼女の腕には、愛らしい子犬の姿のリクがぬいぐるみのように抱かれている。

「詩奈、他に倒れた生徒はいない」

 彼女はドアを閉める前に、月夜に向かってそう報告する。

「そう。ありがとう、葵ちゃん。でも蠱が潜伏してるだけって可能性もあるから、まだ気をつけとかないとね」

 月夜は彼女を労うように優しく微笑んだが、同時にまだ安心できないことも告げた。と、葵が今気づいたように無表情な顔を魁人に向ける。

「魁人、来てる」

「わう!」

 葵が呟くと、リクがいやいやをするように体を捻り、彼女の腕から抜け出して尻尾を振りながらてこてこと魁人に駆け寄る。瞬間、魁人の脳裏に初めてリクと会った時の出来事がフラッシュバックされる。

「うわっ! こいつまたか!?」

 反射的に身を引いてしまい、横に座っていた紗耶と背中が密着する。

「ちょ、ちょっと寄らないでよ!」

「おやおやぁ、天下の紗耶お嬢様がお顔赤らめてらっしゃいますねえ。いやぁ、顔から火が出るとはこのことかな? もしかして紗耶は魁人のことを――」

 からかうように言ってきた銀英に、紗耶はさらに顔を真っ赤にして手近にあったクッションをプロ野球選手もビックリの剛速球で投げた。だが、彼はそれを首だけの動きでいとも簡単にヒョイっとかわしてしまう。クッションは彼の背後にあった棚にぶつかり、一体どんな力で投げたのか、軽快な音を立てて破裂した。羽毛が飛び散る。

「紗耶ちゃん……」

 舌打ちする紗耶に月夜が笑顔を向ける。その何か黒いオーラのようなものが具現化して見えそうな優しげで怖い笑みに、紗耶の肩がビクゥッと跳ねた。

「後で、掃除してね」

「……は、はい」

 あの紗耶が縮こまっているのは滑稽だったが、魁人はもっとおかしな状態になっていた。

 飛びかかってじゃれつく子犬に押し倒されている、そんな情けない絵である。

「こ、これちょっとどうにかしてくださいよ! 噛む、噛まれる!?」

「大丈夫。リク、気に入った相手は噛まない」

 葵がそう言うと、銀英が面白いものでも見るようにニヤけた笑みを浮かべて立ち上がり、『そうそう』と相槌を打ちながら魁人たちの方に回ってくる。

「僕みたいに懐かれると、リクってけっこう可愛いんだよねえ。――ほーらリク、お手」

 ――がぶりっ!

「痛い!?」

「銀は嫌いだから噛む」

「ええっ!?」

 そこに呪いをかけられた生徒たちが並んでいるというのに、魔術師らにはまるで緊張感というものがない。いや、初めの重たい空気を考えると、そうでもないのかもしれないが……。

(というかこいつら、生徒なんてどうでもいいって思ってるんじゃないだろうな?)

 魁人がそんな風に思った時、月夜がタイミングを見計らったように咳払いをした。

「……えっと、話を戻すけど、いいかな?」

 言った刹那、場の空気が深刻モードに戻った……気がする。魁人にじゃれかかっていたリクは再び葵に抱えられ、銀英は苦笑しながら歯形のできた手を押さえて月夜の隣に戻る。魁人が慌てて姿勢を正すと、心なしか少し頬を紅潮させた紗耶が魁人との距離を一つ空けて座り直した。

 皆の様子に月夜は、うん、と頷き、小さく息を吐いてから言葉を紡ぐ。

「まずはやっぱり、犯人の呪術師を見つけないことにはどうにもならないってことは確かね。一応、風紀委員にも調べてもらってはいるんだけど、相手は本物。私たちが動いてもすぐには見つからないわ。でも、ゆっくり捜している時間もない。彼らは刻一刻と魁人くんが見た蜘蛛の蠱に蝕まれているわけだから」

 手掛かりとなるものは非常に少ない。学園の秩序を魔術的に守る魔術師がこの場に四人もいるというのに、月夜の言葉はまるで絶望的なもののように聞こえる。

 しかし、月夜は諦めてはいなかった。彼女の瞳に宿る光――言うなれば、希望の光が彼女には見えている。

 そしてその光は、魁人に向けられた。

「だからお願い、魁人くん! 君の眼なら、呪術師を見分けられると思うの。生徒会に入ってとまでは言わないから、今回だけは力を貸してほしいの!」

 月夜は頼んだ。

 何の魔術も使えず、体術もよくて人並みで、魔力を見ることだけが取り柄の自分に――

 下げた頭の上で両手を合わせ、ただ純粋に生徒たちを助けたいという気持ちを表し、その生徒会長は、一般生徒たる自分に頼み込んだ。

「……何でですか」

 そんな彼女、いや、彼女たちを見て、魁人は思った。

「何で先輩たちは、学園や生徒のためにそこまでするんですか? 命を落とすことになるかもしれないんですよ?」

 月夜は顔を上げると、にっこりと、微笑んだ。

「魁人くんは、知ってる? 私たち魔術師はね、一度交わした契約は絶対に破らないの。悪魔や精霊とかとの契約を破るってことは、術者が死ぬということ。それは人間でも同じ。命まではなくならないかもしれないけど、魔術師としての信頼は確実に失うわ。それにね、魁人くん――」

 彼女は僅かに首を傾げ、どこかからかいの混じった口調で言ってくる。


「君はもしかして、私がただ雇われただけで生徒会長なんてやってると思ってるのかな?」


「!」

 魁人は微かに目を見開く。そこにある天使のように優しげな微笑みは、とても『魔』術師なんて呼ばれる存在だとは思えなかった。

「銀くんも葵ちゃんも紗耶ちゃんも、それぞれに理由があって生徒会に身を置いてるんだよ」

 魁人は他の三人を一人ずつ見ていく。銀英は爽やかに微笑み、葵は無表情、紗耶に至っては目を反らされたが、誰も月夜の言葉を否定しようとはしなかった。

 一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐いて心を落ち着ける。そして月夜をまっすぐ見、答える。

「わかりました。今回は、俺も他人事ではありませんし。それに――」

 魁人はチラッと苦しそうに眠っている鈴瀬を見る。まだ彼女とは知り合って間もない浅い関係だが、自分を心配してくるような人のために動くことに理由なんていらない。


「俺は最初から、そのつもりだったんですから」


 そう告げた瞬間、月夜はパァっと満面の笑顔を咲かせた。

「ありがとう、魁人くん! よかったよ、もしも断られたりなんかしたら――」

「あの紙に無理やりサインさせて俺を洗脳するつもりですか?」

 魁人は昨日強引な手を使ってきた月夜のことを思い出す。だが、彼女はすまなさそうに、

「あ、あははー。ごめんね、あれはただの契約書なの」

「は? でも、来ざる得なくなるって……」

「正式な生徒会のメンバーになれば、魁人くんを強制連行することもできるから」

 ……今のこの状態、もし自分が協力する気などなかったら強制連行になるのではないか。そう考えたりもしたが、現実は自分の意志で来ているわけだからいいか。

「えーと、まあ、とりあえず、俺の眼を使って犯人の呪術師を捜すということはわかりますが、高等部の生徒だけでも千人近くいるのに、どうやって捜すんですか?」

「あははー、そこをどうにかするのが私たち生徒会の仕事だよ」

 月夜は、どこか含んだような笑みを浮かべてそう言った。


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