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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第一巻
25/61

三章 呪術的実験(1)

 登校してから朝のHRが始まるまでの時間は、どこのクラスもだいたい似たような雰囲気だ。

 入学してから五日目ともなれば、気の合う者たちで構成されるグループの一つや二つ、三つや四つは当たり前のようにできてくる。しかしまだ初番、構成メンバーは中学の時から仲のよかった者たちが中心となっている。まあ、それも次第に変化していくことだろう。

 とにかくこの朝の時間は、挨拶を済ませた仲間同士で集まり、昨日見たテレビ番組のことや、新作ゲームの話、土日の過ごし方など、それぞれがくだらないと思える話題で賑わっていた。

 その中で一番多く話題として取り上げられていることは――昨日学園のテニス部で起こった謎の昏睡事件だった。何でも、練習中に部員が六人も同時に倒れたのだが、彼らのどこにも外傷はなく、ガス等が漏れていたようなこともなかったと聞いている。食中毒でもなければ、新手のウイルスの線も薄い。なるほど、『謎』だ。

 しかし魁人には、そのことに関して少し思い当たる節があったりする。

(魔術……なのか?)

 他に考えられない。昨日の様子から、生徒会の魔術師も動いているようだし。

「呪いだって、絶対に呪いだって! テニス部に恨みを持った金髪巨乳美女が毎晩部員の名前が書かれた藁人形に釘をカンカンとだな」

 魁人の机にしな垂れかかるようにして、梶川邦明が妙に恍惚とした感じで言ってきた。魔脈のせいで魔術に興味関心のある者が集まっているためか、梶川と同じような噂をしているグループもちらほら見かけてはいる。だが――

「何で金髪巨乳美女なんだよ?」

「オレの妄想♪」

「お前、やっぱ変った趣味してるな」

「いやいや、オレは美女であれば変な電波拾ってようがゴキブリって美味しいよねって言われようが返り血まみれで絶叫しながら包丁振り回してようがオールオッケーさ!」

「……せめて最後のはやめとけよ」

 魁人は額に手をあて、これ以上ないほどわかりやすく溜息をついた。ちなみに梶川との関係はこの通り回復済みである。

「あ、あの、羽柴君」

 そんな時、横から遠慮がち且つ消え入りそうな声がかけられた。

 額から手を外して顔を向ける。と、そこには鈴瀬明穂の姿が。

「ああ、鈴瀬か……って、どうしたんだその隈!?」

 魁人は目を丸くする。彼女の目の下には、それはもうペンか何かで描いたような陰影ができていたのだ。しかも足元がおぼつかないようにふらふらし、今すぐ倒れてしまいそうな危うい感じがする。

「その、私、羽柴君が心配で……。あの後、酷いことされたんじゃないかって思ったら、その、一睡もできなくて……」

「あっ……」

 そういえば彼女のことをすっかり忘れていた。様子からして一応家には帰れたようだが、遅くまで街を駆け回り、必死に自分のことを捜している姿が一瞬目に浮かんだ(妄想だが)。

「いや、まあいろいろあったけど……。ほら、この通り俺は無傷だからさ。心配してくれてありがとう、鈴瀬」

 軽く腕を回しながら柔らかく微笑んで言うと、彼女は『よかった』と安堵の表情を見せる。心なしか、少し隈が薄くなったような気がした。と――

「ちょいちょいちょいちょいちょい待ってくださいよ魁人君!」焦ったように、梶川。「アナタはオレを差し置いて我がアイドル・鈴瀬さんと昨日一体どんなステキイベントを繰り広げたって言うんでぶぐっ!?」

 飛びかかりそうな勢いだった梶川は魁人に頭部を掴まれ机に叩き伏せられた。

「今の話聞いて何でそう思えるんだ、お前は。その耳はアレか? 取り外し可能なレプリカか?」

「ふぁ(だ)、ふぁっふぇふふへはんほふぁはほはほうはんふぁほん(だって鈴瀬さんと仲よさそうなんだもん)」

「机とキスしてる状態で喋っても何言ってるかわからないぞ、梶川」

 そんな風に押さえつけているのは自分なのだけれど。

「悪い、鈴瀬。こいつの言動は一々気にしなくていいから」

「う、うん。でも、梶川君、そろそろ……」

 見ると、梶川がギブギブというように机を叩き始めていたので、魁人は仕方なく押さえつけていた手を放してやった。すると梶川は、ぷはぁ、と平泳ぎの息継ぎをするように顔を起こす。

「あー、いや、まあ、うん。これでオレが鈴瀬さんとお付き合いできるかもしれない繋がりができたってわけだ。グッジョブ、魁人!」

「えっと、ごめんなさい」

「フラレタ!?」

 丁寧に頭を下げて断られた梶川は、がはっ、と起き上がったばかりなのに再び机に突っ伏した。彼の何かが崩壊したような幻聴まで聞こえた気がする。とりあえず、哀れみの視線を送りつつ心の中で拝んでやった。

 これも梶川にとっていい教訓になるのでは、と適当に思いながら、魁人は鈴瀬に顔を向ける。自分なんかを心配したせいで一睡もしていない彼女を、どうにか休ませてあげるべきだ。

「鈴瀬、なんだったら保険室で寝てこいよ。先生には俺から言っといて――」

 しかし、魁人の言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 言葉の途中で鈴瀬がふらついたと思うと、


 彼女は全身の力が抜けたようにゆっくりと――

 ――倒れた。


 最初は、安心して眠気が最頂点にまで達したのかも、と思った。

 だが、違った。倒れた彼女は苦しそうに胸を押さえて喘ぎ、次第にその声も弱くなって、消えた。胸を押さえていた手は力なく垂れ、表情はまるで悪夢でも見ているような、そんな苦渋に満ちたものだった。

 不幸中の幸いは、倒れたところが机と机の間だったということくらいか。

「おい鈴瀬! 鈴瀬!」

 梶川も含めた教室中の誰もが呆然としている中、一早く我に返って状況を理解した魁人が彼女を抱き起こす。その際、ガシャーン、と椅子が倒れたが、気にしている場合ではない。

 彼女の呼吸は死人のように静かだが、止まっているわけではない。胸も僅かに上下しているし、心臓がまだ力強く鼓動しているのを抱き起こした手を通じて感じる。

 やがて誰かが悲鳴に近い声を上げるが、魁人の耳には入らない。

「お、おい魁人、鈴瀬さん、一体どうしたんだよ」

 梶川が不安げに覗き込んでくる。どうしたのかなんて、こっちが聞きたいくらいだ。

 ――テニス部の昏睡事件――

 そのフレーズが脳裏を過る。まさかと思い、意識を眼に持っていく。

 魁人の眼は魔眼。その力は視界の範囲内に在るあらゆる魔力を映すこと――と今は納得している。この眼で鈴瀬を見れば、あるいは何かがわかるかもしれない。

「――ッ!?」

 見たくなかった。見えなければいいと思っていた。そうだったら、彼女は魔術とは関係ない、過労か何かで倒れたのだろうと考えることができた。

 でも、見えてしまった。昨日までは彼女になかった光――魔力を。

 場所は彼女が押さえていた胸の辺り。形は、豆電球でも炎でもない。これは――

(蜘蛛?)

 種類で言えば、ハエトリグモに近い形状と大きさをした光だ。それに――

(これ、動いている)

 揺らめきでも明滅でもなく、まるで生きているように八本の足が動作している。

 とり憑かれている。よくわからないが、もしかするとこれはそういうものなのかもしれない。

 魔獣か悪霊に偶然とり憑かれたのかもしれないが、もしこれが誰かが作為的にやったもので、テニス部の昏睡事件も同じだとすれば……。

(――許せるかよ!)

 くそっ、と毒づき、魁人は拳を強く握った。知り合って間もないが、鈴瀬は確かに本気で、それも一睡もできなかったほど、自分のことを心配してくれていた。そんな優しい彼女が一体何をした? 何もしていないはずだ。

 怒りが湧く。自分の命は惜しいが、知り合いをこんなにされて黙っていられるほど、魁人はチキン野郎ではない。犯人がいるならば、必ずぶん殴ってやる!

 たとえ相手が、魔術師だったとしても……。

 その時、バン、と教室のドアが勢いよく開かれた。

 教室中の視線が集う。入ってきた少女は、腰よりも長い綺麗な黒髪を揺らしながら、まっすぐ魁人たちの方へと歩み寄る。

 少女は昏睡した鈴瀬を一瞥すると、忌々しげに舌打ちし、


「あんた、その子を連れて生徒会室まで来なさい」


 彼女は――生徒会魔術師である神代紗耶は、凛とした声でそう言ってきた。


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