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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第一巻
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二章 炎の退魔師(5)

 那緑市の繁華街はメイザース学園から徒歩十分ほど離れた近場にある。

 そのため放課後になると、この辺りでは一番規模も生徒数も多いメイザースの制服が目立ってくる。

 魁人もその中の一人として風景に溶け込み、夕刻の繁華街を宛てもなく歩いていた。

 魁人は学生寮ではなく、学園からほどよく近い安アパートを借りている。理由は寮よりも一人暮らししているという実感が湧くし、寮は相部屋しか開いてなかったからだ。

 しかし、今は帰る気にはなれない。自分を襲ってきた(と判断してもいいだろう)のが月夜だけだったことを考えると、他のメンツが家で待ち伏せしていないともかぎらない。

 だからこの繁華街で適当に時間を潰そうと考えたのだが、よくよく考えれば一人で来たのは初めてだ。ゲーセンとか本屋とかでどうにかするしかないだろう。そういえば昨日は水曜日。いろいろあって恒例の立ち読みをしてなかった。まずはコンビニに行こう、そう決める。

「まったく、梶川がいればこんなに考えなくても時間潰せるんだけどなぁ。あの魔術師のせいではぐれちまったし」

「ま、魔術師!?」

「そうそう、魔術師魔術師。あいつらもう何でもありなんじゃないのって感じで……!?」

 弾かれたように魁人は後ろを振り向く。独り言に返事が返ってくるわけがない。一瞬噂をすれば梶川かと思ったが、今のは百歩譲っても女性の声だ。

 魁人が振り返ったのと同時に、そこにいた少女の肩が驚いたようにビクゥと跳ねた。

 肩にかかる程度に伸ばした髪、その前髪は緑色の可愛らしいデザインのヘアピンが留めてあり、大人しそうな作りの顔にクリッとした双眸が踊っている。背は百六十センチに届くか届かないかで、自分と同じメイザース学園高等部の制服が彼女の華奢な体を包んでいた。

 追っ手かと思いきや、そうではなかったようだ。振り返った魁人の顔が余程怖かったのか、彼女は妙にオドオドとしている。それに、魁人は彼女を知っていた。

「えっと……鈴瀬、さんだっけ?」

「あ、はい」

 彼女は魁人のクラスメイトで、梶川に一年の美少女の名前を連ねさせたら必ず上位にくる女子生徒――鈴瀬明穂である。

 昨日の朝まで名前も知らず、同じクラスという接点以外何もなく、あいさつすらしたこともない彼女がなぜ自分の後をつけるように――いや、そこは偶然かもしれないが、自分の独り言に言葉を返してきた意味がわからない。

 見た感じ彼女は積極的に他人と交流を持つようなタイプではなさそうだし、休み時間は大抵自分の机で本を読んでいるイメージしかない。

 そんな彼女が、上目遣いで遠慮がちに訊いてくる。

「あ、あの、その、は、羽柴君は、その、ここで何をしてるの、ですか?」

 触れれば崩れてしまいそうなほどビクビクしている。恐らく本当は話しかけるつもりはなかったが、そこに『魔術師』なんて単語が出たから、思わず声を出してしまったのだろう。

 生徒会の手先――裏風紀委員か何かかもしれないと考えたが、彼女を見ても魔力はなかった。だから安心して話ができる。

「俺はまあ、ちょっとブラブラして時間潰してるだけだけど。鈴瀬こそ、こんなところに一人で何してるんだ?」

 質問し返すと、彼女は顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうにさらに俯き加減を増した。

「あの、えっと、本を買いに来たのだけど、わ、私、この辺り初めてで、その、友達もまだいなくて、その……」

「迷子?」

「はうっ!?」

 核心を突くと、彼女は面白いくらいに真っ赤にした顔を跳ね上げる。人見知りが激しいというか、極度の上がり症というか、はたまた男性が苦手なのか、その全てに当てはまりそうだ。

 魁人は小さく息をつき、あまり刺激しないように言葉をかける。

「それで、何でわざわざこんなチャレンジを? 行き慣れたとこに行けばよかったじゃないか」

「えっと、私の知っているところにはなくって、この辺りの方が、大きい本屋さんがあると思ったから……」

 なかったのなら注文すればいいじゃないか、と言おうとしたが、やめた。彼女の性格から考えて、それにはけっこうな、それも校舎二階の窓から飛び降りるくらいの勇気は必要だろう。

 ちなみに魁人の足はまだ微妙にヒリヒリしていたりする。

「本は……買えてるみたいだな」

 彼女が両手で抱くようにして本屋の袋を持っているため、魁人はそう判断する。中身は、休み時間に呼んでいるような文庫本の類と勝手に想像する。

「はい。でも、その後道がわからなくなって、彷徨ってたら、羽柴君を見つけて、その、知ってる人だったから」

「後をつけてきた、と」

「ぅう……」

 何か一人ぼっちになったウサギのような感じがする鈴瀬。困っているのに失礼かもしれないが、そこがちょっと可愛く思える。少なくとも、あの生意気な神代紗耶よりは断然。

 ふぅ、と魁人は彼女にわからないように息を吐く。

「鈴瀬の家ってどこ? もしかして寮?」

「あ、いえ、柿内町、です。あの、私、マンションで一人暮らしだから……。寮は、その、相部屋しかなかったから、嫌だったというか……」

 柿内町は市内の町だが、繁華街とは逆の方向だ。というか、彼女は『マンション』で自分は『安アパート』。単語を聞くだけでも雲泥の差を感じる。

 魁人はやれやれと肩を竦めた。

「わかった。どうせ時間潰してるほど暇だし、どこまで送れば帰れる?」

 すると、鈴瀬の表情がパッと輝いた。

「あの、できれば学園まで。その、ごめんなさい、私、方向音痴で……」

「あー」

 学園までと言われると迷う。そこは自分のアパートよりも、今はまだ近づきたくない場所だ。

「ダメ……ですか?」

「あー、いや、いいよいいよ。全然オーケー」

 困っている女の子を、このまま放っておくわけにもいかないだろう。学園までといっても、中まで入るわけではないのだ。

(大丈夫、大丈夫)

 そう自分に言い聞かせ、魁人は来た道を戻ることとなった。


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