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魔術的生徒会  作者: 夙多史
第一巻
14/61

二章 炎の退魔師(4)

 放課後。

 帰り支度を済ませた魁人は――校舎内の廊下を全力疾走していた。

 他の生徒たちを押しのけ、何かから逃げるように――ではなく、本当に逃げていた。

 走りながら、青く染まった魔眼で床、壁、天井に目を凝らす。そのところどころに、透明な魔力の輝きが見て取れた。

 正体は、ルーンの文字。それが廊下のいたるところに白チョークで刻まれている。傍から見れば単なる落書きだが、魁人はこれが魔術だと知っている。

 銀英の警告はこのことだろう。ルーンは、生徒会長の月夜詩奈が扱う魔術である。

 他の生徒たちは気づいていない。それどころか、だんだんと人気が少なくなっているような気がする。

 それに、異常はもう一つあった。

「ていうか、ここどこだよ!?」

 魁人は今、自分がどこを走っているのか把握できていなかった。確かに校舎内は広く複雑なところもあるが、それでも魁人は方向音痴ではない。まっすぐ昇降口へ向かったはずなのに、一向に辿り着けない。

 わかっていることは、すぐそこの教室が物置的になっていることと、ここが二階だということだ。知らず知らずの内に、数ある特別棟の中のどこかにでも誘導されたのかもしれない。

 そう考えた時、魁人は立ち止まった。いつの間にか、人気が全くなくなっていたのだ。


 シン


 静寂が場を支配する。こういう無音時には、ピーという変な電波でも拾ってるんじゃないかという音だけが耳の奥で鳴っている。

「あははー。逃げても無駄だよ、魁人くん」

 その静寂を破るように、背後からそんな声と靴音が魁人以外誰もいなくなった廊下に響く。

「月夜……先輩……」

 ゆっくりと振り返り、魁人はそこに存在するウェーブの少女の名を呟いた。

「これ、一体何がしたいんですか?」

 廊下の床から天井までに刻まれたルーン。ここに来て、その数は見ただけでは計りきれないほど増えていた。

 人はいなくなるし、階段を昇ろうが降りようが一向に抜け出せない無限迷路。まるで異界だ。恐らくルーンを一つずつ消していけばこの魔術は解けるかもしれないが、どれだけ量があるのか皆目見当がつかない。一体チョークを何本犠牲にしたらこれだけのものが書けるだろう。

 月夜の狙いは、本当はわかっている。

「うん。私はただ、魁人くんに生徒会に入ってもらいたいだけだよ」

 そういうことだ。自分を引き入れるためだけに、ここまでのことをやってのけるとは、向こうもそれなりに本気なのだろう。

 だが、こっちだって本気だ。

「それは無理ですって、昨日断ったじゃないですか」

「でもね、魁人くんの魔眼は危険かもしれないの。私たちが近くにいれば、もしもの時の対処ができるから」

「それは銀先輩から聞きました。『危険かもしれない』ってことは『大丈夫かもしれない』ってことです。それに生徒会に入ったところで、四六時中一緒にいるわけじゃないんでしょ? 先輩は、ただ俺の眼がほしいだけじゃないんですか?」

 銀英のもったいない発言はそういう意味なのだろう。それはどうやら当たっていたらしく、うっ、と月夜は一瞬だけ怯んだ。

「魁人くんは、その眼を役立てたいとかって思わないの?」

「役に立つのならそうしたいですよ。でも、我が身かわいさが優先です」

「魁人くんに戦いまで要求しないよぅ」

「それでも、とばっちりを受けるかもしれない」

 あー言えばこー返す魁人に、月夜は子供のように頬を膨らます。そして、おもむろに大きく膨らんだブレザーの胸ポケットから四つ折りにした紙を取り出すと、それを広げ、突きつけるように魁人に見せる。

「あまりこういうのは好きじゃないんだけど、この書類にサインしさえすれば、魁人くんはもう生徒会のもの――じゃなくて、仲間になるんだよ」

 言い直したのが微妙に気になるが、魁人は冷めた口調ではっきりと告げる。

「サインなんてしませんし、無理やりさせられても生徒会になんて行きませんよ」

「来ざる得なくなるの」

「なっ!?」

(ということは、あれはサインした人を洗脳したり何かしたりする魔術的な何か……)

 魁人には『何か』としか表現できないが、知識がないのだから仕様がない。それでも死守すべきことは理解できる。あれにサインをしてはいけない。

 魁人は周囲に視線を泳がす。魔眼で見ているため宇宙空間みたいキラキラしている廊下だが、どこかに抜け出せる『穴』があるかもしれない。

 と、そんな魁人の様子に気づいたのか、月夜が勝ち誇った笑みを口元に浮かべる。

「逃げようとしてもダメよ。この擬似的無限迷宮は、この廊下のあらゆる出入り口の空間を歪めてるから、階段を昇ろうが降りようが、どこかの教室内に隠れようとしても、ここへ戻ってくる仕組みになってるの。この術式を構成しているルーンを全部消せば流石に解けちゃうけど、人を寄せつけないようにするルーンも混ぜてるから、魔術の知識がない魁人くんは、結局これ全部消さないといけなくなるわけ」

 つまりこの星の数ほどあるルーン全てが同じ術を作っているものではないが、見分ける知識を魁人は持ち合わせていないため結局は全部同じものとして考えるしかないということか。

 全てを消そうと思えば時間を食い、その間に月夜に捕まってサインさせられる。これは絶体絶命とかいうやつではないだろうか。

(いや、待てよ……)

 魁人は眼を凝らす。銀英に言われた通り、意識を全開で魔眼に注ぎ込む。

(――わかる!)

 見えた。魔力の輝きに微妙な強弱がある。それもきっぱりと二種類の強さだ。

『人払い』と『空間歪曲』、知識のない魁人が考えてもどちらが力を喰うか簡単に想像できた。圧倒的に多い、弱い光を放っている方が『人払い』だ。

 魁人は月夜を一時無視して全体を見回す。その行動を怪訝に思った月夜が首を傾げているが、今は気にしない。

 廊下の角や教室の入口、ここからでは見えないが、たぶん階段のところにも多く強いルーンが刻まれているだろう。

 魁人は月夜に背を向けて走り出した。弱いルーンのところなら抜けられるはずだ。それを探すしかない。

「う~ん、諦めてないみたいだけど、私は魁人くんに時間をあげるわけにはいかないんだよね」

 月夜は胸ポケットに引っかけていた黒い外装のペンを手に取る。どうもそれはペンライトのようで、尻部を押すとペン先が強く光った。

(何をする気だ?)

 魁人は足を止めずに首だけ振り返る。と、彼女はライトグラフィティをするようにペンライトの光で宙空にルーンを刻んだ。

 瞬間、光線のような何かが文字通り光速で魁人が走る前方の床に着弾する。魁人は思わず足を止めた。床には弾丸や弾痕などはなく、少し焦げたような痕だけが残っている。

「これも、ルーンの魔術ですか?」

 焦燥の色を隠せないが、しかしできるだけ落ち着こうとする表情で魁人は月夜を振り向く。

「うん、そうよ。光の残像でルーンを刻む方法。すぐに消えちゃうから持続的な術は使えないけど、その分スピードのある術ができるのよ。こんな風にね」

「!?」

 言うと、月夜は再びルーンの残像を宙空に刻む。それが三つ、時間差を開けて三つの光弾が飛び、魁人の足を容赦なく貫く――ことはなかった。

 どれも周りの床を焦がしただけだったのだ。

 彼女からは殺気は感じられない。当てる気は最初からないのだろうか、それともただ単に外しただけなのか。前者であることを願いたい。

「あはっ♪ 何かこういうのって映画とかのワンシーンみたいだよねー。ん? あれ? ってことは私が悪役!?」

 自分がヒーローだとでも思っていたのか、何か少なからずショックを受けている様子の月夜。だがそんな彼女に構っている暇はない。魁人は辺りを見回し、そして気づく。

(窓側は、全部弱い光だ!)

 しかしここは二階といってもけっこうな高さがある。飛び降りるにはめちゃくちゃ勇気がいるし、無事に着地できるかわからない。が、今はそんな悠長なことを言ってられない。

(こうなったら、仕方ない!)


「え?」

 次に魁人が起こした行動に、月夜は呆けた声を出した。

 窓の方に近づいたと思えば、そこに刻んであったルーンを手で拭き取り、窓を開け、足をかけ、そして――

 ――何の躊躇いもなく飛び降りた。

 窓の外には都合よく木が生えており、魁人は落下中にその枝をうまく利用して重力加速を減らし、まさに猿のように着地まで無事に決めたのだ。木を植えているため下が土だったことも救いだっただろう。

 着地した魁人は窓から覗き込んでいる月夜を見上げ、軽く手なんか上げてこう言った。

「残念ですけど、俺には魔術師と渡り合っていける自信も力もありません。だから俺のことは諦めてください」

 そして、魁人は走り去ってしまった。

 残された月夜は、開かれた窓枠に体を預けて苦笑する。

「あははー、フラれちゃった。まさか飛び降りるなんて。……それにしても、私ったらちょっと魔眼を甘く見てたみたい」

 既に遠くなっている影に視線を向け、彼女はもう一つ、呟く。

「自信も力もない……か。あははー、十分魔術師と渡り合ってるじゃない、魁人くん。これはやっぱり、まだ諦めるわけにはいかないわね」

 でも今回のはちょっとやり過ぎだったかな、と少し反省する月夜だった。


 ……この時、魁人も月夜も気づかなかった。

 上履きのまま外を駆け去っていく魁人とすれ違った白衣の男が、何かを企む狂気めいた笑みを浮かべていたということに。


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