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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


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第9話 秘密を共有しただけなのに修羅場みたいな空気になるのはなぜだ

 影山涼太は、昼休みの教室で自分の弁当箱を開きながら、ここ数日の出来事をできるだけ客観的に整理しようとしていた。


 朝比奈ことり。

 紙袋の件以来、静かに距離が近くなった優等生。


 藤宮みずき。

 勝手にこちらを相談窓口認定し、ついでに妙な噂も広げかねない元気系女子。


 黒瀬レナ。

 人を頼るのが下手なくせに、限界の時だけ不意に弱さを見せる近寄りがたい女子。


 白鳥つばさ。

 観察眼が鋭すぎて、噂の芯だけは正確に嗅ぎ取る後輩。


 ……どう考えても面倒だった。


 しかも問題は、ただそれぞれと個別に関わっているだけでは済まなくなりつつあることだ。

 教室の空気が、じわじわ変わってきている。

 朝比奈が自分に話しかけるだけで目立つ。

 みずきが勝手に“相談窓口”だの“パンツの人”だのと言えば、周囲は面白がる。

 レナと帰り際に会話しているところでも見られれば、また余計なものが積み上がる。

 つばさに至っては、そういうズレを面白そうに観察している節がある。


「……最悪だな」


 卵焼きを一つ口へ入れながら、小さく呟く。


 卵焼きはちゃんと甘さ控えめでうまい。

 だが、味の良さで現実は解決しない。


「何が最悪なの?」


 すぐ横から声がした。


 顔を上げると、みずきがいた。

 いると思った。最近こいつは本当にタイミングというものを選ばない。


「おまえがいること」


「ひどっ」


 口ではそう言うが、全然へこんだ顔はしていない。むしろ楽しそうだ。

 みずきはいつもの調子で涼太の机の横に立ち、勝手に会話へ入ってくる。


「何? また誰かの人生相談?」


「してない」


「じゃあ生活相談?」


「それもしてない」


「でも最近の影山、誰かの困りごと抱えてる顔してるよ」


「そんな顔があるのか」


「あるある。朝比奈と話す時と、黒瀬見かけた時と、あと白鳥ちゃんに観察されてる時にしてる」


 思っていたよりだいぶ細かく見られていた。


 涼太は一瞬だけ言葉を失う。


「……おまえ、そういうとこだけ鋭いよな」


「褒めた?」


「半分だけ」


「やった」


 やっていない。


 だがみずきの気配というのは、良くも悪くも重くない。勝手に近づいてきて、勝手に話して、勝手に笑う。だからこそ疲れることも多いが、変に緊張しなくて済む場面もある。


 その一方で、朝比奈ことりの方は違う。


 今も少し離れた席で弁当を広げながら、こちらを見ているような、見ていないような視線を何度か投げてきているのが分かった。

 意識しているのはこちらだけではない。

 それが分かるから、余計に落ち着かない。


「ねえ」


 みずきが声をひそめた。


「朝比奈、こっち気にしてる」


「おまえ、そういうこと口にするな」


「だってしてるじゃん」


「だから言うな」


「影山も気にしてるし」


「してない」


「してる」


 即答がかぶる。


 その声が思ったより大きかったらしく、ことりがぴくっと肩を揺らした。

 やってしまった、と思った時にはもう遅い。


「……影山くん」


 静かな声で呼ばれた。


 ことりが席を立って、こちらへやって来る。

 その歩き方は落ち着いている。けれど、表情はほんの少しだけ固い。たぶんみずきの“気にしてる”発言まで聞こえていたのだろう。


「何」


 なるべく普通に返したつもりだったが、自分でも少しだけ声が硬いと分かった。


 ことりは涼太を見る。それからみずきを見る。

 その間が、妙に長く感じた。


「……お邪魔でしたか」


 その一言に、涼太の思考が一瞬止まる。


 なんでそうなる。


「違う」


 反射的に否定した。


 だがみずきが、まるで面白いものを見つけたみたいに目を輝かせる。


「えっ、朝比奈、そこ気にするんだ」


「藤宮さん」


 ことりの声は落ち着いていた。

 だが、たぶん少しだけ本気で困っている。


「私は別に……ただ、何となく」


「何となくって、影山と二人で話してた方がいいかなーとか?」


「そんなことは」


「ないの?」


 みずきが聞く。

 ことりが詰まる。

 涼太が頭を抱えたくなる。


 やめろ。

 今すぐやめろ。


 そう思っているのに、こういう時に限って口がうまく回らないのが自分の悪いところだ。


「おまえさ」


 ようやく涼太が言った。


「人の会話を面白がる前に、その距離感どうにかならないのか」


「えー、でも気になるし」


「気になるで踏み込むな」


「だって朝比奈、最近ほんと影山にだけちょっと違うし」


 ことりの頬がわずかに赤くなる。


 見てしまった涼太も困る。


「それは……」


 ことりが何か言いかけた、その時だった。


「失礼します」


 よく通る、落ち着いた声が割って入った。


 白鳥つばさである。


 どうして昼休みの二年の教室に自然に混ざってくるのか。

 後輩というのは本来、もっと遠慮があっていいはずだ。


 つばさは入口のところで小さく会釈し、それからこちらを見る。


「先輩、これ」


 手には一冊の本。

 昨日、図書室で司書の先生から「二年A組の影山に返却忘れの本を渡しておいて」と頼まれたらしい。

 たしかに自分の名前が貸出票にあった。


「ああ、悪い」


「いえ」


 普通のやり取り。

 ここまでは普通だった。


 だがつばさは、その場の空気を一瞬で読む。


 朝比奈ことりの少し固い表情。

 みずきのにやにやした顔。

 そして涼太の、どう考えても疲れている顔。


 全部を見て、面白そうに目を細めた。


「……何か、修羅場ですか」


「違う!」


 今度は涼太とことりの声がきれいに重なった。


 一拍遅れて、みずきが吹き出す。


「うわ、息ぴったり」


「黙れ藤宮」


「だって今のは笑うでしょ」


「笑うな」


 つばさは本を渡したまま、少しだけ首をかしげた。


「でも空気はそんな感じですよ」


「どんな感じだ」


「秘密を共有した人たち同士で、まだ名前のついていない感情が渋滞してる感じ」


 高校一年生の語彙じゃないだろ、それは。


 しかも妙に本質を突いているのが余計に腹立たしい。


 ことりが少しだけ目を伏せる。

 みずきは逆に「何それ面白い」と笑っている。

 そして涼太は本気で帰りたくなった。


「白鳥ちゃん、怖いこと言うね」


 みずきが言う。


「観察ですから」


 つばさは涼しい顔で返した。


「でも、間違ってますか?」


 誰もすぐには答えられなかった。


 答えられない時点で、たぶん少しは当たっている。


 いや、少しどころではないかもしれない。


 朝比奈ことりは、明らかにみずきが自分へ遠慮なく絡むのを快くは思っていない。

 みずきはみずきで、ことりの“静かな特別感”に気づき始めている。

 黒瀬レナはこの場にいないが、もし今ここにいたら、きっと面倒そうな顔で「何やってんの」と言いつつ、どこかで気にするだろう。


 それを“修羅場”と呼ぶには早い。

 だが、空気だけならたしかにそれに近いものがある。


「……違います」


 ことりがようやく言った。


 声は小さい。

 けれど、はっきりしていた。


「まだ、そういうんじゃありません」


 まだ。


 その一語に、みずきがぴくっと反応した。


「まだ、なんだ」


「ち、違っ……」


 ことりの顔が一気に赤くなる。


 やめろ。

 それを拾うな。


 涼太が本気でみずきを止めようとした時、つばさが先に口を開いた。


「藤宮先輩、その拾い方は意地が悪いです」


「えー、そう?」


「そうです。朝比奈先輩は今、自分でも整理できてないことを言葉にしてしまって困ってる顔です」


 ことりが固まる。


 みずきまで「うわ」と言って止まった。


 白鳥つばさ、本当に何なんだこいつは。


 だが、その一言で空気の針が少しだけ逸れたのも事実だった。

 ことりが助かったのは間違いない。


「……白鳥さん」


 ことりが小さく言う。


「はい」


「たまに、すごく鋭いですね」


「たまにじゃなくて、普段からです」


 つばさはさらりと返した。


 みずきが吹き出す。


「白鳥ちゃん、自分で言うタイプなんだ」


「事実なので」


 ことりが困ったように笑う。

 その笑みで、さっきまで張りつめていた空気が少しだけやわらいだ。


 だがみずきは、そこで完全に引くようなやつではない。


「でもさ」


 また来た。


「朝比奈って、ほんと影山のことになると分かりやすいよね」


「藤宮さん」


「いや、怒んないで聞いて。私も別に嫌味とかじゃなくてさ」


「嫌味じゃなければ何でも言っていいわけじゃない」


 今度のことりの返しは、かなりきれいだった。


 静かだが、ちゃんと刺さる。


 みずきも「はい、すみません」と珍しく少しだけ肩をすくめる。

 しかしそのあと、思わぬ方向へ矛先を変えた。


「でも影山も悪くない?」


「何でだよ」


「だって黒瀬のことも助けてたじゃん」


 空気がまた変わった。


 ことりが止まる。

 つばさの目が細くなる。

 涼太の頭痛が増す。


「それは別に」


「別にじゃなくて」


 みずきは机に軽く腰を預けながら言う。


「朝比奈の時もそうだったし、私のノートの時もそうだったし、黒瀬の時もそうだけど、影山って誰に対しても“その子だけ特別”みたいな助け方するじゃん」


 その言葉は軽い。

 軽いが、だからこそ厄介だった。


 ことりが目を伏せる。

 つばさが、なるほどという顔をした。

 そして涼太は、言われて初めて気づく。


 自分は“その場その場で最善だと思った動き”をしていただけだ。

 でも、それを受け取る側からすれば、“自分にだけ向けられた特別な気づかい”に見えることもあるのかもしれない。


 面倒だ。

 ものすごく面倒だ。


「……そんなつもりない」


 やっとそれだけ言う。


 するとことりが、小さく顔を上げた。


「でも、そう見える時はあります」


 静かな声だった。


 みずきがすぐに食いつく。


「ほら、朝比奈も」


「そういう意味じゃなくて!」


 ことりが慌てる。


「ただ、影山くんは……ちゃんと見てくれているから」


 その言葉は、みずきを一瞬だけ黙らせた。

 つばさも興味深そうにことりを見る。


 ことりは自分で言ってしまってから、また少し赤くなる。

 だが続けた。


「困ってる時に、変に騒がないで、見なかったことにもせず、ちゃんと助けてくれるから。それを“特別に見える”って言うなら、たぶんそうなんだと思います」


 教室の空気が妙に静かになった。


 みずきは珍しく、すぐには口を挟まなかった。

 かわりに、少しだけ真面目な顔をしている。


 やがて彼女は、ぽつりと言った。


「……分かる」


 ことりが目を瞬かせる。


「私も、ノート見つけてもらった時、ちょっとそう思ったし」


 みずきの声は、さっきまでよりだいぶ静かだった。


「影山って、何か“みんなに優しい”っていうより、“その時その人だけを見る”感じあるんだよね。だから勘違いしやすいんだと思う」


 そこへ、入口のところから別の声が飛んできた。


「何の話してんの」


 低くて少し不機嫌そうな声。


 黒瀬レナだった。


 タイミングが悪すぎる。

 いや、ある意味では完璧すぎるとも言える。


 廊下側から入ってきたレナは、教室の一角に集まっている面子を見て、明らかに嫌そうな顔をした。


「……何それ」


「黒瀬も来た」


 みずきが言う。


「今ちょうど、影山がどれだけ罪深いか話してた」


「は?」


「おまえその言い方やめろ」


 レナは眉をひそめたまま涼太を見る。

 そのあとことりを見る。

 つばさまでいるのを見て、「何このメンツ」とでも言いたげな顔をした。


「別に、たいした話じゃない」


 涼太がそう言うと、つばさが小さく補足する。


「先輩が人を助ける時、相手にとっては特別に見えやすい、という話です」


「何それ」


「そのままです」


 レナは数秒黙り、それからため息をついた。


「……くだらな」


 言い方はそうだ。

 だが、すぐに立ち去らないところを見ると、完全に興味がないわけではないらしい。


 みずきがそこを見逃すはずもない。


「黒瀬もそう思った?」


「何を」


「影山に助けられた時、特別感あった?」


 涼太は本気でその場から消えたくなった。


 なぜそんな質問を本人の前でする。

 みずき、おまえには節度というものがないのか。


 レナは一瞬だけ目を細めた。


 怒るかと思った。

 だが返ってきたのは意外な言葉だった。


「……まあ、なくはない」


 今度はことりとみずきが同時に反応した。

 つばさは面白そうに目を細め、涼太は顔を覆いたくなる。


「黒瀬!?」


「何その反応」


「いやだって」


「別に変な意味じゃない」


 レナはぶっきらぼうに言う。


「普通、人の家にちょっと上がらせるとか、そこまでしないでしょってだけ」


 空気が一段階変わる。


 みずきの目が見開く。

 ことりが止まる。

 つばさは、完全に“なるほど”の顔をした。


 最悪だ。


「……影山先輩」


 つばさが静かに言った。


「思ったより広範囲ですね」


「俺は今すぐ帰りたい」


 素直な本音だった。


 みずきが先に口を開く。


「ちょっと待って!? 何それ、黒瀬、家行ったの!?」


「声でかい」


「なるほど」


 ことりはそう言ったきり、黙ってしまった。


 その“なるほど”がいちばん怖かった。


 レナはそこでようやく、少し言いすぎたと気づいたらしい。

 舌打ちしそうな顔をしながら、涼太の方を見た。


「……悪い」


「いや、もういい」


 よくないが、今さらだ。


 つばさが静かに分析するように言う。


「朝比奈先輩は最初の秘密共有。藤宮先輩は騒がしい相談。黒瀬先輩は静かな避難。なるほど、ちゃんと全部違うんですね」


「分類するな」


「でも面白いです」


「面白がるな」


 だが、それでみずきが少しだけ納得したらしい。


「そっか」


「何が」


「影山って、誰にでも同じことしてるわけじゃないんだ」


 その言葉に、ことりが小さく顔を上げた。

 レナも黙っている。


 みずきは続けた。


「だから余計に、ややこしいのかも」


 それはたぶん、本質だった。


 涼太は全員の顔を見る。

 ことりは静かに考え込んでいる。

 みずきは面白がりつつも、少しだけ真面目だ。

 レナは居心地悪そうにしながらも立ち去らない。

 つばさは観察者の顔のまま、でも少しだけ楽しそうだ。


 そして自分は、その全員に違う形で関わってしまっている。


「……俺、何も悪いことしてないよな」


 気づけば本音が漏れていた。


 一瞬の沈黙。

 そのあと、みずきが吹き出す。


「うん、そこがまた厄介なんだよ」


「笑うな」


「だってほんとにそうなんだもん」


 ことりも口元を押さえて少し笑った。

 レナは呆れたように「知らない」と言いながら、わずかに肩の力を抜く。

 つばさは静かに言う。


「悪いことはしてません。ただ、誤解を生む才能はあります」


「いらない才能だな」


「ほんとにね」


 みずきが頷く。


「でもさ、影山」


「何だよ」


「これからはちょっとだけ、自分がどう見えてるか気にした方がいいかも」


 それは珍しく、ちゃんとした忠告だった。


 涼太は少しだけ黙る。


 その通りなのかもしれない。

 自分は“その場で必要なこと”ばかりを見ていて、その行動が後からどう見えるかまでは考えていなかった。

 結果として、秘密を共有した相手たちの間に妙な温度差が生まれ始めている。


 修羅場――と呼ぶにはまだ早い。


 でも、空気だけは確実にその入口へ近づいている。


「……面倒だな」


 心の底からそう言うと、ことりが小さく答えた。


「少しだけ、分かります」


「少しどころじゃないだろ」


「そうかもしれません」


 そして、そのあとで少しだけ困ったように笑う。


 みずきは「ほら、また朝比奈だけそういう顔する」と言いかけて、つばさに「やめた方がいいです」と即座に止められていた。


 それを見て、レナが小さく鼻で笑う。


 教室の空気は、やっぱり妙だった。


 けれど、妙なだけではなかった。

 少しずつ、それぞれが互いの立ち位置を知り始めている。

 そのぶんだけ面倒も増えているが、ただの勘違いのまま空回りしていた時期よりは、まだましなのかもしれない。


「……とりあえず」


 涼太が言う。


「昼休みに人の感情を整理するのやめないか」


「賛成」


 レナが即答した。


「私も」


 ことりが続く。


「えー、でも面白かった」


 みずきが言い、


「観察対象としてはかなり有意義でした」


 つばさが真顔で締めた。


 やっぱりまったく安心できない。


 だがそのやり取りのあと、教室の空気はほんの少しだけやわらいでいた。


 秘密を共有しただけなのに、修羅場みたいな空気になるのはなぜなのか。

 その答えはまだ分からない。


 ただ一つだけ確かなのは、


 このまま何もしなければ、たぶん本当に修羅場になる。


 ――ということだった。

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