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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


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第8話 後輩は鋭いし、変な噂ほど正確に拾ってくる

 翌朝、影山涼太は目覚ましより先に起きた。


 カーテンの隙間から入る朝の光はやわらかく、昨日までの雨が少し空気を洗ったのか、窓の外も妙に澄んで見える。ベッドの上で数秒だけ天井を見つめ、それから静かに起き上がった。


 最近、朝いちばんに思い出すことが増えた。


 朝比奈ことりの、あの丁寧で真っすぐな声。

 藤宮みずきの、遠慮という概念を置き忘れたような距離感。

 そして昨日、黒瀬レナが帰り際に言った、


 ――あんたのとこ、変に落ち着く。


「……何なんだよ、ほんとに」


 小さく呟いてから、涼太は顔を洗いに行く。


 たった数日だ。

 それなのに、平穏な高校生活の輪郭が少しずつ変わってきている気がする。


 一人暮らしにも慣れた。

 朝食を作る流れも、弁当を詰める段取りも、もう手が勝手に動く。

 今日も味噌汁を温め、鮭を焼き、卵焼きをつくる。台所に立っている時間だけは、頭の中も少し整う。


 だが整ったところで、学校へ行けばまた面倒ごとが待っている予感しかしない。


 そして、その予感はかなりの確率で当たる。


     ◆


 教室はいつも通りだった。


 朝のざわめき。

 提出物を確認する声。

 窓際で眠そうにしている男子。

 席に着いた瞬間、みずきが「おはよ、相談窓口」と言ってきた時は本気で帰ろうかと思ったが、それ以外はだいたい平和だ。


「やめろ、その呼び方」


「えー、いいじゃん。親しみやすくて」


「親しみやすさの方向が違う」


「朝比奈は?」


「何でそこで朝比奈が出る」


「相談窓口って呼ばれた影山、朝比奈なら止めそうだなって」


「おまえも止めろ」


 みずきはけらけら笑って自分の席へ戻っていった。


 その少し向こうで、ことりが小さく肩を揺らしているのが見えた。笑っているのかもしれない。視線が合う前に、ことりはすっとノートへ目を戻した。


 最近、ああいう小さな反応まで気づいてしまう自分が少し嫌だった。

 いや、少しではなく、かなり困る。


 そして一時間目、二時間目が終わり、昼休みが近づいた頃だった。


 国語の先生に頼まれて、返却されたプリントの束を図書室へ運ぶことになったのは。


「影山、悪いけどこれ持ってってくれる?」


「……また俺ですか」


「助かるんだよ、おまえは」


 その言い方がずるい。


 断れないのを見越している。

 しかも事実として、持っていけない量ではない。


 結局、涼太は束になったプリントを抱えて図書室へ向かった。

 昼休み前の廊下は少し人が少なく、教室の喧騒より落ち着いている。

 図書室の前に立つと、扉の向こうから紙の擦れる音と、ページをめくる小さな気配がした。


 失礼します、と言って中へ入る。


 図書室は静かだった。


 昼休み前だからか、まだ利用者は少ない。カウンターの奥では司書の先生が本の整理をしていて、窓際の席には一年生らしい生徒が一人、文庫本を開いていた。


 その生徒が、顔を上げる。


 涼太は一瞬だけ足を止めた。


 見覚えがあった。


 一年の白鳥つばさだ。


 同じ校内ですれ違ったことくらいはある。特別親しいわけではないが、印象には残るタイプだった。肩につくくらいの髪をきれいに整え、表情はどこか静かで、何より目がよく動く。人を見る目だ。ぼんやりしているようでいて、ちゃんと細かいところまで拾っていそうな視線をしている。


 その白鳥つばさが、涼太を見るなり、少しだけ面白そうに目を細めた。


「先輩」


 まだ何も言っていないのに、声をかけられる。


「……何」


「最近、有名ですよね」


 嫌な予感しかしない。


 涼太はプリントの束をカウンターへ置きながら言った。


「何の話だ」


「パンツの人」


 思わず、持っていた束を落としかけた。


「は?」


 司書の先生がちらりとこちらを見る。

 まずい、と思って慌てて声量を落とす。


「何だその名称は」


 つばさはすました顔のまま、本を閉じた。


「一年の方まで少し流れてきてますよ。二年に、女子のトラブルを妙に処理してる先輩がいるって」


「何だその雑な伝聞」


「しかもパンツって単語だけが強く残ってるみたいです」


「最悪だな」


「そうでもないです」


「どこが」


「少なくとも、“変態の先輩”じゃなくて、“女子のピンチをなぜか助けてる先輩”って方向で伝わってますから」


 それは本当に救いなのか。

 微妙なラインである。


 涼太は眉を寄せたままつばさを見る。

 この後輩は、言い方がやけに落ち着いている。面白がっている気配はあるが、みずきみたいに騒がしくはない。その分、余計に読みにくい。


「……何でそんな話知ってるんだ」


「図書室って、意外といろんな話が集まるんです」


「嫌な情報網だな」


「本の貸し借りと噂話は、似たようなものですよ」


「全然違うだろ」


 つばさはそこで小さく笑った。


 その笑い方は控えめだが、ちゃんと楽しんでいるやつだ。

 しかも厄介なことに、頭は回る。


「先輩って、本当は違いますよね」


「何が」


「パンツの人」


「何一つ説明になってない」


「だから、噂の内容です」


 つばさは立ち上がり、カウンターの横へ来た。

 距離が近いわけではない。けれど、こちらの反応をよく見ているのが分かる。


「本当に変な人なら、あんな変な噂の広まり方にはならないです」


「……あんなって?」


「話の芯がふわふわしてるんですよ」


 つばさは指を一本立てた。


「変態の噂なら、もっと具体的になります。いつ、どこで、何をしたか。そういうのが尾ひれつきで増える。でも先輩の噂って、“女子”“助ける”“パンツ”“相談”しかないんです」


「聞けば聞くほど最悪なんだけど」


「でもそこに悪意の輪郭がない」


 つばさはさらりと言う。


「つまり、実際には誰かの恥ずかしい失敗とか秘密とか、そういうのに関わっただけなんだろうなって」


 涼太は思わず黙った。


 図星だった。


 この一年生、思っていた以上に鋭い。


「……で?」


「で、面白いなって」


「やっぱりそこか」


「はい」


 つばさはあっさり認めた。


「でも、安心してください。言いふらしません」


「信じていいのか」


「今のところは」


「今のところって何だ」


「先輩が本当に面白い人なら、もう少し観察したいので」


「最悪だな」


「褒め言葉ですか」


「違う」


 会話の流れが、なぜかみずきに似てきた気がして涼太は頭が痛くなった。

 しかしつばさの方が静かだ。静かなぶん、変な圧がある。


 その時、図書室の入口の方で控えめに扉が鳴った。


「失礼します」


 聞き慣れた声だった。


 朝比奈ことりが入ってくる。


 なぜここに。


 いや、図書委員か何かの当番なのかもしれない。実際、ことりならそういう役割を持っていても不思議ではない。けれど、タイミングが悪いにもほどがある。


 ことりは最初、カウンターへ目を向けた。

 それから、涼太とつばさが向かい合っているのを見て、ほんの少しだけ目を瞬かせる。


「……影山くん?」


「朝比奈」


「珍しいですね、図書室」


「先生に頼まれてプリント持ってきただけ」


「そうだったんですね」


 ことりはうなずき、それからつばさへ視線を移した。


「あれ、白鳥さん」


「はい、こんにちは」


 つばさの返事はやけにきれいだった。

 図書室にいる時だけ優等生っぽさが増すタイプかもしれない。


「知り合いなのか」


 涼太が思わず聞くと、ことりが答えた。


「図書委員で少しだけ」


「なるほど」


 ことりはまた涼太を見る。

 その視線の意味は読みにくい。

 だが少なくとも、“なぜこの一年と向かい合っているのか”くらいは気になっている顔だ。


 つばさは空気を読むのか読まないのか分からない笑みを浮かべた。


「先輩、有名ですよって話をしてました」


 やめろ。


 言うな。


 涼太が目で制止するより早く、ことりが小さく首をかしげる。


「有名?」


「はい。パンツの人」


 ことりの表情が一瞬だけ止まった。


 次の瞬間、耳まで赤くなる。

 分かりやすすぎる。


「し、白鳥さん」


「はい」


「その言い方は、少し……」


「事実と違いますか?」


「違うというか、その、もっと他に言い方が……」


 ことりは完全に困っていた。


 涼太は頭を抱えそうになる。

 つばさはつばさで、困っていることりを見て少しだけ納得したような顔になっている。

 おい、今ので何を理解した。


「やっぱり、朝比奈先輩も関係者なんですね」


「関係者って何だ」


 涼太が低く返すと、つばさは涼しい顔で言う。


「少なくとも、噂の出どころの近くにはいますよね」


「それは……」


 ことりが言葉に詰まる。


 まずい。

 このままだと、つばさの中で余計な推理がどんどん進む。


 だが、ここで強く否定するのも違う。否定の仕方を間違えると、むしろ怪しくなる。

 涼太が珍しく対応に困っていると、つばさはふっと表情を緩めた。


「大丈夫ですよ」


「何が」


「私、先輩が変態じゃないのは分かってます」


「そこを基準に安心させるのやめてくれないか」


「むしろかなり安心材料だと思いますけど」


 たしかに、それはそうだが、そういう問題ではない。


 ことりも、どこか複雑そうな顔で苦笑した。


 そのタイミングで、図書室の扉がまた開いた。


 嫌な予感がした。


 そしてその予感は外れない。


「おっ、いたいた」


 藤宮みずきだった。


 どうしてこう、必要な時に必要でない人材がそろうのか。


「影山、先生に頼まれてた資料――あれ?」


 みずきは図書室の中を見回し、にやっとした。


「何これ、影山ハーレム?」


「帰れ」


「まだ入ってきたばっかりなんだけど」


「そのまま出ていけ」


「ひどっ」


 みずきはまるで堪えていない。

 むしろ面白そうな空気を嗅ぎつけて、目がさらに輝いている。


「朝比奈も白鳥ちゃんもいるし、黒瀬はいないけど、なんか最近の関係者そろってない?」


「関係者って言い方やめてください」


 ことりが珍しくはっきり言った。

 だがみずきは止まらない。


「えー、でもそうじゃん。パンツ騒動からずっと――」


「藤宮さん」


 今度はつばさが止めた。


 みずきが「何?」とそちらを見る。


 つばさは落ち着いた顔のまま言う。


「その単語だけ独り歩きしてる感じ、だいぶ面白いですけど、もう少し先輩の名誉を守った方がいいと思います」


 まさか一年の後輩からそんなまともな指摘が来るとは思わなかった。


 みずきは一瞬だけ目を丸くし、それから笑う。


「白鳥ちゃん、意外としっかりしてる」


「観察は大事ですから」


「それ、朝比奈より怖いタイプ?」


「たぶん」


 ことりが小さく呟く。


 そのやり取りに、みずきはますます楽しそうになった。


「何これ、面白いなあ」


「おまえの面白いはだいたいろくでもない」


「ひどい偏見」


「偏見じゃない」


 図書室の静かな空間の中で、みずきだけが妙ににぎやかだった。

 司書の先生が一度こちらを見たので、涼太は本気で限界を感じた。


「とりあえず、資料何だ」


「あ、そうだった」


 みずきがようやく思い出したようにプリントを差し出す。

 たったそれだけなら、最初から素直に渡してくれればいいものを。


 受け取りながら、涼太はもう一度ため息をついた。


「ほんと何なんだよ、この流れ」


「人気者ってことじゃん?」


「違う」


「相談窓口だから?」


「その呼び方もやめろ」


「じゃあ何がいい?」


「何もいらない」


 そんなやり取りの横で、つばさがふいに言った。


「でも、ちょっと分かります」


 全員の視線が向く。


 つばさは涼太を見て、静かに続けた。


「先輩って、困ってる人に声かける時、変に大げさにしないですよね」


「……何だ急に」


「だから相談されやすいんだと思います」


 それは思ってもみなかった角度からの分析だった。


 ことりが小さくうなずく。


「たしかに」


「朝比奈まで」


「だって、そうです」


 ことりは落ち着いた声で言う。


「影山くんって、助ける時に“助けてあげる”って感じじゃないので」


「それ、分かる!」


 みずきまで乗ってきた。


「何か、“面倒だけど今これやらないともっと面倒だからやる”って感じなんだよね」


「褒めてるのかそれ」


「褒めてる」


 そこまで三人に言われると、逆に困る。


 涼太は視線を逸らしながら言う。


「大したことしてないだろ」


「してると思います」


 ことりが静かに返す。


「少なくとも、私はそう思いました」


 つばさも続ける。


「噂の単語だけ変ですけど、本体はだいぶまともです」


「本体って言うな」


 みずきは笑いながら言った。


「やっぱ影山って変な相談窓口だわ」


「結局そこに戻るのかよ」


 図書室の中で笑いが小さく広がる。

 司書の先生に注意される一歩手前の静かな笑いだ。


 そしてその空気の中で、涼太は少しだけ理解する。


 後輩の白鳥つばさは、みずきみたいに勢いで踏み込んでくるタイプではない。

 ことりみたいに静かに信頼を重ねるタイプとも少し違う。

 観察して、言葉を選んで、そして必要なところだけ妙に正確に刺してくる。


 つまりかなり厄介だった。


     ◆


 図書室を出たあと、廊下でつばさが小さく会釈した。


「じゃあ先輩、また」


「また、って何だ」


「観察の続きです」


「やめてくれないか」


「善処します」


 みずきみたいな返しをするな。

 そう思ったが、もう言う気力もなかった。


 つばさが去っていき、ことりがその背中を見ながらぽつりと言う。


「白鳥さん、思ったより鋭いですね」


「だいぶ鋭い」


「でも悪い子ではなさそうです」


「そこが一番厄介だ」


「影山くん、それ最近よく言いますね」


「事実だからな」


 ことりは少し笑った。


 みずきは隣で「白鳥ちゃん、いいキャラしてたなー」と勝手に満足している。


 まったく、どいつもこいつも。


 図書室へ資料を届けるだけのはずだった。

 それがどうして、“パンツの人”という最悪な通称を後輩から聞かされる羽目になるのか。


「……本当に嫌なんだけど、その名前」


「でももうちょっと広がってるっぽいよ?」


 みずきが悪びれなく言う。


「やめろって」


「いや私じゃないし」


「おまえも一端は担ってるだろ」


「少しは」


「認めるな」


 ことりが控えめに口を開く。


「その、広がる前に何とかした方がいいかもしれませんね」


「どうやって」


「うーん……」


 ことりは困ったように首をかしげる。


 みずきはそこで妙案でも思いついたように言った。


「いっそ別のあだ名を上書きする?」


「もっと嫌な予感しかしない」


「例えば“生活力おばけ”とか」


「全然ましじゃないけどまだましだな」


「“女子の相談窓口”は?」


「それも嫌だ」


「“家事つよ男子”」


「おまえの語彙の雑さどうにかならないのか」


 そんなくだらないやり取りの横で、ことりがまた小さく笑っている。


 その笑い声を聞きながら、涼太はため息をついた。


 面倒だ。

 相変わらずかなり面倒だ。


 でも、その面倒さが今までより少しだけ騒がしく、少しだけ広がっただけで、本質はたぶん同じなのだろう。


 誰かの恥ずかしい失敗を、笑わずに受け止める。

 それだけのことのはずなのに。


 その結果、気づけば朝比奈ことり、藤宮みずき、黒瀬レナに続いて、白鳥つばさという妙に鋭い後輩まで関わってきた。


 どこでどう間違えた。


「……ほんと、どこで道を踏み外したんだろうな」


 涼太がぼそりと言うと、みずきが即座に答えた。


「パンツ拾ったとこでしょ」


「うるさい」


「でも事実じゃん」


「事実でも口にするな」


 ことりは少し赤くなって視線を逸らし、でもそのあと、くすっと笑った。


 それを見て、涼太はもう一度だけ思う。


 たぶん自分の平穏は、思っていたよりずっと簡単に終わった。

 そして終わったあとに始まったのは、ただ面倒なだけの日々ではないのかもしれない。


 ――いや、やっぱりだいぶ面倒ではあるのだが。


 そのくらいの認識が、今のところはいちばん正しかった。

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