表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/16

第6話 近寄りがたい女子は助けを求める前に限界が来る

 その日の帰り道、空はあきらかに機嫌が悪かった。


 朝の天気予報では「夕方からところによりにわか雨」と言っていた気がする。けれど、ところにより、という曖昧な言い方を信じた結果がこれなら、今後はもっと真面目に折りたたみ傘を持ち歩こうと、影山涼太は本気で思った。


 駅前の信号を渡る手前で、空が一段暗くなった。

 風が変わる。

 次の瞬間には、ぽつ、ぽつ、と大粒の雨が落ちてくる。


「……最悪だな」


 小さく呟いた時にはもう遅い。


 春の終わりの雨は、降り始めの遠慮というものを知らないらしい。あっという間に音を立てて強くなり、アスファルトを叩き始める。周囲の人たちも慌てて軒下へ駆け込み、信号待ちの列は一瞬で崩れた。


 涼太は舌打ちしたい気分をこらえつつ、近くのコンビニの庇の下へ走った。


 制服の肩が少し濡れる。鞄はどうにか守れた。弁当箱はもう空だが、ノートや教科書が濡れるのは面倒だ。庇の下へ滑り込んでようやく一息ついたところで、ふと視界の端に立ち尽くしている人影が見えた。


 少し離れたバス停の横。

 雨宿りにもなっていない半端な場所で、一人の女子が困ったように立っている。


 黒瀬レナだった。


 二年A組。クラスメイトではあるが、会話らしい会話をしたことはほとんどない。

 短めの髪。少し鋭い目つき。言葉数は少なく、愛想があるタイプでもない。

 近寄りがたい、という言葉がいちばんしっくりくる女子だ。


 実際、クラスでもレナへ自分から積極的に話しかける者は多くない。別に怖いことをするわけではない。ただ、壁があるのだ。自分から踏み込むな、と言っているような空気が。


 その黒瀬レナが今、あきらかに困っていた。


 右手には学校指定のバッグ。

 左手には、どこかで買ったらしい紙袋。

 だが紙袋は底のあたりが雨でふやけ、今にも抜けそうになっている。バッグのファスナーも少し開き、端からタオルのようなものが覗いていた。制服の袖口も濡れている。


 問題はその困り方だ。


 ただ雨に降られて立ち尽くしている、というだけではない。

 何かを気にして、どう動くべきか決められない人間の顔をしている。


「……」


 涼太は一瞬だけ迷った。


 こういう時、自分は本当に損な性格だと思う。

 見なかったことにして、自分の雨宿りへ専念すればいい。そうすれば面倒は増えない。黒瀬だって、頼んでもいない相手に勝手に助けられるより、その方が気楽かもしれない。


 だが、そこで終われるなら苦労はない。


 あの表情を見てしまった以上、たぶん家に帰ってからも気になる。

 今日は鶏肉を焼くつもりだったが、フライパンの前で「あの時声をかければよかった」と考えるのが目に見えている。


「……ほんと、何なんだよ」


 小さく呟いてから、涼太は庇の下を出た。

 数歩で制服がまた少し濡れる。


「黒瀬」


 声をかけると、レナがびくっと肩を震わせた。

 振り向いた顔には、警戒と苛立ちと困惑が半分ずつ混ざっていた。


「……影山?」


「どうした」


「別に」


 即答だった。


 だが別に、で済んでいないのは見れば分かる。


 紙袋の底は限界に近い。雨に濡れたまま持ち歩けば、そのうち破れる。しかもバッグの中身も整理できていないらしく、片手で押さえるのに必死だ。


「別に、じゃないだろ」


「放っといて」


「放っとける見た目してない」


「余計なお世話」


 刺すような言い方だった。


 だが、その言葉の裏に本気の怒りはあまりない。むしろ、“頼りたくないから近づくな”の方が強く聞こえた。


 涼太はそこで一気に踏み込まず、少し距離を保ったまま言う。


「紙袋、底抜けるぞ」


 レナの視線が一瞬だけ手元へ落ちる。

 自分でも分かっていたらしい。だが認めるのが癪なのか、口を結んだままだ。


「コンビニで袋もらってくる」


「いらない」


「いやいるだろ」


「いらないって言ってる」


「じゃあ今そのまま帰れるのか」


 そこでレナは言葉に詰まった。


 図星らしい。


 涼太はもう一歩だけ近づく。

 なるべく低い声で、事実だけを並べる。


「今のままだと紙袋はそのうち破れる。バッグも開いてる。制服も濡れてる。このまま歩いたら余計面倒になる」


「……」


「だから袋とタオルだけ取ってくる。金は別にいい」


「なんで」


「なんでって」


 涼太は一瞬返事に困った。


 困ってるから、では足りない気がした。

 黒瀬みたいな相手には、情けをかけるみたいな言い方は逆効果だろう。


 少し考えてから、涼太は言う。


「見てる方が落ち着かないから」


 レナが少しだけ目を見開いた。


「……何それ」


「本音」


「変なやつ」


「よく言われる」


 そこまで言ってから、レナは深く息を吐いた。

 あきらめた、というより、突っぱね続ける方が面倒だと判断した顔だった。


「……タオルだけ」


「袋もだ」


「タオルだけでいい」


「紙袋が崩壊したら意味ないだろ」


「……」


「袋も持ってくる」


 レナは数秒黙り込んだあと、ようやく小さく言った。


「……じゃあ、勝手にすれば」


 許可と受け取るにはずいぶん乱暴な言い方だったが、涼太には十分だった。


「待ってろ」


 コンビニへ駆け込み、タオルと大きめのビニール袋を買う。ついでに薄いレジ袋も数枚もらった。こういう時、種類があった方がいい。生活しているとそういう感覚が身につく。


 庇の下へ戻ると、レナはさっきと同じ場所にいた。

 ただし、さっきより少しだけ肩の力が抜けているようにも見える。


「ほら」


 まずは大きめのビニール袋を差し出す。

 レナは一瞬だけためらってから、それを受け取った。


「……ありがと」


 ほとんど聞こえないくらいの声だった。


 次にタオルを渡す。


「袖、拭いとけ。あと髪も」


「そんな濡れてない」


「嘘つけ」


「うるさい」


 言いながらも、レナは素直にタオルを受け取った。

 そして濡れた前髪を軽く押さえ、袖口を拭く。その動きには、少しだけ無理をしている感じがあった。


「他、何がやばい」


「何がって?」


「その紙袋の中」


 レナが目を逸らす。


「あんたに言う必要ある?」


「ない。でも袋のサイズ決めるには知った方が早い」


「……教科書とかじゃない」


「だろうな」


「……ちょっと、替えのもの」


 その言い方で十分だった。


 涼太はそれ以上聞かなかった。

 紙袋に入っているのが、濡れたら困る身の回りの物だということだけ分かればいい。


「じゃあこっち」


 薄めのレジ袋をもう一枚差し出す。


「紙袋ごと入れろ。二重にした方が安全」


 レナは受け取ったものの、すぐには動かなかった。

 片手でタオル、片手でバッグ、そこへ紙袋とビニール袋まで増えて、手が足りないのだ。


 涼太は一瞬だけ考えてから言う。


「バッグ、持つ」


「は?」


「持ってる間に入れ替えろって意味」


「やだ」


「じゃあどうする」


「……」


 レナは本気で悩んでいた。

 プライドと現実がぶつかっている顔だ。


 涼太はため息をつく。


「中は見ない」


「当たり前でしょ」


「分かってる。でもそう言った方が安心するかと思って」


 レナは少しだけ唇を引き結び、それからバッグを押しつけるように涼太へ渡した。


「五秒」


「短いな」


「十秒でも長い」


「了解」


 バッグは思っていたより軽かった。

 レナはその間に、素早く紙袋をビニールへ入れ替え、さらにレジ袋で包み直す。動きに無駄がない。普段からこういう作業を人前で見られたくないのだろう。


「終わった」


「はい」


 バッグを返す。


 レナはそれを受け取ると、少しだけ表情を緩めた。

 ほんの一瞬だったが、助かったという色は確かにあった。


「これで帰れるだろ」


「……たぶん」


「折りたたみ傘は」


「ない」


「だろうな」


「ムカつく言い方」


「事実確認だ」


 レナは鼻を鳴らした。

 だが完全に怒っているわけではないらしい。


 問題はここからだった。


 雨は弱まる気配がない。

 庇の下にいたままでは帰れない。

 かといってレナの家がどちら方面かも知らない。今から走って帰るにしても、さっき応急処置した荷物がまた濡れる可能性が高い。


 涼太は自分の鞄の横ポケットから折りたたみ傘を出した。

 今朝、空模様を見て何となく入れておいたやつだ。


「使え」


 レナが目を見開く。


「……あんたは」


「家近い。走れば何とかなる」


 これは半分本当だ。

 何とかなる、と言い切るには少し距離があるが、濡れて困るものは鞄に入っているし、さっきまでのレナほど切羽詰まってもいない。


 だがレナは即座に首を振った。


「いらない」


「今度は本気でいるだろ」


「だからいらないって」


「黒瀬」


「一人で帰れる」


「帰れるかどうかじゃなくて、また荷物濡れるぞ」


「……」


「さっきのやり直しになる」


 その一言は効いたらしい。


 レナは傘と涼太の顔を交互に見たあと、苦いものを飲み込むみたいに言う。


「……借りるだけ」


「別にやるわけじゃない」


「分かってる」


「明日でいい」


「……うん」


 最後の返事だけ、少しだけ素直だった。


 涼太は傘を開き、レナへ渡す。


 レナはそれを受け取る時、ほんの一瞬だけ躊躇った。

 自分のために差し出された物を、そのまま受け取ることに慣れていないのかもしれない。


「じゃあな」


 涼太が言うと、レナはまだ納得していないような顔のまま、でも小さくうなずいた。


「……今日のこと」


「ん?」


「誰にも言わないで」


「言うわけないだろ」


 その言葉に、レナは一瞬だけ何か言いたそうな顔をした。

 たぶん、礼を言うかどうか迷ったのだろう。


 だが結局、出てきたのはそっけない一言だった。


「……じゃあ、借りる」


「おう」


 レナは傘を差し、足早に雨の中へ出ていった。


 背中はいつも通り少し強張って見える。

 だが、さっきみたいな追い詰められた感じはもうない。


 それを見届けてから、涼太は自分の頭を軽くかいた。


「……俺は何をやってるんだ」


 朝比奈ことりに続いて、今度は黒瀬レナ。

 しかもパンツだの紙袋だのの次は、濡れた荷物の応急処置と傘の貸し出しである。


 完全に何かがおかしい。


 平穏な高校生活とは程遠い。


 だが、見捨てた方が後味が悪いのだから仕方ない。

 たぶんこれが自分の性分だ。


 深く息を吐き、涼太は自分の鞄を抱え直した。

 もう一度コンビニへ入り、安いビニール傘を買う。最初からこうしておけばよかったのかもしれないが、まあいい。


 外へ出ると、雨はさっきより少しだけ細かくなっていた。


     ◆


 その夜、夕飯を食べ終えて食器を洗っている時だった。


 スマホが震える。


 見ると、見慣れない名前から短いメッセージが届いていた。


 黒瀬レナ


 今日の帰り際、傘を貸した時に「返すから連絡先」と言われ、必要最低限だけ交換したのだ。あの時もずいぶん不機嫌そうな顔をしていたが、背に腹は代えられなかったのだろう。


 メッセージは二行だけだった。


 ……今日は助かった。

 変なこと言って悪かった。


 短い。

 だが、黒瀬レナがこれを送ってくるまでにどれだけ迷ったかは、何となく想像できた。


 涼太は少しだけ考えてから返す。


 気にするな。傘は明日でいい。


 送ってすぐ、既読がついた。

 だが返事はない。


 それらしいといえば、それらしい。


 涼太はスマホを置き、洗い終えた皿を水切りかごへ並べた。

 台所の窓の外では、まだ小さく雨音が続いている。


 朝比奈ことりは、静かな秘密を共有した相手。

 藤宮みずきは、勝手に距離を詰めてくる騒がしい相談常連。

 そして黒瀬レナは、人を頼るのが下手なくせに、限界になるとひどく危うい。


「……何で俺の周りだけこうなるんだ」


 誰に向けるでもなく言ってみる。


 当然、答えはない。


 ただ、少しだけ分かっていることもあった。


 たぶんこれは、偶然だけではない。

 困っている人を見ると放っておけない自分が、こういう面倒へ自分から首を突っ込んでいるからだ。


 分かっている。

 分かっているのに、次もたぶん同じことをする。


 それがいちばん厄介だった。


 スマホがもう一度だけ震える。


 短い追加メッセージ。


 ……あと、傘ありがとう。


 それだけ。


 だが、さっきの二行よりほんの少しだけ柔らかく見えた。


 涼太はそれを見て、ふっと息を吐く。

 ため息というより、少しだけ力が抜けた感じに近い。


「……まあ、無事ならいいか」


 そう呟いて、流し台の水を止める。


 雨の夜の台所は静かだった。

 その静けさの中で、また一つだけ、自分の放課後が平穏から遠ざかったことを、涼太はぼんやり実感していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ