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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


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第5話 一回パンツを拾っただけなのに変な相談窓口みたいになるのは納得いかない

 人は、自分の知らないところで立場が変わる。


 少なくとも影山涼太は、そういう変化が得意ではなかった。


 昨日まで、いや正確にはほんの数日前まで、自分は二年A組の中でそこそこ目立たず、そこそこ話しかけやすく、でも特別誰かの中心にいるわけではない男子生徒だったはずだ。


 それが今はどうだ。


 朝比奈ことりとは、妙に静かな秘密を共有している。

 藤宮みずきからは、なぜか“女子のピンチ処理がうまい男”みたいな誤解交じりの信頼を向けられている。

 しかも、その二つが同時進行で教室の空気を少しずつおかしくしている。


「……おかしいだろ」


 朝、トーストを焼きながら、涼太は誰にともなく呟いた。


 バターの香りが台所に広がる。フライパンではウインナーが転がり、電気ケトルが小さく音を立てている。窓から差し込む春の光は明るいのに、涼太の気分はあまり明るくなかった。


 一人暮らしにもだいぶ慣れた。

 目覚ましより少し早く起きて、朝食を作り、弁当を詰めて、洗濯機を回す。そういう流れは、もう生活の一部になっている。


 だが、学校の方が慣れない方向へ変わり始めている。


 朝比奈ことりと視線が合うだけで、お互いに少しだけ意識してしまう。

 みずきはみずきで、ことあるごとに“パンツ案件のプロ”だの“女子のピンチ専用ヒーロー”だの、ありがたくない肩書きを増やそうとしてくる。


「助けてるつもりもないんだけどな……」


 トーストを皿へ移しながら、ため息が漏れた。


 困っているやつを放っておけないだけだ。

 それを大げさに言われると、かえって居心地が悪い。


 だが、そういう“居心地の悪さ”を説明しようとしても、たぶんみずきには伝わらないだろう。あいつは人の距離感を悪気なく飛び越えてくる。だから厄介で、だから妙に強い。


 トーストをかじり、コーヒーを一口飲む。


 今日こそ普通に過ごそう。

 そう決めて、涼太は家を出た。


     ◆


 そして、その決意は一時間目が始まる前に崩れた。


「影山くん、おはよう」


 教室で鞄を机へ置いた瞬間、右からそんな声がした。


 反射的に振り向く。

 朝比奈ことりだった。


 いつものように髪は整っていて、制服もきれいに着こなしている。だが、その声は教室で普段男子へ向けるものより、ほんの少しだけやわらかい気がした。


「あ……おはよう」


 答えながら、涼太は少しだけ驚いた。


 これまでの数日、ことりの方からこうして自然に声をかけてくることはなかった。避けているわけではないが、かといって積極的に距離を詰めてもいない、そんな微妙な均衡だったはずだ。


 ことりは小さく会釈して、そのまま自分の席へ戻っていく。

 たったそれだけ。

 たったそれだけなのに、教室の空気はちゃんと反応する。


「……今、朝比奈から先に話しかけた?」


「だよな?」


「最近、やっぱ何かあるんじゃね?」


 聞こえる。

 小声のつもりだろうが、普通に聞こえる。


 涼太は机に突っ伏したくなった。

 ことり本人は聞こえていないふりをしているが、たぶん気づいている。気づいていて、でも表情に出さないようにしている。その“頑張っている感じ”まで分かってしまうから、余計に気まずい。


 そんな涼太の肩を、後ろからぽんと叩く手があった。


「影山」


 嫌な予感しかしない。


 振り向くと、案の定みずきだった。

 朝から元気で、朝からにやにやしている。


「何だよ」


「今の見た?」


「見たも何も、当事者だろ」


「朝比奈、めっちゃ自然に話しかけてきたじゃん」


「だから何だ」


「いやー、仲よくなってるなあと思って」


「おまえ、ほんとに朝からうるさいな」


「褒め言葉?」


「違う」


 みずきはまったく気にした様子もなく、涼太の机の横へ腰を寄せる。


「でさ、ちょっと相談」


 その言葉に、涼太はもう嫌な顔を隠さなかった。


「嫌な予感しかしない」


「なんで」


「藤宮の“ちょっと相談”は絶対ちょっとじゃないから」


「今回は本当に軽いやつ!」


「信用ならない」


 だが、みずきは気にせず話を続ける。


「今度さ、部活のあと遅くなる日あるんだけど」


「うん」


「お弁当って、朝に何分くらいで作れるの?」


 思わず、涼太はきょとんとした。


「……は?」


「だから、お弁当。影山いつも作ってるじゃん」


「それの相談か?」


「それの相談」


 拍子抜けした。


 もっと面倒なことを持ち込まれると思っていたので、むしろ一瞬だけ気が抜ける。


「何だ、そんなことか」


「そんなことって言った!」


「悪い。いや、でもそれなら別に」


「でしょ? 私さ、今度から朝練の日が増えそうで、お母さんにも毎回頼れないし、ちょっと自分でやった方がいいかなーって」


 その言い方は、いつもの軽口より少しだけ本気だった。


 涼太はみずきを見直す。


 この子はこういうところがある。騒がしくて、早とちりで、勝手に人の会話を誤解して、しかも変なあだ名までつけようとする。だが一方で、必要な時はちゃんと自分でやろうとする。全部を他人任せにするタイプではない。


 それは少し、好感が持てた。


「最初からちゃんとしたの作ろうとしなきゃ、そんなかからないよ」


「ほんと?」


「卵焼き、冷凍の野菜、ソーセージとかなら、十五分もあれば何とかなる」


「マジか」


「ただし前の日に少し準備しておけば、だけど」


 みずきの目がきらっとする。


「ねえ、それ詳しく教えて」


「今?」


「今」


「ホームルーム前だぞ」


「じゃあ昼休み!」


 元気だな、と涼太は思う。

 しかし断るほどでもない。弁当の話くらいなら別に大したことではないし、パンツだ何だの誤解ワードよりはよほど健全だ。


「分かったよ」


「やった」


 みずきはにっと笑って、自分の席へ戻っていった。


 その様子を見ながら、涼太は少しだけ嫌な予感を覚える。


 こいつ、たぶん一回相談が通ると次も来る。


 つまり――


「……変な相談窓口みたいになるやつじゃないか」


 小さく呟く。


 そしてその予感は、昼休みに早くも現実になった。


     ◆


 昼休み。

 涼太が弁当箱を開けた瞬間、みずきがやって来た。


「影山先生、お昼です」


「誰が先生だ」


「お弁当講座の先生」


「勝手に役職つけるな」


 だがみずきは止まらない。

 しかも今日は一人ではなかった。


「私も聞いていい?」


 そう言って近づいてきたのは、バレー部らしい女子。

 その後ろにも、みずきの友人らしき女子が二人いる。


「ちょっと待て」


 涼太は箸を持ったまま固まった。


「なんで増えてる」


「だってみんな興味あるって」


「俺は講習会を開いた覚えはない」


「でも影山の弁当いつもおいしそうだし」


「見た目だけで判断するな」


「見た目も大事でしょ」


 それはそうかもしれないが、そういう話ではない。


 気づけば、涼太の机の周りに女子が数人集まっていた。

 大げさではない。だが、目立つには十分だ。

 教室のあちこちから「何あれ」「影山、囲まれてない?」みたいな空気が飛んでくる。


 最悪だ。


 涼太は弁当箱を守るみたいに軽く手を添えながら言う。


「聞くなら静かに聞け。あと俺は食べる」


「はい先生!」


「先生じゃない」


 みずきがまったく反省しない。


「まず、前の日に何しとくの?」


「米は予約しておく。おかずは、切るだけ切っとくとか」


「へえ」


「朝に全部ゼロからやると無理だからな」


「味付けは?」


「簡単なのでいい。失敗しにくいやつ」


「例えば?」


「塩こしょうとか、焼き肉のたれとか」


「それでいいんだ」


「十分だよ」


 話しながら、涼太は自分でも妙な気分になっていた。


 なぜ昼休みに、女子たちへ弁当づくりの初歩を教えているのか。

 人生とは本当に分からない。


 しかもみずきは、必要以上に感心したような顔をしている。


「影山って、思った以上にちゃんとしてるね」


「おまえそれ何回目だ」


「いやほんとに。なんかもっと、こう……男子って適当かと思ってた」


「男子全体を雑に括るな」


「でも朝比奈、こういうの好きそうだよね」


 そこでまたその名前が出るのか。


 涼太が反応するより先に、少し離れた席で弁当を広げていたことりが、ぴくりと肩を揺らしたのが見えた。


 みずきも気づいたらしい。

 にやっとする。


「朝比奈も来る?」


「え?」


 ことりが目を瞬かせる。


「影山の家事講座。今なら参加無料」


「参加無料って、最初から参加費なんてないだろ」


「ありますよ」


 落ち着いた声で割って入ったのはことり本人だった。


 みずきが「え?」と振り返る。


 ことりは自席から立ち上がり、ゆっくりこちらへ来る。いつも通りの静かな歩き方なのに、なぜかそれだけで場の空気が少し整うから不思議だ。


「影山くんのお昼休みがなくなっているので」


 ことりはそう言って、涼太の机の周りを見回した。


「相談するなら、交代にした方がいいと思います」


 その言い方は柔らかい。

 だが、妙に正しい。


 女子たちは一瞬顔を見合わせ、それから「たしかに……」「ごめんね」と少し引いた。


 みずきだけが面白そうにことりを見る。


「朝比奈、影山に甘くない?」


「普通だと思います」


「いや、ちょっとだけ特別扱いしてる気が」


「していません」


「即答だ」


「藤宮さんが少し騒がしすぎるだけです」


「それはそう」


 そこは認めるのか。


 場が少し和み、女子たちは「じゃああとでまた聞くね」とそれぞれ引いていった。

 みずきも渋々、自分の席へ戻る。


「続きは放課後!」


「あるのかよ」


「あります!」


 結局あるらしい。


 やがて、机の周りにはことりだけが残った。


 少し気まずい沈黙。


 ことりは涼太の弁当箱をちらりと見て、それから言った。


「……助け舟のつもりでした」


「分かってる。助かった」


「ならよかったです」


「朝比奈まで巻き込んで悪いな」


「巻き込まれたというより、たぶん最初から少し巻き込まれています」


「それもそうか」


 ことりは小さく笑った。


 そのあと、少しためらうように言葉を続ける。


「でも、影山くんが一人暮らしで、ちゃんとお弁当を作っているのは……少し意外でした」


「朝比奈もそれ言うのか」


「言います。だって本当にすごいので」


「そんな大したことじゃない」


「私には大したことです」


 まっすぐ言われて、涼太は返す言葉を失う。


 ことりはそのまま続けた。


「私、家では母が何でもやってくれることが多いので。もちろん手伝いはしますけど、自分一人で毎日続けるとなると、たぶん影山くんみたいにはできません」


「慣れだよ」


「慣れる前に諦めそうです」


「そんなことないだろ」


「あります」


 きっぱり言ってから、ことりは少しだけ口元を緩めた。


「だから、少し尊敬しました」


 その一言は、昼休みのざわつきの中では妙に静かに聞こえた。


 涼太は思わず箸を止める。


「……それは言い過ぎだ」


「言い過ぎではありません」


「朝比奈はそういうの、真面目に言うよな」


「真面目に思っているので」


 そう返されると、照れくさいを通り越して困る。


 女子に慣れていない人間に、そういう真っすぐな評価は効きすぎるのだ。


「……ありがと」


 それだけ言うのが精一杯だった。


 ことりは少しだけ満足そうにうなずくと、「では、お昼の続きをどうぞ」と言って自分の席へ戻っていった。


 その背中を見送りながら、涼太は思う。


 静かに距離を縮めてくるのは、この子の方だ。


 みずきが騒がしく踏み込んでくるタイプなら、ことりは静かに、でも確実に近づいてくる。

 その違いが、妙に分かりやすかった。


     ◆


 放課後。


 予告どおり、みずきはやって来た。


「影山、続き!」


「本当に来るのかよ」


「来ます」


「帰れ」


「部活まで時間あるし」


 そして予想通り、みずきの相談は弁当だけでは終わらなかった。


「洗濯ってさ」


「は?」


「色物と白いのって分けるの?」


「分ける時もある」


「どこまで一緒にしていいの?」


「物による」


「タオルは?」


「タオルはだいたい大丈夫」


「靴下は?」


「靴下もまあ」


「じゃあジャージは?」


「おまえ質問が急に細かくなるな」


 涼太は本気で呆れた。


「何でそんなに知りたいんだよ」


「だって最近、お母さんが“自分のことはそろそろ自分でやって”ってうるさくて」


「それは普通じゃないのか」


「普通かなあ」


「普通だろ」


 みずきは少しだけ口を尖らせた。


「影山って、ほんと全部ちゃんとできるんだね」


「全部ではない」


「でも生活力高いじゃん」


「一人暮らしだからだよ」


「それでそんな落ち着いてんの、ずるい」


「ずるいって何だ」


「私なんか、部活で疲れたら即ぐだぐだなのに」


「それはそういうもんだろ」


「影山、意外とお兄ちゃん力高いよね」


「その評価もいらない」


 会話のテンポだけ見れば軽い。

 だが、みずきの言葉は本気でもあるらしい。からかっているだけの響きではなかった。


 そしてそのやり取りを、少し離れた席でことりが聞いているのが分かる。


 ことりは話に割って入らない。

 けれど時々こちらを見て、何か言いたそうにしている。


 その視線の意味を考えかけた時だった。


「影山」


「何だよ」


「今度、簡単なお弁当メニューまとめてくれない?」


「は?」


「メモでいいから」


「なんで俺が」


「相談窓口だから」


「誰がだ」


「影山」


「勝手に決めるな!」


 教室に笑いが起きる。


 みずきは本当に楽しそうだ。

 しかし周りも周りで、もう半分くらい“そういう役割”として受け取り始めている気がする。

 まずい。

 非常にまずい。


「やらない」


「けち」


「けちでいい」


「じゃあ、教えてもらったこと私が書くから、それで合ってるか見て」


「……それくらいなら」


「やった」


 結局折れる自分が嫌になる。


 だがその時、ことりが席を立った。


「私も、見てもいいですか」


 みずきがすぐ反応する。


「えっ、朝比奈も参加するの?」


「参考になるかと思って」


「へえー」


 その「へえー」は、完全に面白がっている時のやつだった。


 涼太は反射的に嫌な予感を覚える。


 みずきはノートを取り出し、わざとらしく二人の顔を交互に見比べた。


「なんかさ」


「何だよ」


「朝比奈って、影山の話にはすぐ乗るよね」


 ことりが一瞬だけ言葉を失う。

 ほんのわずかだが、その隙をみずきは見逃さない。


「やっぱ最近、影山にだけちょっと態度違くない?」


「そ、そんなこと」


「あるある」


「ありません」


「いやあるって」


「藤宮さん」


 ことりの声は落ち着いていたが、その丁寧さは少し危険だった。


 みずきはにやにやする。


「怒った?」


「怒ってはいません」


「でも今ちょっと圧あった」


「気のせいです」


「その返し前も聞いた」


 涼太は頭を抱えたくなる。


 なんで毎回こうなるんだ。


「とりあえず、弁当メモならさっさと書け」


「話そらした」


「そらすよ!」


「影山も最近、朝比奈のことになるとちょっと必死だよね」


「そう見えるならおまえの目がおかしい」


「でも否定弱いんだよなー」


 弱いのではなく、疲れているのだ。


 とはいえ、それを言ってもみずきには通じないだろう。


 結局そのあと、みずきは本当にノートへ“簡単弁当メモ”を書き、ことりはそれを横から真面目に覗き込み、涼太は「卵焼きは最初から完璧を目指すな」「彩りで困ったらブロッコリー」「冷凍食品は悪じゃない」などと妙なアドバイスをする羽目になった。


 どう考えてもおかしい。


 放課後の高校二年生の教室でやることではない気がする。


 だが三人とも、途中から少しだけ普通に笑っていた。


 それがいちばん不思議だった。


     ◆


 帰り際、みずきは書き終えたノートを閉じて言った。


「影山、ありがと」


「今度こそ本当にそれ使えよ」


「使う使う」


「信用ならない」


「でも、ちょっと本気で助かった。最近さ、家のことちゃんとやれって言われるとむかつく時もあるけど、影山見てると“まあやれるならやった方が楽かも”って思うし」


 その言い方は、珍しく飾り気がなかった。


 涼太は少しだけ目を丸くする。


 みずきはそういう一言を、急にまっすぐ投げてくる。


「……ならいいけど」


「うん。あと」


「まだあるのか」


「なんか困ったら、また相談していい?」


 やっぱりそう来るか。


 涼太は深く息を吐いた。


「内容による」


「前向きに検討、ってことね」


「違う」


「でも断ってない」


「おまえほんと都合よく解釈するな」


 みずきは声を上げて笑った。


「だって影山、なんだかんだで見捨てないじゃん」


「そこを前提にするな」


「はいはい。じゃ、部活行ってきます!」


 手を振って走っていくその背中は、相変わらず騒がしい。

 でも少しだけ、最初より信頼の色が混じっている気がした。


 教室に残ったのは涼太とことりだけだ。


 夕方の光が机を長く照らしている。

 ことりは少しだけ迷うようにしてから、静かに言った。


「影山くん」


「ん?」


「……本当に、いろいろできるんですね」


「またそれか」


「またです」


 ことりはわずかに笑う。


「藤宮さんみたいに、すぐ距離を詰めるのは私にはできませんけど」


「それはしなくていいと思う」


「でも」


 そこでことりは少しだけ視線を伏せた。


「影山くんのことを、みんなが頼りにする理由は分かる気がします」


 それは、みずきの時とは少し違う響きだった。


 騒がしい賞賛ではない。

 静かで、丁寧で、ちゃんと見ていた人の言葉だ。


 涼太は一瞬だけ言葉を失う。


 ことりはその沈黙をどう取ったのか、小さく続けた。


「たぶん、影山くんは自分で思っているより、ずっと人を安心させています」


 その言葉は、みぞおちのあたりへ静かに落ちてきた。


 女子に慣れていない人間には、こういう真正面からの評価は少し重い。

 重いが、嫌ではなかった。


「……そんな大したことしてないよ」


 やっとそう返す。


「でも、私はそう思いました」


 ことりは穏やかに言った。


 そのまま少しだけ沈黙が落ちる。

 気まずいわけではない。

 ただ、静かだった。


 涼太はふと思う。


 みずきは騒がしく人を巻き込み、ことりは静かに人の中へ入ってくる。

 方向は真逆なのに、どちらも結果として自分の平穏を崩している。


 しかも困ったことに、悪い気分ばかりでもない。


「……やっぱり納得いかない」


「何がですか」


「一回パンツ入りの紙袋拾っただけなのに、何でこうなるんだって話」


 ことりは一瞬きょとんとして、それから声を立てずに笑った。


「たしかに、少し理不尽かもしれません」


「少しじゃない」


「でも、もう遅いかもしれませんね」


「何が」


「影山くんが、相談しやすい人だって、たぶん気づかれ始めています」


 それは予言だったのか、宣告だったのか。


 たぶんどちらもだ。


 涼太は窓の外の夕焼けを見ながら、今日だけで何度目か分からないため息をついた。


「……やっぱり最悪だ」


「本当にそう思っている人の顔ではないです」


「何だそれ」


「少しだけ、慣れてきている顔です」


 ことりはそう言って、鞄を持ち上げた。


 その言葉に反論しようとして、涼太は少しだけ詰まる。


 完全には否定できなかった。


 たしかに面倒だ。

 平穏からは遠ざかっている。

 それでも、みずきの雑な相談に付き合ったり、ことりの静かな声を聞いたりする放課後を、少しずつ“いつもの続き”として受け入れ始めている自分がいる。


 それがいちばん納得いかなかった。


「じゃあ、また明日」


 ことりが言う。


「ああ」


 涼太も短く返す。


 教室を出る彼女の背中を見送りながら、涼太はもう一度だけ思った。


 一回パンツを拾っただけだ。

 本当に、それだけのはずだった。


 なのに始まったのは、秘密と誤解と相談ごとが次々増えていく、妙に騒がしい放課後だった。


 そしてたぶん――

 まだ、これくらいでは終わらない。

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