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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


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第17話 近寄りがたい女子は、静かな部屋を思い出すと少しだけ弱くなる

黒瀬レナは、自分がこういうふうに同じことを思い出す人間だとは思っていなかった。


 教室。

 放課後前のざわめき。

 プリントをめくる音と、椅子を引く音と、誰かが笑う声。


 そんな、いつもと何も変わらない空気の中で、不意に思い出してしまう。


 影山涼太の家の静けさを。


 あの部屋は、妙に落ち着いた。

 きれいすぎるわけじゃない。ホテルみたいに整っているわけでもない。ちゃんと人が暮らしていて、でも余計なものが目に入らない。冷蔵庫の低い音と、湯気の立つ匂いと、時計の針の音だけがやたらとはっきりしていた。


 静かだった。


 そして、その静けさの中にいると、自分が少しだけ無防備になる気がした。


「……最悪」


 小さく呟いて、レナは頬杖をついた。


 何が最悪かと言えば、そんなことを思い出している自分だ。


 別にあれは特別なことじゃない。

 行き場がなかった時に、少しだけ時間を潰させてもらっただけ。

 助かったのは事実だが、それで何かが変わる筋合いはない。


 なのに最近、疲れている時ほどあの家の空気が頭に浮かぶ。


 変に落ち着く。

 変に安心する。

 そしてその“変に”をうまくごまかしきれなくなっている自分が、何より面倒だった。


「黒瀬?」


 隣の席の女子が声をかけてくる。


「さっき先生が言ってたページ、ここだよ」


「あ……悪い」


 教科書を見下ろす。

 開いていたページが違った。


 しまった、と思う。


 最近、自分はこういう小さいミスをしないように気を張っていたはずだ。

 少なくとも学校では、余計な隙を見せないようにしているつもりだった。


 でも今日はだめだ。


 家のことを考えた瞬間から、頭の中のどこかがずっと重い。


 朝の時点で分かっていた。

 今日は帰宅後、家にあまりいたくない日だと。


 母親が何か言っていた。父親の知り合いが来るとか、親戚筋の誰かから連絡があるとか、そういう類の話だった気がする。詳細なんてどうでもいい。大事なのは、“帰ると面倒な空気が待っている”という事実だけだ。


 そういう日のレナは、たいてい少しだけ機嫌が悪い。

 少しだけじゃないかもしれない。


 そして、その不機嫌の奥にある疲れを、最近は自分でも隠しきれなくなっている気がした。


 それがまた腹立たしい。


     ◆


 昼休み。


 いつもなら適当に購買へ行くか、パンをかじって済ませるところだが、その日は食欲がなかった。

 水だけ買って、教室の窓際でぼんやり外を見る。


 校庭では体育の授業をやっていて、初夏の光がやけに明るかった。


「黒瀬」


 その声に、レナは反射で顔をしかめた。


 またみずきかと思ったのだ。

 だが違った。


 影山涼太だった。


「……何」


「顔色悪い」


 第一声がそれか、とレナは思う。


「気のせい」


「じゃないだろ」


「言い切るな」


「いや分かるし」


 そう言って、影山は隣に立った。

 近すぎず、でも遠すぎない距離。

 こいつはこういうところだけやたら自然だ。


 レナは窓の外を見たまま言う。


「別に。ちょっと寝不足」


「嘘つけ」


「何で分かるの」


「寝不足のやつはもっと素直にだるそうにする」


「それ観察眼が変な方向に育ってるだけでは」


「おまえらのせいだろ」


 その返しが妙におかしくて、レナは少しだけ口元をゆるめた。

 でもすぐに戻す。


 笑ってる場合じゃない。


 影山は少し黙ってから、低い声で言った。


「今日、帰り」


「うん」


「駅まで付き合うか」


 レナは一瞬、本気で固まった。


「……は?」


「いや、だから」


「聞こえてる」


 聞こえているから困るのだ。


 何をそんなに自然に言う。

 普通、もう少し前置きがあるだろう。

 それかもっと遠慮があるだろう。

 少なくとも、女子に慣れてないくせにこういうところだけ妙に躊躇がないのはずるい。


「いらない」


 反射でそう返す。


「別に一人で帰れるし」


「帰れるのは知ってる」


「じゃあいいでしょ」


「よくない顔してる」


 言い方が腹立つ。

 でも否定しきれないのがもっと腹立つ。


 レナは水のペットボトルを強く握った。


「……あんたさ」


「ん?」


「そういうの、誰にでも言うわけ?」


「何が」


「駅まで付き合うとか」


 影山は少しだけ考えたあと、正直に答えた。


「誰にでもは言わない」


「……」


「今のおまえには言うけど」


 さらっと言うな。


 レナは本気で視線の置き場に困った。

 窓の外へ向けたまま、しばらく何も言えない。


 意味なんてないのだろう。

 こいつにとっては、たぶん“ちょっとしんどそうだから一人で帰らせるよりまし”くらいの感覚だ。

 でも、言われた側はそう簡単に流せない。


「……勝手にすれば」


 やっと出てきた言葉がそれだった。


 影山は少しだけ肩をすくめる。


「じゃあ勝手にする」


「何その返し」


「おまえがそう言ったんだろ」


 レナはもう一度、小さく「最悪」と呟いた。


 だが、その“最悪”は自分でも少しだけ弱くなっているのが分かった。


     ◆


 放課後。


 教室の人数が減っていく中、レナはわざとゆっくり支度をしていた。


 みずきが部活へ向かい、ことりが委員の書類をまとめ、つばさは今日は一年の教室に戻っているらしい。

 影山は自分の席で鞄を閉じていた。


 別に一緒に帰る約束なんてしていない。

 付き合うか、と一方的に言われただけだ。

 だから無視して先に出てもいい。


 いいのに。


 結局、レナが立ち上がるのを見て、影山も自然に鞄を持った。


「行くか」


「……何でそんな普通なの」


「何が」


「女子と二人で帰るのに」


「別に変なことしてるわけじゃないだろ」


 それはそうだ。

 そうなのだが、そうじゃない。


 影山と並んで廊下を歩く。

 それだけで、何となく目立っている気がする。

 実際には誰もそこまで気にしていないかもしれない。

 でも、レナには妙に落ち着かない。


「黒瀬」


「何」


「今日、家の方、また何かあるのか」


 聞き方がずるい。


 細かくは聞かない。

 でも、しんどさの理由だけは察している。


 レナは少しだけ唇を引き結んだ。


「……母親がうるさい日」


「親父じゃなくて?」


「今日は母親。親戚のおばさんと電話するから、ちゃんとしろって」


「ちゃんとって何だよ」


「知らない。女の子らしくとか、愛想よくとか、そういうの」


 自分で言っていて、うんざりする。


 レナは昔から、そういう“こうしろ”が苦手だった。

 しかも、苦手だと口に出すと余計面倒になる。

 だからだいたいは流してきた。

 流してきたはずなのに、最近は疲れている時ほどそれがきつい。


「面倒だな」


 影山が、心底そう思っている声で言う。


 レナは少しだけ笑いそうになった。


「……他人事みたいに言う」


「他人事だろ」


「そうだけど」


「でも面倒なのは分かる」


 その返しに、少しだけ救われる。


 同情でもない。

 励ましでもない。

 ただ“面倒だな”と受け取ってくれる感じ。


 そういうのがちょうどよかった。


「今日さ」


 レナは歩きながらぽつりと言う。


「たぶん、家帰ってもしばらく機嫌悪い」


「だろうな」


「そういうの、自分でも分かるの最悪」


「それは少し分かる」


「影山も?」


「一人暮らしだから、機嫌悪くてもそのままだからな」


「……ああ」


 それは少し想像できた。


 静かな家で、一人で黙って不機嫌を引きずる。

 それはそれでしんどそうだ。


「でも」


 影山が続ける。


「家で一人で機嫌悪いと、そのうち腹減るからだいたい飯でごまかせる」


 レナは本当に少しだけ吹き出した。


「何それ」


「真実」


「雑」


「でもそうだろ」


「……ちょっと分かる」


 二人で駅までの道を歩く。


 沈黙があっても、不思議と苦しくはなかった。

 話さなくてもいい空気。

 でも、何か言えばちゃんと返ってくる距離。


 レナはそこで、また思い出してしまう。


 あの部屋の静けさを。

 温かい飲み物の湯気を。

 余計なことを聞かないまま、でも見捨てもしない影山の距離感を。


「……あんたさ」


「ん?」


「何でそう普通なの」


「今日二回目だな、それ」


「だって普通じゃないでしょ」


「何が」


「私がこんなふうに話してるの」


 言ってから、少しだけ恥ずかしくなる。


 でも影山は笑わなかった。


「そうか?」


「そうでしょ」


「まあ、黒瀬がこういう話するのは珍しいかもな」


「珍しいよ」


「じゃあ信頼されてるんだろ」


 その言葉に、レナは足を止めかけた。


 何でそんなふうにまっすぐ言うのか。


 そういうのが困るのだ。


 信頼。

 たしかにそうかもしれない。

 でもそれだけではない気もしているから、なおさら困る。


「……調子乗るな」


 ようやく出てきた言葉がそれだった。


 影山は少しだけ呆れたように笑う。


「はいはい」


「その返しやめて」


「じゃあ何て言えばいい」


「知らない」


「知らないのかよ」


 また少しだけ、空気がゆるむ。


 駅前の公園へ差しかかったところで、レナはベンチの方をちらりと見た。

 夕方の光が落ちていて、人も少ない。


「少しだけ、座る」


「ん」


 二人でベンチに腰かける。


 風が少しだけ涼しい。

 教室や廊下とは違う、外の静けさがあった。


 しばらく、どちらも話さなかった。


 レナは前を向いたまま、ふと思う。


 こういう時間が、最近少しだけ好きになりかけている。

 それを認めるのは、なんだか負けたみたいで嫌だった。


「……家みたいにうるさい場所じゃないと」


 ぽつりと口をついて出る。


「余計なこと考える」


 影山が少しだけ顔を向けた。


「何を」


 聞くな。

 そう思ったのに、聞かれた声はやわらかかった。


 レナは黙った。

 言えない。

 でも“何でもない”で流すには、自分の中で大きくなりすぎている。


 影山といると落ち着く、とか。

 家より静かな場所の方が、逆にこの人のことを考えてしまう、とか。

 そんなこと、今の自分にはまだ言えない。


「……何でもない」


 結局それしか言えなかった。


 影山は少しだけ待って、それ以上は追わなかった。


 その“追わない”ところが、またずるい。


「じゃあ、何でもないってことにしとく」


「そうして」


「でも顔にはちょっと出てる」


「最悪」


「それ、便利だな」


 レナは思わず横目で睨む。


「誰のせいだと思ってるの」


「俺?」


「……あんたのせいで、最近ちょっと面倒」


 言った瞬間、自分で固まる。


 何を言っているんだ。


 影山も少しだけ目を見開いた。


「何が」


 聞くな。

 そこを聞くな。


 レナは立ち上がった。


「帰る」


「おい」


「今の忘れて」


「無理だろ」


「無理でも」


 顔が熱い。

 本気で熱い。


「とにかく、帰る」


 ベンチから離れようとすると、影山も立ち上がる。

 追ってくるつもりらしい。


「ついてくるな」


「駅までだろ」


「それはそうだけど!」


「じゃあついてく」


 何なんだこいつは。


 でも、その“何なんだ”に少しだけ救われてもいる自分がいる。


 レナはそれ以上何も言えず、早足で歩き出した。


 影山は無理に横へ並ぶでもなく、少しだけ後ろからついてくる。

 その距離がまたちょうどいいのが腹立たしい。


     ◆


 別れ際、駅の改札前で、レナはようやく立ち止まった。


「……ありがと」


 小さく言う。


「何が」


「今日」


 影山は少しだけ肩をすくめた。


「別に」


「それ、最近あんたも多い」


「便利だからな」


「真似すんな」


 そう言いながら、レナは少しだけ笑った。


 影山もほんの少しだけ口元をゆるめる。


「じゃあな」


「うん」


 短いやり取りだけ。


 でも、それが少しだけ物足りなく感じた自分に、レナはまた小さく苛立つ。


 改札を抜け、ホームへ向かいながら思う。


 影山涼太は、たぶん普通の顔で普通じゃないことをする。

 だから困る。

 だから落ち着かない。

 そしてそのくせ、放っておくこともできなくなっている。


「……ほんと面倒」


 今度の“面倒”は、最初の頃よりずっとやわらかい。


 それを認めるのが悔しくて、レナは少しだけ歩幅を速めた。

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