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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


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12/16

第12話 パンツを拾ったあの日から、青春は少しだけ面倒で、少しだけ特別になった

翌日の放課後、影山涼太は自分でも少し驚くくらい落ち着いていた。


 もちろん、完全に平常心というわけではない。

 最近の自分の学校生活が、当初思い描いていた“静かで目立たない高校生活”からかなり遠ざかっていることは、もうどう考えても事実だ。


 朝比奈ことりと秘密を共有した。

 藤宮みずきには勝手に相談窓口認定された。

 黒瀬レナには家を一時避難所みたいに使われた。

 白鳥つばさには「誤解を生む才能がある」とまで言われた。


 冷静に並べると意味が分からない。


 意味は分からないが、それでも少し落ち着いていた理由は単純だった。


 昨日、五人で話したからだ。


 なくし物や持ち物の入れ替わりが、ただの偶然ではないかもしれない。

 誰かが、人の困る顔や恥ずかしい顔を見たくて動かしているのかもしれない。

 その気持ち悪さを、ようやく自分一人だけの違和感ではなく、みんなで共有できた。


 それだけで、少しだけ状況が変わった気がする。


「……それでも面倒だけどな」


 放課後、鞄へノートをしまいながら、涼太はぼそりと呟いた。


 窓の外では、部活の掛け声がもう響き始めている。

 教室の中は帰り支度の音でざわついていた。


「何が面倒?」


 すぐ近くから声がした。


 振り向くと、みずきだった。


「おまえ、最近本当にタイミングいいな」


「褒められた?」


「褒めてない」


「でも呼吸するみたいに話しかけてるよね、私」


「そこを自覚してるなら少し遠慮してくれ」


 みずきはけらけら笑う。

 だが今日はそれだけでは終わらなかった。


「報告あるよ」


 その一言に、涼太は少し表情を引き締める。


「何」


「部活の方、聞いてみた」


 やはりちゃんと動いていたらしい。

 口だけではないところが、みずきの厄介さであり、頼りになるところでもある。


「で?」


「一年の子で、“替えの靴下だけ”見つからなかったことが二回あったって。しかも両方とも更衣室のロッカーまわり」


 涼太は眉をひそめた。


「また靴下か」


「うん。あと、別の子が“ポーチの位置が変わってた”って怒ってた。中身は無事だけど、絶対誰か触ったって」


「……趣味悪いな」


「ね」


 みずきは珍しく真面目な顔でうなずいた。


 その時、ことりも近づいてきた。


「影山くん、藤宮さん」


 声は静かだったが、少しだけ急いでいる感じがある。


「私も、二組の子に聞けました」


「何かあった?」


 ことりは小さくうなずく。


「家庭科の課題をなくした子の話なんですけど、それ、あとで美術室の前に置かれていたそうです」


「美術室?」


「はい。本人は家庭科室の前で使ったあとに片づけたはずだったのに」


 それはかなり具体的だ。


 ただの入れ違いにしては、場所が飛びすぎている。


 みずきが低く言う。


「わざとだ」


「かもしれない」


 涼太は短く返した。


 そのタイミングで、教室の後ろの扉が開いた。


 レナだった。


 入ってくるなり、こちらを見る。

 そして、何も言わずに近づいてくる。


「黒瀬も?」


 みずきが聞くと、レナは少しだけ眉を寄せた。


「……聞けた」


「何が」


「昨日、隣のクラスで騒いでたやつ」


 レナは机に軽く指を置きながら言った。


「なくしたの、成績表じゃなくて“親に見せたくない小テスト”だったらしい。しかも、あとで机の奥から出てきた」


「机の奥?」


「本人はそんなとこ入れてないって」


 涼太、ことり、みずきの三人が同時に黙る。


 つながってきた。


 人に見られたくないもの。

 なくすと困るもの。

 そして“別の場所へずらされて、あとで見つかる”もの。


 悪意の大きさは小さい。

 だが、そのぶんだけ気味が悪い。


「白鳥は」


 涼太が言った時、ちょうど教室の外から「呼びました?」という声がした。


「うわ、噂をするとだ」


 みずきが振り向く。


 白鳥つばさが、教室の入口で小さく会釈した。


「今ちょうど来ようと思ってました」


「タイミング良すぎない?」


「観察してますから」


 さらっと言うな。


 つばさは教室へ入り、五人の輪へ加わる。

 そして周囲を一度だけ確認してから、小さめの声で言った。


「一年の方でも似たようなのが二件。どちらも、なくなったのは相談メモとか、手紙の下書きとか、“本人しか困らないもの”です」


 やはり、間違いない。


 ただの偶然ではない可能性がかなり高い。


 涼太は軽く息を吐いた。


「……ここまで来るとさすがにな」


「先生に言う?」


 ことりが聞く。


 たしかに、そこが次の判断になる。


 だが、その前につばさが小さく言った。


「もう一つあります」


 全員の視線が集まる。


 つばさは少しだけ表情を引き締めた。


「昨日、図書室の近くで、二年の男子が一人、女子のロッカー列の方を見てるのを見ました」


「誰」


 レナが即座に聞く。


「そこまでは断定したくないです。顔をちゃんと見たわけじゃないので。でも、用もなく見てる感じだった」


「……何で昨日言わなかった」


 涼太が問う。


 つばさは静かに答える。


「一回だけだと、偶然かもしれなかったからです。でも今日、話がここまで揃ったので」


 そこまで聞いて、涼太は決めた。


 もともと大げさなことはしたくなかった。

 先生へ全部投げて、自分たちは引く、というのが一番安全でもある。

 だが今はもう、そこまで単純でもない気がした。


 少なくとも、誰かが本当に動かしているのなら、次もある。


「……一回だけ」


 涼太が言う。


「次に何か起きたら、その場を押さえたい」


 ことりが息をのむ。

 みずきはすぐに言う。


「影山、それちょっと危なくない?」


「危ないことはしない」


「その台詞、最近よく聞く」


「でも、ただ先生に言って注意喚起で終わったら、相手がしばらくやめるだけかもしれない」


 自分でも驚くくらい、冷静に言葉が出た。


「次に何か起きそうな場所を、少しだけ気にして見る。それで、ほんとに誰かがずらしてるところが見えたら、その時点で先生に言う」


 レナが腕を組んで聞いていたが、やがて短く言う。


「なら私はロッカー側見る」


「私は更衣室に近い方」


 みずき。


「私は教室と廊下の出入りを少し見てます」


 ことり。


「私は図書室側から人の流れを」


 つばさ。


 全員が、自然に役割を口にした。


 そこで涼太は、少しだけ笑いそうになった。


 自分がまとめようとする前に、それぞれがもう動くつもりでいる。

 面倒だ。

 だが、その面倒さを共有できる相手がいるのは、少しだけ救いでもあった。


     ◆


 そして、その“次”は、思っていたより早く来た。


 五人で話していたのは放課後の終わり際だった。

 すでに教室の人数も減り、部活へ行く者は行き、帰る者は帰り始めている。

 廊下の向こうも人通りはまだあるが、昼間ほどではない。


「じゃあ、少しだけ見てみるか」


 涼太がそう言った直後だった。


 廊下の奥で、小さな悲鳴みたいな声が上がる。


「……あれ?」


 女子の声だ。


 全員が反射的にそちらを見る。


 二年の別クラスの女子が、廊下の壁際でしゃがみ込み、自分のバッグの中を慌てて探している。


「ない……」


 ことりがすぐに動いた。


「行きます」


「俺も」


 涼太も続く。

 みずきとレナ、つばさも後ろから来る。


「どうしたの」


 ことりが優しく聞くと、その女子は焦った顔で顔を上げた。


「あ、朝比奈さん……ごめん、何でも」


「何でもなくないでしょ」


 みずきが即座に言う。


 女子は少し迷ってから、小さな声で言った。


「ポーチがないの。さっきまであったのに」


 まただ。


 ポーチ。

 人に見られたくないものが入っていそうな、小さい持ち物。


 涼太は周囲を素早く見る。


 廊下。窓際。ロッカー列。教室の扉。

 その時、つばさが小さく言った。


「先輩」


 視線を追う。


 廊下の角、ロッカー列の死角になりかけているところに、男子生徒の後ろ姿が見えた。

 手に、何か小さなものを持っている。


「……あれか」


 涼太は低く言った。


 その男子は、こちらに気づいていない。

 何気ないふりで、しかし明らかに周囲を気にしながら動いている。


 みずきが「え」と息をのむ。

 レナの目つきが鋭くなる。

 ことりはポーチをなくした女子の前にしゃがみこみながら、顔だけを上げてこちらを見る。


 その一瞬で、涼太は動いた。


「白鳥、先生呼べるか」


「行けます」


「藤宮と黒瀬はここ頼む。朝比奈も」


「分かった」


「うん」


「任せて」


 返事が重なる。


 涼太は廊下を歩き出した。

 走らない。

 走れば相手に気づかれる。

 普段通りの歩幅で、だが目だけは逃がさない。


 男子生徒はロッカーの陰でしゃがみこみ、何かを奥へ押し込むような動きをした。

 その瞬間、確信する。


「おい」


 声をかけると、相手がびくっと肩を震わせた。

 振り向く。二年の別クラスの男子だった。名前までは一致しないが、顔には見覚えがある。


「何してる」


「べ、別に」


 その返事で、もう十分だった。


 涼太は近づき、ロッカーの陰を見る。

 そこには小さなポーチが押し込まれていた。


「これ、誰のだ」


「知らねえよ」


「今置いたの見たけど」


「違っ、俺はただ落ちてたの見つけて――」


 言い訳が雑すぎる。


 そのタイミングで、つばさが司書の先生と二年の学年主任を連れて戻ってきた。


「影山くん!」


 ことりの声も聞こえる。

 みずきたちも後ろから来た。


 男子生徒の顔色が変わった。


 そこから先は早かった。


 学年主任が状況を確認し、ポーチの持ち主に事情を聞き、ついでにロッカーの陰や周辺を確認する。

 男子生徒は最初しらばっくれていたが、押し込んだところを見られていた以上、苦しい言い訳しかできない。

 しかもつばさが「前にも似たような位置ずらしがあった」と冷静に補足したことで、完全に誤魔化しきれなくなった。


 結局その場では、“悪ふざけだった”“反応を見たかった”“大ごとになると思わなかった”という、最悪だが想像の範囲内の言い分が出てきた。


 先生に連れていかれる背中を見ながら、涼太は本気で疲れた顔をした。


「……気分悪いな」


 ぽつりとこぼす。


 隣でレナが短く言う。


「最悪」


 みずきも珍しく笑っていなかった。


「ほんとにいたんだ……」


 ことりは、ポーチを返された女子に大丈夫だよと小さく声をかけている。

 その横顔は静かだったが、明らかに怒っていた。

 つばさは少し離れた場所で様子を見ていたが、やがてこちらへ来て言った。


「先輩」


「何」


「ちゃんと見てよかったですね」


「ああ」


 短くしか返せなかった。


 もっとすっきりするかと思っていた。

 でも実際は違う。

 犯人らしき人間が見つかったところで、気持ち悪さが消えるわけではない。むしろ“本当にいた”という事実で、余計に後味が悪くなった。


     ◆


 そのあと、事情説明だの確認だので時間を取られ、五人だけでまとまって話せたのは、すっかり日が傾いてからだった。


 昇降口近くの人の少ない場所。

 窓の外は夕焼けで赤くなっている。


 みずきが最初に息を吐いた。


「つかれた……」


「同感」


 レナも珍しく素直に言う。


 ことりは少しだけ肩の力を抜きながら、それでも穏やかな声で言った。


「でも、見つかってよかったです」


「うん」


 涼太はうなずく。


「少なくとも、これで先生たちも本気で動く」


 つばさが静かに補足した。


「他の件も確認されると思います。全部が同じ人かは分からないですけど、少なくとも今日の件で注意喚起以上にはなるはずです」


「終わった、でいいのかな」


 みずきが言う。


 それに、ことりが少し考えてから答えた。


「全部がきれいに終わるわけではないかもしれません。でも……放っておかなくてよかった」


 その言葉に、全員が小さくうなずいた。


 涼太はそこで、ようやく少しだけ息を吐けた気がした。


 平穏に生きたい。

 できれば面倒ごとなんて近寄ってほしくない。

 そう思っていたのは本当だ。


 でも、今日みたいに誰かの恥ずかしい秘密が勝手に動かされて、笑いものにされかけているのを知って、それでも知らないふりをするのは、たぶんもっと嫌だった。


「……影山くん」


 ことりが静かに呼ぶ。


「ん?」


「ありがとうございました」


「何で朝比奈が礼言うんだ」


「最初に動こうって言ってくれたので」


 そう言われると困る。


 涼太は少しだけ視線を逸らした。


「別に、俺一人で何かしたわけじゃないだろ」


「でも、最初に決めたのは影山くんです」


 ことりはそう言って、少しだけ笑った。


 それは最初の頃の“優等生のきれいな笑顔”ではなかった。

 秘密を共有して、少しずつ距離を変えてきた相手にだけ見せる、やわらかい笑い方だった。


「……そうだとしても、みんなのおかげだよ」


 やっとそう返すと、みずきがすぐ乗ってくる。


「お、珍しく素直」


「うるさい」


「でも私も今日はちょっと影山かっこいいと思った」


「軽く言うなっていつも」


「軽く言ってない時はもっとやばいから今はこれで我慢して」


「何を我慢するんだ」


 レナが小さく鼻で笑う。


「相変わらず面倒な会話」


「おまえが言うな」


「私は事実しか言ってない」


「白鳥さんも、ありがとう」


 ことりがつばさへ向く。


 つばさは少しだけ目を丸くし、それから静かに笑った。


「どういたしまして。面白かったです」


「最後それなのか」


 涼太が言うと、つばさは肩をすくめた。


「でも、本当に少しだけ安心しました」


「何が」


「先輩たちが、ちゃんと誰かの尊厳を守る側だって再確認できたので」


 その言葉は妙にまっすぐだった。


 みずきが「白鳥ちゃん、たまにすごいこと言うよね」と感心したように言う。

 レナは少しだけ気まずそうに視線を逸らした。

 ことりは小さくうなずく。


 涼太は何と言えばいいか分からなくなって、結局いつものように肩をすくめた。


「……大げさだ」


「そういうとこですよ」


 つばさが即答する。


 みずきが笑い、ことりも笑い、レナまでほんの少しだけ口元を緩めた。


 その光景を見て、涼太は思う。


 パンツを拾ったあの日、たしかに人生が終わると思った。

 少なくとも、平穏な高校生活はそこから壊れる気がした。


 実際、平穏はかなり壊れた。

 秘密を抱え、誤解が生まれ、気まずい空気も修羅場みたいな空気も経験した。

 放課後はどんどん騒がしくなった。


 それでも――


 全部が悪いわけじゃなかった。


 朝比奈ことりは、最初の事件を少しだけ笑って振り返れるようになった。

 みずきは変わらず騒がしいが、困った時は最初に相談してくると言いそうな顔をしている。

 レナは不器用なままでも、少しだけこちらを信頼しているのが分かる。

 つばさは観察者のまま、でもこちら側に立ってくれている。


 そして自分もまた、最初の日より少しだけ変わってしまった。


 恥ずかしい秘密を共有した相手を、ただのクラスメイトのままでは見られなくなった。


「……何だかな」


 思わずそう漏らす。


「何が?」


 みずきが聞く。


 涼太は窓の外の夕焼けを見ながら、少しだけ笑った。


「パンツを拾ったあの日から、青春は終わると思ってたんだよ」


 一瞬、ことりの頬が少しだけ赤くなる。


 でも今回は、もう目を逸らさなかった。


「でも実際は逆だったみたいだ」


「逆?」


 ことりが小さく聞き返す。


 涼太は肩をすくめる。


「面倒で、騒がしくて、でも思ってたより悪くない放課後が始まった」


 その言葉に、みずきが真っ先に笑った。


「それ、すごい認めたね」


「事実だからな」


「影山くん」


 ことりが静かに言う。


「はい?」


「それ、たぶん正しいです」


 その返事に、みずきが「うわ、朝比奈それずるい」と茶化し、レナが「うるさい」とぼそりと返し、つばさが「データ上も妥当です」と妙なまとめ方をする。


 五人の会話が、夕方の廊下にやわらかく混ざった。


 春の放課後は長い。

 その長い時間の中で、気づけば自分の周りには、少し面倒で、少しうるさくて、少しだけ特別な相手たちが増えていた。


 パンツを拾ったあの日から、青春は少しだけ面倒で、少しだけ特別になった。


 たぶんそれが、今の自分にとっていちばん正しい言い方なのだろう。


 そして、その証明みたいに――


「影山!」


 みずきがいきなり言った。


「次また何かあったら、最初に呼ぶね!」


「やめろ」


「黒瀬も呼んでいい?」


「呼ぶな」


「白鳥ちゃんは?」


「観察だけにしろ」


「朝比奈は?」


 ことりが少しだけ考えて、それからやわらかく笑った。


「困った時は……たぶん、影山くんに相談します」


「ほらー!」


 みずきが騒ぎ、レナが呆れ、つばさが静かに楽しそうな顔をする。


 涼太は本気で頭を抱えた。


 やっぱり平穏は戻ってこない。


 でも、そのことに少しだけ安心している自分がいるのも、もう認めるしかなかった。

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