幻想死
昔の私は幻想の中でよく自殺していた。死をテーマにしなければ精神が持たなかったのかもしれない。
ロープによる首吊り。高所からの落下。歪んだ紅い花。パレードによる精神の発狂。
タナトスに魅入られた少女の物語のように、私も死に魅入られていたのかもしれない。
今もうつ病による侵入思考に悩まされることがある。首を吊る幻想の死体を視てしまう。
考えたことがあるかね。身近な電線が自分の死体をぶら下げているのを。それを電線を見るたびに視るはめになる。
うつ病による侵入思考というのは経験した者でないと理解し難いだろうがね。
相手を理解したと思っている者は、実際には表面しか見ていないのだ。見ているのは表層ばかり。内面を見てはいない。抱えているのを軽視しやすい。
その癖、理解したつもりになっているから、余計に質が悪い。欠片を見て全体像を見た気になっている。間違いないとばかりに盲信している。確かめるのが怖いのだろう。
豪語しているものが打ち破られるのが。とっとと崩壊して再構築したまえよ。崩れた要因が見ながら、探しながら。
幻想の中での自殺を繰り返すことによって、現実の死から遠ざかっていく。
理解されないとしても。私はこれからも紡いでいくのだろう。私なりの死の幻想を。それは誰にも止められはしない。生も死も紡げる者はどれくらいいるのか。
短編の中で、掌編の中で。私は死に続けていく。生き続けていくためにーー。




